パパ、認知して   作:九龍城砦

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ナイトミュージアム

「いちち……」

 

 のちに伝説と呼ばれることになる、柊さんによる事務所の窓ガラス破壊騒動より数分後。そこでは部屋の真ん中で、頭にでかいタンコブをこしらえた父が無様に正座させられている最中だった。

 

「いやー、イイもの見せてもらいました」

「テメェ、この腹黒娘! ソファから高みの見物してんじゃねぇ! お前が全ての元凶だろうが!」

「墨字さん」

「ハイ」

 

 目の前に仁王立ちする柊さんの圧に負けて、父は従順な犬のように頭を下げた。あぁ、無様無様。何という惨めな状況なのでしょうか。これは一刻も早く救って(煽って)あげなければ。

 

「さて、ここからは楽しい楽しい質問タイムなんですが」

「…………」

「ぶっちゃけ、お母様とセックスしました?」

「ブフォッ!!!!!」

「した」

「墨字さんんんんんっ!?!?!?」

 

 予想通りというか、もはや鉄板というか。鬼もかくやという表情を浮かべていた柊さんは、私が父にした質問によって、一気にその雰囲気を霧散させた。うむうむ、計画通り。

 

「じゃあ確定じゃないですか。それなのによくもまぁ覚えがないとか言えましたね」

「いや待て、ちゃんと避妊はしてたぞ」

「どのくらい?」

「そりゃコンドーム付けるくらいだが」

「ハッ、あんな薄皮一枚をよくもまぁそこまで信用できましたねぇ?」

 

 ピルすら使ってなかったのに、それでよくもまぁ避妊してたとか言えますこと。

 

「ちょっと!? 二人ともその生々しすぎる会話やめてくれない!?」

「おや、柊さまには刺激が強すぎましたか」

「こいつ、見た目にそぐわず純情だからな。赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとか思ってるタイプ」

「いやいやいや!? ちゃんとそのくらいの知識はあるからね!?」

 

 えぇ〜、ホントにござるかぁ〜?

 

「ホントだってばー! なにその生暖かい視線はー!」

「いやぁ〜」

「だってなぁ〜?」

 

 柊さん、見た目以上に純情っぽいんだもん。そりゃそういう感想も抱くっていうか。むしろ、柊さんにはこれからも純情なままでいてほしいっていうか。というか、なんか思った以上に父と息が合うな。これが親子の絆ってやつなのか、ムカつく。

 

「って、な〜んか二人とも仲良さそうじゃない?」

「いえいえ、気のせいですよ。こんなクソ親父に向ける親しい感情なんてありませんとも」

「あぁ、そうだな。こんなエセシスターに娘だなんて名乗られてイイ迷惑だぜ」

「はぁ?」

「あぁん?」

 

 誰がエセシスターだ、誰が。こちとら故郷の村ではどんな悩みも聞いてくれる敏腕シスターとして名を馳せていたんですけど。普段の雑事から、いろんな祭事に至るまで、村の至る所で引っ張りだこだったんですけど。マザーにも認められてる立派なシスターなんですけど!

 

「あのなぁ、軽々しく親父なんて呼ぶなよ。こちとら、まだお前が俺の娘だなんて認めたわけじゃねぇからな」

「あら、ここまで来て認知してくれないんですか? いい大人なのに、意外と意気地が無いんですね」

「うるせぇ、腹黒娘」

「事実でしょう、ダメ親父」

 

 あぁ〜ん? 何だ、やるかコノヤロウ。言っとくが私は強いぞ。ケンカでは村にいる誰にも負けなかったからな。まぁ、喧嘩したのも数えるほどしかないので、井の中のかわず大海を知らずってやつなんだろうけど。

 

「ハイ、やめやめ! 殴ったわたしが言うことじゃないかもしれないけど、これ以上部屋を破壊しないでください!」

「ホントだぜ。柊おまえ、もっと女性のお淑やかさってものを覚えた方が──うごっ!?」

「あらあら」

 

 やーい、殴られてやんの。そういうデリカシーのないこと言うからだぞ、ちょっとは反省しろー。

 

「いってぇ……! おい、人の頭を軽々しく殴んな! バカになるだろうが!」

「大丈夫でしょう、元からバカなんですから」

「お前なぁ……」

 

 うーむ、何でこれで父が柊さんに愛想つかされないのかが不思議で仕方ない。まぁ、この人は映画に対しては真摯だからな。柊さんはそういう部分に惚れているのだろう。かくいう私も、父の作った映画は大好きだ。

 

「ま、いいか。で、これからどうするんだ、腹黒娘」

「どうするとは?」

「こっちで生活するのか、向こうに帰るのかって話だ」

 

