パパ、認知して   作:九龍城砦

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待たせたな!(スネーク)
メインヒロイン登場回です。


ショーシャンクの空に

 どうして、こんなことになっているのだろう。

 

「さぁ、入って」

「お、お邪魔します……」

 

 白い少女が、扉を開けて中に入る。

 私もそれに続いて、恐る恐る中へと入る。

 

「あはは、びしょ濡れだねー」

「そ、そうですね」

 

 ポタポタと滴る雨のしずく。

 雨に濡れると女は美人になるというが、全く持ってその通りだと、今この瞬間に理解した。

 

「ちょっと待っててね。今タオル持ってくるから」

「お、お構いなく……くしゅっ」

 

 脱衣所に消えていく白の少女を見送って、私は一つくしゃみをした。

 意外と身体が冷えていたようだ。

 

「…………」

 

 前世ではよく見慣れていた、平凡な──それでも高級そうな雰囲気は随所に伺える──マンションの一室で、私は呆然と立ち尽くしていた。

 ホント、どうしてこうなった。

 

「はい、タオル」

「あ、ありがとうございます」

 

 脱衣所から戻ってきた白の少女は、天使のように穏やかな微笑みを浮かべて、こちらにタオルを差し出していた。

 何度でも言おう。

 

「どうしてこうなったんですかね……?」

 

 未だに何一つ理解できていない私は、首を傾げながらここに至るまでの経緯を思い返していた。

 

 

☆☆☆

 

 

「……迷いました」

 

 月曜日の夕方。とある住宅街にて、私は途方に暮れていた。

 夕飯の材料を買いにスーパーへ出発したら、ものの見事に迷ったのだ。

 どうやら、人混みを嫌って細い道を歩いて来たのが良くなかったらしい。周りがどれも同じような家とビルだらけで、自分がどこに居るのかサッパリ分からない。

 

「うむむ……やっぱり、レイちゃんとルイくんに付いてきてもらうべきでしたかね……」

 

 デキる年上ムーブを見せようとしたらコレだよ。こんなことなら恥も外聞も投げ捨てて、いっしょに付いてきてもらえばよかった……トホホ。

 

「しかもなんか曇ってきてますし……ひと雨来ますかね、これは」

 

 オマケに曇天の曇り空と来ている。もちろん傘なんて持ってきていない。いま手元にあるのは、財布と買い物バッグだけだ。

 分かりやすく詰んでるな、これ。

 

「どうしましょう。夜凪さんが帰ってくるまでには、お使いを終えて家に帰らないと……」

 

 そうしないと、街のそこら中に迷子の紙を張り出される事態になってしまう! 

 十七にもなって、見知らぬ土地で迷子犬みたいな扱いされるのなんて、絶対にイヤだ! イヤすぎる! 

 

「こ、こうなったらちょっとそこらへんのお宅の屋根に登らせてもらって──」

 

 と、力技で解決しようかと思って空を見上げた、その時。

 

「──えっ」

 

 古びたビルの屋上。その縁に、一人の少女が立っているのが見えた。

 

「あ、あれって、まさか……!!」

 

 白いワンピースだけを身に纏い、靴すら履いていないその格好は、まさしく。

 

「だ──」

 

 考えるよりも先に、体が動いていた。

 

「ダメですぅぅぅ!!!」

 

 気づけば、私の体はビルの壁を駆け上っていたのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 いい感じだ。

 百城千世子は、自身のコンディションを自覚する。

 

「いい風」

 

 シチュエーションも台本通り。

 曇り空に、ビルの上。

 灰色の世界に降り立った、白の少女。

 

「悪くないね」

 

 幻想的、とはこういう事を言うのだろう。

 地上に舞い降りた天使、だなんて最初に役名を聞いたときはびっくりしたけれど。

 でも、これなら何とかできそうだ。

 

「ふふ」

 

 百城千世子は微笑む。

 

 天使は微笑む。

 

 そして、天使が下界に目を向けると。

 

「ダメですダメですダメですぅぅぅぅぅ!!!」

 

