しばふ村より   作:Y.E.H

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【第六章・第六節】

 轟音と共に、既に何度目なのか数え切れなくなった水柱が立ち上がる。

最初の頃彼らを襲っていたものに比べればかなり小さなそれは、おそらく駆逐艦クラスの主砲弾である事は容易に想像できる。

とは言うものの、それは『うさ』が1門しか持たない主砲のそれと同じ口径であり、やはり1発でも直撃されれば致命傷になりかねない事には変わりはない。

 

「弾着位置、右約45分!」

「了解、右45分」

 

先程から時折綾瀬が声を上げ、その度に艦橋から応答がある。

主砲の弾着点を観測して報告しているのだが、綾瀬は自身も砲撃をしながらであり、その働き振りには舌を巻くばかりだ。

当然、射撃指揮所でも同じ様に弾着観測をしながら砲撃している訳だが、何せ10km以上離れた人間大の標的に向かって撃っているので、十分な正確さを得るのは難しい。

従って、艦娘の特殊能力による観測結果と照合して補正する事で、正確さを高めているのだった。

その隣で、浪江は射撃に集中している。

彼女は綾瀬の様に複数の事を並行して捌いて行ける様な器用さは持ち合わせていないものの、集中力は高く射撃の素質があると評価されていた。

 

「弾着確認――今! 夾叉です!」

「浪江ちゃん! やった⁉」

「――ううん違うよ、あれは先輩の弾だよ!」

 

(!)

 

先輩、つまり穂波の放った弾という事だ。

反射的にコンソールを睨み付けるが、そこには緑の表示が2つと方向表示が瞬いているだけだ。

 

(せめて一言だけでも話せたらなぁ……)

 

出撃した艦娘との間で無線は使えるのだが、戦闘中にこちらから発信するのは緊急事態以外は禁止だ。

彼女からの発信を待つか、士官を通じて呼び掛けて貰うより他ない。

 

「先輩はやっぱり凄いね!」

「うん、よく何もない海上からあんなに正確に狙えるよねぇ」

「先輩、落ち着いてるからね」

「あたしらも頑張ろう? 1発でも当てなきゃ」

「うん、頑張ろ!」

 

相変わらず、2人の会話は生死を分ける戦いの最中とは思えない程朗らかだ。

 

(頼りにしてるからな、2人とも)

 

今の隼太に出来る事はほとんど無い。

もちろん艦が損傷した場合等の緊急事態になれば、持ち場を離れてその処置に当たる訳だが、今の所穂波の状態を監視し続けるばかりだ。

と、そんな彼のインカムに突然穂波の声が響く。

 

「左舷方向に雷走音感知!」

 

(穂波ちゃん!)

 

艦から離れていても、しかも敵にあれ程正確な射撃を浴びせていても、彼女は自身の特殊な能力の網を張り巡らせて周囲を監視し続けている。

 

「了解! 左舷方向に雷走音を感知! 繰り返す、左舷方向に雷走音を感知!」

隼太が声を張り上げて報告すると、艦橋からの応答よりも早く綾瀬が射撃を止めて聞き耳を立てる様な水測態勢に入る。

艦橋にあるモニターには艦娘プールの様子は映っているので、おそらくそれを確認したのだろうが、スピーカーからの応答は無かった。

長い長い沈黙が続き、もうこのまま魚雷が命中して仕舞うのではないかと思った頃にやっと綾瀬が声を上げる。

 

「三〇〇から三〇五に掛けて雷走音確認! 数は8! 繰り返す! 方位三〇〇から三〇五、数は8!」

「了解! 総員、急速転舵に注意! 急速転舵に注意!」

 

その声が降ってくるのと、突然巨大な力に頭が持っていかれそうになるのとはほぼ同時だった。

ギィーっと船体の軋む音が響き渡り、『うさ』は巨人の手で捻じ曲げられるかの様にその向きを変え始める。

左右を見渡すと、隼太のいるプール甲板からは2段ほど高い上甲板に手摺りを握りしめて立つ甲板員が、今にも落っこちそうになりながら海面を睨んでいた。

 

「雷走音接近! 11時から12時方向、1,000以内!」

「総員、衝撃に備えよ! 衝撃に備えよ!」

スピーカーから聞こえる叫ぶ様な張り詰めた声に応じて、ギュッとコンソールの手摺りを握り締める。

歯を食いしばってその怖ろしい一瞬を待つが、それは何時迄経ってもやって来ない。

 

(――行ったか?)

