パパ、認知して   作:九龍城砦

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太陽にほえろ

「えっと、今日は墨字さん出かけてて。その辺のソファにでも座って待っててください」

「はい。お邪魔いたします」

 

 父が、というかスタジオ大黒天が借り入れているというビルの一室に私は招き入れられていた。外から見た以上に狭い部屋だった。元々そこまで広くない上に、そこかしこに置かれた撮影機材や得体の知れないコードなんかが、部屋の狭さに拍車をかけているのだろう。

 それでも話し合いのスペースはしっかり確保しているのか、部屋の片隅には面と向かって話せるように二組のソファと縦長なテーブルが置いてあった。応接室とかでよく見るやつね。

 

「粗茶ですが」

「まぁ、ありがとうございます」

 

 部屋の片隅に置かれていたソファに座った私の前に、柊さんが緑茶を持って来てくれた。うわ、緑茶とか飲むのいつぶりだ? 転生してから初めてだから、10年ぶりくらいか? いや懐かしいとかいうレベル通り越してんなこれ。

 

「それで、さっきの話なんだけど」

「私の父が黒山墨字だという件ですか?」

「そう」

 

 対面のソファに座った柊さんは、とても真剣な面持ちで私の目を見つめてきた。うむ、可愛い。柊さんってよく見なくても顔がいいよね。綺麗というより可愛い系の美人さんというか、目鼻立ちがしっかりしているというか。もしかして私と同じくハーフだったりする?

 

「えっと……本当なの?」

「嘘をつく必要など無いはずですが」

「それはそうなんだけど……」

「信じられないというのならば、これを。こちらが証拠になります」

 

 私はカバンの中をごそごそと探り、その中から一枚の写真を取り出した。生家であるあのお屋敷に唯一残っていた、父と母のツーショット写真だ。

 お屋敷の中庭にて、仲睦まじそうにお茶をしている二人の姿が映っている。

 ちなみに、なぜか他に父が映っている写真は一枚も見つからなかった。この写真だって、母の部屋にある金庫から偶然出てきた幻の一枚なのだ。

 

「…………マジだぁ」

「ですから、そう言っていますのに」

 

 写真を受け取って、その写真を穴が開くほど凝視し、その果てに柊さんはどこか遠くの空を見つめるような悲痛な表情を浮かべた。なんだこの人、面白いな。

 

「何やってんだよ墨字さん!!!!!」

「あらまぁ」

 

 両手を握り込み、勢いよくテーブルを殴りつける柊さん。いきなりのバイオレンスな行動、私でなかったら驚いちゃうね。あ、テーブルに置いてあった緑茶は無事ですよ。サッとフレーム単位の動きで回収しといたからね。

 

「この度はウチのロクデナシがガチのロクでもないことをしてしまって誠に申し訳ありません」

「いえいえ〜」

 

 呆然としたり、怒ったり、果てには土下座して謝ったり。柊さんは見ている方を飽きさせないような、見事な七変化を披露している。いやぁ、苦労人なんだなぁ、柊さんって。

 

「柊さんに謝っていただかなくとも、父には私から相応の処置をさせていただきますので。止めないでくださいましね?」

「いえいえそんな滅相もない。わたしも手伝いますので、あのヒゲに地獄を見せてやりましょう」

「まぁ、頼もしい」

 

 ひいらぎゆきが、なかまになった!

 テテーン。

 

「落ち着きましたか?」

「はぁ、はぁ……うん、落ち着いた」

 

 肩で息をしながら、大きく息を吐き出した柊さん。いやまぁ、故郷では職業柄色んな人の懺悔を聞いて来たけど、ここまではっちゃけた懺悔は初めてだったなぁ。こう言っちゃ失礼かもしれないけど、とても愉快ですごく面白かった。まるでミュージカルのコメディパートを見てるみたいな気持ちになったよ。

 

「うん、まぁ、その……わたしから言うのもなんか違う気がするけど──やっぱり言っておくね、ホントにごめんなさい」

「柊さま、顔をあげてください」

「いいの。わたしが好きでやってることだから」

 

 ソファに座り直した柊さんは、私に向けて深々と頭を下げている。その様子は先程までの勢いに任せた謝罪ではなく、本気の謝意がこもった真摯なものだった。

 

「わたし、墨字さんとはパートナーになって長いと思ってたつもりだったけど……全然あの人のことを知らなかったんだなって。こんな可愛い娘さんが居るのだって、今初めて知った」

