パパ、認知して   作:九龍城砦

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となりのトトロ

 夜凪さんの初仕事から三日後。

 

 本日は土曜日、スタジオ大黒天に就職してから初めての休日である。

 とは言ってもその間、今日に至るまで特にお仕事などもなく、ずっと休日みたいな日々が流れていたのだが。

 

「ここ、ですかね」

 

 私は一枚の地図を手に、とある日本家屋の前までやって来ていた。

 表札には夜凪の文字。

 そう、何を隠そう、この家は私のライバルであり、友達であり、仕事仲間の夜凪さんが住んでいる家なのだ。

 

「はぁ、まったくどうしてこんなことに……」

 

 ことの発端は、私が事務所で寝泊まりしていると夜凪さんが知ってしまった所からだった。

 一緒にお仕事をしたあの日から、夜凪さんは放課後になると毎日スタジオ大黒天の事務所へとやって来ては、ジーッと私の方を見つめてきていたのだ。

 

『エレーナちゃん、今日も早いのね。学校が近いの?』

『あ、いえ。私、この事務所に住み込みで働かせてもらっていますので』

『えっ』

 

 そんなある日、毎回私が先にいることに疑問を持ったようで、ちょっとだけ私の身の上について質問をされたのだ。

 そうして、ロシアから父を訪ねて日本までやって来て、今はこのスタジオ大黒天の事務所に寝泊まりさせてもらっているということを話したら。

 

「夜凪さん、危機感が無さすぎですよ……一緒に住まないか、だなんて」

 

 なんと、ウチに一緒に住まないかと提案されてしまったのである。

 

『エレーナちゃん、一緒に住みましょう』

『え? いや夜凪さん、それどういう』

『良いわよね、黒山さん?』

『おう、いいぞ』

『ちょっ……ひ、柊さま』

『まぁ、良いんじゃない? ずっとこんな狭いトコで暮らすのも健康に悪いし』

『み、味方が居ません……!』

 

 いやなんでさ、と思ったのだが、夜凪さんってそういう所あるから、理由については深くはツッコまないでおいた。

 そんな経緯があって、私は今夜凪家の玄関前にやって来ているのだが。

 

「……えい」

 

 五分くらい玄関の前をうろうろした後、意を決してインターホンをプッシュした。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

「はーい、どちらさまです……か?」

「うわ! 誰このおねーちゃん!」

 

 ガラリと引き戸を開いて現れたのは、小さな二人の子供だった。可愛らしい、幼い女の子と男の子。

 二人とも、顔立ちにどことなく夜凪さんの面影がある。おそらく夜凪さんのきょうだいなのだろう。

 

「ど、どうも。私はエレーナと言いまして、夜凪さん……えーっと、景さんからお誘いを受けまして、その」

「ルイ! ケーサツ呼んで!」

「…………」

「るーいー?」

「あっ、う、うん!」

「あらあら……」

 

 うーむ、やっぱりこうなったか。唐突に修道服着た超絶美少女が訪ねてきたらこうもなっちゃうよねー。妹ちゃんの方は対応が迅速だ。弟くんの方は、ちょっぴり見惚れてたみたいだけど。

 ほーら、怖くないよー。至って普通のかわいいおねーちゃんだよー。いや、なんで逃げるの。何もしないってば。

 

「ひゃ、119だっけ!?」

「ちがう! 110だよ!」

「あの、ほんと、冗談抜きで通報するのやめてくれません……?」

 

 一応パスポートがあるとはいえ、やっぱり警察のお世話になるような事はしたくない。

 柊さんに迷惑がかかるからね。父は知らんけど。

 

「レイ? ルイ? 何を騒いで──」

「は、はーなーせー!」

「ルイを離してー!」

「うん、ほんとごめんなさい……その受話器から手を離したら解放しますから……」

 

 弟くんの両脇に手を入れて、ひょいっと抱え上げる。そして、そんな私の足をポカポカと叩いてくる妹ちゃん。なにこれカワイイかよ。

 いやまぁ、その程度の攻撃で弟くんを離したりはしないんですけど。ガチで通報する構えだったからね、最近の子供は怖いなぁ。

 

「ナニゴト?」

「あっ、夜凪さん」

「おねーちゃん! 助けて、ルイが拐われちゃう!」

「拐いません」

「食べられるー!」

「食べません」

 

 ちょっとこの子たち、私のこと怪獣か何かだと勘違いしてない?