 ああ、そういう。ならば私が取る選択は既に決まっている。私は、そのためにこの国へと来たのだから。

 

「もちろん残ります」

「住む場所も、働く場所もねぇのにか?」

「ちょっと墨字さん!」

「黙ってろ、柊」

 

 父の視線が鋭くなり、先ほどとは違う雰囲気を纏いながら私を睨み付ける。それはまさしく相手を見定める監督の目だった。今目の前に居るのは、先程までのいいかげんな父ではない。映画監督として、こちらを試している父だ。

 

「あら、おあつらえむきの働き口がここにあるじゃないですか」

 

 だからこそ、私はその視線に応えるように父を見つめ返した。

 

「私を、このスタジオ大黒天で雇ってください」

 

 私は帰らない。父に、私を認めさせるまで。私が、母の娘であると認めさせるまで。

 それに、私が本当に帰りたいと思っている場所は──もう無いのだから。

 

「いいぜ、気に入った」

 

 ニヤリと、人を喰ったようなニヒルな笑みを浮かべて。

 

「ようこそ、スタジオ大黒天へ」

 

 父は、私の就職を二つ返事で認めた。

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

 というわけで、無事に私はスタジオ大黒天の一員になる事が出来ました。よーし、機材運びとか、テント設営とか、いろいろ張り切ってこなしちゃうぞー。

 伊達に田舎の村出身じゃないからね、こういう力仕事には慣れているんですよ。さぁ、どんな雑用でもドンと来い。

 

「とか思ってたのに」

 

 父との邂逅から一日ほど過ぎ、私はとあるスタジオに連れて来られていた。いろんな照明に照らされていて、いろんな機材が置いてあって、いろんな人が出入りしている。

 そんな慌ただしい雰囲気を尻目に、私はスタジオの中央に置かれている豪華なソファに座らせられていた。

 

「どうしてこんなことに?」

 

 故郷の村では一度もしたことのないメイクをしてもらって、今までで一番綺麗だと思えるようなドレスを着させてもらって。目の前には、カメラを構えた女性の人が立っていて。

 これは、まさか。

 

「エレーナちゃん、大丈夫? もしかして緊張してる?」

「いえ、緊張というより困惑ですね、これは」

 

 隣に立つ柊さんが、少しだけ申し訳なさそうに話しかけてきた。ちなみに、父の姿は無い。なんでも昨日から大手事務所のオーディションに駆り出されてるとかで、今日も終日不在なのだそうだ。そういうところだぞ、ロクデナシめ。

 

「これは噂に聞く、写真撮影というやつでは?」

「うん。これからエレーナちゃんをモデルに、いろいろ写真とかビデオを撮らせてもらうね」

「Почему?」

「え……墨字さんから聞いてたんじゃないの?」

「なにも聞いていませんが」

 

 ついでに言うなら、一言も話してませんが。起き抜けに『来い』って言われて誘拐犯の如くワゴン車に乗せられて、そっからこのスタジオに直行したので、今現在のこの状況がどうなっているのかすら分かっていない私なのですが。

 

「あのヒゲ……ごめんねエレーナちゃん、後でまたシバいておくから」

「いえ、それはいいんですけど」

 

 私はなにをすればいいのかだけ教えてほしい。このままじゃなんの準備もできないまま初のお仕事に臨む事になっちゃう。

 

「えっとね、今日のお仕事は雑誌に使う写真と、宣伝に使うイメージビデオの撮影ね。三社の合同で行われてる企画なんだって」

「大仕事じゃないですか」

「うん、まぁ、そうね……」

 

 こんな大事な仕事場に事前説明もなしで連れてくるとか、もしかして父はバカなのか? 柊さんとの約束が無かったらとっくに殴り飛ばしてるぞ。

 

「今回の撮影のコンセプトは、夢の国のお姫様がするようなファッションを着こなす女の子──まぁ、要するにシンデレラとかをイメージしてもらえるといいかな」

「ふむふむ」

「大仰ではなく、それでも煌びやかに。ターゲット層は子供向けらしいけど、もちろん大人も見る」

「むしろ、そういう親たちをターゲットにしてますよね」

「お、エレーナちゃん鋭いね」

 

 そりゃそうだ。結局のところ、お金を払うのは子供ではなく親だ。子供が駄々をこねたって、買ってもらえる限度額というのは決まっている。だったら最初から親の方をターゲットにして、無理なくお金を落としてもらうのが賢い商売方法というものだろう。

 実際、子供を着せ替え人形にして楽しむ親は一定数存在する。子供の姿に過去の自分を重ね合わせ、一時だが華々しい夢を見たいと願っているのだ。

 

「なるほど、そう言うことなら」

 

