パパ、認知して   作:九龍城砦

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鍵泥棒のメソッド

「はぁ……疲れました」

 

 初めての撮影を終えた私と柊さんは、そのままスタジオ大黒天の事務所に帰ってきていた。窓の外はもうとっぷりと日が暮れてしまっており、結構な時間を撮影スタジオで過ごしたのだと実感させてくれる。

 いやマジ疲れた。やっぱり人が多い場所でお仕事するのって疲れるんだねぇ……なんて感想を抱きながら、私はボフッと事務所のソファに寝転んだ。意外とふかふかなのよね、このソファ。

 あ、ちなみに言うと、私はこのスタジオ大黒天の事務所に寝泊まりさせてもらっています。ホテル代もバカにならないし、今日みたいな急なお仕事とかにすぐに対応できるしね。結構いい物件なのだ。

 

「お疲れさま。さて、初めてのお仕事を終えたエレーナちゃんに渡すものがあります」

「あら、なんでしょう」

 

 一緒に帰ってきていた柊さんが、ゴソゴソとカバンの中を探っている。そしてその中から一枚の紙を取り出した。

 

「墨字さんが渡してなかったっぽいから、これ」

「契約書……ああ、就職するときに書くやつですか」

「うん。事後承諾みたいな感じになっちゃったけど、大丈夫?」

「ええ、構いません」

 

 まぁ、まさかの撮られる側として就職するとは思っていなかったけれど。私はてっきり雑用係から始めるものだとばかり思っていたのに。

 

「ま、逆に好都合です」

 

 私は契約書の内容に目を通し、サラサラっとサインを記載する。これで、私は正式にスタジオ大黒天の一員になれたわけだ、うむ。

 疲れたけど、ああやってカメラの前で演技するっていうのは楽しかったし、悪い仕事じゃ無いのは確かだろう。

 

「それと、これ」

「ん、これは……噂に聞くスマホ、というやつですか?」

「今日撮影したイメージビデオの素材が入ってるの。よかったら見てみる?」

「是非」

 

 電源を入れ、柊さんの手引きで動画ファイルを開く。

 すると、そこには。

 

「────綺麗」

 

 煌びやかなドレスを着て、優雅に、幸せそうに踊る絶世の美少女の姿があった。

 銀色の髪を靡かせ、まるで本物のお姫様のようにダンスを踊るその姿は、同性の私でも見惚れてしまうほどの魅力がある。

 

「これは誰ですか?」

「エレーナちゃんでしょ、何言ってんのさ」

「え、私ってこんなに美人でしたっけ」

「うわ〜、ちょっとムカつく発言〜」

 

 いやだって、こんなの私じゃない。

 いつも顔を洗う時に鏡で見てはいるけれど、こんな幸せそうな笑顔なんて見たことない。確かに、顔のパーツは私のものだけど、表情が私の物じゃない。これでは、まるで。

 

「お母様みたい」

 

 そう、これではまるで私じゃなくて母を撮ったみたいな、そんな感じがする。

 

「……真似してただけの筈なんですけどね」

「ん?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 あの時は、母ならどうするだろう、なんて考えながら撮影を行っていた。だというのに、これではまるで、私自身が母になってしまったようだ。

 スッと、背筋に冷たいものが走る。何となく、この映像を長く見ているのはマズい気がする。

 

「…………」

「エレーナちゃん?」

「ありがとうございました、柊さま」

 

 スマホの電源を落とし、柊さんに突き返す。今は少し落ち着きたい。日本への旅や初めての仕事など、慣れないことの連続で少し疲れた。昨日父から教えてもらった、この事務所の下にある銭湯というでっかいお風呂に行って、この疲れをとってくるとしますか。

 

「では、私はお風呂に行って……きま……す……?」

「わ、ちょ!? エレーナちゃん!?」

 

