夢の様に楽しい一日が終わり、彼らはどうやら門限迄に帰隊した。
「今日は本当に有難うございました」
「長門さんに付き添って頂いて、楽しく過ごすことが出来ました」
「そうか、それは何よりだ。私もお前達のお陰でリフレッシュをさせて貰えたしな」
「いえ、そんな――最初から最後迄ずっとご配慮を頂いてばかりで申し訳ありませんでした」
「そう恐縮するな、その分本来の職務に精励してくれれば良い事だ♪」
「はい」
「忘れずに心掛けます」
「うむ、何れ機会があればまたこの様に共に過ごすこともあろう。その時迄くれぐれも自愛するのだぞ」
「承知しました!」
「有難うございました!」
口々に応じた2人に満足したのか、微笑を浮かべた長門はさっと身を翻すと構内を歩き去っていく。
その後姿を暫く見送った隼太と穂波だったが、やがて同時にほーっと溜息を吐いて顔を見合わせる。
「長門さんには本当に感謝だねぇ」
「うん、――でも隼太君、失礼な事しちゃ駄目だよぉ」
「ごめんね、これからは気を付けるよ」
「わたし達もね、余りはっきりとじゃないけど随分色々な事があったって聞いてるし、やっぱり土足で踏み込まれたくない事もある筈だからね」
「うん、分かったよ。これからも、うっかり口滑らしそうな時は注意してくれるよね♪」
「うふふ、一杯してあげるよぉ♪」
そう笑いあった彼らは、艦娘やその候補生達の居住区画へと向かう。
彼ら一般兵のゾーンと穂波達のゾーンはフェンスで区切られており、営内にはその区画に出入りするための門が設けられていた。
隼太はそこ迄穂波を送ってから自分の宿舎に戻るだけの積もりだったが、間もなく余計なことをしなければ良かったと後悔することになる。
件の門に向かう途中、厚生棟から凡そ軍に似つかわしくない華やかな一団が出てくるのに鉢合わせしたからだ。
「あぁー! なんですかなんですかぁ~♪」
そう言いながら駆け寄ってきた幼い姿は文谷夏樹(ふみやなつき)だ。
『うさ』で哨戒訓練を実施する候補生は綾瀬だけではなく、この文谷と更にもう一人が交代で乗艦している。
「夏樹ちゃん、駄目だよお邪魔したら……」
気弱そうなもの言いながらもちゃんと文谷を止めに掛かってくれるのがそのもう一人、宇野詩織(うのしおり)だ。
「え~、だってぇ、五十田センパイと敷島さんは海軍コーニンカップルなんだよぉ? 別にへーきですよねぇ♪」
「いや、頼むから公認は勘弁してよ~」
「ほら――敷島さんも先輩も困ってるから……ね?」
止めてくれるのは有難いのだが、いかにも押しの弱い宇野の言い方ではどこまでも無邪気で天真爛漫な文谷を止められそうにない。
「でも、詩織ちゃんも羨ましいって言ってたでしょぉ? えへぇ、文谷もすごーく羨ましいですぅ♪」
「夏樹ちゃん、それ言わないでって言ったでしょ……」
「ふぇぇ~そうだっけー? じゃあ、敷島さんみたいなステキな人が彼氏だったらいいのにって言ってたのもぉ?」
「ちょ、ちょっと夏樹ちゃん!」
急に宇野の声が甲高くなるが、それ以上に隼太がドキッとさせられていた。
ただでさえ彼女はつぶらな瞳とセミロングの黒髪が目立つ美少女なうえに、どことは言えないがとても立派なモノをお持ちで、隊内に熱狂的なファンを抱えているのだ。
そんな宇野から素敵な人などと言われたら、大抵の男はあらぬ期待をしてしまうだろう。
しかし、彼の心の動きがかなり正確に穂波に伝わってしまうのは既に検証済みであり、彼女の指が腿の肉をキュッと摘まむのを感じて震えあがる。
「そ、それよりさ、今日は皆でクリスマスパーティとかだったのかな?」
必死で話を逸らそうとしたのだが、結果的にこれは失敗だった。
