しばふ村より   作:Y.E.H

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【第六章・第四節】

 五十田が第一報を叫んだ時、最も素早く反応出来たのは斑駒自身だった。

部下達が別に無能な訳では無く、彼らには迷いや遠慮が有っても自分にはそれが無いと言うだけだ。

躊躇なく戦闘態勢を命じたのも、一刻も早く増速して敵を振り切るチャンスを掴むためでしかない。

 

「隊より受電しました!」

副長が声を上げる。

「報告して!」

「はっ、本艦からの緊急連絡を受電し『あつた』『たかちほ』に緊急離岸準備を下命済み、また陸軍に大井殿のヘリコプター移送を依頼中とのことです」

「分かったわ、航空支援の方はどう?」

「はい、厚木基地からの応答は未着です」

「仕方無いわね、何とかして振り切るわよ」

「はい!」

敵が大型艦や潜水艦であれば十分に振り切れるだろうが、巡洋艦や駆逐艦であればそれは困難になる。

此方の持っている反撃手段は火砲が1門と数発のSSM程度であり、3、4隻の相手と正面から渡り合うのはそもそも無理があるので、味方が駆け付けてくれる迄逃げ切るしかない。

 

彼女が改めてそう肚を括り直したその時、前方に巨大な水柱が4つ立ち上がる。

「弾着!」

見張担当が声を張り上げるが、それよりも大事なことがあった。

「すぐ次が来るわよ⁉」

その言葉が終わると同時に、更に4つの水柱が前方に立つ。

「大きいですね」

「そうね、これは戦艦だわ。こんな近海で何をやってるのかしらね」

そう言いながらも、心中ではこれなら何とか逃げ切れるとも思う。

今の弾着地点を見ても此方の速度をかなり見誤っており、逃げに掛かったのを見て慌てて撃って来たのだろう。

後は随伴の駆逐艦などをどうやって躱し切るかだ。

 

「報告を修正します! 音源の数は3! 繰り返します、音源の数は3です!」

「艦の大小は推定できる⁉」

「お待ちください――推定で宜しければ――大1、小2と思われます!」

「有難う、十分だわ、そのまま触接を維持して!」

「はい!」

 

(さすがね――頼りになるわ、五十田さん)

 

束の間、脳裏に5年前の敷島隼太の姿が浮かぶ。

あの日、斑駒が抱いた予感は的中し、4年半後彼は五十田を追って海軍にやってきたのだ。

 

(この子達は、果たしてこの先も戦い抜いて行けるのかしら? あたし達の様に……)

 

そう思った後で『あたし達』に自分で苦笑してしまう。

葉月が聞いたら憤然として否定するだろうか?

 

(例えそうだとしても――関係無いわよね、何を今更だわ)

 

誰に認められる必要も無い。

軍人は軍人らしく自らの手で戦い抜き、彼との未来を掴み取るだけの事だ。

その時再び見張り員が叫ぶ。

「弾着!」

今度は先程よりもやや近いものの、少々右舷側に逸れた様だ。

「修正して来ましたね」

「そうね、でもやらせる訳には行かないわ。その前に振り切るわよ」

『うさ』はほぼ最大速度に達している。

これなら駆逐艦クラスはともかく、足の遅い戦艦は十分振り切れる筈だ。

 

 

 次の弾着は、先程のものよりもかなり近くなっていた。

隼太が初めて見るその水柱は、信じられない位に巨大なものだ。

 

(こんなのが命中したら、1発で粉々だよな)

 

しかし班長もWave達も、そして穂波も淡々としている。

彼と同じ様に水柱が立つ度に反応しているのは、浪江と綾瀬、そして清次位なものだ。

 

「五十田さん、現況を報告して!」

「はい! 音源小2は現在4時方向、概ね17,000以内、音源大1は4時から5時方向、概ね20,000以内と思われます!」

「どういう事? 大を引き離せていないの?」

「はい、推定距離にほとんど変化ありません!」

「――分かったわ、綾瀬さん、敷島さん、敵はまだ捕捉出来ない?」

「はい!」

「まだ捕捉出来ておりません!」

「捕捉出来次第、報告して!」

「了解!」

 

