しばふ村より   作:Y.E.H

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【第一章・第六節】

 その週末、母が一人の時を見計らって隼太は穂波との約束通り話をしたのだが、あまりにもあっさりとした反応に拍子抜けしてしまった。

 

(何だよ、まるで知ってたみたいだなぁ~)

 

もちろん彼の勘は正しく、穂波の母親からすでに連絡が入っていたのだが、それは全く表には出すことなく一通り話に耳を傾けた母は微笑しながら口を開く。

「そかぁ、隼太は穂波ちゃんのどごがよがったんだ?」

「えっ、どごってかぁ……」

 

しばし口を噤んだ彼は、やがてとても正直な答えを返す。

「どごとか言えねけど、なんもしねぇでいたら遠くさ行っちまうみでぇな気がしだんだ」

それを聞いた母はなぜかウンウンと頷くと笑顔のままで隼太に言葉を投げ掛ける。

「そかぁ~、そだったらうんとしっがりつがまえとがねどなぁ♪」

「う、うん、わがった」

どうにかそれだけを言って母の前から下がったものの、何もかもを承知しているかのような母の振る舞いに首をかしげるばかりだった。

 

(でもなんか嬉しそうだったなぁ)

 

実際のところ母が喜んでいるのは間違いない。

村の女達の間では、派手さがなく草花の世話を丁寧にする穂波の評価はとても高く、我が息子が眼先の華やかさに囚われることなく、母の目から見ても恐らくベストと思われる選択をしたことが誇らしかったのだ。

内心では、このまま数年の後には穂波が息子のもとへ嫁に来てくれれば良いとまで思っているものの、さすがにそこまで先走って期待するわけにも行かなかった。

 

 そんな大人達の思惑をよそに、隼太と穂波は互いに結果を報告しあいながら早速どこへ出掛けようかと心浮き立つ様な相談をしていた。

「あのさ、あれ観に行かない? 今やってるやつ」

「えーっ⁈ あれってすっごく切ないやつでしょ?」

「うん、なんかラストでめちゃめちゃ泣けるって言ってるよね」

「あのね、花巻の従妹の子が観に行ったんだって」

「へ~そうなの?」

「うん、そしたらね、ラスト近くで彼女を抱き締めようとするんだけど、その腕の中からスーッと消えて行っちゃうんだって……そこでもうボロ泣きしちゃってその後よく覚えてないって♪」

「あっ、そうなんだ、それってマジで泣きそうだなぁ」

「でしょう? わたし、今でももう涙目だもん」

「やっぱりさぁ、それ観に行こうよ、泣いてる穂波ちゃん見てみたいな~」

「やだ、隼太君のいじわるぅ」

「ハハハ、でも泣いてる穂波ちゃんもすっごくかわいいんだろうなって思っちゃうからさぁ♪」

「も、もうやだ、隼太君ったら……」

 

二人の楽しげな相談はその週末だけでは終わらず平日の帰り道に持ち越しとなったが、結局初デートは1週間後に盛岡の街で映画を見ることに決まった。

 

『あ~ダメだ、楽しみ過ぎてどうにかなりそうだよ~♪』

『うふふ、わたしもだよ♪』

 

彼らだけの楽しい秘め事にのめり込んでいる二人にとって、その1週間はまさに飛ぶように過ぎていっただけに思えたが、彼らの周囲には微妙な変化がおきつつあった。

例えば、毎日必ず聞くことができるいぶきの『隼太君!』が心なしか以前より増えており、いぶき派の男子達は少々心穏やかではない。

また、清次が白石に絡む事も少しばかり多くなり、そのたびに村越をはじめとする女子達から激しい非難を浴びせられていたが全く意に介していない様だった。

そしてその影響なのか、席が離れたにもかかわらず白石が隼太にたびたび話しかけてくるようになり、しかも時折なにやら恨めしそうな眼差しを向けられることもあった。

とは言え隣の席の村越などは相変わらず彼の言動に対してケチをつけたり辛辣に突っ込んできたりするので、それに応じて言い返したりしながら通常運転を続けている隼太にとって、それらの変化は感じ取れるほどの大きさではなかった。

 

そして瞬く間に日々は過ぎ、待ちに待ったその日はやってくる。

 

 前夜はそれなりに早く床に就いたもののまともに寝付くこともできなかった彼は今朝も早々に目が覚めてしまったが、気持ちの昂ぶりからか全く寝不足を覚えなかった。

顔を洗いに1階に降りると、やけに半端な時間にもかかわらず母が朝食の準備をしているので思わず聞いてしまう。

「誰のあさまご飯、支度してらんだが?」

「そったなの決まってら、おめのあさまご飯だぁ」

 

(えっ……)

 

父と兄は既に田に出ておりとっくに朝食を済ませているが、普段であれば義姉と浪江及び彼の朝食はもう少し後のはずである。

(わざわざ俺のために用意してくれてるのか……)

そもそも今朝は朝食をあきらめていた隼太だったが、母がここまで気遣ってくれることに驚くとともに、何より穂波との交際を後押ししてくれているということにも気づく。

 

(ひょっとすると、穂波ちゃんって大人受けするのかな?)

