しばふ村より   作:Y.E.H

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【第五章・第六節】

 「捧げーっ、銃!」

長い笛の音と交錯して号令が飛び、儀仗兵姿の古参の下士官達がきびきびと小銃を掲げて哀悼の意を表す。

『かすが』の犠牲者を送る葬送の儀式は、沈鬱な空気の中で粛々と進んでいく。

隼太らはあくまでも裏方であり、各班長らの指示(声を出す事は殆ど無く、大抵の場合目配せや合図)に従って右へ左へと走り回っていた。

実戦部隊ではない教育隊に所属している練習艦隊に死者が出るのは、そうしょっちゅうある事では無い。

しかしながら、この戦争に於いては海から遠い内陸部でもない限り絶対に安全という場所は無い訳で、彼らとしては改めてそれを思い知らされたのだ。

 

「それにしても、こんな近海で本格的な遭遇戦になるのは只事じゃあ無いよな」

艇庫脇での短い待機時間に箕田が低い声で呟く。

「いや~、正直ちょっと緊張するわぁ――気ぃ抜いてられへんでほんまに」

「そんなの当たり前ぇだろ、死ぬときゃ本当一瞬だぞ」

 

彼らの中で唯一実戦を経験した清次の言葉は、以前よりも随分重たいものになっている。

とは言うものの、彼の表情はそれなりには明るい。

言う迄も無く、白石が無事に一命をとりとめて危険な状態を脱した事が分かっているからだ。

 

(ったく――お前はとんだ食わせ者だよ)

 

3日前、手術室前で見せたあの思い掛けない態度から、隼太は清次が追い掛けて来たのはいぶきではなく白石だったことを確信した。

そんな訳で、取り敢えず彼女の容態が無事に峠を越えた事でもあるので、出来るだけ早く事の次第を白状させてやろうと考えている処だ。

 

「全くその通りだなぁ。情けない事を言うけど、自分で海軍に入っておきながら、何時でも死と隣り合わせなんだって言う覚悟が足りて無かったとしみじみ思うよ」

何処かで聞いた様な言葉を箕田が漏らすと、豈図らんや清次が反応する。

「何だい、誰かにそう言われでもしたのかよ」

まだ記憶の新しい彼の言葉には少なからぬ棘があったが、箕田はそれを感じ取った風では無い。

「ああ、この間北上さんから指摘されたんだよ。いや、痛い処を突かれたと思ったな、うん」

「やれやれ、勉ちゃんは相変わらず真面目やなぁ♪」

「いや真面目も何も、自分が何時の間にか何事も無い日常に慣れ切ってた事が原因なだけだよ。それを改めて気付かせてくれた彼女には感謝しなきゃな」

「そうかよ、まぁ俺は幸いそのお世話にならずに済んだって訳だ」

 

彼の言葉が一層刺々しくなったので、一応隼太としては軽くその肩を叩いておくが、空気を読んだ河勝もわざと箕田を弄る様な話題を振ってくれる。

「何や、勉ちゃんの中で北上さんの評価爆上がりかいな♪ 憧れの長門さんにひょっとして並んだってか?」

「それは違うぞ、長門さんは凛々しく美しい方だがやはり要人でおられるしな。その点、北上さんは我々と同じ兵士としてその心情に通じる処があるんだよ」

「それに可愛いし?」

この際なので隼太も一緒に箕田を弄っておく事にする。

「いやっ、決してそんな事は言ってないぞ? 確かにそうなのは認めるが、だから評価してるとかそういうのとは違うぞ? 違うからな?」

何とも分かり易い反応に、不機嫌だった清次もニヤニヤする。

 

(もう長門さんへの熱は冷めちまったのか……何か惚れっぽい奴だなぁ)

 

箕田の違う一面を発見した気分だが、余り褒められた性質ではなさそうだ。

 

「いいか、第一そんな軽口叩いて脱線して良い時じゃないぞ、今は仲間の追悼をしてるんだからな?」

「了解~」

「分かってるよ」

照れ隠し半分で強引に話題を終わらせた箕田だったが、言っている事は正にその通りなので、彼らも素直に口を噤む。

しかし隼太の心中では、違う方向に思いが飛んでいた。

 

(もしこれが、俺と穂波ちゃんの上に起こったとしたら……)

 

あの日、観覧車のゴンドラの中で彼女は不安を口にした。

もし本当に、彼女の目の前で自分が吹き飛ばされる様な事が起こったら如何なるのだろうか?

おそらく彼自身はどうもこうも無いだろう事は直ぐに分かる。

気が付いた時にはもうあの世にいる筈であり、俗界の悩みから永遠に解放されているだろう。

その時残された穂波はどうするのだろうか。

 

(いや待て――まさかそんな……)

 

深海棲艦の弾や魚雷を普通の人間が感知するのは不可能だが、オリジナルと艦娘にはそれが出来る。

つまり、弾が飛んで来てそれが隼太を吹き飛ばそうとする時、傍にいれば穂波はそれを『見る』事が出来るのだ。

そして正に白石がやったのは、咄嗟に自分自身がその弾に当たりに行く事だった。

 

(ダメだ、穂波ちゃんにそんな事はさせられない)

 

とは言うものの、彼が穂波に『絶対にそんな事はしないでくれ』と頼み込んだ処で、その通りにしてくれる保証はない。

そんな状況を知覚出来るのは彼女であって隼太では無いので、事前に防ぐこと自体が不可能だからだ。

そこ迄考えて、初めて彼は清次の心中を少し知ることが出来た様な気がした。

言う迄も無く白石が庇ったのは浪江であり『かすが』そのものなのだが、状況からしてもし白石がそれをせずに浪江もその弾を避けてしまえば、それは『かすが』のプール付近に弾着して清次を含む艦娘支援班の誰かの命を奪っただろう。