 あれ、からだにちから、はいらな──しかいも、なんか──くろく、なって────

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

 ソファから起き上がろうとしたエレーナは、そのままパタリと柊の膝を枕にして倒れた。すわ気絶でもしたのかと驚く柊だったが、すやすやと穏やかな寝息を立てているのを確認したため、その心配は杞憂に終わった。

 

「すぅ……すぅ……」

「疲れちゃったのかな」

 

 柊の膝を枕にしながら、事務所のソファで眠るエレーナ。その肩までかかる銀色の髪を、柊はスッと指ですいた。

 

「うっわ、何これサラサラ過ぎでしょ……羨ましいなぁ」

 

 キューティクルもバッチリで、枝毛すら一本もない。まさしく全女性の目指す理想の髪と言える。いや、完璧すぎて逆に人間離れしているようにすら見えるだろうか。何か、見えざる力が宿っているようにも感じる。

 

「って、なんだそりゃ」

 

 エレーナの髪から指を離し、柊は鼻を鳴らして自分のバカバカしい考えを一笑する。そうして所在なさげに視線を動かすと、今度はエレーナの寝顔が目に入る。控えめに言っても、美しすぎるという感想しか出てこない女神のような美貌。

 

「…………」

 

 柊は、それに吸い込まれるように手を伸ばして。

 

「おーい、何してんだ」

「わひゃぁっ!?!?!?」

 

 唐突に後ろからかけられた声に驚いて、とっても情けない声を上げた。

 

「す、すすす墨字さん!? 脅かさないでください!」

「いや、お前が勝手に驚いたんだろうが」

 

 バクバクと鳴る心臓をむりやり落ち着けて、柊はソファの後ろに立つ黒山に視線を向けた。幸いというか、先ほどの悲鳴を聞いてもエレーナは起きていなかった。よっぽど眠りが深いのだろう。

 

「っていうか、こんな時間までどこ行ってたんですか! エレーナちゃんに仕事のことも言ってなかったみたいだし!」

「スカウトだよ、スカウト」

 

 のんべんだらりと、気だるげな雰囲気を隠そうともせず、黒山は対面のソファへと移動して腰を下ろした。

 

「俺が作る映画の主演に、ピッタリな女優が見つかった」

「それは……良かったですけど。でも」

「二人ほどな」

「え?」

 

 寝ているエレーナにチラリと視線を送った黒山は、ニヤリと人を喰ったような笑みを浮かべた。

 

「送られた素材、見たぞ」

 

 瞳の奥に鋭い光を宿して。

 

「いい()()()()()()だった」

 

 映画の感想でも口にするように、そう言った。

 

「メソッド演技って……」

「ああ、1940年代のアメリカで生まれた演劇技法。役柄の内面に注目し、その感情を追体験することで、自然かつリアリスティックな演技を行う技法だ。ま、一般常識だな」

「それを、エレーナちゃんがやっていたと?」

「無意識だろうがな」

 

 訝しげな表情を向ける柊に対して、黒山は得意げに笑みを浮かべる。いつも通りの、全てを見透かしたかのようなニヒルな笑みだ。

 

「こいつはあの瞬間、完璧に母親を演じきっていた──いや、母親そのものになっていた」

「……本当なんですか?」

「俺の見立てが間違ってた事、あったか?」

 

 無いけど、と内心で柊は愚痴るように言葉をこぼした。こと映画において、役者において、演技において。黒山の見立てが外れたことは一度もない。

 黒山は全てを見透かしている。まるで始まり(プロローグ)から終わり(エピローグ)までを全て知っているかのような、そんな印象を受けるほどに。

 

「あの表情はあの日、出会って間もない頃に、おふざけでダンスに誘われた時に見せたアイツの表情と全く同じだったんだよ」

「そ、れは」

「ああ。いくらメソッド演技だとしても、それは()()()()だ」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ。柊には気付けないような、そんなレベルで黒山は瞳を揺らがせた。

 