斑駒の声には気持ちを落ち着かせてくれる効果がある様だ。

胸の中で落ち着きを無くしていた心臓が、少し大人しくなる。

 

(それにしても、穂波ちゃんは凄いな)

 

彼女達の遣り取りを聞いていても、穂波が如何に斑駒(だけでは無く、おそらくは全乗員からだ)から信頼されているかが良く分かる。

しかも、この凄まじい状況の中でも彼女はかなり正確に敵の動きを水測で把握し続けているのだ。

普通に考えれば、巨大な水柱が立つ様な弾着やほぼ最大速度に達している艦が波を蹴立てる轟音の中で、20kmも遠くの深海棲艦が立てる航行音など感知出来る訳がない。

だがそれこそが艦娘の特殊能力であり、それをどんな状況でも正確に使いこなせる穂波の高い練度がなせる業なのだろう。

隼太が見詰めるコンソールに映る彼女のバイタルは、先程一気に跳ね上がった時よりは落ち着いているものの、相変わらず緊張が続いている事を示している。

だからと言って、彼に出来ることがある訳では無かった。

リラックスさせる為に話掛けるなどはもっての外だし、お茶を出したり肩を揉んだりする事も出来ず、只ひたすらに穂波とその艤装が正常に機能し続ける様に見守るばかりだ。

 

(仕方無い――それが俺の仕事――俺が戦う方法なんだ)

 

そう改めて思ったその時だった。

先程よりも更に近くに水柱が立ち上がり、『うさ』はそこへ向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。

「大分寄せて来やがったな下手糞め!」

班長が忌々し気に叫ぶのとともに小山の様な水柱が甲板に向かって崩れ掛かり、一帯を水浸しにする。

 

「あ~あ、これでまた風呂が潮臭くなるじゃねえかくそっ垂れがよぉ♪」

「全くだ、お陰でまたいい女になっちまったぜ」

そう言ったWaveに肩を叩かれた隼太も、何とか会話に参加する。

「えっ、どの辺にイイ女要素ありましたか?」

「バカ野郎、昔っから言うじゃねえか、水も滴るいい女ってよぉ」

「いやそれ、いい男だと思いますよ? 多分ですけど……」

「多分なら、女かも知れねぇだろ!」

期せずして辺りに笑いが起きる。

張り詰めた表情だった浪江と綾瀬にも笑顔が浮かび、何よりも穂波の口許に小さな笑みが浮かぶ。

 

(穂波ちゃん!)

 

まるで胸の中に小さな灯りが灯った様な救われた気分になった彼に、穂波はチラリと視線を投げ掛ける。

ほんの一瞬2人の視線は絡み合い、同時に互いの心が深く通じ合うのをはっきりと感じる。

 

「一緒だよ」

「うん」

 

意識することなく自然に口を衝いて出た言葉に彼女が応じ、その短い遣り取りで2人は満たされる。

そんな、生きている実感の様な不思議な感覚を共有した彼らの上に、再び斑駒の声が降ってくる。

「これより本艦は回避運動に移る、総員、急激な機動に注意せよ、繰り返す、本艦は回避運動に移る、総員、急激な機動に注意せよ」

 

「貴様ら聞こえたな! しっかり掴まっとけよ! じゃなきゃ帰って晩飯食えねえぞ!」

「うぃっす!」

「了解しました!」

「アイアイサー♪」

 

斑駒の指示を享けて班長が叫ぶと、全員が思い思いに叫んでそれに応じる。

言う迄も無く、その場にいる全員がじりじりと追い詰められつつある切迫した状況を理解していたが、それでもなお彼らは意気軒高だった。

 

 

