しばふ村より   作:Y.E.H

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R指定をする程ではないと思いますが、若干性的な描写を含んでいますのでご注意ください。


【第五章・第五節】

 冬の日は短く、西の空が茜色に染まってから辺りが夜の闇に包まれる迄はほんの束の間の事だ。

戦死者の遺族に対する弔慰の手続きをしながら、傍らで欠員の補充手続きを進めかつ傷ついた『かすが』のドック入りの手配と、その間の乗員達の臨時再配置もせねばならない。

無論、それ以外にもやるべき事は目白押しなので、隊の副長でもある斑駒にはどれだけ時間があってもあり過ぎる事は無い位だった。

 

(でもまぁ、何とか片付けてしまわないとね)

 

片付けてしまわなければ何かと困るのだ。

 

(直ぐに余計な事したがるんだから――困ったもんだわ)

 

彼に初めて出会った頃の事をふと思い出して苦笑する。

只のウジウジした頼りない学生だった筈なのだが、頼みもしないのにタダ働きして斑駒の仕事を横取りしておいて楽しそうにしていた。

それは隊の司令となって彼女の上官になった今でも何ら変わっておらず、しばしば彼女の領分である事柄にまで自ら手を突っ込もうとする。

 

(まぁ、それが良い処でもあるんだけど♪)

 

斑駒は今でも自分には彼を亭主にする正当な権利があると信じている。

狡いやり方で彼を横合いから攫っていったのは葉月の方であって、共に支え合いながら戦ってきた自分には非があろう筈も無い。

とは言うものの、今となっては彼を奪い返してやろうとか葉月との離婚を迫ろうとかいう気は失せていた。

彼の自分に対する愛情は今の関係であっても十分に感じられるし、立場上も司令と副長という言わば実質的な女房役でいられることは大きい。

唯一納得しかねる事があるとすれば、どう言う訳か長年の戦友であり彼らの一番の理解者でもある長門が、何かにつけて自分と彼の関係を邪魔し様とする事位だろうか。

 

(正直理解不能だわ――それとも、高雄さんやあいつは良くてあたしは駄目な理由が他にあるのかしら? ――まぁそんな事ある訳無いわよねぇ)

 

大方物堅い彼女の事なので、この様な関係は道義的に宜しくないとでも思っているのだろう。

そんな事をつらつら考えながらすっかり暗くなった構内を司令部建屋迄戻って来ると、案の定司令室の灯りが目に入る。

 

(やれやれ、思った通りだわ♪)

 

部下に戦死者が出た時は何時もこうだった。

幾ら上官だとはいっても、部下の戦死の責を直接負わなければならないケースなど、余程の怠慢か致命的な過失でもない限りはあり得ない(と斑駒は思っている)。

だが、彼はそんな風に割り切ることが出来ないらしい。

 

衛兵と礼を交わして建屋内に入り、さっさと階段を上がって真っ直ぐに司令室に辿り着くと迷わず(スイッチには触れずに)ノックをする。

数秒後、カチッと小さな音がしてロックが解除されたことが分かると無言でハンドルを回して室内に身体を滑り込ませ、静かに後ろ手に扉を閉める。

そうしておいてから改めて仄暗い室内を見回すと、彼は画面にのめり込む様にして何かを一心不乱に打ち込んでいた。

 

「随分忙しそうね」

そう声を掛けると、どこか他人事の様な虚ろな言葉が返ってくる。

「報告を纏めてるんですよ」

「司令が自分で作成する報告書なんて、そんなに幾つもあったかしら?」

しかし、その問いかけに対する返事はなかった。

 

苦笑した斑駒は遠慮なく歩み寄ると、彼が必死になって打ち込み続けている内容には目もくれずに、キーボードに伸ばされた彼の腕を尻で押しのけてデスクを占領してしまう。

「邪魔するんでしたら出て行って下さい」

「あら、じゃあどうして誰か確かめもせずに入れてくれたのよ?」

「――――貴方だと、分かったからです」

「それはつまり、こんな時間にやって来たあたしが、業務連絡だけ済ませてあなたの邪魔をせずに大人しく退室すると思っていた――って事かしら?」

「そうして欲しいと願っています」

「あら、だったらそれは指示命令ではなくて貴方の願望と言う事なのね♪」

「必要とあれば命令もしますよ」

「そう、貴方の副長を命令違反で査問に掛けたいのならどうぞそうして頂戴。そこ迄されたらさすがに諦めるかも知れないわよ?」

斑駒にしてみれば、いい年をした女が何をしているのかと冷静に言われたら赤面する位の猫撫で声を出してお道化て見せているのだから、少しはそれに応えて甘い睦言でも口にして欲しい処なのだ。

にも拘らず、そんなくだけた様子など微塵も見せずに、彼はガックリと項垂れてしまう。

 

「――如何してなんですか――如何して僕を放っておいてくれないんですか――貴方にとって、僕は頼り無くてウジウジしたみっとも無い男だった筈なのに――如何してそのままにしておいてくれないんですか……」

 

彼の声は悲痛そのものだが、長年それを聞いている側としては、そんな弱さを自分に見せてくれるその事に好ましさを感じてしまう。

 

(そうね、これだけ年月が流れてもやっぱり貴方はあの頃のままの貴方なのね……)

 

確かに彼の言う通りであるのは間違いない。

初めて会った頃の彼は、斑駒にとって到底魅力的な異性ではなかった。

しかし海軍(当時はまだ違う名称だったが)に入って来ると同時に戦争に巻き込まれ、七転八倒しながら日本と艦娘達の為に奮闘する彼を傍で見ている内に、何時の間にかそうでは無くなっていたのだ。

