しばふ村より   作:Y.E.H

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第五章の投稿を開始します。
実戦の洗礼は隼太達を掠めてゆき、それぞれの想いが交錯します。


第五章
【第五章・第一節】


 その日も、いつもと変わらぬ平凡な一日だった。

今日の哨戒担当艦である『かすが』と『たかちほ』は、常日頃と全く変わりなく午前8時に出港していく。

そして隼太と穂波らが乗り組む『うさ』と箕田や三森、初田らが乗り組む『あつた』は通常の在港時点検と訓練に従事していた。

午前中一杯、甲板掃除や備品整理などに精を出した隼太達艦娘支援班は、それらが一通り片付いた午後から自身の持ち場点検に移っていた。

徐々に馴染み始めたコンソールに取り付いて日常点検をはじめた隼太の隣では、穂波といぶきが同じく艤装の日常点検をはじめている。

「お正月も結局雪降らなかったね」

「そうだよね! やっぱりこっちは冬でも暖かいよねぇ」

「うん、俺は雪が降らない正月なんて初めてだから、新鮮だったよ」

「そうだよねー、あたしも初めて横須賀に来た年にね、何時まで経っても雪が降らないから不思議だったもん」

「たまに降っても積もらないよねぇ」

「でも、2、3年前かな? 雪で都心が麻痺とかニュースでやってなかった?」

「うん、やってたけどねぇ」

「そうだよね、ちょっと薄っすら積もった位で1日で無くなっちゃったよね」

「そんなにちょっとだったんだ――やっぱりこっちは違うなぁ。クリスマスに雪が降らないのも普通なんだな」

「それが当たり前なんだね」

「そうだね! ホワイトクリスマスにならなくて残念だったね~♪」

「あっ、いや! そ、そういう意味じゃ無くてねその……」

「う、うん、寒くなくて良かったねっていう事だから……」

「え~本当にそうなのぉ~♪ まぁでも、そこ迄ロマンチックになっちゃったらさすがに妬けちゃうけどね♪」

「いや、何て言うのかその……」

「ご、ごめんね……」

「やだ、そんなんじゃないよ! でもやっぱりクリスマスっ! て感じの横濱の街でラブラブデートなんて、羨ましいんだもん」

「まぁ――楽しく無かったって言ったら噓になるけど……」

「そ、そうだよね……」

思わず口籠る隼太と穂波だったが、軽く溜息を吐いたいぶきは表情を少し切り替えて口を開く。

「ねぇ、隼太君」

「え、なに?」

「清次君ってさぁ、なんか遠慮してるのかなぁ?」

「いやぁ――あいつに限ってそんな事は無いと思うけど?」

「そうだよね、中学の時とかあんなに奥手だったイメージ全然ないよね!」

「俺もそう思うよ」

「だったらさぁ――この間みたいに誘ってあげたらもうちょっとノリのいいリアクションとかあってもおかしくないと思わない?」

「うーん、正直言ってちょっと不思議だったけどね」

「でしょう? 『皆で外出するとかの方が良くないっすか?』とか言っちゃって――何であんなに慎重なのかなぁ?」

「何でだろうなぁ、あいつがそんなに複雑な事考えてるとも思えないし――」

「ひょっとしてさ、高校の時に何かあったの?」

「いや、思い当たる様なこと何も無かったけどな……」

いぶきが不思議がるのも無理はなく、隼太にとっても清次の振る舞いは理解出来ない。

中学時代、人気者のいぶきと1対1でデート出来た者など誰もいなかったのだ。

それを思えば、今こうして競争相手が誰もいなくなった状況は独り勝ちもいいところである。

しかもそのいぶき自身から誘われている訳で、本来なら二つ返事でOKするのが当たり前なのではないのか。

 

(じゃなきゃ、何の為にここまで追い掛けて来たんだよ)

 

「あのさ――」

そう口を開き掛けたその瞬間だった。

「こら、敷島ぁ!」

「は、はい!」

班長の怒声が後甲板に響き渡る。

「口を動かす暇があったら手を動かさんか馬鹿者!」

「はいっ! 申し訳ありません!」

そう叫んで慌てて目の前の作業に戻る隼太を見てクスクス笑った穂波といぶきも、すぐに自分の作業に戻る。

 

