しばふ村より   作:Y.E.H

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【第七章・第七節】

 その日は朝から良く晴れ上がった清々しい天気だった。

荷造りを終えた隼太は、居室に施錠するとその鍵を返却するために総務課へと向かう。

無論、鍵以外にも返却する物はあるのだが、彼にとって大事なのは返すものでは無く受け取る方なのだ。

今日を持って無職となる身としては、何を置いても先ず職探しをせねばならず、そのためには除隊票を貰わねば話にならない。

 

そんな彼を窓口で受け付けてくれたのは、あの日外出許可の延期を伝えに来た涌井と言う課員だった。

「それにしても、まさかこんな事になるとはな」

「申しありません、ご迷惑をお掛けしてしまって」

「馬鹿な事を♪ 何も迷惑など被ってはいないよ。それに、あの時面倒な事をさせたのはこちらの方だ」

「いや、面倒は面倒でしたけど、涌井さんは業務だった訳ですから……」

「それは随分有難い事を言ってくれる♪ まぁ、結果的には丸く収まったことは良かったし、我々の業務にも支障は出なかったしな」

「そうですか、そちらも無事にその――業務といいますかその――」

「おいおい、まさか連中の与太話をまともに受け取ってるんでは無いだろうな?」

「――あ、すいません、さすがに違いますよね?」

「勿論だ、あの日は幕僚監部より各幹部士官に招集が掛かっていたのでな、各隊の総務はそれが終了する迄職場待機だったよ」

「え、本当ですか? それじゃひょっとして遅く迄……?」

「心配するな、深夜勤務手当が付く前には待機は終了したよ♪」

「――そうだったんですね……何か済みませんでした。でも、業務上の理由がおありなのに何故――」

「それこそ決まっている、緘口令が出ているものを、べらべらと喋る訳にはいかんよ。今はもう解けているから、君にもこの程度は喋ってやれるがな♪」

「ですが、それじゃあ涌井さんは悪者にされたままですよね」

「総務が悪者になって、前線の兵達の結束が強まるのであればそれで良いじゃないか。それに、あんな風に振舞って見せてはいるが、やつらもそこ迄馬鹿ではないしな」

そう言って笑顔を浮かべる彼女はとても爽やかで、しかもあの日よりも遥かに美しく見えた。

 

(俺は確かにまだまだ未熟者だったな……こんなに何もかも上っ面しか分かってなかったなんて……)

 

「最後まで本当に有難うございました。いろいろ勉強になりました」

「いや、こちらこそ教えられることは多かったよ。――さぁ、これが除隊票だ、存分に活用してくれ」

「はい!」

「では、正門迄同行しよう。確認は我々総務の業務だからな」

「はい、よろしくお願いします」

そう言って総務課を後にした彼らは、そのまま司令部建屋を出て正門に向かおうとするが、木立を廻り込んだその先で唐突に兵達の一団に囲まれる。

 

「よう、とうとう三寸下は地獄から卒業だなぁ♪」

「全くだ、何だか晴れがましい顔しやがってこの野郎」

「えっ――どうしたんですか皆さん――今、勤務時間中じゃあ……」

「心配せんでもええって隼太」

「そうだぜ、俺達は業務の一環で此処にいるだけだからよぉ」

「お前たち迄何やってんだよ――」

思わず隼太が問い掛けると、例によって箕田が困った様に応じる。

「いや、その――自分としてはこれで本当にいいのかという思いは拭えんのだがな? しかし、命じられたのは事実だし――」

「相変わらず、この兄ちゃんは堅ぇなぁ♪」

「そうだぞ、あんまり堅いと女に嫌われっぞ」

Wave達から口々に突っ込まれた彼は、首を振りながらも黙ってしまう。

 

「どうだ? 私が言った通りだったろう♪」

そう言って涌井がニヤッと笑って見せる。

「あ――はい! その通りでした!」

「涌井、手前ぇ~こそこそ若ぇ男に粉掛けてんじゃねぇぞ♪」

「そう心配して貰わなくても大丈夫だ。私はお前達とは違って、ガツガツしなくてもそれなりには異性に関心を持たれる方なのでな♪」

「ほほぉ~、大したもんだよ、その根拠の無ぇ自信はよぉ♪」

 

