しばふ村より   作:Y.E.H

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【第六章・第五節】

 『うさ』は決して大きな艦艇では無いが、それでも全長は100m近くある。

それがまるでモーターボートか何かの様に、右へ左へと激しく転針するのは隼太の想像を超えていた。

「良く見とけよ、こんな操艦が出来んのはうちの航海長位なもんだぜ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、そうさ、艦長共々散々修羅場を潜って来たお人だからな」

「貴様ら、無駄口叩いてっと舌噛むぞ!」

「はい、申し訳ありません!」

「大丈夫っすよ、班長よりは舌短いっすから♪」

「ったく、口の減らねぇ連中だな!」

班長の自棄糞な物言いに再び笑いが起きる。

どれ程絶体絶命の状況に追い込まれても、彼らは決してその態度を改めはしないだろう。

それは前線に身を晒す者達の意地の様なものかも知れない。

 

「4時の方向に敵影を捕捉! 距離、凡そ16,000、数は2!」

綾瀬が声を上げるが、そこには悲壮な響きはなく、寧ろ溌溂としている様だ。

「敷島さんも捕捉出来てる?」

応答する斑駒の声にも何処かしら勁さを感じる。

「はい、捕捉しています! 付け加える情報はありません!」

「では、2人とも距離15,000で砲戦開始の事。目標設定は貴方達に任せるわ、砲戦開始の指示は出さないから、貴方達のタイミングで開始してね、分かった?」

「はい!」

「了解しました!」

「では、期待してるわよ!」

 

音声が途絶えた後でちらっと彼女達の顔を見たが、2人とも頬を紅潮させて瞳を輝かせていた。

 

(頼もしいな、浪江)

 

ほんの1,2ヶ月程前、彼にしがみ付いて震えていた筈の浪江が、今目の前で全身に闘気を漲らせている。

自分たちは勿論の事、艦に乗り組む全員の命を背中に背負って戦いに臨もうとしているその姿を見ていると、胸が熱くなってくる。

 

「浪江ちゃん、どっちにする?」

「う~ん、左かなぁ何となくだけど」

「わたしもそう思ってた! やっぱり左よね!」

「そうだよね、何か動きが鈍そうな感じするもん」

「じゃあ決まり! 左の奴ね、絶対に当てようね!」

「うん、絶対当ててやるもん♪」

 

思わず苦笑が漏れてしまう。

 

(やれやれ、頼もしい処じゃないな、末怖ろしいって言うヤツかな♪)

 

そう思ってふと横を見ると、清次が目を上げてやはり苦笑いして見せる。

 

(お前もかよ♪ でも分かった気がするよ、こんな風にして艦娘は強くなって行くんだな)

 

それでも、自分は置いて行かれる訳には行かない。

生死の境を突き進んで行く穂波に、必死でついて行く以外に方法はないのだ。

 

 

「下田警備部から入電! 陸軍のヘリ到着迄凡そ20分とのこと。また、到着次第警備部から巡視艇2隻を沿岸に出して警戒に当たるとのことです!」

「骨は拾ってくれるという訳ね、好意は有難く受け取っておきましょう♪」

斑駒がそう応じるとクルーから笑いが漏れる。

「無人機の現在位置を確認!」

「はっ! 確認中です――現位置確認、到着迄凡そ5分です!」

「了解」

それだけを言って、手元の放送スイッチを一つだけONにする。

「五十田さん、聞こえるかしら?」

「はい! 聞こえています」

「出撃して、本艦と共同で作戦行動をとれる?」

心臓の鼓動を幾つか数えた後に、彼女のしっかりとした声が問い返してくる。

「反撃するのでしょうか?」

「ええそうよ、このままでは逃げ切れないわ。5分後に無人機2機が到着するから、そこが一つのチャンスだと思ってるの」

「――――全力を尽くします!」

「有難う、ではこれだけは命じておくわね。あなたは必ず本艦の右舷側に2,000m以上の距離をとる事、そしてもしも本艦が被弾しても絶対に戻って来ては駄目よ。下田から大井さんが向かって来る筈だから、そちらへ離脱して彼女とランデブーを図る事。いいわね?」

今度は数秒間の間があった。

 

「分かりました……」

固い、覚悟した様な声だった。

 

(辛い事を命じてしまって御免なさいね……でも、きっと貴方達は生き延びるわ)

 

