しばふ村より   作:Y.E.H

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【第六章・第三節】

 「やっぱりかぁ~、まー仕様が無ぇなぁ」

「そうですね、まぁ想定内ですよね……」

「馬鹿野郎! 仕様が無いかどうか貴様らが決めることじゃねぇぞ!」

「んな事言ったって仕方ありませんよ班長~」

「そうっすよ、吹輪がしんどいって言ってるのを無理矢理引き摺ってくる訳にいかないでしょう」

「そんな事位は、貴様らに講釈垂れて頂かなくたって重々分かっとる!」

分かっているのと機嫌が悪いとの間に相関関係は無さそうである。

班長の気持ちは良く分かるのだが、腹を立てても解決しないこともまた確実なので、憤懣の遣り場は何処にも無いのだ。

 

(やれやれ、そろそろこっちに火の粉が飛んで来そうだな)

 

隼太がそう思っていると、案の定お鉢が回ってくる。

「敷島! 貴様も何時迄悠長にやっとる積もりだ! さっさと結果を出さんか馬鹿者!」

「申し訳ありません! ですが、やはりもう少し時間をください!」

「ほ、本当に申し訳ありません!」

横から一緒になって清次も声を上げるが、どうやら本気で恐縮しているらしい。

「喧しい! 貴様の様な色男に頭下げられても何も嬉しくねえ!」

因みに清次には、班長独特の言い回しがあるので、こう言われた時は『お前が悪いんじゃないから謝る必要は無い』という意味なのだと解説してある。

その所為か、最初の頃は怒鳴られる度に一々震えあがっていたのだが、近頃は多少慣れて来た様だ。

とは言え班長の癇癪は中々おさまらず、これはまだ長引くかと諦めかけた矢先、斑駒が士官らを伴って乗艦してくる。

 

「お早うございます、艦長殿!」

敬礼で迎えた一同を代表して班長が挨拶すると、答礼した彼女は口許に笑みを浮かべながら口を開く。

「朝から随分ご機嫌斜めの様ね、班長♪」

「はっ、申し訳ございません。訓練態勢に穴を開ける事となってしまいました」

「仕方無いと片付ける積もりは無いけれど――でも、如何し様も無いわね」

「まことに、小職の不徳の致すところで――」

「貴方の所為では無いし、そちらの色男さんの所為でも無いわよ」

そう言ってチラリと流し見られた清次は、思わず直立不動となり

「はっ!」

と一声上げるのがやっとだった。

「兎に角、今日は戦闘機動訓練は中止して哨戒訓練のみとします、全員出港準備掛かれ」

「了解しました! 直ちに出港準備掛かれ!」

班長の復唱に応じて、班員全員が一斉に動き出すのを満足気に見やった斑駒は、そのまま踵を返して艦橋へと消える。

待機していた陸上要員も同じく離岸準備に入ると、結局は何時もと変わらぬ光景となった。

 

(まぁ、さすがにまだ無理だろうとは思ってたしな)

 

今日のシフトの巡り合わせが悪い事は、前から分かっていた事だ。

清次がシフトに入る日はタダでさえ出勤率が下がるのに、その上に今日の候補生は綾瀬と浪江なのだ。

そもそも、いぶきを村の出身者以外の者と組ませる様に再配置することが検討されているというのに、此処迄固まる様な日を作ってしまえば駄目なのも当然の様に思う。

そんな日に村越がシフトから抜ける予定を当ててくるなど、わざとやっているのだろうかと疑いたくなる位だ。

『かすが』の乗員で、あの日負傷した者や戦死者のチームメイトやすぐ傍に居た者等には定期的なカウンセリングが行われている。

それはそれで良い事かも知れないし、実際数日前には浪江もカウンセリングを受けているのだが、村越は以前から『あたしはカウンセリングされる方が却ってプレッシャー感じるわ』と零す位気乗りしていなかった。

しかも寄りに寄ってそれをこのシフトの日に入れてしまうわけで、改めて軍という処は何処迄も杓子定規なものだという事を思い知らされる。

今の司令と斑駒の様に柔軟な者が指揮官に就いていても、こう言った事は容易には改善しないらしい。

 

