しばふ村より   作:Y.E.H

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【第五章・第二節】

 『うさ』と『あつた』は岸壁を離れるとともに真っ直ぐ外洋に向かって速度を上げる。

艦内全域には警戒態勢が発せられていたが、これはそもそも通常の哨戒態勢時も同じなので、その意味では何も特別な事では無い。

出港後まもなく穂波といぶき、そして北上は出撃準備を整えると、艦娘プール脇のスペースで待機状態に入っていた。

隼太の属する艦娘支援班も一通りすべての準備を整えてしまうと、班長以下やはり警戒態勢のままで待機する。

毎度の如く腕組みをして難しい顔で艦橋の方角を睨んでいる班長の様子を見る限り、彼もこの急な出港の意味を知らされていない様だ。

飄然とした態で待機用の椅子に腰掛けて足をブラブラさせている北上は、おそらくは事情を知っているのだろうが一言も口を開かず静かにしている。

 

真冬の冷たい風が容赦なく肌を叩いていくが、そのことで艦が何時もよりずっと速く航行しているのを感じ取る。

そんなヒリヒリとした緊張感に包まれながら時が流れていく内に、やがて艦内放送のスイッチが入るバチっという音が響く。

一瞬その場にいる全員の神経が峙ち、普段ならば気にも留めない筈の小振りなスピーカーを固唾をのんで凝視する。

波を蹴立てる騒音が支配する僅かな時間ののちに、彼らの上に斑駒の落ち着いた声が響き渡った。

「全艦に連絡――一五二二に『かすが』より緊急連絡を受電しました。内容は戦力等の詳細は不明ながら敵と交戦中とのことでした。その後連絡が途絶したものの、沿岸警備の無人機より『かすが』らしき艦影を補足したとの連絡を受け、現在はその座標に向かって進行中です。これより本艦は戦闘態勢に移行します、全員直ちに戦闘態勢取れ!」

 

(来たっ!)

 

とうとうこの瞬間がやって来たという思いが全身を駆け抜けていく。

彼にとっては訓練以外ではじめての戦闘態勢なのだ。

すぐさま班のWave達が穂波らの傍に集まり、艤装の装着に取り掛かる様子を見ながらコンソールの接続準備を整える。

そうしておいてから艦艇戦闘服を身に着けた班長に一旦コンソールを譲り、隼太も急いで救命胴衣やヘルメット等諸々の装備を身につける。

「こんな時に大井っちがいてくれたら良かったんだけどね~、まー言ってもしょうがないからあたしが代打って事で~」

全員にただならぬ緊張感が漂う中、北上は相変わらず飄々とした口振りで自身の立ち位置を説明してくれる。

大井は今日は『たかちほ』に乗り組んでおり、隼太らが向かっている方向とは正反対の海域にいる筈だった。

間もなく彼女らの艤装装着が完了し、隼太のコンソールにも穂波の艤装が接続され、Wave達が何時もよりやや硬い声で申告する。

「装着完了しました!」

「よし、起動最終点検掛かれ!」

心なしかそう指示を飛ばす班長の声にも常日頃とは違う響きが隠れている様だ。

 

(通信環境――ヨシ! マスターリンク起動――ヨシ! 電源供給――ヨシ! ――――)

 

自分自身に懸命に冷静さを保つ様言い聞かせながら、一つ一つ入念にチェックしていく。

見たところ落ち着いている様に見える穂波も、やはり緊張はしている事がバイタルの数値に現れていた。

しかしそれを目の当たりにした隼太は、何故かしら浮付き掛けていた腰がストンと座った様な感覚を覚える。

表現し難いのだが、まるでコンソールを通じて穂波と直接繋がった様な不思議な感じだった。

 

(出来るよ――これで俺は、君と一緒に戦えるよ――そんな気がするんだ)

 