 

(あたしが自分でも不思議な位なんだから、貴方がそう思うのも無理無いわ)

 

「そんな風に蒸し返されるのも何度目なのかしらね♪ でも、やっぱりこうとしか言い様がないわ……、何時の間にかね、好きになっちゃったの」

そう言って固く握り締められた拳をそっと片手で包み込むと、短く刈り込まれた頭に顔を寄せる。

 

「貴方だって、此処迄来る間に何度も生死の境を潜り抜けて来たでしょ? 現にあたしは傍でそれを見て来たんだから――今、その頃と立場が変わったからと言って、急に全ての責任を背負い込む必要なんてあるのかしら」

 

「僕は司令だ――彼らを死地へ送り出したのは紛れもなく僕だ――それだけはどう言い繕っても動かし様が無い――そうじゃないんですか」

 

「地球上の海で今、死地じゃ無い場所なんてあるの?」

 

「そんな――理屈――――そんな事が聞きたいんじゃない! そんな理屈なんてどうだって――」

彼の腕にグッと力が入るのを感じた次の瞬間、身体を起こした彼に押し倒される。

 

ディスプレイがガタンと音を立てて倒れ、書類がバサバサと床に散らばるのを耳にしながら、彼女は説明し様のない不思議な安堵を感じていた。

 

「何故僕を責めないんですか、――何故卑怯者と詰らないんですか――あの日、貴方はそう言ったじゃないですか!」

「確かにそう言ったわよ――でもね、残念だけどもうそんなこと言う気分じゃ無くなっちゃったの」

「――だったら――それなら何故、僕を放っておいてくれないんですか――」

「さっきも言ったでしょ? 貴方が好きなの――貴方はあたしの大切な男だからよ」

「そんな勝手な――、勝手過ぎますよ――」

 

彼がギリッと歯軋りをする。

 

年齢を余り感じさせない若々しいその顔に優しさや頼り無さを見る者は多いが、彼が過ごして来た歳月を知っている斑駒にとっては、深い悲しみが滲んで見えた。

 

(ごめんなさい――でも、もう強引に奪い取る必要なんてなくなったからよ――あいつに負けない位、貴方に愛されているのはもう良く分かったから……)

 

男の手が彼女の脚に伸ばされ、屈辱的な格好に折り曲げられる。

 

如何に実戦部隊で無いとは言え、仮にも海軍の司令室内のデスクの上であられもない姿態で組敷かれている自分を想像すると、身体の奥に火が点いたような感覚を覚える。

 

ひょっとすると、自分はこうなる事を期待して彼を煽っていただけなのだろうか?

 

彼を思い遣っていると言いながら、実の処は己の肉欲を満たしたかっただけではないのか。

 

しかし男の手が下着に掛かると、そんな些細な事はもう如何でも良くなってしまう。

 

自ら腰を浮かせてそれを手伝ってやると、露になった秘所にヒヤリとした夜気を感じるが、その感覚をゆっくり味わう間もなく彼の指が強引に分け入ってくる。

 

「もう――、またそんなところ……」

「嫌なら僕を――突き飛ばしてみたら如何ですか? それとも――人を呼びますか? 少し手を伸ばすだけで、簡単に出来ますよ?」

 

もちろん、そんな事をする必要など無かった。

これは斑駒が望んだ通りの結果であり、それを強いられた彼に与えられて然るべき、ちょっとした征服欲を満たす機会でしかない。

 

艶めいた仕草をして見たくて両手を伸ばし、彼の頬にそっと触れてみる。

 

「あたしはとっても意地悪なの♪ だからね、絶対にそんな事してあげないわ」

 

「なら――、何故はっきり言わないんですか? 言えばいいじゃないですか――、お前は間違ったと――あの時、葉月ではなく貴方を選ぶべきだったと……」

 

もしそう言っていれば、彼はあいつを捨てて自分の許に来てくれたのだろうか?

 

ひょっとしたらそんな今があり得たのかも知れないし、更に言うならそんな未来を手にする事もまだ十分に可能なのかも知れない。

 

だが、改めてそんな言葉を胸の内で弄んで見ても、何も心に響いてくるものを感じなかった。

 

「5年前なら確かにそう思っていたし、きっとそう言ったわね……でも――今はもう、そうじゃ無くなったのよ」

 

我ながら何の返答にもなっていない繰り言だとは思ったが、そもそも彼ですらまともな返答など期待していた訳では無さそうだった。

 

落ちてきた雫が頬にあたって弾けるのを感じるのと同時に、彼自身が押し入って来る感覚が全身に甘い痺れをもたらす。

 

(愛しているわ――これは嘘じゃない――本当よ……でも、今は――今はこれが欲しいだけなのよ――明日には――いいえ、ほんの一瞬の後には、あたしは貴方の手の届かない処へ行ってしまうかも知れない――だから――だから今だけは――赦してくれるわよね? あたしの可愛い泣き虫さん……)

 

優しいだとか情に篤いとか言う評判が聞こえて来る度に、どこか聞こえのいい美辞麗句にしか思えなかった。

 

そんな評判など、斑駒にとっては如何でも良い事だ。

 

どこか優柔不断で頼りない、そのくせ諦めが悪く不器用なまでに頑ななこの男が、どうにも愛おしくて仕方がないだけなのだ。

 

 

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