しばふ村より   作:Y.E.H

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【第六章・第二節】

『かすが』が欠けて3隻体制となった付属艦隊は、以前の様な2隻が哨戒、2隻が在港のローテーションが出来なくなり、今は1隻が哨戒、2隻が在港でシフトが組まれていた。

『かすが』が復帰するのに何ヶ月掛かるのか明確な見通しは立っていないが、再び4隻体制に戻る迄はこのシフトを続けるしかないだろう。

その朝、離岸していく『たかちほ』を見送った隼太は、何時もの通りプール周りのモップ掛けをしていると、穂波とともにいぶきが現れる。

「お早うございます!」

意識的に声を張って挨拶すると、彼女も

「お早うございます」

と返してくれるものの、何とも生気のない平板な声だ。

以前の明るく朗らかで積極的だった彼女に苦手意識を持っていた隼太だったが、こうなって見ると元通りのいぶきに戻ってくれないものかとつい思ってしまう。

しかしそんな奇跡など起こる筈もなく、そのまま続けて声を掛けられるのを拒む様に顔を背けた彼女は、無言で控室へと去ってしまう。

 

(いいさ、それでもやることに変わりはないしな)

 

今日のシフトは清次が来ないことが予め分かっていたし、それならいぶきが出て来る可能性が高いと思って待っていたのだ。

 

(あ~でも、緊張するのはするんだよなぁ)

 

5年前のあの日の感覚を思い出して、我知らず武者震いが出る。

あの時の隼太には全くと言っていい程余裕がなく、彼女の一挙手一投足に振り回されてジェットコースターの様な目まぐるしい時間だった。

でも、今の彼にはいぶきに対して隠しておかなければならない事など何もない。

彼女を今以上に傷つけてしまう様な愚かな事さえしなければ、あの日と同じく当たって砕けるだけだ。

 

 プール周りの清掃と備品の整理が終わると、早速スタンバイボックスから艤装を搬出して起動時点検の準備に掛かる。

と、そこへ控室から穂波といぶき――に加えて班長が出てくる。

もう顔面の筋肉が固まってるんだろうなと思ってしまう程の仏頂面をした彼と少々困った様な顔をした穂波とは対照的に、いぶきは全くの無表情だ。

一体どんな会話が交わされたものか凡そ想像はつくが、ここ暫くの状況からすれば安直な事にはなり様がない位ここにいる全員が分かっているだろう。

それでも何食わぬ顔で起動時点検の準備を整えて待っていると、彼女達がプール脇にやってくるのでこれも何時も通り敬礼で出迎える。

 