 というかそもそも、何で私はこんなに子供から嫌われるのだろうか。やっぱり修道服が良くないのだろうか。一張羅なんだけどな、これ。

 

「とりあえず落ち着いてください、これから一緒に暮らすことになるんですから」

「「えっ」」

 

 めっちゃ驚いた顔するじゃん。

 これ、大丈夫なんすか。いきなり前途多難な感じプンプンするんですが。

 

「……夜凪さん、話してなかったんですか?」

「そういえば、話してなかったわね」

 

 うぉぉぉい。

 っていうか、夜凪さんに兄弟がいることも聞かされてなかったんですけど。

 ホウレンソウはちゃんとしてほしいなー、なんて。

 

「えっと、こういう時は……てへぺろ?」

 

 あっ、かわいぃ〜……って誤魔化されるかいっ!

 

 

⭐️⭐️⭐️

 

 

「えー、では第152回、夜凪家家族会議を始めます」

 

 あれからとりあえず暴れる2人をなだめて、四人揃って居間に移動した私たち。

 いまだに複雑な表情で私を見てくる二人──特に妹ちゃん──だが、とりあえずは敵じゃないと理解してくれたらしい。

 

「まずは自己紹介からね」

「はい。私、エレーナと申します。夜凪さんと同じ事務所に所属している女優兼、夜凪さんのマネージャー兼、スタジオ大黒天の雑用係をしています」

「エレーナちゃん、そんなに役職持ってたの?」

 

 役職って言っていいんだろうか、これ。ただ単に、体のいい便利屋みたいな仕事してるだけな気がするけど。

 

「エレーナちゃんはね、お父さんを訪ねてはるばるロシアから日本まで来たんだって。それで私が、住む場所が無いなら家で一緒に住もうって言ったの」

「ふーん」

「………………」

 

 うっわぁ〜……妹ちゃんが親の仇みたいな視線でこっちを見てくるよ〜……どうすりゃ良いんですか、これ。こっから仲良くなるの無理でしょ。

 妹ちゃんからの視線に耐えきれず、私はたまらず口を開いた。もちろん、すぐにここからお暇する意図を伝えるために。

 

「あ、いえ……お邪魔ならば、私はこれからも事務所で寝泊まりしたって全然──」

「エレーナちゃん」

「ハイ」

 

 すると今度は、有無を言わせぬ夜凪さんの視線が突き刺さる。

 どうすりゃええっちゅうねん。眼力の板挟みで私の胃が死ぬ。

 

「じゃあ多数決で決めましょう。賛成の人」

 

 夜凪さんの声に合わせて、三本の手が挙がる。

 私と、夜凪さんと、なんと弟くんのものだった。

 

「ちょっ、ルイ!? どーして!?」

「え、住むとこ無いのはかわいそうかなーって」

 

 至極あっけらかんと、弟くんはそう告げた。しかしその言葉を告げられた妹ちゃんは、信じられないものを見たような目で弟くんを見ている。

 まるで昼ドラに出てくる、恋人に裏切られた片割れのように。

 

「わ、わたしはやだよ!!」

「レイ、わがまま言わないの」

 

 妹ちゃんが立ち上がる。

 夜凪さんがそれを諌める。

 

「わがまま言ってるのはおねーちゃんじゃん!!!」

 

 ピタリと、夜凪さんの動きが止まった。

 

「おねーちゃんはわがまま言ってよくて、わたしはダメなの!? なんで!?」

 

 タラリと、夜凪さんの頬に汗が流れる。

 

「わたし、絶対にやだよ! こんな()()()()()()人と一緒に暮らすなん──」

 

 パシン。

 

「────ぁ」

 

 とても軽い、ひどく乾いた音だった。

 夜凪さんの右手が、妹ちゃんの頬を叩いた。

 

