査問が開かれる迄の2週間弱、隼太は普段使われていない寮の空き部屋に軟禁されながら、何度となく事情聴取を受けていた。
彼としては嘘を吐く理由も無いのでほとんどの事を正直に話したが、班長や仲間達が謂わば『片目を瞑ってくれた』事だけは一切言わなかった。
金剛と浦風が艦娘の実態を理解していなかった事に付いては、一言一句を正確に思い出す様に求められたので出来る限り応じたが、聴取に来た見慣れない徽章を付けた隊外の士官達は、反応を見せること無く淡々としていた。
聴取とは別に総務課員などが面談に来たが、彼らは何もかもでは無いものの隼太が気になっていた事を教えてくれた。
『うさ』のブリッジクルーは、やはり艦長である斑駒を含めて大半が戦死してしまったとの事だった。
しかしながら、今回の様な僅かな戦力で敵駆逐艦級1隻撃沈、敵戦艦1隻撃破というのは破格の戦果であり、乗組員全員に特別賞詞が授与される見込みとの事らしい。
そしてなんとそれは隼太にも授与されるとの事だったが、有難いという以上の感想を持ち様が無かった。
それよりも、穂波が無事に一命をとりとめ、順調に回復していると言う報せの方が遥かに嬉しかった。
切断された左脚についても、膝関節がほぼ完全に残存している事から回復後の運動機能喪失も最小限に抑えられると伝えられた時、我知らず涙が零れていた。
彼は既に穂波を生涯支えると心に決めてはいたが、それでも肉体の一部を喪ってしまうという激しい喪失感に苛まれているであろう彼女の傍に、寄り添うことが出来ない己の現状が情けなかった。
しかしそんな彼の心情を察してくれたのか、面談に訪れた坂巻が言葉を掛けてくれた。
「心配だとは思うけど、もう少しの辛抱だよ。査問が終わって処分が決定すれば、ちゃんと会える様になるからね」
「有難うございます――ですが、処分が重ければそうはならないんじゃありませんか?」
「それは悪質な場合だよ。君はごく短時間で原隊に帰還しているし、艦娘本人の救命と装備の回収にも成功している。何よりも、君が原隊を離脱している間の行動を証言してくれる目撃者もいるんだからね」
「大井さんには、本当にご迷惑をお掛けしてしまって……」
隼太がそう言うと、彼はふと視線を宙に投げ掛けた後でこう言った。
「君が迷惑を掛けた訳じゃ無いよ、でも――とても辛い思いをしたみたいだけどね」
(この人も不思議な人だよな……一体、大井さんとはどういう関係なんだろう?)
だが、相変わらず坂巻は人の良さそうな笑顔を浮かべているばかりだった。
その2日後、隼太は査問に臨んだ。
同僚のWave達や清次、浪江達はそもそも出席を許されていなかったが、班長は出席しており、証言を終えてから陳述を希望して壇上に立った。
隼太の処分に対しては、この時までに複数の嘆願書が出されていたので、てっきり彼もまた擁護の弁を述べてくれるのかと思っていたのだが、その内容はある意味で全く逆だった。
曰く、自分が部下から目を離さなければこんな事は起きなかった、従って自身の管理不行き届きであり職務怠慢である、また部下の教育に於いて規範意識を醸成する事が出来ていなかったがために部下は規則を軽視した、従って自身の指導力不足であると。
こう述べた後で彼は、敷島海士が処分を受けるのであれば、自身にも相応の処分が科されるべきだと結んで下壇した。
(班長……)
一つ間違えば、自身のキャリアに傷をつけかねない事を彼は言っていた。
勝手に発言することが許されていない為に隼太は黙っていたが、彼が発言を終えた時にただ深く礼をした。
それ以上どうしていいのか分からなかったのだ。
その後も査問は進んで行ったが、最後に登壇した坂巻が、欠席している大井の陳述書を代読した。
彼女は、軍或いは国家にとって計り知れない重要性を持つ艦娘とその装備を、深海棲艦の手から身命を賭して守り抜いた敷島海士の行為は、自身が目撃した限りにおいても正規の任務であれば戦時特進に値するものであり、命令違反についても、指揮系統が事実上破綻していた状況にあったことが斟酌されるべきであると擁護してくれていた。
(大井さん……本当に、有難うございます)
軟禁状態が解かれたら、何はともあれ彼女や皆の許に礼を言いに行かねばならない――今の彼にとってはそう誓う以上の事が出来なかった。
そして、それら全てが終わった後に下された彼の処分は、坂巻の言った通り『任意除隊処分』という穏やかなものであった。
懲戒による強制除隊を覚悟していた隼太にとっては非常に温情のあるものであり、それは全て仲間達や大井のお陰だとしか思えなかった。
こうして一先ず軟禁を解かれた彼は、正式な除隊迄の数週間、隊内で清掃などの雑用に携わる事となった。
処分を受けた身としてこれ迄の仲間達と共に行動することは許され無かったが、これ迄同様に休憩時間も自由時間も与えられたので、その時間を使って皆に挨拶をして回る事にする。
もちろん、真っ先に行きたいのは穂波の所ではあるが、彼女はまだ回復途上にあり、そもそも面会そのものが許されていなかったのでもう少し待つより他無い様だ。
それを傍らに於いて次に行くべき処は、やはり戦死した斑駒の許しかないと思い、隊内に仮に設置されている祭壇に行くことにした。
厚生棟奥の一室には、線香の香りが立ち込めている。
室内には壇が設けられ、戦死した『うさ』の乗員達の遺影が並べられていたが、その最上段に一際大きく斑駒の遺影があった。