「隼太君、違うわよ?」

開口一番、低く感情の籠らない声でいぶきが指摘するが、もちろん予想通りだ。

「はい、本日は互換確認を兼ねています」

「互換確認? 何故このタイミングでやるの?」

「現在の暫定シフトに代わってからは初めてなので」

「……はい、分かったわ」

納得など欠片もしていないだろうが、淡々と応じた彼女は艤装脇の点検椅子を引き出して腰を下ろし、能面の様な顔のまま機械的に起動時点検に掛かる。

「主ケーブル接続」

「主ケーブル接続――よし!」

「艤装メインスイッチ押下」

「メインスイッチ押下――確認! 通信環境チェック開始、平均転送速度――24.5Gbps、エラーチェック正常――通信環境チェックよし!」

「艤装側確認――通信環境良好」

「マスターリンク――起動」

「――艤装側、シンクロ開始確認」

「同期確認――よし! ねぇ、いぶきちゃん?」

「……」

「チェックモード動作にして点検する?」

「……自分で決めれば?」

「艦娘には、一応艤装の状態維持義務があるんでしょ? いぶきちゃんの意見を無視して勝手には決められないよ」

「……通常電流値にして」

「了解! 電力供給――よし! 現在値2.01」

「電流値確認、2.01、正常」

「チェックモードにしなかったのはなぜ?」

「……分からないの?」

「ひょっとして、互換確認だから?」

「そんなの決まってるじゃない、実働負荷を掛けなきゃ互換確認にならないでしょ」

「成る程――、教えてくれて有難う、メモしとくよ♪」

「…………馬鹿見たい」

「『見たい』で良かった。村越さん見たいに『バカ』って断言されたら立ち直れないよ♪」

「――嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ、俺今でもはっきり覚えてるけどさ、昔いぶきちゃんに『嘘吐いたんじゃ無い事は信じてあげる』って言われた時本当にホッとしたよ?」

「……詰まんない事、覚えてるのね」

「詰まんない事じゃないよ、俺の一生で最大のピンチだったよ」

「……そう――そんなにイヤな奴だったの」

「イヤな奴だったら苦労したりしないよ、何とか嫌われない様に、それで戦争にも行かせずに済むようにしなきゃいけないからピンチだったんだよ~」

「……調子のいい事ばっかり」

「そうだね、あの時は調子のいい事考えてたなぁって今は思うよ」

「――今だってそうじゃない」

「今はもう、そんな無理な事考えなくて済むだけだよ。結局穂波ちゃんもいぶきちゃんも俺も皆此処にいるんだから」

「だったら、恨んでるでしょ」

「恨んでるように見える?」

「…………でも、わたしのこと邪魔でしょ」

「なんで? 俺は穂波ちゃんと上手くいってると思ってるのに、いぶきちゃんが邪魔になる理由がなくない?」

「――だったら、邪魔じゃないだけね。わたしなんかいてもいなくても同じね」

「もしもいぶきちゃんが最初から俺の近くに居なかったんなら別だけど、そうじゃ無いでしょ」

「でも――穂波がいればそれで良いんじゃないの?」

「中学の時の俺はどっかでそう思ってたかも知れないなぁ。でも、やっぱり色んなものがまだ見えてなかったんだと思うね」

「……やっぱり嘘ね」

「もう一回言うけど嘘じゃないよ。だってあの時さ、いぶきちゃんが彼女になってくれるって言われてマジでグラついたんだからね」

「……しつこいのね、まだ嘘吐くの?」

「まぁ、信じて貰えないのは仕方ないけどさ、あの時は本当に『いぶきちゃんも彼女になってくれるんだし穂波ちゃんの事は諦めるしかないか』って思ったんだよ」

「……」

「あの時、一体なぜそのまま『うん』って言わずに断ることが出来たんだろうって思ってるよ。なんか突然違う未来が見えた様な気がしたんだよなぁ」

「……決まってるじゃない、それだけ穂波の事好きだったんでしょ」

「うん……好きだよ、だからここ迄来たんだよ」

「――わたしの前でそんな事、平気で言うのね」

「いぶきちゃんに生半可な嘘は通じないって、身に染みて知ってるからね♪」

「イヤな言い方ね」

「いぶきちゃんだけじゃ無いよ、穂波ちゃんだって傍に居るだけで俺が考えてる事何でも分かっちゃうんだからね」

「……それ、わたしに当てつけ?」

「――あのさ、今から話す事はまだ穂波ちゃんにも話したこと無いんだけど……」

「そんな事、わたしに話してどうするの?」

「後で穂波ちゃんにも話しとくよ」

「……フン」

「実は高校の時にさ、告られた事あるんだ」

「……」

「中央の娘でさ、東雲秋帆ちゃんって知らない?」

「……知ってる、中央で一番可愛いって……」

「うん、実際可愛いかったよ。だから、最初は何が起こったのかと思っちゃったよ」

「――何なの? 自慢したいの?」

「もしそうだったら、いぶきちゃんにする意味が無いよ~」

「……」

「でもね、不思議な位何も感じなかったんだよ、本当に」

「――何が言いたいの?」

「いぶきちゃんから『わたしと付き合って』って言われた時はさ、正気を無くしそうな位にぐらっと来たのに、何でこんなに違うんだろ? って思ってね」

 

