しばふ村より   作:Y.E.H

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【第七章・第八節(最終節)】

 公民館の駐輪場に自転車を止めると、既に白石の車が停まっていた。

「こんにちは~」

受付に一声掛けておいてから会議室のドアを開けると、席についていた穂波と白石が迎えてくれる。

 

「敷島君、お疲れ様!」

「いや、白石さんこそ有難う、穂波ちゃんのことおくってくれて」

「そんなの全然構わないわ、通り道なんだし」

「でも、雪乃ちゃんありがとうね。やっぱり車あるといいなぁ」

「五十田さんは、今買わないだけでしょ♪ 敷島君との新生活が決まってからよね」

「いや~、その積もりなんだけどさ♪ なかなか厳しいよ……」

「あっ……じゃあ、今度も駄目だったの?」

「うん、何せ同じ給料のとこに大卒者とか応募して来てるしね」

「やっぱり、正社員は狭き門なのね」

「――仕方無いよ、また今度頑張ろうね」

「まぁね、お陰様でバイト仕事には事欠かないしね。――それよりさぁ、今日は誰が来るとか聞いてる?」

「いいえ、聞いてないわ」

「うん、地本の人から海軍の方が見えるって言われただけだよぉ」

「ふーん、でも何だろうな?」

そう言いながら穂波の隣に腰を下ろす。

この1年で、彼女は10cm以上背が伸びている。

その速さに肉付きが追い付かず、一時は随分ほっそりとしていたが、最近は伸びが落ち着いて来たせいか再びふっくらと丸みを帯びた女性らしいスタイルを取り戻しつつある。

そしてそれは白石もほぼ同じで、どうやら肉体の成長が実際の年齢に追い付きつつある様だ。

 

(艤装って不思議なものなんだなぁ――こんなに人間の成長に影響が出るんだ……)

 

そんな思いに耽っていると、受付の方で声がする。

「あら、お見えになったんじゃない?」

「そうだね」

そう言葉を交わす間にも廊下で足音がするとともに、ドアがノックされる。

「はい、どうぞ! お待ちしてました」

隼太が立ち上がって声を上げると、それに応じて

「失礼します」

という声と共にドアが開くが、そこに立っていた姿を見て彼らは仰天する。

 

「し、司令!」

「一体、どうなさったんですか?」

 

そこに立っていたのは、1年前迄彼らの上司であった渡来大佐だった。

隼太はもちろん、穂波と白石も反射的に直立不動になってしまうが、渡来はにこやかに打ち消して見せる。

「いや、どうか座って下さい。もう既にあなた方との間には上下関係は無いのだから」

そう言いながら、これがざっくばらんな場である事を示すためなのか、制帽を脱いで机上に置く。

 

「あ、は、はい……」

少々不得要領ながらも彼らが腰を落とすと、渡来もまた自然に腰を下ろす。

 

「いや、名乗りもせずに訪問して申し訳ない。正直に言うと、余計な肩肘を張る事無く会いたかったので、こんな形を取らせて貰いました」

「ご配慮頂き恐れ入ります」

白石が歯切れよく応じると、渡来も笑顔を浮かべる。

「白石さんもお元気そうで何よりです。新しい義手の装着はまだですか?」

「先週からテストを始めたところです」

「そうですか、五十田さんはもうそろそろ仮義足は付け替えられそうですか?」

「はい、お医者様からあとひと月程様子を見ましょうと言われています」

「お2人ともご不自由をお掛けしてしまって、本当に申し訳ありません」

「いえ、そんな――」

「費用も全部軍に負担して頂いてますし……」

「それはいわば当然の事ですよ。今のままではお2人とも日常生活は勿論、新たに働く事もままならないでしょうから」

「そうですね、何れは――と思ってはおりますが」

「そうでしょうね。――因みに敷島君は、再就職の方はどうですか?」

「いえ、お恥ずかしいですが、まだです」

「良く分かります、大都市圏であっても決して就労機会は潤沢とは言えない状態ですからね」

「もう暫くは、アルバイトをしながら職探しになりそうです」

「そうですか――因みに、軍で働く気はもうありませんか」

「えっ?」

思わずそう反応してしまうが、渡来は黙って笑みを浮かべたままだ。

 

(どういう事だ? まさか、司令は俺に隊に戻って来いと言いに……?)