 やって見ようか。こういう形で人々を救うというのも、またシスターとしての務めだろう、たぶん。

 私はソファから立ち上がり、居住まいを正す。そして、にっこりと教会で磨き上げた笑顔をカメラマンさんに向けた。

 

「よろしくお願いいたしますね」

 

 さぁ、これが父に私を認めさせるための第一歩だ。

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

 撮影は驚くほど順調に進んだ。NG撮影は最初の数回だけ。その後はコツを掴んだのか、写真の方は問題なく全て撮り終わった。残りはイメージビデオの撮影を残すのみ。

 柊雪は目の前に立つ少女の姿を見て、少しだけ戦慄する。経歴を聞く限り、目の前の銀色の少女はこういう仕事は未経験のはずだ。だというのに、少しも物怖じせずにカメラの前に佇むその姿は、まるで熟練の女優を思い起こさせる。

 

「すご……」

 

 思わず感想が漏れる。エレーナの容姿がこういう仕事に向いているというのは、一目見た時から分かっていた。まるで絵本の世界から出てきたかのような、浮世離れした美貌の持ち主。けれど、中身まで備わっているというのは完全に予想外だった。

 

「まぁ。ダンスへのお誘い、ありがとうございます」

 

 スカートを摘み、華麗な動作でお辞儀を披露するエレーナ。その姿はまさに童話に出てくるお姫様を彷彿とさせる。

 大人び過ぎず、子供っぽくもない。そんな成長途中の美しさを内包した可憐な容貌が、幸せそうにゆっくりと微笑む。

 

「こちらこそ。光栄ですわ、王子様」

 

 王子様が差し出した手を取るエレーナ。柊雪は、いや現場のスタッフ全ては、その場には居ないはずの王子の姿を幻視していた。

 

「ふふっ」

 

 本当に幸せそうに、くるくると軽やかにダンスを披露するエレーナ。その挙動を、カメラは一挙手一投足逃さずに撮影している。スタジオ内のさらにその中央。限られたスペースの中で、エレーナは最大限自分の魅力を活かした立ち回りを披露している。

 望まれたことを、望まれるままに。

 お姫様らしく、可憐な幻想らしく。見ている人が全ての現実を忘れ、ただ一瞬でも夢の世界へと入り込めるように。エレーナはそのために踊りを続ける。

 

「あぁっ、もうこんな時間! 急いで帰らなければ!」

 

 そうして、一夜の幻想は幕を下ろす。転ばぬよう、ドレスの裾を上げて、エレーナはお姫様という役から降りていった。

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

「ふぅ」

 

 できた。

 できていた、筈だ。お姫様の演技なんてやったこともなかったけれど、それでもなんとか乗り切った。

 カットって聞こえたし、もうオッケーってことだよね? これ以上の演技とか、今の私にやれる余裕ないぞ。

 

「お疲れ様、エレーナちゃん!」

「柊さま」

 

 スポーツドリンクを持った柊さんが、スタジオの片隅に置いてあった椅子に座りこんでいる私の横にやってくる。その顔は感動とも驚きともつかない、色々なプラスの感情が混じり合った表情をしていた。

 

「すごかったね! 初めてとは思えないくらい上手にできてたよ!」

「そう言ってもらえるとありがたいですが」

 

 興奮したように、柊さんは私に笑顔を向けてくる。うむ、やっぱり柊さんは可愛いな。

 

「実は、あの演技はお母様の真似だったんです」

「お母さんの?」

 

 スポーツドリンクを受け取って、蓋を開けてその中身に口をつける。

 自分では気づいていなかったけれど、相当に緊張していたようだ。カラカラに乾いていた喉に、確かな潤いが染み込んでいく。

 

「お母様は本当に、どこぞのお嬢様かお姫様かと思うくらいに可愛くて、魅力的な方でした」

「え、あれ? エレーナちゃん、修道院で育ったって言ってなかったっけ」

「はい。ですが、もっと幼い頃はお母様とメイドさん二人と、四人でお屋敷に暮らしていたんです」

 

 私が修道院に入ったのは7歳になってから。それまでは、あのお屋敷で四人で楽しく暮らしていたのだ。女性しかいない、ちょっと歪な家庭だったけれど、とても幸せな家庭だった。

 

「けれど、お母様が亡くなってしまって。そこから私は修道院のお世話になっていました」

「────え?」

 

 隣に座ったままの柊さんが驚愕の表情を浮かべた。

 ああそうか。この話はまだしていなかったか。

 

「私の母──アナスタシアは、もうこの世にはいません。既に天国へと旅立ちました」

 

 私は、そう言って昔を懐かしむように、スタジオの天井を見上げながら小さく呟いた。

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