(成程なぁ~、つまり、日頃からこういうプロレスをやってたのか♪)

 

艦艇に乗り組む兵士達の自負は勿論あるのだろうが、それは他科の兵を見下す事の上に成り立っている訳では無いのだ。

今更ながらそれに気付いた彼は、やはり今日を限りにそれらに別れを告げる事に対して、後ろ髪を引かれる思いがしてしまう。

 

「なぁ清次」

「なんだよ」

「大井さんには叱られたけどさぁ、やっぱり考えちまうんだよ……」

「良いんじゃねぇか? 先の事だとして思うんならよぉ」

「せやで、今はやめとけって言うだけの話やろ? 先の事はまたそん時の事やで」

「――有難う、そう言われて少し気が楽になったよ」

彼がそう応じると、『うさ』のWaveが可笑しそうに口を挟む。

「けど、あたしははっきり言っとくぜ? わざわざこんな飯の不味いとこに戻って来るこたぁねぇよ♪」

「随分な言い様だな、まぁ事実は事実として認めるがな♪」

「えっ、ほしたら総務の皆さんも不味いと思てはるんですか?」

「当たり前だ、我々は別に味音痴な訳では無いぞ」

涌井がそう応じると、ドッと笑いが起きる。

「な、分かったろ? だからよ、悪い事は言わねぇから、戻って来んなら飯の旨いとこにしとけよ♪」

「はい!」

 

明るくそう返事をして本部棟の角を曲がると、正門前の警衛所の横で坂巻が候補生達と共に立っているのが見える。

「おっ、この野郎――全く隅に置けねぇなぁ♪」

「いや、そうなんすよ、こいつは昔っからこの調子なんです」

「そうかよ、お前さんの『色男』もやっぱり返上しなきゃならねぇなぁ」

「ほんまにそうですよ、こいつの『色男』はめっさ違和感ありまくりですよ♪」

「余計なお世話だよ!」

彼らの遣り取りにまた笑いが起きたそのタイミングで、坂巻が近付いてくる。

 

「やあ敷島君、今日迄お疲れ様でした」

「いえ、こちらこそ本当にお世話になりました」

「早速だが、君とお別れの挨拶をしたいという彼女達の希望でね、許してくれるだろうか」

「許すだなんてそんな――除隊処分の身に、お気遣いを頂き有難うございます」

「いや、そんな事は無いよ――さぁ皆、敷島君に挨拶をしよう」

候補生達を顧みた坂巻がそう声を掛けると、もう既に顔をくしゃくしゃにした文谷が駆け寄って来る。

 

「せぇんぱい――ほんとに、ほんとに行っちゃうんですかぁ⁉」

「そうだよ、今日迄本当に有難う」

「そんなの、イヤですよぉ――文谷はまだ、センパイにいて欲しいですぅ」

「ごめんよ、さすがにそういう訳にはいかないんだよ――でも、俺は何時でも君の事を応援してるからね」

「ダメですよぉ~、センパイはぁ、ちゃんと文谷の見えるとこにいてくれなきゃダメですぅ……」

「夏樹ちゃん、お別れの挨拶しに来たんでしょ? 敷島さんの事困らせちゃ駄目だよ」

見かねた様子の宇野が、文谷の顔をハンカチで拭いながら優しく諭す。

「でもでもぉ~……」

「傍に居てあげられなくてごめんよ、でも、離れていても君達の事は絶対に忘れないからね。それで許してくれるかな?」

「――――うん、約束ですよぉ?」

「約束だよ」

「敷島さん、有難うございます。これからも私達の事忘れないで下さいね」

「勿論だよ、宇野さんもいよいよ卒業だしね」

「あっはい、有難うございます。でも――」

 