 

そんな彼の心中を察しているのか、何時もの様に穂波がそれを代弁する。

「それは、教育隊への復帰という意味でしょうか?」

「そうではありません。――実を言いますと、今日あなた方に会いたかったのは、この話をしたかったからなのです」

どうやらこれからが本題という事らしい、隼太もいささか緊張してしまう。

「実は以前から構想していたのですが、傷病除隊された元艦娘の方々の為の療養施設を作りたかったのです。ですが、軍の予算にも限りがあり、中々着手出来ませんでした。しかし、今春調査設計の費用が認可されたのです」

「療養施設ですか……」

「ええ、白石さんや五十田さんの様に身体の一部を喪失してしまった方もそうですし、心を病んでしまう方も少なからずおられます。そう言った方々のケアが十分に出来なければ、今後艦娘の候補者が減ることはあっても増える事はまず無いでしょう」

「確かに仰る通りですね」

その時、やっと渡来の言葉の意味が分かった隼太は、思わず口を開く。

「司令、もしかしてその施設を作る場所というのがその――」

「ええ、その通りです。私はその施設を建設する場所として、この斯波府村が最も相応しいと考えました」

「あの――何故? とお伺いしてもよろしいですか?」

「勿論ですよ。――あなた方も故郷というものの有難味をよく存じておられると思いますが、単にそれは自分が生まれ育った場所だというだけでは無く、其処にいてその空気に包まれているだけで心身を癒される様な所だと思います。しかし、全ての方に合わせて夫々の故郷に施設を設ける事は出来ませんし、中には故郷を喪ってしまった方もいるでしょう」

 

(あっ――司令はご存じなのか……)

 

隼太のその感情が顔に出ていたものか、渡来は微かに笑みを浮かべてこう付け加える。

「支え合う相手を見つけてくれたことは、とても喜ばしい事だと思っていますよ。ですが、常に危険と隣り合わせである事だけはどう仕様もない訳ですしね」

「そう思います……」

「それに、――少なくとも1名、心を病んでしまうのではないかと心配している方もいます。――その方は、故郷には簡単に帰れないと強く思っている様です」

「司令! それはひょっとして――」

「いぶ――いえ、吹輪さん――ですね」

 

彼らがそう問い掛けると、渡来はやや視線を落とした後で、隼太達の顔を見ながら肯う。

「吹輪さんは、一見元通りの明朗さを取り戻されました。ですが、明らかに過剰な責任感に囚われている様で、休みなく任務や訓練に勤しむだけでなく、些細なミスですら許されないかの様に振舞っているとのことです。あなたの元上司からも『極めて危うく見受けられる』との報告が上がって来ていますよ」

 

(班長がそこ迄言うんだ……)

 

「村越さんからのお手紙で、少し不安には感じていましたが、司令のところに迄報告が上がる程とは思っておりませんでした……」

「それは当然の事です、良識のある方ならば必要以上に他人のネガティブな面を触れ回る様な事はしたくないでしょうから。――村越さんには本当に良く助けて貰っていますよ、素晴らしい艦娘です」

「あの――皆に手紙を書くとかだけでもしたいんですが――宜しいでしょうか?」

「そう言って頂けてとても有り難く思います。是非そうして下さい、私宛に直接送ってくだされば、お仲間の皆さんに届く様にしましょう」

「有難うございます」

「それはさておき、本題の話に戻りますが、私はここ斯波府村こそが、戦いで傷ついた全ての艦娘の皆さんにとっての故郷に相応しいと思っています。この地で傷ついた心身を癒し、再び元の日常を取り戻す――その為の施設を設置する場所として理想的だと考えています」

「そのお考えを、海軍も承認なさったという事なんですね」

「ええそうです、少なくとも数ヶ月以内に建設準備室を村内に設置する予定です。まずはあなた方にはそちらの嘱託職員になって頂きたいのです。その後、来年度には建設が始まると思いますし、施設の開設後は軍が雇用する施設の職員として働いて頂ければと考えています。――お引き受け頂けますか?」