「その人物になりきるのではなく、その人物そのものになる。もはや人格の交代だな」

「だ、大丈夫なんですか、そんな事して!? っていうか、出来るんですかそんな事!?」

「そりゃ大丈夫じゃねーよ。現に、腹黒娘はこうしてエネルギー使い果たして寝ちまってるしな」

 

 焦る柊を尻目に、黒山は冷静に言葉を紡ぐ。今ここで慌ててもどうしようもないとわかっているが故の反応だ。

 

「ま、安心しとけ。一応応急処置は考えてある」

「し、信じますよ?」

 

 けれど尚も不安そうな表情を続ける柊を見て、黒山は少しだけ視線を逸らす。その先には、夜の帳が落ちた街が見える。夜の闇の中にあっても、光を失わない街。

 

 眠らない街。

 

 この少女が住んでいた小さな村とは、似ても似つかない発展した街並み。その眩しさを再確認しながら、黒山は再び視線を正面に戻した。

 

「で、問題はコイツが俺に会いにやってきた理由だが」

「え、普通に墨字さんと暮らすためじゃないんですか?」

「バッカ、コイツがそんなタマかよ。下手すりゃどこでだって生きていけるようなヤツだぞ。それこそ、無人島とか、山の中でもな」

「えぇ〜……」

 

 黒山の発言に、柊は若干引いた。出会って一日なのに、もう既に娘のことをそこまで理解している事実に引いた。

 いや、本人は頑なに娘ではないと言い張ってはいるが。

 

「じゃあ、何のためにエレーナちゃんは日本に来たんですか?」

「そこは俺にもわからねぇよ。俺に娘だと認めさせるとか言ってたが、それも建前だぞ、ありゃあ」

 

 ガシガシと頭をかいて、難しい顔をする黒山。そんな黒山を見て、柊が青い顔をして口を開く。

 

「じゃあもしかして……自分を捨てた墨字さんをぶっ殺す為に……!」

「やめろ縁起でもねぇ! ってか、それだったら出会った瞬間に死んでるだろ、俺は」

「それもそうですね。顔合わせた瞬間に刺し殺されて終わりだと思います」

「笑顔で言うな、笑顔で」

 

 はぁ、と黒山は重いため息を一つ吐いた。

 

「ま、何にせよコイツの目的は、コイツ自身が話すまで解らねぇってこった」

「……いつか、話してくれますかね」

「そうだな。いつか、な」

 

 二人の視線を受けてなお、スヤスヤと寝息を立てるエレーナ。その寝顔は、どこにでもいる子供と変わらない、無垢で無邪気なものであった。

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

「ん……ふぁ〜、ぁふ」

 

 目を開けて、意識を覚醒させる。伸びをして、体の機能を確認する。

 よし、今日もこの体は絶好調だ。

 

「あ、昨日はこのまま寝ちゃったんでしたっけ」

 

 修道服を着たままの自分の姿を見て、少しだけ苦笑する。そんなに疲れていたのか、昨日の私。

 

「あれ」

 

 もう一着の予備の修道服に着替えようと事務所内を見渡したところ、目の前のテーブルにビニール袋が置かれていた。やけに大きい、いろいろな食品が入っている袋だった。

 コンビニで買えるような、おにぎりや菓子パンが主に入っているのだろうか。いや、それにしても多い気がするが。

 

「ん……ふふっ」

 

 ガサガサと中身を漁ってみると、中から二枚のメモが出てきた。一枚は柊さんからのメッセージ。そして、もう一枚はなんと父からのメッセージだった。

 

『昨日は初めてのお仕事お疲れ様! お祝いパーティの代わりってことで、埋め合わせにいろんな食べ物買っておいたから、起きたら食べてね! 柊より』

『報酬だ、食え』

 

 いやいや、いやいやいやいや。

 

「ぷっ、あははははは!!」

 