「斑駒艦長……」
心の中で言った積もりが、つい口を衝いて出ていた。
5年前のあの日、斑駒が隼太に声を掛けてくれなかったら自分は今どうしていたのだろうか。
彼女と話した事で、彼は迷いを振り払うことが出来たのだと今も思っている。
壇に備え置かれた線香に点火し、香炉にそっと立てて改めて口を開く。
「貴方に声を掛けて頂いた事で、自分はここ迄来ることが出来ました。本当に有難うございました……」
そっと手を合わせて目を瞑り、祈りを捧げていると背後でドアの開く音がする。
「あっ!」
驚いたことにそれは班長だった。
慌てて後ずさって敬礼するが、何時もの様にしかめ面の彼は、これは何時もと違って静かな声を出す。
「馬鹿者、戦死者に対する礼を途中でやめる奴があるか、しっかり最後まで礼をしろ」
「は、はい」
改めて手を合わせる隼太の横で、班長も線香を灯して手を合わせる。
暫し無言で祈りを捧げた彼らは、どちらからともなく目を開けて手を下ろす。
「――俺は昔、隊のはみ出し者でな」
「え、本当ですか?」
「そうだ、とにかく上官や同僚達のやる事為す事が鼻についてな、何かというと噛み付いてばかりいたもんだ」
「まさか、命令に――」
「馬鹿を言え――と偉そうに言うのは何だが、まぁギリギリその線は踏み越えてはおらん。だからこそ嫌がられたんだがな」
「――済みません、でも、何となく想像がつきます」
「フン、利いた風な口をきくな。――だが、結局その所為で俺は艦から下ろされる羽目になった」
「え、そこ迄されたんですか?」
「ああ、余程煙たかったんだろうな、俺は資材の入出庫係をやる事になった。来る日も来る日もひたすら倉庫番だ」
「ええ……」
「だがな、ある日突然艦長が――もちろん当時はまだ違ったがな――やって来て言われたんだ、教育隊のフネに乗る気は無いかとな」
「そんな事があったんですか」
「――正直に言うがな――本当に涙が出そうだった、俺を理解してくれる人が海軍にはいたんだ――ってな」
「理解者――でしょうか」
「いいか、よく覚えておけ、『士は己を知る者の為に死し、女は己を悦ぶ者の為に装う』だ」
「己を知る者の為に……」
「――だがな――俺は死ぬことが出来なかった……艦長が先に逝って仕舞われた……」
「……」
「……」
「あの……」
「何だ?」
「もしも――ですけど、斑駒艦長は、死んではいけないと仰るんじゃないでしょうか……」
「――――そんな事位、分かっている。貴様に言われなくともな」
「申し訳ありません……」
「艦長殿であれば、きっとこう仰る、『自分の分まで人生を全うして欲しい』とな……」
それは、彼自身が穂波に対して抱く思いと何も変わりが無かった。
「貴様も同じ事を誰かに対して思うだろう、誰しもそれは同じだ――本当に護るべき何かを持っている者は、誰しもな」
「――はい」
暫し彼らの間には沈黙が流れ、線香からの煙が揺蕩う。
どうし様かと思い掛けた隼太だったが、やはり礼を言わねばと思い至る。
「短い間でしたが――本当に有難うございました」
「という事は、貴様はもう軍には戻らんという事か?」
「あ……」
そう言われて初めて気が付いた。
元々懲戒除隊を覚悟していた彼にとって軍には二度と戻れない処だった筈なのだが、任意除隊と決まった今では、除隊から2年が経過すれば再び軍に戻る事も可能になっている。
(俺が――海軍に……)
入隊から1年、配属されてからは僅か半年であるが、何時の間にか自分にとって海軍は大切な場所になっていた事にも改めて気付く。
「――分かりません――今の今迄、復帰の事は考えても見ませんでした……」
「そうか、では然るべき時が来たらもう一度考えてみろ、そして五十田と相談しろ」
「はい――ですが班長、自分は戻って来るべきなのでしょうか」
ついそう問い返した隼太に向かって、何時もの様に彼はフンと鼻を鳴らし腕組みをする。
「それは貴様が決める事だ。軍は貴様であろうが他の誰かであろうが分け隔てなく評価し、是非を判断する事しかせん」
そこで言葉を切ると、相変わらず不機嫌なのか笑っているのか判断が付きかねるしかめ面をして見せる。
「しかしだ――もし貴様が戻って来たら、その時はもう一度新兵として一から鍛えなおしてやるから安心しろ」
「あ――はい!」
隼太の返事を満足気に聞いた彼は、くるっと背を向けてそのまま退室していってしまう。
(班長、有難うございます)
バタンと閉まった扉に向かって頭を下げる。
彼にとって最も大切な事はと言われれば、穂波を支える事だと迷わず答える処だ。
だが、もしそれと両立出来る事ならば、再び海軍に戻って来る事も考えるべきなのだろうか。
どちらにせよ、まだ穂波にも会っていないと言うのに結論など出せる訳も無いが、それでも彼の中でその言葉は重みがあるのも事実だった。
何れよく考えて見よう――そう思って頭を上げたその時だった。
「期待してるわよ♪」
突然背後から斑駒の声が響き、ギョッとする。
「か、艦長殿?」
だが振り返った彼の目に映ったのは、言う迄も無く彼女の遺影だけだ。
ところが、何故か写真の中のその顔に先程と違って笑みが浮かんでいる様な気がしたので、敬礼して別れを告げる。
「時が来れば真剣に検討致しますので、どうかそれ迄見護って頂けましたら幸いです!」
5年前のあの日と同じ様に、胸の中がすっきりと晴れている。
説明出来ない不思議な軽やかさを覚えながら、隼太は部屋を後にした。