「私達でよろしければ、お手伝いさせて下さい」

「よろしくお願いします!」

隼太がそう応じると、はじめて渡来は満面の笑みを浮かべる。

「有難うございます、今日こちらにうかがった甲斐がありましたよ♪」

「こちらこそ、有難いお話を頂いて喜んでいます。これからも引き続きよろしくお願い致します」

「ええ、先の事になるでしょうが、後任の者には良く引き継いでおきますよ」

「えっ……」

「どういう事でしょうか?」

「あなた方にお願いする以上、黙っておく訳にはいかないと思いますので、個人的な事ですがお話しておきます。私は実戦部隊への転出を願い出ていますが、おそらく受理されるでしょう。ですから、来春には後任に司令を引き継ぐことになると思っています」

 

(やっぱり、斑駒副長が戦死なさった事がショックだったのかな……)

 

その言葉を聞いた彼が何気なくそう思った時、一瞬渡来と視線が交錯する。

 

(あっ!)

 

それは、あの日――入隊の訓示を受けた時に彼の瞳の奥に見えたもの――数多の別離を目の当たりにして来たが故の深い哀しみの色だった。

 

そして、それと共に彼の胸の中に長門の言葉が蘇って来る――『我が妹がこの地上でただ一人、心から愛した男だ』――。

 

「司令、自分は少しだけですが伺った事があるんです。互いに愛し合う2人が、その想いの故に引き裂かれてしまった事を――」

「隼太君! 駄目だよ⁉」

 

直ぐに彼が何を言おうとしているのか察した穂波が制止してくる。

「あ、ご、ごめん、でもさ――」

 

「良いんですよ、五十田さん」

 

「ですが、司令――」

 

「いえ、本当に良いんです。

――――敷島君、それはね、只の物語だよ――――

二度とは取り戻す事の叶わない――歳月の彼方にだけ存在する、只の物語なんだよ……」

 

「は、はい……」

 

それ以上、何かを聞くことは出来そうになかった。

 

そして、相変わらず渡来は、穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 

 

 

 

『教育隊の皆さんへ』

『私達が退役してからもう1年以上が経つのかと思うと、時間の流れの速さに驚かされます。皆さんはお変わりありませんか? 私達はお陰様で元気に日々を過ごしています』

『村越さん、何時も皆の近況を知らせてくださって有難う。貴方の活躍振りをお聞きしてとても嬉しく思います。どうかこれからも、隊の皆や後輩達の模範であり続けて下さい』

『綾瀬さん、敷島さん、先輩艦娘の皆さんや教育隊の方々の指導を受けていれば、必ず2人とも立派な艦娘になることが出来ます。その時迄どうか頑張ってくださいね、辛い事があれば何時でも相談してください』

『吹輪さん、私は貴方の持っている高い適性がとても羨ましかったんです。だから、少しでもそれに追い付けるように一生懸命に訓練をしていました。でも、今思えばその努力の方向は正しいとは言えませんでした』

『どんなに努力しても適性を身につけることは出来ませんし、ましてや誰かを追い越すために努力している訳でもありません、当時の私はそれをちゃんと理解出来ていなかったと思います』

『今、吹輪さんも必死に努力している事と思いますが、時には立ち止まって振り返ってみてください。本当に必要な努力は、多くの罪も無い方達だけでなく貴方自身の命をも守ることに注がれるべきだと思うからです。どうかよろしくお願いします』

『それと清次君、無駄遣いは絶対にダメよ? 余計な事にはお金を使わずに、しっかりと貯金しておきなさいね♪』

 

『いぶきちゃん、お元気ですか? 除隊してからのこと、少し聞きました。正直に言ってとても心配しています』

『責任感の強いいぶきちゃんは、どうしても自分に厳しくしてしまうんだと思うけど、そんな時はちょっとだけでも肩の力を抜いてみてください。悪い事は、何もかも自分の所為なんかじゃないと思います』