つまり彼は、結果的に白石に命を助けられたのだ。

もし彼が隼太と似た様な思いで白石を追い掛けて来たのであれば、今頃はおそらく自身の無力さに打ちのめされている事だろう。

今の処それを表に出さない清次は、何だかんだ言っても昔のままのどこか幼稚さの抜けない勢いだけの彼では無くなっているのかも知れない。

 

(まぁでも、事情位は聞かせて貰っても良いよな)

 

「漕艇準備掛れ!」

その時珍しく口頭で指示が飛んで来たので、彼らは揃って飛び出して行く。

葬送の儀礼も最後の段階に差し掛かっていた。

 

 

「なぁ清次」

「何だよ」

 

その夜、消灯前に幾らか時間に余裕があったので、彼は自身の疑問を多少なりとも解決する事にした。

「一体何時からなんだよ」

 

「――――中学からだよ」

「んな事は分かってんだって、中学の何時からだよ」

 

少しの間躊躇していた清次は、やがて窓の方に顔を向けながら低い声で話し始める。

 

「最初はよぉ、違ったんだ」

「へぇ」

「単純に吹輪って可愛いよなぁだったんだ。――でもなぁ、何時の間にか『いぶき派』みてえな変な感じになっちまってよ」

「そりゃ俺も知ってる」

「それだけでも何々だこりゃって思ってたのによ、そいつらが矢鱈下げに掛かるんだよ、あいつの事をさ」

「堅物だってか?」

「もっと酷ぇ事言う奴も居たよ、正直何の恨みがあってそんな事するのか理解出来なかったぜ」

「俺も理解出来なかったな」

「でよぉ、腹が立つからよ、あいつだって同じ位可愛いじゃねぇかとか、凄ぇ賢いし真面目だろとか、それにあいつの親父さんやお袋さんって凄ぇ感じのいい人だろとか、――そうやって言い返してやろうと思ってよ、一生懸命あいつの良いとこ探してたんだ、――そしたらよぉ――」

 

「そしたら?」

 

「そのさ――何時の間にかよ……」

 

「好きになってたってか?」

隼太がそうフォローしてやると、彼は黙って頷いて見せた。

 

「――何かよぉ、一度そうなっちまうとさ、止まらねぇんだな――――不思議だけどよ」

「そう言うもんじゃねえのかな? まぁ偉そうに言う程の経験は無えけどさ」

 

「だからよぉ」

「うん」

「海軍が来たって聞いた時は、何て事しやがるんだ! ってマジ思ったぜ」

「まぁそれは俺もだなぁ」

「普段からあれだけ言ってたからよ、もし艦娘になれるなんて言われたら絶対すっ飛んでっちまうだろうなって思って――凹みまくったぜ」

 

「だったら何で説得しなかったんだよ? 頼むから行かないでくれって言やあ良かったんじゃねえのか?」

「馬鹿野郎、お前ぇじゃあるめぇしそんな事言える訳無えだろ! 第一よ――」

 

「第一、何だよ」

「俺の言う事なんざ聞いてくれ無ぇよ……」

 

そう言ってカーテンの隙間から覗く暗闇を見詰めた清次の横顔は、遣る瀬無い寂しさを漂わせていた。

彼は自分が白石に嫌われている事も承知していたと言うのに、こうして遥々軍に迄彼女を追い掛けて来た位なので、その想いの深さは隼太にも想像がついた。

 

(全く――何時からそんな純情になっちまったんだか……)

 

「でもさ、今度こそはお前の気持ち、通じたんじゃねえか?」

 

「――もう遅ぇよ……」

 

「そんな事はねぇだろ」

「何言ってんだよ、あいつはよぉ手を失くしちまったんだぜ? もう艦娘じゃ居られ無くなっちまうんだぜ? 今更如何しろってんだよ?」

「だからって人生終わっちまう訳じゃねえだろ? 白石さんも俺達もまだ二十歳にすらなって無えのにさ、遅いとか決めつけんなよ。これからは、一緒に戦う訳じゃ無くてもお前が白石さんの支えになる事だって出来る筈じゃねえのか?」

 

それを聞いた清次は黙ってしまい、そのまま無言で窓の方を見詰めていた。

が、やがて俯くとハーッと深く溜息を吐く。

 

「―――――そうだよな――お前ぇの言う通りだな……」

「決まってんだろ、後はもう一息気合入れてさ、その事を白石さんに伝えるだけだぜ」

 

「――ああ、そうだな、――何とかやってみっかぁ――気合入れてな」

「おぅ」

 

その時、消灯5分前を告げる鐘が鳴り響く。

いそいそとベッドを整えた2人は、ざっと室内を点検した後に灯りを消して各々のベッドに飛び込んだ。

そして暫しの沈黙の後、消灯時間迄の僅かな間に清次が小声でぼそぼそと呟く。

 

「――あん時よぉ、お前ぇが海軍に入るって言ってくれて、――真剣(まじ)でホッとしたぜ」

 

「そういうお前こそ、もう自分の中で決めてたんじゃねぇのか?」

 

「出来なかったんだよ、一人でやれる自信が無くてよ」

 

「へぇ」

 

「だからよ――そのぉ――――お前ぇが居てくれて本当に良かったよ――有難な……」

 

数瞬の沈黙が流れた後で消灯の鐘が鳴り、巡回当番が各部屋を点検して回る物音が一頻り続く。

 

間もなくそれも遠ざかっていくと、室内は静寂に包まれる。

 

(お前だけじゃねえよ、俺だってお前に助けられてるさ♪)

 

心の中でそう告げると、隼太は穏やかな気分で目を閉じた。

 

 

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