しばふ村より   作:Y.E.H

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【第七章・第四節】

 休日一日を潰して、箕田、河勝、清次が彼と話をする機会を設けてくれた。

厚生棟の一角にある娯楽室で、彼らはビールの代わりにジンジャエールで乾杯をする。

「それにしても、ほんまに良かったなぁ軽い処分で」

「ああ、有難う、皆が出してくれた嘆願書のお陰だよ」

「いや、我々の嘆願書の所為じゃ無いだろうな、敷島の行為は指揮系統が正常ならば正規の任務として行われるべきものだったからだよ」

相変わらず箕田の物言いは堅いが、おそらく事実には近いだろう。

「あん時よぉ、皆が何も示し合わせもせずに目ぇ瞑ってくれたの見てよ、何か羨ましいなって思ったぜ」

「そうだな、俺も『うさ』のクルーで良かったなと思ってるよ」

「いや、ええよなぁその話、何かこう人情感じるなぁ」

「おいおい、余り礼賛するのもどうかと思うぞ? 命令違反を黙認する様な話だからな」

「まぁ、勉ちゃん基準ではそうやろな♪」

「あれはどう見ても緊急事態だったから仕様がねぇよ。命令出せる状態じゃなかったからな」

「査問で、大井さんもそう言ってくれたよ。陳述書でだけどな」

「ほんまかいな、なんや、大井さん実はめっちゃええ人説はほぼ確定やな」

「俺の中じゃ、もう確定済みだよ」

「そうだなぁ、俺もそれは賛成だなぁ」

「そうなのか、残念だけどまだ一つも目の当たりにしてないから、実感湧かないな」

「まぁそやろ、勉ちゃん的には北上さんが至高なんやろしなぁ」

「うーん、それはまた違う話だとしか言い様がないな、我々や北上さんの様な人間とはまた違う事情を抱えてるんだしな」

その口振りは、明らかにまた彼の嗜好の矛先が変化したらしい事を告げている。

 

(えっ、また別の誰かが良くなっちまったのか?)

 

「どないしてんな、また新たに魅力的な女性出現かいな~」

「いや、そんなんじゃないんだ。ただな、今回敷島が遭遇したっていう深海棲艦の話を聞いて、彼女達がとても哀し気な眼をしていたって言うのがひどく印象に残っててなぁ」

「おいおい、今度は深海棲艦かよ……」

「でも、興味を惹かれないか? 彼女達は人類を憎んでいる筈なのに、敷島が身を挺して五十田さんを護ろうとしたその姿に感じる処があった訳だろう? 我々が真摯に手を差し伸べたら、それに応えてくれるかも知れないんだぞ? うん」

「何ちゅうかその……まぁ程々にしときいや~」

「別に止めねぇけどよ……」

さすがに清次も河勝も、これには少々呆れ気味の様だ。

 

(くれぐれも馬鹿な事だけはすんなよ……) 

 

「まぁそれはそれとしてや、まだ彼女には会えてへんのやなぁ」

「うん、容体はもう落ち着いてるらしいんだけどさ、まだ細菌感染とかのリスクを用心してるらしいんだ」

「そうなのか、白石ん時より時間掛かんだなぁ」

「白石さんはさ、負傷して直ぐに応急処置が出来たけど、彼女は暫く海水に晒されてたからとか見たいだな」

「成程、海水中の微生物とかの事だな、そういう事なら仕方無いだろうな」

「でもよ、早く会ってやりてぇよなぁ」

「うん、体の一部を失くして、きっとショックだろうなって思うしさ」

「ほんまに……これさえ無かったら、彼女と2人して除隊で目出度く故郷へ――ってとこやのになぁ」

「まぁでも――俺がやるべき事はもう決まってるし、出来る事を精一杯やるだけだから」

「――そう言い切れる強さが羨ましいよ、自分はどうしてこう芯見たいなモノが無いんだろうって反省ばかり湧いてくるから」

「勉ちゃんは目移りし過ぎやで♪」

「そうだそうだ」

「えっ、そこなのか?」

「いや、関係あると思うなぁ~」

「そうか、そうなのか……」

彼の反応に思わず笑った彼らは、その後も多くの事を語り合った。

隼太にとっては久し振りに気楽な会話を楽しむことが出来、胸の中に風が吹き抜けた様に朗らかな気分だった。

 