「…………もういい」

「えっ?」

「もう聞きたくないって言ったの」

「ご、ごめん、そんなに嫌だった?」

「……ううん、違うわ」

「え、それじゃあ――」

「次に隼太君が何て言うのか、もう分かっちゃったからよ」

「そっかー、やっぱり俺単純なんだなぁ♪」

「違うわ、裏表が無いだけよ、単純なのとは違うの……」

 

一瞬、隼太の脳裡にあの日の穂波の言葉が過る。

5年の月日を隔てて、その同じ言葉がいぶきの口から出たのだ。

 

「い、いぶきちゃん――それって――」

 

「……だからね――好きだったの……」

 

息が出来なかった。

 

それどころか、心臓まで止まってしまったかの様だった。

 

しかし、どうやら彼女はそうではないらしい。

 

「――安心してね、今はもう大嫌いだから」

 

「――斯波中の皆の事もそう?」

 

「……うん」

 

「やっぱり――許せない?」

 

「そんな事、言う積もり無い、でも――」

 

「でも――?」

 

「――男の子なんて、皆嫌い……」

 

一体どう返事をしたら良いのか見当もつかなかった。

いぶきが何を言いたいのかはイヤと云う程分かるのだが、今は既に隼太もまた憎むべき存在になっているのだ。

 

(でも――本当に誰も本気な奴はいなかったんだろうか?)

 

確かに、彼女を追い掛けて来た斯波中生は誰もいなかったが、だからといってそこ迄やらなければ本気ではない等と言われる筋合いの事でもないだろう。

 

「いぶきちゃんの事さ、本気で好きだった奴もいるんじゃないかな」

「そんなの関係ないわ――誰からも告白なんてされてないもの……」

 

清次の言葉が蘇って来る。

『――いぶき派みてえな変な感じになっちまってよ――』

結局彼らは、互いに牽制しあって誰もまともに告白すらしなかったのだ。

 

(ひょっとして、あの日俺に付き合ってと言ったのは……)

 

自分の事を本気で想ってくれる人は誰もいない――いぶきに特別な関心を示さない隼太だからこそ、そう訴えたかったのだろうか。

この世の何処かに、自分を好きだとはっきりそう言ってくれる誰かがいる筈――彼女は村の外の世界にそれを求めていたのかも知れない。

 

「ごめんね――俺、いぶきちゃんがどう思ってるのかなんて、何も分かってなかったよ……」

 

「――やめてよ、謝って欲しいなんて思わない」

 

「うん、謝るのはこれで終わりにするよ。でも――また、話聞かせてくれないかな」

 

「――何? わたしのこと好きになったの? 言っとくけどわたしは嫌いよ」

 

「分かってる積もりだよ。それでもいいからさ……」

 

「…………気が向いたらね」

 

「――有難う」

 

「――如何でもいいけど、いい加減に仕事したら?」

「あっ! うん、そうだね、互換確認やらなきゃね、ごめんよ」

「今、謝った?」

「いやっ、その、今のは違うよ? 本当だよ?」

「フン――バカみたい」

 

そう言った切り、彼女は艤装に視線を落として事務的な対応に戻ってしまう。

とは言え、隼太の心許ない感触だけではあるものの、何か取っ掛かりを掴めた様に感じられたのは事実だ。

 

(焦るな――今日は最初の一歩でいいんだ。少しずつ少しずつ時間を掛けていけばいいさ)

 

そうやって、いぶきの心を少しずつ解き解して行けるかも知れない。

彼一人だけではなく皆も協力してくれるのだから、時間を掛ければきっとやり遂げられる筈だ。

その確信を胸に、再び隼太は目の前の仕事に戻る。

 

 

だが――時は――彼が思う程には――優しく無かった。

 

 


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