一瞬そう口に出そうと仕掛けたのだが、指揮官として部下達を惑わせる事になるのではと思い直して止めておく。

「それでは、出撃準備が整い次第離艦して所定の位置を確保してね。可能であれば指示は出すけど、基本は貴方の判断に任せます。本艦は、無人機と共に敵戦艦への攻撃に集中するから、貴方はその援護に務めて頂戴」

「了解しました!」

それでも、スイッチをOFFにした途端つい溜息が出てしまう。

「艦長殿」

副長が声を掛けてくるので、気を取り直して顔を上げる。

「我々全員は艦長殿のご判断を信じております。どうかお言葉を」

 

「――――有難う、ではそうさせて貰うわね」

そう応じて、改めて全艦放送のスイッチをONにする。

「全艦に連絡、本艦は間もなく反転し、数分後にランデブーする無人攻撃機2機の援護の下で敵艦隊に反撃します。五十田さんは出撃して本艦と共に作戦行動を取り、綾瀬さんと敷島さんは艦上から反撃に加わって貰います。この反撃によって敵艦隊に打撃を与える事こそが、間もなく駆け付けてくる味方が到着する迄の時間を稼ぐことも出来、かつ我々が生還する事を可能にする唯一の道であると確信しています」

 

ここで一旦言葉を切った彼女は、己をひたと見詰めているクルーの視線に応じると、改めて口を開く。

 

「我々は必ず帰還して、再びこの足で我が隊の土を踏み締めるわ、それ迄の間全員の命を私に預けて!」

 

刹那、まるで艦全体をビリビリと震わせるかの様に、言葉にならない咆哮が一斉に上がる。

それこそが、斑駒の呼び掛けに対する全乗員の意思表示だった。

 

(皆誇らしいわ――貴方達の艦長になれて、あたしは幸せ者ね……)

 

そんな感慨に耽りそうになったものの、直ぐにそれを仕舞い込んで指示を飛ばす。

「無人機到着1分前を以て反転します。航海長、タイミングは任せるわよ!」

「了解しました! 1分前を以て反転します」

「主砲、光学照準射撃用意! 目標は現在一二〇方向より接近する小型艦艇、艦娘の報告に合わせて修正せよ!」

「了解しました! 艦娘の報告に合わせて目標補正します!」

「ドローン、アルファからデルタ迄射出! 目標は現在一三五方向より接近する大型艦艇、レーザーマーカー標的モードに補正せよ!」

「了解しました! ドローン4機射出します、目標、一三五方向の大型艦艇!」

「無人機の現在位置を確認!」

「確認致します! ――――無人機、到着迄3分です!」

 

(愈々ね――見てなさい、手痛い一発を喰らわしてあげるから)

 

水平線の向こうにいる敵――斑駒の予想が正しければ、それはおそらく戦艦の筈だ――に向かって、そう宣言してやる。

敵がこちらを高々練習艦1隻と侮っているのであれば、それを後悔させてやる迄だ。

 

 

「主バッテリー及び補助バッテリー装着状態ヨシ!」

「ビーコン動作確認――よし! 非常用バッテリーチェッカー動作確認――よし! 緊急フロート起爆回路動作確認――よし!」

穂波の無線機動準備は容赦なく進んでいき、もちろんコンソール係である隼太も次々に確認を済ませていく。

 

(もう――もう終わってしまう――確認が――正常に終わってしまう……)

 

自ら作業を進めながらも、彼の心の中はその思いで一杯だった。

どこかで不具合が出てくれないか、異常が発見されないか――そんな微かな期待を抱いている自分が情けないと思うものの、それを止めることが出来ない。

それどころか、こんな事になるのなら普段からチェックを手抜きしておけば良かったなどと馬鹿な事を考えてしまう程だ。

 

(俺達は戦うんだ――戦って生き残るんだ――2人で……)

 

しかし、間もなく穂波は出撃してしまう。

彼女がプールに居て戦っている限り一緒に戦っているという意識が感じられたが、例え叫んでも届かない程のところへ行ってしまうという事が、途轍もなく怖ろしく感じられてならない。

それはどうやら穂波も同じ様で、先程からその表情は固く強張っている。

斑駒が『艦が被弾しても戻ってはならない』と指示したその意図は、余りにも明白だった。

深海棲艦の目で見れば『うさ』は全長100m近くの大きな目標だが、穂波は人間一人の大きさしかない小さな目標だ。

海上で戦っていれば、人間一人の大きさなど波が高い日にはそれに隠れてしまう程でしかなく、何もしなければそれを遠距離から狙って砲撃したり雷撃したりする事は不可能に近い。