午後も遅くなって来る頃、他の用事がある箕田に合わせて会はお開きとなった。

娯楽室内を元通りに片付けた彼らは厚生棟の外に出たところで別れる。

「それじゃあ敷島、また除隊の当日にな」

「ああ、有難う、その時もう一度ちゃんと挨拶するよ」

 

手を振って彼と別れた3人は宿舎へ戻ろうとするが、向こうから北上が歩いてくるのに出くわす。

「――隼太ぁ、悪ぃけど俺はパスな」

「分かったよ、でもちゃんと普通に礼ぐらいはしろよ」

「自然にやれや、自然になぁ」

「――出来るだけな」

 

とは言ったものの、やはり幾分は無理があった様だ。

「お疲れ様です!」

近付いてきた彼女に、隼太が真っ先に声を上げて敬礼すると、河勝と清次も一緒にサッと敬礼する。

例によってマイペースな彼女は、ややのんびりとしたテンポで答礼しておいてから直ぐにそれを切り上げ、

「ま~今日は休日なんだし、そう鯱張らなくていいからさ~」

と言い掛ける。

だが、その言葉が途切れた途端に清次は、

「失礼します」

と一言宣言して立ち去ってしまう。

 

(はぁ……あれが限度か……)

 

心中思わず溜息を吐いていると、気を遣った河勝も何とかその場を言い繕う。

「申し訳ありません、あいつ、ちょっと急いでましたんで」

「いやー良いんだよ~別にさぁ。あたしが嫌われる様な事しちゃったんだしねぇ~」

「いえ、そんな――本当に申し訳ありません……」

「やめなよぉ~、君が謝る事じゃないしさぁ。――それに、あん時彼がキレそうになったのちゃんと止めてくれたよねぇ、感謝してんだよ♪」

 

(あっ、やっぱり……)

 

マイペースなポーズとは裏腹に、彼女は細かなところもよく記憶してくれている。

やはり素顔の彼女は、普段見せている表情とは違って繊細なのだろうか。

「隼太は、アイツの管理監督担当ですからね♪」

こういう時の河勝は相槌を打つのが上手く、巧みに雰囲気を変えてくれる。

ところが、どういう訳か北上はそれに乗って来ない。

「いや~、でも何つーかさぁ、そう言うのって凄く羨ましかったりすんだよねぇ」

「え、何でですか?」

「君達同期が仲良くしてんのとかさ、敷島君達のさ、故郷の同級生の間柄っての? ――そんなの、凄く憧れるっつーかさ、――――あたしにも、そんなのあったら、――もっと違う人生あったのかな……なんて、思っちゃうんだよね~」

 

「……」

 

幾らか遠い目をしながら、何時もと変わらぬのほほんとした口調のままで陰のある話をし始めた彼女に、彼らは戸惑いを覚える。

 

「済みません、北上さんは――」

 

北爪美佳(きたつめみか)

「えっ?」

「北爪美佳って言うんだ――苗字言うとさ、あ~あの辺の出身かー、って北関東の人は分かっちゃうんだけどね~」

 

「北爪美佳――さん……初めて伺いました……」

「うん、もうねー『北上』に為りきっちゃえばいいか~、ってずっと思ってたんだけどさー」

 

「なぜ――そう思われたんですか?」

「おい、隼太、止めとけや――」

「気ぃ遣ってくれて有難ね~、でも別に良いんだよー、あたしが話したいだけなんだしぃ」

「そ、そうですか……」

 

北上――いや北爪は、ふふっと自嘲する様に嗤った後で、そのまま言葉を続ける。

「――まぁ~自慢じゃないけどさ、山ん中の田舎でさー、ご多分に漏れず農家の娘な訳よ。それでもさー、中学までは平和に過ごしてたんだよね~♪ それなりに友達いたりなんかしてさ~」

「――でも――そうじゃ無くなったんですか……?」

「うん、なんかね……ほんとさー、今でも全然理由分かんないんだけどさぁ~、高校入って、1学期も終わんない内にねぇ、始まっちゃったんだよねー……アレがさぁ……」

 

どうやらそれは、自ら口にしたい言葉では無いらしい。

概ね想像がついた隼太は、慎重に口にしてみる。

 

「あの――ひょっとして、いじめ――ですか?」

 