 

恐る恐る顔を上げた隼太の耳に、綾瀬のホッとした様な言葉が飛び込んで来る。

 

「雷走音、通過しました!」

 

途端に周囲から一斉に、あぁとかおぉと言った言葉にならない何かが吐き出される。

 

「全く、冷や冷やさせやがるぜあん畜生共!」

そんな全員の気持ちを代弁するかの様に、班長が殊更に大声を出す。

それに触発された訳では無いが、急に感情が込み上げて来た隼太は思わず浪江に向かって呼び掛ける。

 

「浪江! 一発かましてやってくれ、頼む!」

「任せといて、隼兄ぃ!」

 

つい声を出してしまった自分にも驚くが、それ以上に威勢よく応じた浪江にも驚かされる。

 

(もう直ぐお前も、俺では追い付けない処へ行ってしまうのか……)

 

唐突に寂しさの様な不思議な感情に襲われた彼の頭上に、またも弾着の水柱が崩れ掛かる。

 

(クソっ、頼んだぞ浪江!)

 

心の中で叫んだ隼太だったが、その瞬間胸の中に去来したのは、茫々とした海上で独り戦い続ける穂波の小さな姿だった。

 

 

「何とか間に合った様ね! 良くやってくれたわ航海長!」

「はっ、有難うございます!」

「さぁ、そろそろ此方からも当てに行くわよ!」

残念ながら既に無人機1機は大破して攻撃能力を喪い、一か八か敵に体当たりを仕掛けたものの躱されてしまっていた。

しかしまだ1機は健在であり、『うさ』から射出されたドローンも間もなくセットポジションに着けられそうだ。

一度レーザーマーカーのセットに成功さえすれば、1機や2機撃墜されても外す事はあり得ない。

 

(あたしは往生際が悪いのよ、覚悟しなさい!)

 

肉眼では見る事の出来ない水平線の向こうにいる敵――推測が間違っていない限り、それこそはおそらくこの長い長い絶望的な戦乱を引き起こした張本人の1体であり、人類に対して激しい憎悪を燃やす存在だ――に向かって改めて啖呵を切る。

目下の最優先の目的は、敵に一撃を浴びせて味方が駆け付けて来る時間を稼ぐ事ではあるが、それにも増してどうしても意識してしまう事もある。

この戦争の原因をつくったのは残念ながら人類側の落ち度であり、当事国が事実上壊滅してしまったが為に詳細は不明であるものの、推測されるその経緯からすれば深海棲艦側の怒りも十分に理解出来る。

それでも、現在迄に人類側は既に数千万もの犠牲を出しており、経済的な破綻等による二次的な犠牲者迄含めればその数は億を超えていた。

この未曾有の災厄を甘受せねばならない程に、人類は悪しき存在だと彼女達は言うのだろうか?

斑駒にとってそれだけはどうしても受け入れ難い事であり、理不尽極まりない言い分としか思えない。

彼女が、その元凶と真正面から対峙する事になったのは偶然なのか否か神のみぞ知る事ではあるが、この虚しく勝者の無い戦いを引き起こしたその相手にどうしても一矢報いてやらねばとも思うのだ。

 

「弾着! ――やりました! 命中! 命中です!」

ほんの数秒間の事だったが、そんな思いを馳せていたその耳に見張り員の興奮した声が響く。

「やったの⁉」

「はい! ――おそらく五十田の砲撃と思われます!」

 

(素晴らしいわ……有難う、五十田さん!)

 

「敵1体速度低下! 離脱せんとしている模様!」

「やりましたね」

「ええ、そうね。これで次はあたし達の番よ!」

「はい! 絶対に当ててやりましょう」

 

そう副長が応じたのも束の間、再び見張り員が叫ぶ。

「弾着! ――再び命中です!」

「今度は誰!」

「はい! 敷島か綾瀬と思われます!」

「やってくれるじゃない、あの子達も♪」

「弾着! ――更に命中! ――敵影――消えます――海没する模様――撃沈です、敵艦撃沈!」

 

すかさず全艦放送のスイッチを入れて斑駒は叫ぶ。

「敵小型艦、1隻撃沈!」

途端にゥオーっという咆哮が艦全体から上がる。

スピーカーからやったやったという叫びも聞こえてくる。

 

「さぁチャンスよ! 今こそ当てに行きましょ!」

「はい!」

 

士気が上がっている時は、何をやっても上手くいってしまうものだ。

そのタイミングで次なる――そしてこれこそが本命の――一撃も成功させねばならない。

 

「ドローン、標的に到達! マーカーセットに遷ります」

「了解、VLS、1番から3番点火準備」

「VLS、1番、2番、3番点火準備ヨシ!」

「逐次点火セット、間隔は1.0」

「了解! 1番、2番、3番 逐次点火にて発射、間隔は1.0――セットヨシ!」

 

「ドローン、デルタ、通信途絶!」

「まだまだ! 3機いれば十分だわ」

「了解! マーカーセット開始します!」

レーザーマーカーのセットには、どうしても一定の時間が必要になる。

その間は敵艦にかなり接近した状態で低速で飛行せねばならず、どうしても対空火器などで撃墜されてしまう危険性が高い。

 

じりじりしながらセット完了の報告を待つが、その間にも次々に『うさ』の周囲には敵弾が降り注ぎ、その度に激しい動揺が襲う。

「ドローン、アルファ、通信途絶!」

「マーカーセット継続! 但し、ドローン4機追加射出準備はしておいて!」

「了解! セット継続、ドローン4機追加射出を準備!」

 

(間に合わないの? いや、そんな事はないわ、きっと勝って見せる――仁、貴方の力を貸して!)

