しばふ村より   作:Y.E.H

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【第一章・第四節】

 そして翌日も彼らはひそかに待ち合わせると、二人だけの帰り道を辿る。

話題が昨日から大きく変わったわけではないが、それでも二人は1秒1秒を惜しむかのように話し続け、この日もまた同じように瞬く間に分かれ道にまで来てしまう。

「あっ、もうここまで来ちゃったんだ」

「本当――、いつの間に……」

 

「なんか、時間経つの早いね」

「うん、すごく早くてびっくりするよね」

「やっぱりさ、楽しい時間ってあっという間に過ぎるって言うから?」

「そうだね、ひょっとしたらそうなのかな♪」

「穂波ちゃんもそう思う?」

「うん――だって、楽しいから」

「えへへ、俺もすっごく楽しい」

そう言った隼太の顔を見上げた穂波は、再びあのにじみ出てくるような笑顔を浮かべる。

 

(なんだろう――なんでこんなに可愛いんだろう♪)

 

彼女を好きだからそう見えるのか、それともそれ程可愛いからこそ好きになったものか、すでにその魅力の虜となっている彼にとってはおそらく命ある限り結論の出ない問いかけかも知れない。

 

「来週、もう始業式だね」

「そうだよな~、2学期始まっちゃうんだよねぇ」

「なんか――ちょっと緊張しちゃう……」

「あっ――そうだよね、学校にいる時はなるべく気を付けるからさ」

「う、うん、わたしも気を付けるね」

とは言うものの、きっとバレるのは時間の問題だろう。

在学中に一切誰にも知られることなく交際していて、卒業してからはじめてそれがわかったなどと言う先輩の話なども伝え聞いているものの、こんな風に一緒に下校していればどれだけ秘密にしたくても1ヶ月ともたないかも知れない。

 

(俺は別に平気だけどな……)

 

言うまでもないことだが、隼太の問題ではなかった。

他の生徒達からの好奇の視線にさらされることは、大人しく引っ込み思案の穂波にとってはたいへんな苦痛のはずだ。

「あのさ、やっぱり一緒に帰るのはやめとく?」

 

「――ううん、それはしなくてもいいよ」

「でも、多分すぐばれちゃうと思うよ」

「それでもいいの、隼太君と一緒に帰りたいから……」

 

(うわっ、――ど、どうしよう)

 

理性も何もかもかなぐり捨てて、今すぐはにかんだように俯く彼女を力一杯抱きしめたいという衝動が体の奥から湧き上がってくる。

後年、今よりもかなりボキャブラリーが充実した彼は、はじめてこの時の感情が『愛おしい』気持ちなのだと懐かしく思い出すことになるのだが、それはまた随分先の話になる。

とりあえずたった今の隼太は、その狂おしい気持ちを必死で抑え込まなければならなかった。

 

「わかった、穂波ちゃんがそう言ってくれるんだったら、俺ももうバレるの気にしないよ」

「――うん♪」

 

そう言ってこくんと頷く彼女の表情は、これまで隼太が知っていたよりもずっと明るく見える。

彼と付き合い始めたと言う事実が穂波を少しずつ変えていることは間違いないのだが、さすがにそれを敏感に感じ取れるほど隼太は鋭い方ではない。

とにかくこれで心構えができたと感じた二人は、そのまま朗らかに分かれてそれぞれの家路についた。

そしてもちろん夜になれば互いの端末でチャットを続け、それは週末も続いた。

 

 そんな彼の様子に家族が気づかぬはずもなく、夕食の席で義姉が話を振ってくる。

「隼ちゃん、なんがおもしぇこどあったのが?」

「えっ! ――ん、んにゃ、なんもね」

「隼太は、昔がらうそこぐのが下手ぐそだねぁ」

兄がにやにやしながら言うのでムカッとした隼太が言い返そうとすると、それと察した母が先手を打つ。

「鷹雄も、人んこど言えだ義理でゃーねぁに」

「あぃやー、あっぱにゃかなわねぁーな、ハハハ♪」

カラリと笑った兄に隼太がムカっ腹を鎮めたのを見計らった義姉が、突っ込んだ言葉を投げかけてくる。

「ひょっとしで、隼ちゃん彼女でも出来たんでゃねぁが?」

 

(なっ!)

 

図星を突かれた彼は、思わず絶句する。

「なぁんだ、やっぱりそだったんがぁ、隼ちゃんはもでっからより取り見取りだな♪」

実は義姉のこの言葉は村の女たちにとって単なる事実に近かった。

彼が斯波中の女子に結構な人気があるのはこの辺りの女達の間では知られたことなのだが、彼女達は目立つわかり易いことをするわけではないため、隼太自身を含めて村の男達でそのことに気が付いている者はほとんどいない様だ。

なので、彼は義姉にからかわれたのだと思ってムスッと仕掛けたのだが、そこに今まで話しに入れずにいた浪江(なみえ)が突然声を上げる。

「ほんどが? あんちゃんはそったらもでるのが⁉」

「ほんどだぞぉ、隼ちゃんはうんともでるんだぞぉ♪」

「あんちゃん、あんちゃんはすげえな!」

 

無邪気な笑顔でそう言われては、隼太も怒るわけにはいかなかった。

「んだぞぉ、おめもあんちゃんのこどでゃあ好ぎだもんな♪」

そのうえ、義姉にそう振られた彼女が頬を赤くして俯くのも悪い気はしない。

浪江は兄夫婦の一人娘で今はまだ9才だったが、幼い頃からあんちゃんあんちゃんと隼太にまとわりついてきたこともあり、彼にとっては実の妹も同然の存在だ。

強いて言うなら地味でごく普通の顔立ちであることがやや残念なくらいだが、だからといってもしも浪江がびっくりするほど可愛かったりしたら、それはそれできっと落ち着かないのだろう。

 

「誰だべなぁ、やっぱクラスの子が?」

「あれだ、一番めげぇいぶきちゃんでねぁーの?」

「それぁこどだ♪ そったらこどしだら、男子全員からやがねるぞぉ」

楽しげな揣摩臆測を続ける兄夫婦に肴にされ続ける隼太は次第に腹が立ってくるが、そんな彼の様子を見計らったものか、それまでずっと無言だった父がごく短く口をはさむ。

「鷹雄、そんぐらいにしどげ」

普段口数の少ない父の言葉は彼ら家族にとっては絶対だった。

兄は一瞬で口を噤み、義姉も少し居住まいを正したほどだ。

「ほにほに、浪江も気が気でねぁーよな♪」

そしていつものことだが、母が絶妙のタイミングでフォローを入れてくるのもまた彼らにとっての予定調和だ。

実際浪江はホッとした様な顔で母と隼太の顔を見比べており、そのいかにも邪気のない様子に食卓の空気も再び和む。

 

(こんなこと言ってくれるんだな……)

 

彼は心中ひそかに父に感謝する。

それから幾許もなく夕食は終わり、それなりに心穏やかになった隼太は自室に戻ると再び机にかじりついた

 

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