さっさと往なして穂波を門迄送ってしまうべきだったのだが、焦っていたとしか言いようがない。
「そうなんですよぉ~、副長がねぇ、みんなでパーティしましょ! って言って下さったんですぅ」
「娯楽室を借り切って会場にして下さったんです。チキンやケーキとか一杯用意して頂いて……」
無事に話が逸れてホッとしているのは彼だけでなく宇野も同じ様で、口調が元に戻っている。
「そうだったのね、斑駒さんにお礼言った?」
「はい、皆でプレゼント渡しましたよ、先輩にもカンパして頂いた分です」
「あっ、あれ今日渡したのね、有難う」
「文谷はぬいぐるみが良いって言ったんですよぉ、でも却下されちゃいましたぁ~」
「そりゃ、副長に縫い包みはちょっとなぁ」
「ふえぇぇ~そうなんですかぁ?」
こんなにのんびり会話をしていては当たり前の事なのだが、後続の集団が余裕で追い付いて来てしまう。
結局2人は艦娘とその候補生全員に晒し者状態になってしまった。
「うわぁ本当に公認デートだったんだぁ、すげー♪」
いきなり大きな声で口火を切ったのは『あつた』所属の三森由紀恵(みもりゆきえ)だ。
彼女は見た目そのままにサバサバとしたボーイッシュな性格なのだが、その口調には心なしか羨んでいると思しき響きも混じっている様だ。
「由紀恵ちゃん、寒いし早く戻ろうよ……穂波ちゃんだって弄られたくないと思うし」
三森の同僚の初田悠希(はつたゆうき)は普段からやけにテンションが低く、休日にも滅多に外出しない事で知られている。
たった今も隼太らを弄って楽しもうなどとは更々思っていない様で、寒さが苦手な事もあって宿舎に戻りたくて仕様がないらしい。
「何だよ悠希は張り合いがねぇなぁ、あたしらだってさぁ、こんな風に公認デート出来るかも知れねぇんだぜ、なぁ?」
そういった彼女が同意を求めたのは『たかちほ』所属の臼井久美子(うすいくみこ)だ。
「えっと、うん、自分が公認デートするかって言われたら分かんないけど……でも、やっぱりちょっと羨ましいかな」
「だよなぁ~、な~んか特別感あるよなぁ」
正直な感想を口にした臼井は遠野の出身で、隼太や穂波とはいわばお隣さん的な同郷者だ。
ほっそりとして色白な彼女は、艤装装着の副作用で髪が灰色に変色している事も相まって淡白な印象を与える。
「でも、素直に羨ましいだけとは言えないなー。だって前線に大切な人と一緒に出るなんてちょっと不安じゃない? どうなんですか?」
臼井に輪を掛けて率直な意見を返し、それでも飽き足らずに穂波に迄話を振ったのは臼井の同僚の浦戸三奈(うらとみな)だ。
彼女は真面目で『純朴』という表現がぴったりくるような性格だが、その所為もあってかこんな風に返答に困る様な事も平然と聞いてしまうところがある。
「えっ、う、うん、それは確かに不安だけど……」
「やっぱりそうですよね、ただ嬉しいだけじゃ無いんじゃないかなぁ~って思ってたんです」
浦戸は確か雫石の出身で、臼井ともども彼らの同郷者であり穂波とも同い年の筈だが、何故かタメ口ではなく敬語を使う。
『たかちほ』では彼女は駆逐艦浦波の呼称で通っており、穂波の以前の呼称である駆逐艦磯波の妹に当たるので、それを意識しているのだろうか。
「三奈ちゃん、そんなこと聞かれても『不安じゃないよ、とっても嬉しい!』とか言えないでしょ――五十田さんも敷島さんも困ってるよ」
「あっそうか、そうですね! どうも済みませんでした」
「あ、いやその、大丈夫だよ……」
「う、うん……」
次第に2人はどう応じればいいのかよく分からなくなってくる。
此処迄の間、斯波府村組の面々は後ろの方でニヤニヤしながらこちらの見物を決め込んでいた。