『独りで出来る事なんてほんの僅かしかありません、何時も誰かが支えていてくれるから出来る事だと思います。だから、仲間や教育隊の皆さんと辛い事やしんどい事を分かち合って欲しいんです。お願いしておきますね』

『浪江ちゃん、真奈美ちゃん、学校の勉強しながらの訓練はとても大変だと思います。それに、いろいろ優しくして下さった斑駒副長もおられなくなって辛い事と思いますが、坂巻さんが一生懸命にお世話をして下さってると聞きました。これからも、隊の皆さんに色んなことを相談しながら、少しでも楽しく訓練を積み上げて行って下さいね』

『木俣君、これからも隼太君の大事な友達でいて下さいね。それと皆の事をよろしくお願いします』

『美空望ちゃん、何時もありがとう、またお手紙下さいね。――でも――ごめんなさい、どうしても譲れない事はあります。これだけはゆるして下さいね……』

 

『皆、在職中は本当に有難う。こちらは相も変わらずバイトの身ですが、どうにか健康でやっています』

『清次、お前の事だから変わらず元気にやってるんだと思う。ただ、出来ればもう少し余計に手紙を書いてくれないか? お前が筆不精なのは良く知ってるけど、だからと言って通話やチャットもそう簡単には出来ないんだしよろしく頼む。北爪さんと河勝は上手くやってるのか? 勉ちゃんはもう深海棲艦への熱は冷めたんだろうな? また教えてくれよ』

『いぶきちゃん、そちらにいる時はほとんど力になれなくてごめん。そのうえ、こんなに離れた所から偉そうに言える事も無いけれど、もし出来るなら、昔の事を思い出してみて欲しいんだ』

『こっちにいた時から、君は何時も周りの人達のために気を遣っていたし、今も周囲の皆のために笑顔で頑張っているんだと思うけど、でも本当はそれが辛かったからこそ、艦娘になって違う未来を見たくなったんだと思う』

『精一杯に手足を伸ばし切って誰かの為に力を出し続けたあげくに、君自身が倒れてしまうんじゃ元も子もないよ。最初の志の様に違う人生を歩く自分をもう一度見つけ出して欲しい』

『それでもどう仕様もないと思ったら、時には逃げ出して欲しい。そして念のために言っとくけど、此処は何時でも遠慮なく逃げ込んでこれる所だよ。俺だけじゃなくて、村の皆がそれは保証するからね』

『村越さん、色々と有難う。君にはなんて礼を言ったらいいのか分からないけど、少なくとも謝る事だけはしない様に注意するよ。でも、頼むから大目に見てくれると嬉しいな――それに、名前で呼ばなくても良いよな? 昔の俺に免じてお願いしておくよ……』

『綾瀬、変わりなく精進してくれているだろうか? 俺は只の一般人の一人として、海軍の至宝になった綾瀬を見れる日が来るのをとても楽しみにしてるし、綾瀬ならきっとそこ迄行けると思ってるから』

『浪江、元気でやってるか? 兄貴と義姉さんが、お前に会いに行っても冷たくされるし手紙も禄に書いてくれないってボヤいてるぞ。色々気に入らない事もあるかも知れないけど、お前の大切な家族なんだからな』

『それでも、どうしても我慢できない事があればこっそり俺に言え、必ず何とかしてやるから。それだけじゃない、そっちで辛い事やどうしたら良いか分からない事があったらいつでも相談して来てくれ。必要ならそっちに飛んでいくからな』

 

『最後になるけど、皆にもう一度言っておきます。此処は今も、そしてこれからも皆の故郷です。どんな辛い苦しい事があっても、此処に戻ってくれば必ずそれを癒してくれる大切な故郷です。此処へ戻って来て俺はそれを改めて実感しました』

『だから、どうかその事だけは忘れないでいて下さい。そして、何時でも戻りたい時は何も考えずに戻ってきて欲しい。どんな時でも、此処は皆を無条件に迎え入れてくれる唯一つの場所だから』

 

『いつか、皆の元気な姿を見られる日を、心から楽しみにしています。その日が来るまで、どうかくれぐれもご自愛下さい。

 

 

――――――しばふ村より』

 

 

 





『しばふ村より』は、一先ずこれで完結します。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
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