宇野は今春一般修学課程を卒業して、正式に艦娘として配属される予定だった。

「わたしに本当に務まるんでしょうか――ちょっと不安です……」

「大丈夫だよ、今日迄真面目に積み重ねて来たんだから、宇野さんなら立派な艦娘になれるよ」

「敷島さんにそう言って頂けるの――とっても嬉しいです。ちょっぴり頑張れそうな気がします♪」

「うん、何時でも応援してるからね」

「はい」

そう言って彼女は一礼して引き下がるが、その後いささか不自然な間が空いてしまう。

 

それは、今日もまた皆の後ろに下がってそっぽを向いている綾瀬が原因なのだが、さすがに此方から声を掛けに行くのは気が引ける。

どうしたものかと思っていると、浪江がニヤニヤしながら近付いてくる。

「隼兄ぃ、やっぱり気になる?」

「そりゃなるに決まってるだろ――でも、まぁ気が進まないんだったらさ、仕方無いしな」

「そうだねぇ、あたしからちゃんと伝えとくから、それで良い?」

「ああ、そうだな」

そこ迄言い掛けた時だった。

唐突に綾瀬が此方を向いて、ズカズカと彼の目の前までやって来る。

「――綾瀬――」

「浪江ちゃん、ちょっと横どいてて。わたし、先輩に話あるから」

隼太の言葉を遮って、彼女は浪江に申し渡す。

「了解、下がってますよ~」

笑顔で脇へ寄る浪江を見ていると、まるで以前の2人の立場が逆転した様で微笑ましい。

 

「今日迄ほん――」

「先輩黙って、話があるのはわたしですから」

やや上目遣いに彼を睨みつけた綾瀬は、問答無用とばかりに彼に命令してくる。

「分かった、聞くよ」

「いいですか、先輩は――先輩は、狡いです! 卑怯です! 本当にどう仕様もない人です!」

藪から棒に何を言い出すのかと驚いた隼太だったが、凄い剣幕のままで彼女は捲し立てる。

「一体何なんですか! 任務中だって言うのに――艦が被弾して漂流中だって言うのに――後輩がこんなに不安になってるって言うのに――それを全部放り出して、好きな女の子を助けに行くとかどういう積もりなんですか⁉」

「……」

「深海棲艦に襲われたんですよね⁉ 一つ間違えば、死んでたかも知れないんですよね⁉ 全く、何考えてるんですか⁉ 本当に――人の気も知らないで……」

話の流れが良く分からなくなって来るが、綾瀬の勢いは止まらない。

だが、よく見ると彼女は涙ぐんでいた。

「結局除隊処分とかなっちゃって――どうする積もりなんですか⁉ 貴方の後輩を放り出したまま、村に帰っちゃうとか何なんですか⁉ 無責任過ぎませんか⁉」

「――いや――その、ごめん……」

「今更謝っても遅いですよ⁉ 言っときますけど、わたしは絶対に許しませんから! 土下座して謝っても、許してあげませんからね⁉」

ぽろぽろ涙を零しながら、彼女は最後の言葉を投げつける。

「それに、五十田先輩にも言っといて下さいね! わたし、嫉妬してますからね⁉ 凄く凄く嫉妬してますからね⁉ いいですか⁉ 分かりましたか⁉」

「わ、分かったよ――伝えとくよ……」

半ば呆気にとられた隼太が辛うじてそう応じると、綾瀬はダッと駆け出し、そのまま走り去ってしまうのかと思いきや厚生棟の手前で立ち止まり、しゃがみ込んで嗚咽を漏らし始める。

 

(うわ、参ったな――本当にごめんよ、綾瀬……)

 

宇野と文谷が、彼に一礼して綾瀬の許に駆け寄っていくと、改めて浪江が近付いてくる。

 