そんな奇妙な確信と共に、彼の口から自然に声が出ていた。

「全点検項目異常ありません!」

それは申し合わせたかの様に他のコンソール担当と全く同時で、戦陣に臨む兵士達の上にしばしば起こるシンクロ現象を思わせた。

「起動完了、全機能異常なし! 艦娘、有線機動準備完了しました!」

班長の申告はもちろん何時も通りに艦橋に対して行われたものだが、単に申告と言うよりも彼ら全員の戦闘態勢が整ったという宣言に近かったかも知れない。

穂波がチラリと隼太を見た時、彼はそれを全く自然に感じ取って視線を合わせることが出来た。

 

(一緒だよね、隼太君)

(うん、一緒だよ穂波ちゃん)

 

眼差しだけで意思を通じ合った2人は、小さく頷き合ってまた視線を戻す。

今やプールの中央には北上が立ち上がり、その斜め後方に穂波といぶきが立っている。

哨戒訓練の時には彼女達はほぼ直立した姿勢をとっているが、今日はより速度が出ているせいか手摺りを掴んで軽く前屈みになっている様だ。

「了解! 艦娘は直ちに索敵行動を開始されたし」

スピーカーから副長の指示が飛び、それに対して今日は北上が応答する。

「了か~い、磯波と吹雪はそれぞれ両舷水測~、本艦は水上索敵を開始しま~す」

何度聞いても緊張感の欠片も無いのほほんとしたその口調は、凡そこの場の雰囲気にそぐわない。

また、相変わらず彼女は穂波達を本名ではなく艦娘としての艦名で呼んでいた。

 

(やっぱり本名はイヤなんだな♪ まぁ北上さんの本名知らないけど)

 

間延びしたマイペースな物言いや本名呼びを過度に嫌がるなど独特な個性を発揮している彼女だが、よく見ているとその仕草にはそんな個性とはまた異なる本心の様なものが見え隠れしている事に気が付く。

実艦当時水偵を搭載していた彼女は航空索敵が可能であり、今もどこか宙を見つめる様な眼差しでプールの手摺りを掴んでいたが、その手に白く筋が浮き出るほど力が入っているのが見て取れる。

 

(本当は緊張してるんだな――あんな言い方をするのはわざとなのかな?)

 

ひょっとすると、彼女は内心の緊張を他人に悟られたくないのだろうか。

そして本名で呼ばれる事(或いは知られる事?)を嫌がるのは、本当の自分の姿の様なものを知られたくないのだろうか。

その意図するところが何かまでは知る由もないが、兎に角彼女は決してマイペースの仮面を外そうとはしないのだ。

 

「へへへ、な~んか来た来たって感じだよな」

「あっ、何かはっきり言えませんけど何となく分かりますそれ」

Waveに声を掛けられた隼太は、そんな風に落ち着いて応える余裕がある事に自分でも気付く。

「だろう? 死ぬのはもちろん御免だけどよ、こういう一体感みたいなヤツはやっぱり嫌いじゃないぜ」

「そうなんですね、自分はこういうの初めて経験します」

「どうだ、悪かないだろぉ?」

「はい」

「こら! 無駄口叩いてる奴には真っ先に弾が中るぞ!」

班長の怒鳴り声が響くが、Waveは冗談でそれに応じる。

「いや、多分大丈夫っすよ。なんせ班長が一度も中ってませんから♪」

「馬鹿野郎! 貴様らと一緒にすんじゃねぇ!」

その応酬にパラパラと笑いが漏れる。

緊張しているのに固くはなっていない不思議な感覚――これが一種の高揚感なのかも知れないと考えていると、穂波らが定時報告の声を上げる。

「左舷方向、水上索敵異状なし、水中に不審音源の感知なし」

「右舷方向、同じく水上索敵異状なし、不審音源の感知ありません!」

「了解しました、航空索敵の状況はどうか」

「現在のところ異状無~し、艦影捕捉無し、不審物体の感知無し」

「了解です、引き続き索敵と水測を継続されたし」

遣り取りが一通り終わってしまうと、周囲には再び船体が波を切り裂いていく音だけが残される。

しかし最初に感じた緊張感はなく、彼ら全員の闘志が少しずつ場を満たして行く様な感覚があった。

 