 柊さんはともかく、不器用すぎでしょお父さん。なんだその、報酬だ食えって。言葉のイントネーション、絶対ピッコロさんの『仙豆だ、食え』じゃん。

 いやズルい。こんなの、笑いが止まらなくなるに決まってるじゃないか。

 

「あははははははっ! おなっ、お腹超痛い〜! あはははははっ!!」

 

 ソファの上で転げ回って、ひとしきり笑い続けた私なのであった。いや、起き抜けに強烈な一撃をもらってしまった。

 父め、こんな方法で私の腹筋を破壊しに来るとは、いい根性してますわ。

 

「はぁー、はぁー……よぉし!」

 

 袋の中身をゴソゴソと漁り、菓子パンを取り出す。クリームパンだった。

 

「はむっ、もくもく……うまい!」

 

 日本のご飯はハイレベルだ。パン一つ取ってもすごい美味しくて、自然と頬が緩んで笑顔になる。安い女だなぁ、我ながら。

 

「お、起きてたな」

「おはよーエレーナちゃん」

「おはようございます、柊さま」

「おいコラ、俺には挨拶無しか」

「ごきげんようクソ親父」

「テメェ、開口一番がそれかよ。あと親父はやめろって言ってんだろうが」

 

 そんなことをしていれば、事務所に父と柊さんが入ってきた。二人とも、昨日までと変わらないままで何より。いや、ちょっと機嫌が良さそうかな? まぁ、どっちでもいいか。

 

「今日もお仕事ですか?」

「いや、今日はお前にはアシスタントに入ってもらう。仕事をする奴は、これから俺が連れてきてやる」

 

 ふむ。だとすると、昨日のスタッフさんたちみたいなことをすればいいのかな? 幸いなことに、荷物の運搬や機材の設置なら得意分野だ。存分に活躍させてもらおう。

 

「柊と一緒に先に現場で待ってろ。必ず連れて行く」

「かしこまりました」

 

 父のその言葉に、私は恭しく頷いた。父は普段からいい加減な性格をしているが、こと映画に関してはとことん誠実だ。少なくとも()()()()()()()()そうだった。

 

「期待していますね、黒山さん」

「ハッ、テメェに言われるまでもねぇよ」

 

 私が笑顔でそう告げると、父は意味深な笑みを浮かべて不遜な言葉を返した。そうして、父はスタジオ大黒天が所有しているワゴン車で何処かへと行ってしまったのだった。っていうか、今さら思ったけど、あのロクデナシを一人で行かせて良かったのだろうか。なんだか果てしなく嫌な予感がしているのだが。

 ま、いいか。父も子供じゃないのだ、なんかトラブルが起きても自分で処理するだろう、たぶん。

 

「それじゃわたしたちも行こっか、エレーナちゃん」

「はい。荷物運びならばお任せあれ」

「お、早速やる気満々だねー」

 

 ふふん。何を隠そう、私は故郷の村で行われた『酒樽持ち上げ祭り』の優勝者ですから。重いものを運ぶことには慣れまくっているのですよ。

 いや、冷静に考えてみると奇妙すぎるお祭りしてんな、ウチの村。お祭り男とかやって来そうなタイトルしてる。ワッショーイ。

 

「さぁ、今日もがんばろー!」

「おー」

 

 意気揚々と右手を突き上げる柊さんに習って、私も右手を突き上げる。こうしていると、まるで仲のいい姉妹みたいだ。

 

「ところで」

「ん、なに?」

 

 父が出て行った時から抱いている素朴な疑問を、私はポツリと呟いた。

 

「私たち、どうやって仕事場まで向かうのですか?」

「あっ」

 

 車は父が乗って行った。つまり。

 

「……エレーナちゃん、ダッシュ!」

「はぁ、やれやれですね」

 

 そうして、私と柊さんは最寄りの駅まで全力ダッシュをかますことになったのだった。

 




原作一話、終了。
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