 離岸して間もなく何時もの様に先ず穂波が哨戒態勢に入り、続いて浪江と綾瀬が訓練態勢に入ると、これもまた何時もの様に往路の哨戒訓練が始まる。

何時もと違うのは、これが復路も続くというだけだ。

「綾瀬候補生、敷島候補生、両舷水測!」

「綾瀬、右舷水測入ります!」

「敷島、左舷水測入ります!」

歯切れの良い遣り取りが交わされている時は、彼女達がリラックスしているサインでもある。

隼太の周りの班員達も同じくリラックスしている様子で、あれ程癇癪を爆発させていた班長ですら、少々ムスッとしている程度に迄は機嫌を直している様だ。

しかし気を抜いて良い訳ではない。

『かすが』が襲撃を受けたのは、例の海洋生物や境界面反射によるノイズが多い海域でのことなのだ。

言う迄も無く、その様な条件下では不審な音源の探知が遅れたり確認し辛かったりする可能性がある訳だが、何より怖ろしいのは深海棲艦がそれを利用しようとした事だ。

約20年前に深海棲艦との実質的な戦争が始まった当時は、彼女達(表現が正しいのかどうか悩むところだが、女性の様な姿をしているのでこう呼んでおこう)には組織などはなく、一緒に行動している様に見える者達も精々実艦時代の繋がりがある同士程度と思われていた。

だが年月の経過と共に、彼女達がどうやら人類側の情勢を冷静に観察しているらしい事や、相手構わず闇雲に襲い掛かる訳ではなく弱い部分を確実に叩きに来る処など、何らかの組織だった行動とそれを支える高い知性とを備えている事が次第に分かってきている。

世界の国々の中でもこと深海棲艦に対する戦力が最も充実しているのは日本なので、今の処彼女達は正面切って大規模な戦いを挑んで来ることはないが、それ以外の各国に於いても徐々に艦娘の配備は進んでおり、何時迄この状態が続くのかは見通せない。

来るべきその日の為に、こうして新たな世代の艦娘を戦力として育成していく事が必要なのだが、ひょっとすると深海棲艦達がこの教育隊付属艦隊などにちょっかいを出してくるのは、それを妨害する糸口を探しているのかも知れない。

 

 やがて『うさ』は警戒すべき海域に入り、穂波達を含めた一同の上にも多少ながら緊張した空気が流れる。

「9時方向、距離凡そ7,000付近にに微弱な音源を探知、状況から判断して海洋生物と思われます」

「2時方向、距離5,000以内にやや弱い音源を探知、境界面反射の可能性が高いと思われます」

定時報告以外にも、時折報告の声が上がるたびにサッと気が張り詰めるものの、報告の内容からしてすぐにそれは引いていく。

とは言え、こんな時コンソール係である隼太らは余りその雰囲気に振り回されることはない。

彼らが見守るコンソールには穂波達のバイタルが常に表示されているため、報告の内容を全て聞く前から彼女達のバイタル値に大きな変化が無い事が分かっているからだ。

 

(でも――いざその時になったら怖いだろうな……突然穂波ちゃんの心拍数跳ね上がったりしたら、俺の心臓が止まりそうだよ)

 

しかし、それが本当に起こるかどうかすらもまだ分からない。

隼太が見ている限りでも、穂波は驚いたり慌てふためいたりという挙動がほとんど無く、隊内の所属艦娘の中でも最もメンタルが安定して落ち着いていると評価されていた。

因みにもう1人数値がほとんど動かないと言われるのが『あつた』所属の初田だが、彼女の場合はどちらかというとメンタルが安定しているというより、自分の好きなこと以外にはほぼ感情を動かされないダウナー系だという評判が定着している。

そうこうする内に彼らはその海域をどうやら抜けて、幾許もなく通常コースでいう処の反転ポイントが近付いてくる。

昼食準備完了を知らせる鐘が鳴ると、まず穂波から昼食休憩の準備に入る。

有線機動の立下げが終了して彼女がプール脇の所定位置に腰を下ろし、班のWave達に艤装を外して貰っている間に隼太もコンソールの始末を終える。

「先番、行って参ります!」

「さっさと戻って来いよ、給養班長に説教でもされやがったら承知しねえぞ」

「了解っす~」

班長や先番組のWaveらと一頻り遣り取りをしてから、プールの反対側で相変わらずコンソールに噛り付いている清次に

「お先!」

と一声掛けると、

「うす!」

とこれも一声で応じる。

「へへ、色男もうちの雰囲気に馴染んで来やがったな」

「そうですね。まぁ、まさかあいつのあだ名が『色男』になるとは思いませんでしたけど」

「そりゃ仕様がねぇだろ、結果的に吹輪を袖にしたのは間違いねぇんだからよ」

「ええ、あいつは彼女の事を好きなんだとばかりずっと思ってましたからねぇ」

「中々大した奴じゃねぇか、そういう一途なのって嫌いじゃないぜ」

実際の処、今度の件はWave達の間でもどちらかというとポジティブに評価されているらしい。

ただ、班長をはじめ管理者側から見れば困った事をしてくれたと思われている様で、そこは少々隼太も心配なところではある。

 