それから暫くして、2人がWaveの手を借りながら艤装を台車に載せてその場を離れると、班長が腕組みをしながら近づいてくる。

「貴様、暮れに艦長殿と話したそうだな」

「あ、はい!」

「そんなに姪っ子の事が心配か?」

「はい、ちょっと噂とかも聞いていたもので」

「だが、貴様のその様子では言いたいことが全く伝わった風ではないな」

「はい、艦長殿にもそれを指摘されました」

彼がそう応じると、例によって口元を歪めた班長はフンと鼻息を鳴らして、コンソール脇の作業用椅子に腰を下ろす。

「艦長殿が何と仰ったのか詳しい事は知らんが、耳に痛い話であればある程家族や肉親の言葉というのは届かんものだ。貴様もそうじゃなかったか?」

「はい、何となくですが分かります」

「しかもだ、元々艦娘に対する憧れもあったんだろう?」

「はいそうです」

「俺達凡人には分からん感覚だが、想像してみることは出来る。貴様がもし、ある日突然海上を自分が艦艇そのものになったが如くに自由に駆け回り、腕を振り上げただけでこの艦を真っ二つに出来る砲を撃っ放すことが出来る様になったらどんな気分だ?」

「そうですね――多分自分が途轍もない凄い奴になったと思うでしょうね」

「それが万能感というヤツだ。自分が神にでもなった様な感覚に近いだろう」

「神ですか……」

「ああ、そうだ。しかもあの年齢の娘がそんな神の様な力を持ったと感じたらどうなる? 必死で想像する迄もなく理解出来る筈だぞ」

「あ、はい」

全く班長の言う通りだった。

おそらくは浪江も、最初は不安で一杯だったことだろう。

しかしおっかなびっくりで訓練を始めたものの、すぐに艤装の扱いに慣れ始めると自分が振るえる強大な力に酔い痴れてしまう事は容易に想像出来た。

「唯でさえ、あの年頃の子供は大人に反発したがるのが当たり前だ。しかも、自分は神の様な力を振るう事が出来るのに、そんな力を持たない普通の人間から何か説教されて耳に届くと思うか?」

「それでは、自分だけではなくて教官殿や上官殿の言うことも――」

「まぁ、そこ迄言うと極論だがな。しかし、内心では小馬鹿にして真面目に受け止めていない事位はやりかねんだろうな」

「では、ちゃんと指導するにはその――」

「そうだ、より強い力を振るえる者が指導をする。原始的だが非常に有効な方法だ」

 

(あっ、そういう事か……)

 

「また少し分かった様だな、貴様の姪がこの艦ではなく『かすが』で実習するのにはちゃんと意味がある。何も貴様と一緒にしないだけじゃないぞ」

「綾瀬や宇野が本艦で実習するのも、ちゃんと組合せが考慮されているんですね」

「もちろんだ、だが綾瀬の様な候補生はさすがに予想外だったがな」

班長がここまではっきり言うからには、やはり彼女は並外れた非凡な存在の様だ。

実際綾瀬の卓越しているところは、ただ適性が高いとかその能力を存分に使いこなしているだけではない。

哨戒行動や戦闘行動の際に注意すべき点やチェックポイントを一通り飲み込んでしまうと、まるでマシンの如くそれらを正確にこなしていくその姿は、隼太の様なまだ未熟な目でみても異次元の存在だ。

穂波やいぶき達も常々『何を教えてもどんどん自分のものにしていく』『あっという間に追い付かれそう』

などと言っているが、彼女達のみならず指導教官らも『とんでもない逸物かも知れん』と評価しているのは先日も穂波から聞いたところだ。

近頃、省略行動や近道行動といった危険な兆候が目に付く様になったと言われる浪江とはえらい違いだった。

 

(浪江のやつも、もうちょっとそう言うところ見て欲しいんだけどな……)

 

ただ班長の言った通り、彼女を指導してくれるのは必要であれば厳しく注意してくれる白石と村越なので、少なくとも今のところはまだ抑えられている様だ。

と、そこへ再び穂波といぶきが台車を押しながら戻ってくる。

「さて無駄話は終わりだ、仕事に戻れ。いいか、コミュニケーションしろとは言ったが、度が過ぎる雑談迄許した覚えはないからな」

「はい!」

とは言っても、かなり大目に見て貰っているのは隼太にも一応分かっていたので不服はない。

穂波といぶきが班長に一礼しているのを横目で見ながら、彼の脳内は様々な事が目まぐるしく回転していた。

穂波との事は、彼女の決心が固まる迄待つしかない。

浪江の事で彼に今出来ることはどうやら無さそうだ。

ではいぶきとのコミュニケーションはどうする?