(くっそ~、面白がってないで何とかしてくれよ~)
彼のその思いが伝わったのか、やはり後方で見守っていた斑駒が歩み寄って来て助け舟を出してくれる。
「五十田さん、これさっき皆から貰ったわ、本当に有難う」
そう言って手にしたプレゼントの箱を差し出して見せる斑駒は正に救世主だ。
「いえとんでもありません、何時もわたし達にご配慮頂いてますから……」
「フフフ、それでもこんな事して貰えるのってとっても嬉しいわよ♪ それで、今日は2人とも十分に楽しめたのかしら?」
「あ、はい! 本当に有難うございました」
「じゃあ、これでまた明日から業務に精励できるわね♪」
「はい!」
「それにしてもあなた達、意地悪しないで助けてあげなさいよ♪」
言いながら彼女が斯波府村組を振り返ると、こういう時は暗黙の了解の様に白石が応じる。
「申し訳ありません♪ 意地悪の積もりはないんですが、皆やはり今回の事にとても興味があった様ですので、少しは会話をする時間があっても良いなと思ったからです」
そう真面目に思っていたのは多分白石だけだろう。
村越といぶきは明らかにニヤニヤしていたし、例によって浪江はそっぽを向いていたのだから。
「まぁ、そういう思い遣りだったのなら仕方無いわね♪ さぁ、それじゃそろそろ宿舎に戻るわよ」
「はーい!」
「敷島さん、お疲れさまでした」
「うん、有難う」
「先輩! 今度またお話聞かせて下さいね」
「えっ、それはちょっと勘弁して欲しいなぁ」
「え~、ちょっと位いいじゃないですか、ねぇ浪江ちゃん?」
屈託のない綾瀬が止せばいいのに浪江にそう話を振るが、当たり前のように彼女は無視しようとする。
「浪江、ちゃんと真面目にやっとけよ? 積み重ねって大事だからな」
隼太がそう言うと、案の定むきになって言い返してくる。
「そんな事隼兄ぃに言われる迄もないよ⁉ ちゃんと分ってるに決まってるじゃん!」
「だったら良いけどさ、訓練っていざという時出来るもんじゃないから、普段の時にこそ――」
「もう! 隼兄ぃだって新米の癖に偉そうなこと言わないでよ⁉」
彼の言葉を遮ってそう言い放った浪江は、プイと明後日の方を向いて殊更に早足で行ってしまい、綾瀬が済まなそうに一瞥してその後を追う。
(はぁっ……)
心中思わず溜息を吐いた彼に、斑駒が声を掛ける。
「敷島海士」
「あ、はい!」
「あなたの気持ちは分かるけど、多分逆効果だと思うわ」
「そうなんでしょうか」
「ええ、あなたの言ってる事は全くその通りだと思うし、今のあの子にとって一番大切な事なのは間違いないわ。でも、それをあなたが言っても聞き入れないでしょうね」
「やっぱりそうですか……」
「姪御さんの事が心配なのは分かるけど、教官達はもちろん白石さんも村越さんもその辺りは良く理解してる筈よ。だから、今は我慢して見守ってあげる事ね」
「分かりました、出過ぎた事をして申し訳ありません」
「何言ってるのよ、軍人にはそれはとても大切な資質よ? 何が起こっても黙って見て見ぬふりをする様になったらその部隊はもうお終いだわ」
「あ――はい!」
「分かったら急いで戻ることね、さもないと入浴出来なくなるわよ♪」
「本当だ! 有難うございました副長! これにて失礼致します!」
「ほら、急いで駆け足、駆け足!」
「はい!」
そうキビキビと返事をして宿舎に馳せ戻る隼太の背中を見送った斑駒は、フッと息を漏らして空を見上げる。
急速に暗くなり始めた空には、まるで糸の様に細い月が掛かっていた。
これで第四章は完結です。
また少し時間を頂いて、次回以降は第五章を投稿する予定ですので、引き続きよろしくお願いします。