(まぁでも、あいつもちゃんと分ってる見たいだしな♪)

 

それ迄も別に清次が不真面目だった訳では無いものの、白石の除隊が決まってからの彼は勤務態度と言い振舞いと言い、誠実さが際立っていた。

もちろん、彼にとっては『一日でも早く下士官となって白石を迎えに行く』という人生の一大目標が出来たのだから、それに向かって脇目も振らずに努力しているだけなのだろう。

「白石さんは大物やな、あんながしんたれを一夜で模範生にしてまうんやから」

とは河勝の評だが、その言葉に違わず何れ清次は白石の尻に敷かれるのかも知れない。

 

 班長に釘を刺されたからではないが、さっさと昼食を終えて戻ってくると穂波も丁度控室から出てくるところだった。

二言三言位は話し掛けられそうだと思った矢先、綾瀬に先を越されてしまう。

「先輩、確認お願いできませんか?」

「どうしたの?」

「はっきり分からないんですけど、音源っていうのかノイズなのかものすごく微かな何かが聞こえるんです――って言うかそんな気がするんです」

彼女がそんなあやふやな言い方をする位なので、余程微弱な反応なのか或いは本当に気のせいなのだろう。

「分かったわ、確認しておくからご飯行って来てね」

「有難うございます!」

「確認できなくて申し訳ありません」

綾瀬と浪江が口々にそう言って立下げに掛かるので、入れ替わりに穂波の起動準備に入る。

「穂波ちゃんお疲れ様だね」

「ううん、大丈夫だよぉ」

「分かった、それじゃ――通信環境チェック開始――」

何時もの様に起動確認を始めるが、穂波と息が合っている事もあり、日に日に所用時間が短くなっていくのを感じられる。

そんな訳で、浪江達がやっと脱着を終えて立ち上がった処だというのに、早くも起動完了した穂波はプールに立っていた。

「起動完了、全機能異常なし! 艦娘、有線機動準備完了しました!」

「了解、艦娘は哨戒を開始されたし」

「五十田、両舷水測開始します!」

すっかり当たり前になった遣り取りを耳にしながら、彼女の横顔をチラリと見る。

落ち着いたその表情に癒されるものを感じながら、コンソールに視線を戻したその数秒後の出来事だった。

 

突然、穂波の心拍数と血圧が跳ね上がったのだ。

 

「穂波ちゃ――」

 

思わず口に出掛かった言葉が、彼女を顧みた瞬間に喉の奥で凍り付く。

見た事も無い様な、白く緊張した面持ちの穂波は只ならぬ気配を漂わせていた。

更にその直後、隼太は初めて彼女が大声を出すのを耳にする。

 

「4時の方向に不審な音源を感知! 距離、凡そ20,000以内! 複数です!」

 

その怖ろしい言葉は、辺り一帯を静寂に包み込む。

――が、それは一瞬しか続かなかった。

正に間髪を入れずという勢いで、スピーカーから副長ではなく艦長である斑駒のこれも大声が響く。

 

「総員、戦闘態勢取れ! 戦闘機動に備えよ! 繰り返す! 総員、戦闘態勢取れ! 戦闘機動に備えよ!」

 

食事に行き掛けた後番組と浪江と綾瀬が慌ててプール脇に馳せ戻ってくる。

隼太も慌ただしく艦艇戦闘装備を身に着けるが、その間にも主機が唸りを上げ、艦がグンと増速する。

「五十田さん! 触接は維持してる⁉」

先程の様な大声ではないものの、斑駒の緊迫した声が再び降ってくる。

「維持しています! 方位、距離とも凡そ変わらず! 数は3乃至4と思われます!」

「何とか維持して頂戴! 綾瀬さん敷島さん! 貴方達は射撃準備と水上索敵よ!」

「了解!」

「了解しました!」

穂波達の緊迫した遣り取りが続く中、斜め横で思わずといった調子で班長が呟く。

「畜生め、とうとう来やがったか……」

その独り言を聞いた隼太は、改めて己の中の覚悟を確かめる。

 

(俺は――俺は――今、穂波ちゃんの傍にいる――そうだ――とうとう来たんだ――一緒に戦うその瞬間が……)

 

今、この瞬間に彼が掴むことが出来るのは、どうやらその己自身の覚悟だけの様だった。

 

 

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