彼女は清次に本気でアプローチする積もりらしいが、何故か清次は今一つ消極的だ。

現状改善のためには積極的に後押しをするべきか?

 

(分かんないよなぁ、清次の奴に一度聞いてみるか……)

 

傍らでは穂波らとWave達がワイワイ言いながら、基本機能点検が終わった艤装をスタンバイボックスに収納している。

それを聞きながら、今日も何事もなく一日が過ぎていく筈だったのだ。

 

「TPV121、TPV123、出港準備! 出港準備!」

突然けたたましい警告音が鳴り響き、護岸の端に設置されたスピーカーから緊迫した声が降ってくる。

「えっ!」

「おいおいやべぇんじゃねぇかこいつは?」

「なに⁈ なにがあったの⁈」

「いぶきちゃん! とにかく準備しよう?」

「そうだ、お前ら急いでスタンバった方がいいぞ!」

班のWave達といぶきや穂波達の声が慌ただしく交錯する。

そんな中でも、やはり穂波は比較的落ち着いていた。

中学の時もそうだったが彼女は余り浮足立つことがないので、それを耳にしている隼太も落ち着いて出港前点検に取り掛かれる。

が、頭の中に大量の疑問や不安が一気に湧き上がって来るの迄は抑え様が無い。

 

(敵襲なのは間違いないよな――民間船からの通報? いやいや、それなら教育隊じゃなくて地方隊か緊急防備隊に警報いくよな――て事はまさか『かすが』か『たかちほ』からか⁈)

 

そうしている間にも、艦長である斑駒が上級士官を引き連れて護岸をこちらに向かってくるのが見える。

そしてその一団の中には北上も交じっており、彼女の艤装を乗せた台車がガラガラと音をたてながら付き従っていた。

 

(くそっ、どうもマジだなこれは……)

 

言うまでもなく、彼女が一緒に乗り組むという事は彼女の戦力が必要とされる事態だからだ。

しかも、候補生が誰も来ていない事もそれを裏付けている。

そう、今から『うさ』と『あつた』(と隼太達)が向かうのが戦場だからなのだ。

にわかに緊張感が襲ってきた彼は思わず武者震いするが、気が付くと甲板も震えているのが分かる。

出港後必要に応じてすぐに全力運転できる様に、主機が既に動き始めていた。

「敷島来なっ!」

「はい!」

班のWaveから声が掛かったので、間髪を入れずに立ち上がってその後を追う。

そのまま駆け足で舷梯を渡り、護岸に降り立って北上の艤装を受け取ると、もう一方の舷梯から斑駒らが駆け足で乗艦していくのが見える。

「ちょっとお邪魔するねー、頼んだよ~」

こんな時でもマイペースな北上は、相変わらず緊張感の無い調子で彼らに声を掛けて来た。

スタスタと事もなげに舷梯を渡る彼女の後を追って艤装を運び込むと、スタンバイボックスに一先ず収納する。

間もなく艦上と護岸の両方でパトライトが回り始め、出港準備が整ったことを知らせる。

陸上要員と乗員が共同で舫を解くと、後はもう離岸するばかりだった。

 

(愈々か? ――でもそうだよな、絶対にそうなんだよな)

 

静々と岸壁を離れていく『うさ』と『あつた』に向かって陸上要員が帽振れをしているのが、今日は殊更に目につく。

プール脇の待機スペースでは、穂波といぶきが口を真一文字に結んだまま徐々に離れていく隊の宿舎を見つめていた。

「まぁそう緊張すんなって、今日の晩飯の事でも考えてりゃいいのさ」

「あ、はい……」

班のWaveがそう声を掛けてくれるが、胸の奥で膨れ上がってくる不安の塊の様な掴み処のない感情ばかりはどうする術もなかった。

 

 

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