つまり戦闘になった場合狙われるのは圧倒的に艦艇の方なので、極めて目標にされ辛い穂波に対して『万一の時は自分達を顧みる事無く、味方の許へ逃れよ』と命じたのだ。

 

「全機能異常なし! 艦娘、無線機動準備完了しました!」

 

その瞬間は、とうとう来てしまった。

 

「了解! 艦娘は作戦行動を開始されたし!」

 

スピーカーから響く副長の声が、この世の終わりを告げるラッパのように聞こえる。

 

(俺は――俺は――)

 

だがその時、穂波が意を決した様に立ち上がり、硬い声で告げる。

 

「五十田、出撃します!」

 

彼女の背後についたWaveが艤装の主ケーブルを外すと、隼太の前のコンソールからパッと詳細表示が消え、緑色に輝く艤装の状態表示灯と穂波のバイタル表示灯、そしてビーコンの方向表示灯のみに変わる。

無線機動下ではバッテリーの損耗を最小限に止める為、ごく僅かなデータしか送信されないのだ。

 

思わず顔を上げると、穂波が真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

その視線に惹かれるように立ち上がった隼太は、しっかりと彼女を見つめ返す。

 

突然、周囲の音がすべて消え去り、場所の感覚を喪失する。

 

たった今まで彼らは『うさ』の艦上に居た筈なのだが、今や周囲の景色は一変していた。

 

隼太と穂波は夕日に照らされた草原――いや、金色の稲穂の海に立ち、互いに見つめ合っていた。

 

夏の夕風がそよそよと稲穂を鳴らし、彼女の髪も微かに靡いていた。

 

まるで幻の中の様にスーッと滑るが如くに引寄せあった2人は、金色の波が打ち寄せるその静かな空間で、互いの手を取り合う。

 

「どんな時も――一緒だ」

 

「どんな時も――一緒ね」

 

彼らにそれ以上の言葉は必要なかった。

 

互いに手を広げて、しっかり抱き合う。

 

隼太の腕の中で、穂波はとても小さかった。

 

彼の腕の中に隠れてしまう程だった。

 

(なのに――それなのに――俺は――俺には――君を護る――力すらない――俺は……)

 

次の瞬間、激しい振動と轟音が鳴り響き、彼らは『うさ』の甲板上に引き戻される。

 

またしても至近距離に弾着があったのだ。

 

彼の背に巻き付けられていた穂波の手からすっと力が抜ける。

 

隼太もまた抱きしめていた腕を緩めると、彼女が顔を上げて見詰める。

 

「……」

 

「……」

 

何か言葉を発し様としたのだが、彼らは何も口にする事が出来なかった。

 

プールの海面を滑る様に穂波が遠ざかっていき、

 

思わず手を伸ばすと彼女もまたその手を一杯に差し伸べる。

 

だが、その手は再び触れ合うことはなく、

 

彼女は艦尾に開けられたゲートを、

 

戦場の見えない力に吸い込まれて行く様に通過し、

 

みるみる小さくなっていく。

 

「艦娘、離艦しました!」

 

報告の声が上がっても、隼太はまだ呆然と立ったまま凍り付いていた。

 

「五十田を信じろ」

 

背後から強い声が響く。

 

「班長……」

 

「そして、貴様自身をも信じろ――信じて、信じて、信じ抜け。――そうすれば、その信念は何物をも貫く」

 

「――――分かりました、やって見ます」

「馬鹿者! 何度言えば分かる、見ますでは無い、やれ!」

 

「はい!」

 

その返事を聞いた班長は、例によってしかめ面をしてフンと鼻を鳴らすと、一段高い甲板に上がり怒鳴り声を上げる。

 

「いいか貴様ら! 我々は全員一人も欠ける事無く隊に帰還し、そして何時もの通り厚生の糞不味い晩飯を喰らう! それだけは肝に銘じておけ!」

「ハイ!」

「了解っすー!」

「分かりました!」

「晩飯だけは、何とかなりませんかね~」

「何ともなって堪るか! 天地が裂け様が、あの不味い飯を食うのが俺達の義務だ!」

「え~マジっすか~♪」

ドッと笑った彼らの上に、斑駒の声が響く。

 

「これより本艦は反転します、急速転舵に備えよ、繰り返す、急速転舵に備えよ!」

 

「さぁ愈々だ! 気合い入れてくぞ!」

班長の掛け声に、彼らは一斉にオーッっと応じる。

生きるか死ぬかの大勝負に挑むまさにその瞬間に、彼らの様な仲間達と共に居られることに隼太は秘かに感謝した。

 

 

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