 

その想像が果たして正しいのかどうかいちいち確かめることまでするつもりもなかったが、母(の反応を見ている限りではおそらく父も)が穂波を認めてくれていることはもちろん交際にも否定的でないことはとてもありがたかった。

もっとも、あまり積極的に後押しされるのはさすがに抵抗はあるのだが……。

ともあれ「しっかり食っていぎな~」という母の勧めに従ってがっつり腹を満たした彼は、少々武者震いしながらいそいそと家を出る。

ところが、いざ出発しようとしたところに離れから義姉と浪江があらわれ、明らかにどこかへ出かけようという様子を見て取った浪江がさっそくまとわりついてくる。

「あんちゃんどこさ行ぐ⁉ 浪江も行ぎで!」

「今日はあんべわりぃでへでがれね、まだ今度へでぐすきゃ~」

当然だがここでゆっくりかまっていられるほどの余裕はなく、まして彼女を連れて行けるわけもないのであっさりといなして出ていこうとするが、浪江はそう易々とは離してくれない。

「なしてだ? なしてわがねだ? 浪江が行げねぁ所か?」

子供には違いないものの浪江は別にバカではないので、彼がこれから盛岡や花巻辺りの街に行こうとしていることくらいは予想がついているのだ。

ただ、いくら浪江相手とは言っても目的をはっきり言うのは少々気恥ずかしく、隼太は一瞬躊躇する。

そんな様子を感じ取った義姉が横から助け舟を出してくれた。

「隼ちゃんはこれがらデートだがら、おめはへでがれねんだ~」

と言うと浪江は一転して、

「あんちゃん、デート行ぐのか⁉ ひょっとしで穂波とが⁉ チューとがもすんのが⁉」

と彼が赤面するようなことを口走る。

「ばっ、バカ言ってんでね! んなわげねだぁ!」

思わず必死に打ち消すとさすがに義姉も呆れたように、

「こらぁ、からこしゃくなこどばぁか言ってんでね! 隼ちゃんが弱ってるでわらすはおじょってな!」

と強くたしなめてくれたので不承不承ながら浪江も引き下がる。

内心胸をなでおろした隼太は、義姉に礼を言ってさっさと自転車に飛び乗ると待ち合わせ場所に急ぐ。

 

 神社の一の鳥居前につくと、穂波はすでにそこで待っていた。

「ごめん! 待たせちゃったかな?」

「ううん、そんなことないよぉ今来たところだし――それにまだ待ち合わせ時間じゃないよ♪」

「あっ、そ、そだねぇ」

「うん♪」

そう言ってにっこり笑った穂波は、袖が開いた純白のカットソーにマリンブルーのジャンパースカートという、いかにも彼女らしい大人しくも涼しげな姿で、真っ白な襟元と幾分か日焼けした小麦色の素肌のコントラストが目に沁みるほど眩しい。

 

(可愛いい……可愛いすぎるよ……)

 

彼女を見つめているうちに、顔面の筋肉が全て溶けてしまい顔のパーツが流れ出してしまったような錯覚に陥る。

「は、隼太君、あんまりじっと見ないで……」

「はっ、あっ、その、えっとごめん――穂波ちゃんがあんまり可愛いからつい……」

「えっ、やっ、やだ隼太君たら……」

ひとしきりそんなやり取りをした彼らは、間もなく最寄り駅に向かって出発する。

最寄りとはいっても自転車で30分以上はかかるのだが、これから始まる一日を思って心が湧きたっている二人にとってはその前置きにすらならないほどあっという間だった。

駅の横にある駐輪場に自転車を止めるが、二人の自転車をチェーンで一緒にロックするのが地味に嬉しい。

「なんか変だよね、こんなことで嬉しくなっちゃうなんて……」

「えっ、変なの? 俺、素で嬉しかったんだけど」

「うふふ、そんな風に喜んでくれることの方が嬉しいよ♪」

「えへへへ♪」

ひょっとすると傍目にはただのキモいやつなんだろうかなどと思わないでもないが、嬉しいのだから仕方がないと開き直る。

そもそもほんの数週間前までは、他人のこんな様子を見て羨ましいやら腹が立つやらのやるせない想いをしていたのだから、少しくらいは調子こいたって許されるだろう(と隼太は勝手に思っている)。

 

もともと乗降客の少ない駅で、しかもまだ少し早めの時間ということもあってホームには彼ら二人以外の人影はない。

間もなくやってきた二両編成の各駅停車もそれなりに空いていて、クロスシートに座った彼らは車窓を流れていく田園風景を眺めながらとりとめもないお喋りを楽しむ。

「わたしね、この風景が好きなの」

「うん、俺も好き」

「隼太君もなの?」

「うん、なんてゆーかさぁ――妙に安心するんだなぁ」

「そうだよね、なんかホッとするよね」

「別に何があるってわけでもないんだけど――でもこの景色がいいんだよな~」

確かに目の前に広がるのはただただ田んぼばかりで、その中にぽつんぽつんと小さな森や民家が点在し、それらの向こうには奥羽山脈の山々がある緑豊かではあるが少々単調な風景だった。

でもそれは彼らにとって退屈な存在ではなく、故郷なのか、家なのか、常に帰るべき場所なのか、あるいはそれら全てなのか、適当な言葉では表現しがたい存在なのだ。

しばし二人は無言になり、その穏やかな眺めに心を委ねる。

とは言えそれは感傷に浸るほど長い時間ではなく、やがて民家や建物が増え始めたと思う間もなく列車は新幹線の線路をくぐり、雫石川を渡る鉄橋に差し掛かる。

「あっ、もう着いたのか」

「ほんとだ、あっという間だったね」

彼らの地元駅とはさすがに違い、県庁所在地の中心駅らしい喧噪の中をかいくぐって出た駅前のロータリーは、まだ夏の名残を感じさせる陽射しがいっぱいに降り注いでいた。

「じゃ行こう! 今からならあさイチの上映にぴったり着けるよね」

「うふふ、だってそれに合わせてきたんだよぉ♪」

「いやそれはそうなんだけどさぁ~」

「行こう隼太君、こんなに映画見るのが楽しみなの初めてだよ♪」

「うん、俺も♪」

二人はそれこそ地面から10センチほど浮いているのではないかと思うほど軽やかな足取りで、白い鉄橋を渡っていった。

 

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