 

胸にしっかりと手を当てて、彼の姿に向かってグッと念を込める。

20年以上前、2人がまだ若かったあの日、彼は遥か数千浬彼方にいた陸奥とその心が通じ合ったという。

 

(あたしだって――同じくらい貴方の事を想ってるわ――だから、お願い!)

 

正にその時、斑駒の祈りが通じたのか、報告の声が艦橋内を駆け抜ける。

 

「マーカーセット完了! 標的、捕捉しました!」

 

(来た! 有難う、仁!)

 

「座標データ、転送確認!」

「――データ転送確認! 射撃準備ヨシ!」

「VLS点火!」

「了解! VLS点火!」

 

次の瞬間、背後からズズズズッという腹の底に響く音とも振動ともつかない何かが響き渡る。

「1番点火! SSM、初弾発射!」

そして1秒後、更にその1秒後に同じことが繰り返され、3発のSSMが無事に発射されたことを確認する。

「無人機の映像を転送!」

「了解! 転送します!」

艦橋内のモニター表示がパッと切り替わり、1機残存している無人機のカメラに切り替わる。

そこには小さくて見えにくいながらも海面に立つ青白い姿と、その周囲を飛行するドローンの姿が映し出されている。

 

「弾着迄 10秒! ――5,4,3,2,1、今!」

小山の様な水柱が立ち上がるが、それはほんの僅かに青白い姿を逸れていた。

「クソっ、外れた!」

「まだよ! 次があるわ!」

「――次弾、弾着――今!」

しかし、無人機が旋回のタイミングに入り、映像から敵の姿が外れる。

「ドローン、ブラボー、通信途絶!」

「早く映像を!」

副長の思わずといった声が上がる。

 

「――弾着――今!」

 

その報告と、無人機のカメラの角度が変わって敵が映し出されるのはほぼ同時だった。

彼ら全員が見詰めるその画面の中で、今度こそは水柱ではなく明るい黄白色の閃光が走った後で、赤黒い塊が爆発的に膨れ上がっていく。

 

「命中! 命中です! 命中しましたァ!」

「やったわ!」

「やりました! 艦長、やりましたね!」

艦橋中に歓声が満ち溢れ、皆思い思いにガッツポーズをし、互いを叩き合う。

 

副長としっかり握手を交わした斑駒も、艦内放送のスイッチを入れ、明るく弾んだ声で戦果を告げる。

 

「全艦に連絡! 我々は――」

 

しかし、その言葉を続ける事は出来なかった。

 

まるで、巨大なハンマーで一撃された様な衝撃とガーンという耳をつんざく様な大音響に包まれ、昼だというのに辺りが真っ暗になる。

 

(何なのこれは! 何が起こってるの⁉)

 

そう叫んだ積もりだったのだが、何故かそれは声にならない。

 

たった今迄艦橋に立っていた筈なのに、斑駒の足元には何も無く、体が宙に浮いている様に軽い。

 

辺りを見回しても一面の暗闇で、何も見えないままだ。

 

(一体どうしたって言うの! あたし達はやり遂げた筈じゃないの⁉ 何でこんな事になってるのよ! 誰か応えて⁉)

 

そう力一杯に――声にならぬ声で――叫ぶと、それに応えるかの様に頭上に何かが現れる。

 

(仁! 仁なの⁉)

 

彼の姿を見間違える筈も無かった。

 

にも関わらず、何故かその姿は今や教育隊の司令となった彼ではなく、斑駒が初めて出会った頃の、若く、頼りなく、そしてとても優しい笑顔を浮かべた仁だった。

 

(いやよ! そんなに優しく笑わないで……あたしが――あたしが好きなのは――戦友の貴方よ! だから――お願い――この手を掴んで? あたしが何処へも行かない様に……)

 

彼の姿に向かって、精一杯手を伸ばす。

 

それは仄かな金色の光を帯びており、

一面の暗闇に暖かな光を投げ掛けていた

 

だが、

 

彼女が掴むことが出来たのは、

 

虚ろな、

 

それでいてそっと包み込んで来るような、

 

その金色の輝きだけだった。

 

 

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