 

 ポツリ、ポツリと、懺悔するように柊さんは言葉をこぼす。気を抜けば聞き逃してしまいそうな音量のまま、柊さんは己の内に渦巻いている感情を言葉にしていく。

 

「理由はどうあれ、墨字さんが今まであなたを捨てて生きてきたのは間違いない。わたしには、その事実を受け止める責任がある」

「いいえ、そんなものはありません」

「わたしなんかがいくら頭を下げても、どうにもならないって事はわかってる。それでもわたしは謝るよ」

「柊さま」

「わたしがもっと早く気づいてれば、あの人のケツを蹴っ飛ばしてでもあなたを迎えに行かせてた。だから──」

「頭を上げてください」

 

 私はソファから立ち上がり、柊さんの隣に腰を下ろす。そして今まで着けていた手袋を外し、ゆっくりと柊さんの手に自分の手を重ねた。女性らしい、小さくて滑らかな手。その手は僅かに震えていた。

 今の私には、柊さんが父のために何故ここまで自分を追い込んでる(謝っている)のかが分からない。なので、今からそれを理解する。彼女の肌に触れ、その過去を覗き見る。

 

「──なるほど」

「え?」

「あなたは、父をとても尊敬しているのですね。表には決して出さないけれど、心の奥深いところで信仰にも似た憧憬を抱いている」

「ふぇっ!?」

 

 主よ、お許しください。この人の心を救うためなのです。他人の心の中に土足で踏み入る私を、どうかお許しください。

 

「だからこそ、あなたは父の犯した不誠実な行いが許せない。そうなのでしょう?」

「え、えっと……!?」

「大丈夫」

 

 私は柊さんの頭に手を回し、ゆっくりとその体を抱き寄せる。

 

「あなたの想いは、しっかりと受け取りました。あなたがどれだけ父を好いてくれているかという事も」

「あ、あの、エレーナちゃん……?」

 

 ああ、まったく幸せ者だな父は。こんな可愛らしい女性からこんなに慕われてるなんて。

 

「そうですね。あなたの誠意に免じて、父への追及は激しくしないようにしておきます」

「そ、そっか……ありがとう」

「ええ、約束しましょう。あなたが悲しむような行為はしないと」

 

 努めて優しく、私は柊さんを諭すように言い含めた。その言葉に安心したように息を吐き出し、柊さんは顔を上げた。私はそんな安堵の表情を浮かべる柊さんに微笑みを向ける。

 でも。それでも。口では、優しい口調でそう言ってはいるけれど。

 

「ふふ」

 

 心の中では。

 本当は。

 全部、めちゃくちゃに壊してしまいたいと思ってしまっている。

 

愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)愛しくて(憎くて)

 

 私から一番大切なものを奪ったあの男を、どうしようもないくらい呪ってしまいたくなる。

 

「……いけませんね」

 

 気を抜くと、この激しい衝動に飲み込まれてしまいそうになる。目と鼻の先に父がいると言うこの状況だからこそ、なおさら。胸の奥で激しく渦巻く、この怨嗟の炎に呑まれてしまいそうになる。

 

「どうしたの?」

「いえ、私もまだまだ未熟だなと反省していただけです」

 

 神に仕える身として、こんな激情に呑まれていてはいけない。平常心、平常心。ビークール、ビークール。落ち着け、落ち着け私。素数を数えるのだ、どこぞのエセ神父のように。素数は1と自分自身でしか割れない孤独な数字、私に勇気を与えてくれる。2、3、5、7、11──

 

「おーう、帰ったぞ柊」

「ぁ?」

 

 と、そんなふうに落ち着こうとしていた時。部屋の扉を開けて一人の男性が入ってきた。とても自然に、まるで自分の家に帰って来たかのような動作で。その男性は私の目の前に姿を現した。

 

「いやー、今日は散々だったぜ。やっぱりアリサからのくだらねぇ頼み事なんか引き受けるんじゃなかっ──」

 

 その目が、私の方を向いた。

 

「──────は?」

 

 呆気に取られた、呆然とした、予想だにしなかった。そんな、驚愕という感情だけに支配されたまま私を見つめる父の姿を見て、私は。

 

「会いたかったです、墨字さん」

 

 ずっと昔から考えていた、イタズラと言う名の復讐を実行する事にした。

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

 理解が追いつかなかった。目の前の光景を理解したくないと、脳がフリーズして情報の処理を拒否する。しかしそれでも、目の前の現実はちゃんとそこにあるわけで。

 