 銀髪のシスターが、勢いよくビルの壁を駆け上ってきていた。

 

「は?」

 

 天使の口からすっとんきょうな声が出る。その瞬間、天使はただの人へと戻ってしまった。

 

「あ」

 

 タイミングの悪い、突風。

 背中から吹いてきたそれに押され、千世子はふわりと下界に投げ出された。

 

(あ、死んだこれ)

 

 瞬間、頭に浮かんだものは走馬灯や後悔といったものではなく──ただ自分が死ぬという、そんなどうしようもない現実だけだった。

 

(興味深いなぁ)

 

 これが、死の直前の感覚。

 味わおうと思っても味わえない、極上の体験。

 

「よっしゃあぁぁ! 間に合ったぁぁ!!」

「えっ」

 

 そんな体験に水を差すように、シスターは千世子の体を抱きかかえた。

 そしてそのまま、まるでハリウッド映画のスタントマンさながらに、見事なアクションを決めてビルの屋上に着地したのだった。

 

「ふぅー、間一髪でしたね」

「…………」

 

 心底安堵したように、シスターは息をつく。

 千世子は改めて思う。なんだろうこの状況は、と。

 

「あなた、飛び降り自殺なんてしてはいけませんよ! いのち大事に、です!」

「はあ」

 

 別に飛び降りようとしていた訳では無いんだけど、とは言わなかった。言っても無駄な気がしたからだ。

 

「何か悩みがあれば相談に乗りますよ! こう見えて私、本職のシスターですので!」

「はあ」

 

 千世子を地面に下ろし、シスターは胸を張った。

 見ればわかるけど、とは言わなかった。言っても意味が無い気がしたからだ。

 

「およ?」

「わ、降ってきた」

 

 そんな問答をしていれば、曇天からポツリ、ポツリと雨が降ってきた。

 瞬く間にそれは豪雨となり、二人をびしょびしょに濡らしていく。俗に言う、ゲリラ豪雨というやつだった。

 

「うわぁ……」

「あは、すっごいどしゃ降りだね」

 

 ビルの屋上で、全身くまなく濡れた美少女が二人。

 傍から見れば絵になる光景だが、当人たちにとっては知ったことではない。

 

「ね、ウチくる?」

「へ?」

 

 と、1メートル先も見えないようなどしゃ降りの中で、千世子は笑った。

 雨に濡れてなお、輝きを失わない──いいや、濡れてこそ輝く、天使のような笑顔だった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ナマコとか食べる?」

「いえ、お構いなく」

 

 体を拭いて、あらかた水気を取り除いたあと。

 何故か冷蔵庫を覗いている少女に、お酒に合いそうなマイナー食べ物をすすめられた。こういう場合、すすめるのは大抵あったかい飲み物とかだと思うんですが。

 

「そっか。じゃあ一緒にお風呂入ろ」

「え゛」

 

 自由奔放すぎるでしょ、この人。

 いや、濡れてるんだからお風呂入るのは自然な流れだけど、なんで二人一緒なんですかね。私は後でいいんですがね。

 

「い、いえ、お先にどうぞ」

「ダメだよ。待ってる間に風邪引いちゃうよ?」

 

 いや、この体は頑丈だから、間違っても風邪引いたりしな──

 

「くしゅっ」

 

 うぅ、悪寒がする。

 

「ほら」

「…………」

 

 表情は変わってないけど、それ見たことか、みたいな瞳が向けられている。

 どうやら、この体はダメージには強いけど、状態異常には弱かったようだ。

 

「……わ、分かりました」

「うん。素直でいい子だね」

 

 ヨシヨシされた。解せぬ。

 

 

☆☆☆

 

 

「…………」

「わぁ。脱衣所で見たときも思ったけど、君おっぱい大きいねー」

 

 数分後、お風呂場にて。

 向かい合わせに湯船に浸かって、私は少女のおもちゃになっていた。

 いやあの、できればそんな、持ち上げないでもらえると助かるんですけどね。

 

「何食べたらこんな大きくなるの?」

「……強いて言うなら、いっぱい食べるのが秘訣でしょうか」

「へー」

 