 五十田の報告を聞いた瞬間、副長をはじめとした艦橋内のクルーに動揺した様な空気が広がったが、その程度の事で一喜一憂している場合ではない。

「落ち着きなさい! 我々がやるべき事は何も変わらないわ!」

そう一喝すると、一瞬浮足立ち掛けたその場の空気がピタッとおさまる。

「申し訳ありませんでした、しかし本艦はほぼ最大速度で航行していますので、理解が追い付いておりません」

「もう少し頭を柔らかくすれば直ぐに分かる事よ、相手が何者なのかね」

その言葉に束の間沈黙した副長は、僅かな間の後に『あっ』という顔になる。

「それではまさか、追尾してくるのは――」

「そうよ、きっとあいつ――いえ、あいつらだわ」

「――しかし、一体なぜ我々付属艦隊などに手を出してくるのでしょうか?」

「それこそ、あいつらに聞いてみなければ分からないわ。けど、どちらにせよ生きて帰れたならば、直ちに海軍としての対策を練る必要があるわね」

「最悪の場合に備えて、もう少し沿岸に寄せるべきでしょうか?」

「馬鹿言わないで、あいつらを沿岸に侵入させてどうするの? 艦砲射撃でもされたらそれこそパニックになるわよ?」

「はっ!」

 

その時、通信担当が声を上げる。

「隊より受電! 一三〇三に『あつた』『たかちほ』が離岸、ランデブーは一四三〇前後の見込みとのことです! 更に、陸軍による大井殿のヘリコプター移送は一三〇五に離陸、一三四〇前後に下田警備部に到着予定とのことです!」

 

「彼女が来てくれるのでも50分以上先という訳ね――」

報告を聞いた斑駒が独り言ちたその直後、『うさ』の前方に何度目かの弾着があり、艦はその水柱が崩れ去る前にまともに突っ込んでしまう。

「相当寄せて来ていますね」

「そうね、次は夾叉されてもおかしくないわね」

そう言って数秒間前方を睨みつけた後で、彼女は副長の顔を見る。

「厚木からの航空支援は? もう出たかしら?」

「はっ! お待ち下さい――――トランスポンダによる現位置確認――ほぼ予定通り離陸済みです。到着予想時刻は一三二五」

 

「――では、それ迄もう少し引き伸ばしましょ。航海長!」

「はっ!」

「回避運動用意、パターンC準備」

「了解しました! パターンC準備――ご命令を待ちます!」

 

彼の応答を確認した斑駒は艦内放送のスイッチを入れ、落ち着いた声で指示を出す。

「これより本艦は回避運動に移る――――」

その間、ブリッジクルーは神妙な顔つきで待機していたが、彼女の言葉が終わり放送のスイッチが切られると全員が一斉にこちらを顧みる。

その視線をグッと受け止めた斑駒は、努めて平静な顔をして指示を出す。

「航海長、それじゃ一つだけ指示を出しておくわね、この際操艦教本に書いてある事は全て忘れて、速度を一切落とさずに回避運動をして見せて頂戴。貴方の腕前、存分に見せて貰うわよ――それでは、回避運動始め!」

「了解しました! 回避運動パターンC、開始します!」

 

主機の唸りが一段と高くなり、斑駒の視界がグーっと傾く。

と、次の瞬間には巨大な力で引き摺られる様な加速度を感じると共に、体が反対側に飛ばされそうになる。

艦長席のハンドルを力一杯握りしめてそれを耐え抜くと、今度は再び反対方向から見えない手で首根っこを掴まれた様な激しい力が掛かる。

 

「弾着!」

見張りの叫び声と共に水柱が立ち上がるが、それは明らかに左舷方向に大きくズレており、どうやら追跡者の狙いを外す事に成功したらしい事を教えてくれる。

 

(とは言っても、所詮は一時凌ぎよね――これで稼ぎ出せる時間は――精々15分てとこかしら♪)

 

それでも構わない――いや、それで十分だとも言えた。

敵を振り切れない事がはっきりした以上、本当に生きて帰るチャンスを掴み取るためには、ただひたすら逃げ続けるだけでは駄目な事位は良く分かっている。

 

(自分の未来は自分の手で勝ち取るものよ――ねぇ、そうでしょ? ――仁……)

 

胸の中に浮かんだ彼の姿をそっと抱き締めてみる。

 

その感触は、彼女の腕の中で微かに暖かかった。

 

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