それを聞いた彼女は、かなり間を置いた後で小さくコクリと頷いて見せる。

そのまま暫く彼らの間には沈黙が流れ、誰も口を開かない。

こんな時に上手に合いの手を入れてくれる筈の河勝も、何故か口を真一文字に結んだまま黙っていた。

 

やがて北爪が此方にくるりと背を向けると、少し上を向いて喋り始めるが、その声は微かに震えていた。

 

「――ほんとさぁ……一体あたしが何したって言うんだろうね――訳わかんないままさ~、いきなりシカトとかされちゃってさぁ――友達だって思ってた娘達迄さ……幼馴染だった娘だって居たんだよ? それなのにさぁ…………」

 

「誰も――味方してくれなかったんですか?」

 

「――そうだねぇ、親だけだったよ~、教師にも言ってくれたんだけどさぁ、あいつら『暴力を振るわれたり、金銭を取られたりはしてないんですよね?』とか言っちゃってさ――何にもしてくれなかったよ……」

「それじゃあ――見て見ぬ振りですか……」

 

「君も知ってると思うけど――田舎ってさぁ、逃げ場が無いんだよね――高校だって一つしかないから、転校する先も無いしさぁ……親はねぇ、畑あるから引っ越す訳には行かないけど、あたしが独り暮らしする気なら、離れた別の高校にも行かせてやるって、言ってくれたんだけどさ――」

 

「――それは、しなかったんですね」

「もし――転校した先でもいじめられたらどうし様って思ったらさぁ、出来なかったよ……独りでそんなの耐えられる訳ない――って思ってさ……」

「怖ろしいですよね……」

 

「一度ね、帰り道で偶然中学で一番仲良かった娘とさぁ、ばったり会ったんだよ――周り誰もいないからさ、思い切って聞いたのさ、『あたし何か悪いことした?』って」

 

「そ、それで――?」

 

「そしたらさ~、何にも言ってくんなくて、一言だけ『ごめんね』って言われて、逃げるみたいに置いてかれちゃったんだよ~……。あれはほんとに応えたわー、あーもう終わったって感じでさ~……」

 

「……」

 

「そこから家に帰る途中でさ、橋を渡るんだよ――結構高さあってさ~……あーこっから飛び降りたら楽になれるんだろうなぁ――ってさ……もうね――ほんと死ぬしかないって思ってたんだよ――あん時はさ……」

 

「――でも……死ななかった……」

 

「高校にさ――司令と副長が来てくれたんだよ――適性検査実施してくれって……聞いた瞬間にさ、もうこれしかないって思ったんだ……これでもしダメだったら死のうって…………もしも神様がいるんなら、きっとあたしを助けてくれる筈だ――ってね」

 

「――いたんですね……神様」

「本当にさ――信じられなかったよ……あたし一人だけだよ? ――もう絶対に、神様が助けてくれたんだ――生きろって言ってくれてるんだって確信したね。親はさぁ、自分達が何もしてやれなかったから、戦争なんかに行かせてって泣いたんだけどさ――あたしは死にに行くんじゃない、生きる為に行くんだって――そう言って出て来たんだよねぇ」

 

隼太の脳裏に、あの日の大井の言葉が蘇る。

『――北上さんにとってこの戦場は死にに行く為の場所じゃなくて生きる為の大切な場所なの――』

 

「――大井さんが言われた事――初めて分かりました……」

 

彼がそう口にすると、北爪ははにかむ様な視線をチラリとこちらに投げ掛ける。

「大井っちにはさぁ、ほんと感謝してるよ~。最初にさぁ、『あたし絶対に死にたくないから、ビシビシ鍛えてくれ』って言ったらね、『訓練で死んでも知らないわよ』とか言って、ほんとに容赦なく扱き倒されてさ♪」

「大井さんらしいですね」

「うん、でもさぁ~そのお陰で今日迄生き残って来れたからねぇ~……、海軍と、司令と、副長と――それに大井っちがさぁ、あたしの生きる場所をくれたんだよ」

 

そう言った彼女が、まるで少女の様な笑みを浮かべる。

それこそがおそらく『北上』ではなく『北爪美佳』の本当の顔なのだろうか。

 