 気の抜けた返事を返され、なんだか力が抜けてくる。もうどうにでもしてください。

 

「あはは、ぽよぽよしてて気持ちいいー」

「…………」

 

 めっちゃ気に入ってるじゃん。

 元男としてはまぁ、その気持ちは分からないでもないが。とはいえ、自分のモノにはまったく魅力を感じないんだよなぁ。

 これが、隣の芝生は青く見える現象か。

 

「私のも触る?」

「……い、いや、大丈夫です」

「そう?」

 

 うんまぁ、確かに自分のは興味無いけど、他人のは普通に興味あるんだわ。

 だから夜凪家に居候させてもらうことになっても、お風呂だけはずっと一人で入っていた。

 十年以上女の子やってきても、なんだかんだで男より女のほうが好きなんだよね。教会に女の子しか居なかった、って理由もあるかもだが。

 

「君、こういうの好きそうだなって思ったんだけど」

「……な、何を言ってるのか分かりませんね」

 

 目を逸らし、少女の体を見ないように努める。

 この状況、ものすごく精神に悪い。早く上がってしまおう。

 

「……あ、あの。そろそろ上がりたいので、胸から手を離していただけると……」

「もうちょっと」

 

 延長入りましたー。

 

「…………」

「ふむ、ほぅ、へぇ」

「……はぁ」

 

 興味津々といった様子で乳を揉む少女を見つめつつ、辟易するようにため息をついた。

 ホント──

 

「どうしてこうなったんですかねぇ……」

 

 虚空に向けて呟いてみても、誰も教えてはくれないようだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 数分後。

 

「ぁうう……」

「あはは、ごめんね」

 

 すっかりのぼせ上がったエレーナを連れて、千世子はベランダで星を見上げていた。

 雨もすっかり上がり、夜空には満天の星々が輝いている。空に近いおかげで、星の瞬きがよりよく観察できていた。

 

「この時期でも夜は涼しいよね」

「そうですね……」

 

 麦茶を注いだコップを揺らし、千世子は微笑む。

 今の時期は春と夏の境目。故に天候が崩れやすく、あのようなゲリラ豪雨に遭遇してしまったのだ。

 まあ、逆にそういう時期だったからこそ、風邪を引かなくて済んだ、とも考えられるだろうが。

 

「ところでさ」

「……なんでしょうか」

 

 不意に、白の瞳がエレーナを見つめた。

 

「どうしてずっと、女の子の演技したままなの?」

「────」

 

 直後。エレーナの表情は、実にわかりやすい色に染まっていた。

 

 驚愕。

 

 初対面の少女に自身の被る仮面を見破られたという、それはもう特大の衝撃に、頭の中が真っ白になる。

 

「……何を言っているのか、分かりませんね」

 

 しかし、エレーナはすぐさま仮面を被り直し、平静を保つ。

 そんな様子を見て、千世子は少しだけ微笑みを浮かべた。

 

「私には分かるよ。君、仮面を被ってるでしょ」

「…………」

「そうだなぁ……『お淑やかで、上品な、貴族の女の子』そんなところかな?」

「なっ──」

 

 一言一句違わずに、仮面の名称を当てられた。その事実に、エレーナは更に驚愕を顕にした。

 

 見抜かれるのは、二度目だ。

 

 けれど、ここまで詳細に見抜かれたのは初めてだ。エレーナの内心を、驚愕よりも恐怖が上回った。

 

「どう、当たってる?」

「う……」

 

 ニコリと微笑んでこちらを見つめてくる千世子に、エレーナはどこか薄ら寒いものを感じていた。

 まるで仮面の裏側にある素顔を、無遠慮に覗かれているような。そんな感覚を感じていた。

 

「私、見たいな」

「はい?」

「見てみたいの。君の、仮面の奥にある素顔」

 

 笑顔が消える。

 空気が凍る。

 その目は、その瞳は。

 

「ねぇ、見せて。可愛いシスターさん」

 

 どこまでもこちらを貪欲に喰らおうとする、捕食者の眼だった。

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