「言っとくけど、真奈美ちゃんは隼兄ぃにはあげられないよ~」

「そんなの当たり前だ、あいつはこれから海軍の至宝になるんだろ? 俺なんかに感けてる暇は無いよ」

「悪かったねぇ、あたしは至宝じゃなくてさ」

「馬鹿言うな、至宝にならなくたってお前は皆から頼りにされる艦娘になるんだろ? 頑張れよ、何時でも応援してるぞ」

「――本当に? 本当に、あたしも応援してくれる?」

「何言ってんだ、お前の事忘れてどうすんだよ。また面会出来る様になったら必ず来るからな」

「――約束だぞ? 約束したからな? おれ、忘れねがらな……?」

 

急に浪江の姿が心細気に見えて来る。

――それは、あの頃の浪江だった――何時も「あんちゃん」に纏わりついていた、あの頃の浪江だった。

 

「ああ、約束だ、絶対ぇおめのこど忘れず会いにぐっからな」

「――絶対ぇだぞ⁉ 約束破ったら承知しねぞ⁉ 絶対ぇだぞ⁉」

そう言った彼女が抱きついてくるのをしっかりと抱き締める。

「ああ、信じろ――おめのあんちゃんを信じろ――俺は何処にいだっでおめのあんちゃんだ」

「――あんちゃん、見ででくれよ――何時でも見ででくれよ――絶対ぇだぞ――絶対ぇだからな……」

「ああ、絶対ぇだ――あんちゃんは嘘こがね――絶対ぇだ……」

彼の胸に浪江の涙が染み込んで来る。

 

(ごめんな、結局お前を独りで残してく事になっちまったけど――でも、此処なら大丈夫だよ)

 

此処には信頼出来る仲間達がいる。

この隊ならば、浪江は安心して経験を積んでいける事だろう――言う迄も無く、戦いを潜り抜けていければではあるが……。

 

やがて彼女の腕から力が抜け、隼太も腕を緩めると、坂巻が一歩進み出て浪江の肩にそっと手を掛ける。

「敷島君、浪江さんの事は僕が責任をもって預かる積もりだよ。だから、この娘達の事を何時迄も応援してやってくれないか」

「はい! 必ずお約束します。――浪江と綾瀬の事、どうかよろしくお願い致します」

 

そう言って頭を下げると、清次や河勝、箕田やWave達から口々に声が飛ぶ。

 

「隼太ぁ、村の事頼んだぞ! こっちの事はまた知らせるからよ!」

「ええか、余計な事考えんのは暫くはお預けやぞ! あんじょうやれや♪」

「離れていても、俺達は何時でも仲間だ! 忘れないでくれよ!」

「いいかぁ、約束忘れんじゃねぇぞ! あたしはその積もりで待ってるからな!」

「でもまぁ予感はするぜ、そのうちまた顔合わせる事になるってな、そん時迄精々嫁孝行すんだぞ!」

「敷島海士、君の将来は君の物だ! どんな未来を選ぶのか期待してるぞ!」

「どんなに立場は違っても、僕らの目指すところは同じだ! それを成し遂げる迄頑張ろう!」

 

彼は明るくそれに応じ、ビシッと敬礼して決める積もりだった。

しかし、胸の奥からありとあらゆる感情が溢れかえって来て、何も言えなくなってしまう。

 

涙が溢れて、彼らの姿が見えなくなる。

拳で両眼を必死に拭うが、どうしてもそれを止める事が出来ない。

 

(駄目だ――ちゃんと言え! 最後の別れ位――ちゃんとしろ!)

 

だが、どう頑張っても言葉は出てこなかった。

 

他にどうする事も出来ず、止む無く深々と頭を下げる。

ただただひたすらに頭を下げる。

 

そんな彼に向かって、集まった仲間達は拍手と声援を送ってくれた。

それに勇気を貰った隼太は、どうにか別れを告げるだけの力を得て、声を張り上げる。

 

敷島は――これで――除隊致します! 皆様の――ご武運を――心より――お祈り致します!

 

そして最後の敬礼をすると、仲間達は答礼してくれる。

その彼らに向かって、今度こそ心の底からの礼を言う。

 

「有難うございました!」

 

その言葉と共に、彼はくるりと踵を返し、大股に門をでて隊を後にした。

 

故郷へと、還るために。

 

 

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