「あん時はさぁ~、つい君達の事羨ましくなっちゃってさ♪ 本当、大人気ない事言っちゃって悪かったねぇ」

「そ、そんな、謝らないで下さい――それに、北爪さんが本当に故郷を無くしちゃった訳じゃないですよ……」

「いや~、だとしてもさぁ、もう只の親が住んでる場所って言うだけだよねぇ……あんな奴ら顔も見たくないしさ……」

 

「――顔なんか見に行かんでもええやないですか――」

 

それ迄珍しく黙りこくっていた河勝が突然言葉を発したので、驚いて振り返る。

彼は、隼太がおそらく初めて見る真剣な表情で、斜め前方の地面を睨みつけていた。

「顔なんて見に行く必要ないですよ――あたしはこんなに身ぃ削って戦ってる、お前らには到底出来ん事をやってる、悔しかったら同し様にやって見さらせ! 言うて、その蛙みたいな面踏ん付けに行ったったらええんですよ……」

 

よく見ると、彼の両手がギュッと握り締められている。

そう、まるで彼自身の怒りをぶつけるかの様に……。

 

「あれぇ~、ひょっとしてさぁ――君もサバイバーだったりする訳ぇ?」

 

(河勝、お前!)

 

頭の中で、多くの事実が急速に繋ぎ合わされていき、それを追認する様に彼は口を開く。

 

「俺もな――未だになんでいじめに遭うたんか全然分かれへん――でも、あいつらが総出で俺をはみ子にしに来よったんだけは事実なんや――教師は何もしてくれへん、昔からの連れも思切し掌返しや――ほんまに味方してくれたんは親だけや……」

「それで、東京に引っ越したのか?」

「せや、親父は普通のリーマンやったけど、会社に掛け合うて東京に転勤してくれたんや――折角、課長やったのに、それを捨ててなぁ」

「いい親御さんだねぇ」

「親父とお袋にはほんま、感謝してます。せやから、少しでも早う自立せなと思て、高卒で世間から大事にされる職業言うたら、やっぱり軍人やろと思たんです」

「立派だよぉ~、ちゃーんと親孝行してんじゃん――だったらさぁ、もう詰まんない連中の事なんか忘れちゃった方が良いよぉ――そんな奴ら、最初から日本にいなかったと思えばぁ?」

「お、俺の事はどないでもええんですよ! でも――でも、きた――美佳さんはこんなに功績残しとんですよ⁉ 地元の阿保どもの鼻明かしたったってええやないですか! ――――俺が、手伝いますから……」

 

話の成り行きに付いて行けない隼太が思わず黙ってしまうと、北爪が、はにかんでいるのか、面白がっているのか、はたまた戸惑っているのか、いわく言い難い――それでいて何だか嬉しそうな――笑顔を浮かべる。

 

「あれれ~――何この空気ぃ♪――あたしぃ、まさか、告られてたりするぅ?」

 

途端に河勝は真っ赤な顔になるが、それでもファイトを見せて言葉を続ける。

 

「やっぱ――あれですか、年下は頼んないですか……?」

「うふふ、そんな事無いよぉ~、でもさぁ、お互いに傷の舐め合いになっちゃうじゃん? それにさぁ――言っとくけどあたし、重いよぉ♪ 受け止める覚悟ある~?」

「重いの歓迎です! 鬱展開上等ですよ。とことん頼りにされて、依存されて見せますから!」

「いいねぇ~、その意気やヨシ♪ じゃあ、ちょっとお試しから始めちゃう~?」

「は、はい!」

 

(やれやれ、すっかり河勝に持ってかれちまったなぁ♪)

 

「すいません、お2人ともどうかお幸せに……」

「あっ、す、すまん隼太! お前の除隊の挨拶が優先やのに、つい……」

「君、今月末だったねぇ~、今更余計な事だけどさ~、2人で帰れる故郷があるってのはさぁ、とっても幸福な事だよぉ~」

「はい! 有難うございます」

「ま、こっちはこれから色々手探りしてくからさぁ~、後日談とか期待しといてね~♪」

「はい! 清次に逐一報告させますから♪」

「隼太、余計な事はせんでええからな!」

「はいはい、良く分かってるよ♪」

 

そう言った河勝も、北爪もとてもいい笑顔だった。

それらを包み込む春の宵が、少しづつ彼らを覆い始めていた。

 

 

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