「会いたかったです、墨字さん」

 

 直視したくない現実は、確かな実体を伴ってソファから立ち上がった。

 

「な、ん」

 

 言葉が出ない。開いた口が塞がらないとはこのことか。唇は無意味にパクパクと開閉するだけで、何の意味のある言葉も紡がない。喉は一瞬でヒリつくように渇き、心臓が壊れたように脈動して血液を吐き出す。だというのに、背筋は氷の棒を突き入れられたように冷たい。

 とてつもなく嫌な予感がする。

 

「どうしたんですか? まるで幽霊でも見たような顔をして」

 

 ふわりと。踊るように、舞うように。まるで舞台の上でスポットライトを浴びる役者のように。その少女は黒山墨字の前まで躍り出た。

 

「……ナーシャ」

「あらまぁ、まだその名前で呼んでくれるんですね」

 

 ふふっ、と可愛らしい笑い声を漏らし、花が咲くようにその少女は微笑みを浮かべた。

 月光をそのまま流したかのような美しい銀色の髪。宝石をそのまま閉じ込めたかのように錯覚するほどに輝く銀色の瞳。そしてそれらを引き立てる淡雪のようにきらめく白磁の肌。

 どこを取っても完璧としか称することのできない美少女が、怪しい雰囲気を纏って目の前に立っていた。

 

「いや、違うな。誰だお前」

「誰だ、とは随分な物言いですね」

「うるせぇ。とっととその下手な三文芝居をやめやがれ」

 

 理性と自我を総動員して、目の前の悪夢を振り払うように黒山は少女を突き放す。その言葉を受けた少女は、くりくりと輝く大きな瞳をスッと細めた。

 

「なーんだ。やっぱりこのくらいの見分けはつくんですね、()()()

「は? お、おとう……なんだって?」

 

 少女の口から飛び出た言葉に、黒山は頭の上にはてなマークを大量に出現させていた。

 

「私はお父様とお母様の娘──エレーナと申します」

「は、はぁぁぁぁ!!!???」

 

 表の大通りまで聞こえそうな、大音量の絶叫が響き渡る。いつも全てを見透かしたようなニヒルな笑みを浮かべている黒山らしからぬ、とても狼狽した叫び声だった。

 

「いやいやいや! 俺に娘とか居ねぇし! 何かの間違いだろそりゃ!」

「そ、そんな……せっかく海を越えてお父様と再会できたというのに、そんな事って……」

 

 よよよ、といかにもわざとらしい泣き真似を披露してみせるエレーナ。そんな光景を見て、黒山は困惑した表情のままエレーナを見つめていた。

 そんな黒山の前に、もう一つの人影が歩み出た。スタジオ大黒天の美人秘書、柊雪である。

 

「墨字さん」

「お、おう柊、なんなんだこいつ。説明し──」

「歯ぁ、食いしばってくださいね」

 

 にっこりと、今まで見たことのないような笑顔を浮かべ、柊は硬く握り拳を作った。

 

「は? いやいやおい、どういう事だよ。おい、笑顔のまま近づいてくんな!」

「逃しません♪」

「ぐっ!? いやお前、離せこの謎の小娘! ってか力強ぇな!?」

 

 いつの間にか背後に回ったエレーナに羽交い締めにされ、黒山はその場から動くこともできなくなってしまった。なんとか拘束を解こうと力を込めるも、まるで壁に埋まっているかのようにビクともしない。

 そんなことをしている間にも、イイ笑顔を浮かべた柊はズンズンと距離を詰めて来ている。

 

「せめて、出会って初めての言葉が娘に向けるものならお説教ぐらいで済まそうと思っていたんですよ? でも、よりによって何て言いましたか、墨字さん」

 

 普段とは比べ物にならないくらいの怒気を孕みながら近づいてくる柊の言葉に、黒山はついさっき発言した自分の言葉を思い返していた。

 まぁ、今更そんなことをしても、もうどうしようもないくらいに手遅れなのだが。

 

 

「実の娘に向かって『何かの間違い』は無いでしょうがぁぁぁーーーーー!!!!!」

 

 

 この日、スタジオ大黒天の窓ガラスが一枚、思いっきりブチ割れたのだった。




エレーナちゃんは特殊能力持ちです。どんなやつかは秘密です。
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