 そして凡そ十数分程が過ぎた頃だろうか、北上が突然張り上げた声が場の空気を打ち破る。

「おっ、艦影発見!」

一瞬マイペースの仮面を被るのを思わず忘れたかの様に、張り詰めた甲高い声だ。

とは言えその数秒後に再度口を開いた彼女は、何時もの間延びした口調に戻っていた。

「あ~『かすが』だねぇー、間違いないよ。周囲に敵影及び他の艦影無し、不審物体の感知も無し」

「詳細を報告して!」

スピーカーから響いたのは副長ではなく艦長である斑駒自身の声だ。

反射的に口が出てしまったのだろうが、兎に角その口調には切迫感があった。

もちろんその指示に応じて北上は淡々と状況報告を続ける。

「距離~概ね35、12時方向にあってほぼ正対コースで接近中~、速度は15くらい~? 被弾損傷している模様、メインマストと……プール付近かなー」

彼女の報告が正確ならば、あと1時間もしない内に『かすが』とランデブー出来るという事だ。

更に言えば『かすが』が撃退に成功したのか敵が追跡を諦めて去ったものかは不明だが、少なくとも針路上では交戦の可能性がグッと下がったらしい。

そう思った途端、隼太の心の中にはこれ迄とはまた異なる様々な感情の雲が湧き上がる。

 

(浪江、お前は無事なのか? 白石さんと村越さんは? ――清次、まさかお前死んだりしてねぇよな?)

 

彼の記憶が確かならば、今日の哨戒訓練に参加しているのは浪江の筈だ。

しかも先程の北上の報告によれば、『かすが』はプール付近に被弾しているらしい。

となれば、4人の内の誰か(或いはその全員)が負傷したり、最悪の場合戦死していても全くおかしくはないだろう。

敵と交戦する危険が低下したように感じたからなのか、先程迄の高揚感が急速に萎み始め、同時に全く取り留めのない焦燥感がそれに置き換わり始める。

「道理で連絡が取れない訳ね、そのまま触接を維持し続けて! 五十田さん、吹輪さん、現在の水測状況は?」

やはり斑駒は艦娘達を本名で、しかもごく自然に呼んでいる。

そんな扱いを好ましく受け止めている穂波達に対する場合と、それを嫌がる北上に対しては違う対応をサラリとやってのける斑駒はやはり器が違うと思わされる。

「左舷方向、不審音源の感知ありません!」

「右舷方向も同様です!」

「了解、そのまま水上索敵及び水測監視を継続して!」

「はい!」

一連の遣り取りが終わった甲板上は急に静かになってしまう。

先程も言った様に、この時点でどうやら敵との戦闘の可能性がぐっと下がったためなのか、隼太が感じたのと同じく高揚感が薄れてしまったらしく、若干空気が重くなり皆無口になってしまった。

とは言うものの通信設備を損傷しているらしい『かすが』とは今の所連絡を取る手段がなく、このまま進んでランデブーする以外に良い方法は無さそうだった。

 

(いやぁ、何だか急に焦れったくなって来たなぁ――)

 

今しがた迄の時間の流れと今の時間の流れは全く違ってしまった様で、気のせいか急に船足迄落ちた様に感じられる。

そう思っていると、ふと班長がプール脇の甲板とその一段上の甲板の段差に足を掛けて立っているのが目に入る。

 

(あっ……)

 

よく見るとその足は小刻みに貧乏揺すりをしていた。

 

(何だ、班長もイライラしてたのか……俺と同じなんだな)

 

その事に気が付くと、如何にもならない焦れったさが少しだけ楽になった様に感じたのだが、それでもまだ彼の思いに比べて時の流れは精々1/10にも満たない程でしかなかった。

 

 

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