「レイ……そんな酷い言葉、人に言ったら……いけません」

「────っ!」

 

 叩かれた頬を押さえて、妹ちゃんは居間を飛び出した。目にはいっぱい涙をためて、納得いかないと瞳を燃やして。

 

「レイ!」

「待ってください、夜凪さん」

 

 走り出そうとした夜凪さんの腕を掴んで、居間に留める。

 弟くんは呆然としていて、何が起きているのか理解できていない様子だ。

 

「私が追いかけます。元はと言えば、私が原因な訳ですし。私のせいで家族が喧嘩するというのは、なんとも申し訳ないですから」

「でも……!」

 

 喧嘩した直後ってお互い頭に血が上ってて、話すと余計に関係がこじれるんだよねー。だからここは、外から見てた私が行くのが適任だろう。

 そもそも、こうなったのは私が原因だしね。そこはきっちりリカバリーしなくては。

 

「大丈夫ですよ。私こう見えて、村では一番の人気者だったんですから」

 

 まぁ、だいぶ時間をかけたからこそなんだけどね。おかげで結構コミュニケーションスキルは磨かれたんじゃないかな、たぶん。

 

「それに、二人だけのほうがぶつけやすい事もあるでしょうし」

 

 というか、むしろそっちがメインだ。夜凪さんや弟くんがいない場所で、たーっぷりお話(意味深)しましょうねぇ……ぐへへ。

 あ、違います、違いますよ。決して邪な考えは持っておりませんとも。ただ純粋に、私のミスをリカバリーしようとしてるだけですよー。だから石を投げつけないでくださーい。

 

「夜凪さんは弟さんと一緒に待っていて下さい。大丈夫です。この命に代えても、妹さんにはキズ一つつけませんから」

 

 キリッと、サムズアップをしながら夜凪さんに頷きかける。まぁ任せておきなさいって、こういうメンタルケアもシスターの仕事なのですよ、うむ。

 

「あ、そうですそうです。一つ、お願い──というか、貸してほしいものがあるのですが」

「?」

「???」

「まぁ、取るに足らない小さなもので十分です」

 

 そう言って、私はするりと手袋を外した。

 

 

⭐⭐⭐

 

 

 日が暮れた河川敷。

 夕日が辺りを優しい茜色に染め、流れる川のせせらぎは疲れた心を癒やしてくれる。

 そんな、どことなく幻想的な風景の中で、一人の女の子が泣いていた。

 

「ぅぅ……ひっく……おねぇちゃんのばかぁ……」

 

 草の生えた地面に、体育座りで座りながら、その女の子はぐしぐしと両目を拭っている。

 しかし拭っても拭っても、溢れてきてしまう涙は一向に止まる気配がない。

 

「ひっく……ぐすっ……」

 

 あと一時間もすれば、夕日は完全に沈んで辺りは真っ暗になってしまうだろう。そうなれば、危険度は今現在の比ではない。

 帰らなければ、と思っている自分がおり、帰ってやるもんか、と意固地になっている自分もいる。

 どちらが本当の自分か分からぬまま、女の子はただただ涙を流すのみ。

 

「見つけた。こんなところにいたのね、レイ」

「えっ……!?」

 

 そんな女の子の背後から、一つの声が掛けられた。驚いて咄嗟に振り向く女の子。

 そこには、モロッコというカタカナがデカデカと描かれているクソダサTシャツを着た少女の姿があった。

 キャップを目深に被り、顔の全貌は分からない。けれど不思議と、女の子にはそれが誰だか分かった。

 

「お……ねぇ……ちゃん……?」

「迎えに来たわよ。さぁ、一緒に帰り──」

「じゃ……ない……?」

「──────」

 

 一歩、女の子の方へと歩みだした足がフリーズする。

 あぁ、やっぱり、この子は。

 

「──やっぱり、バレちゃったかぁ」

 

 分かっているのだ。私が、どうしようもなく()()()()()()演技をしていることを。

 

「ぁ──さっきの、人……」

 

 深々と被っていたキャップを脱ぎ、髪留めを外して元に戻す。

 うーむ、今の夜凪さんの演技にも結構自信あったんだけどなぁ。まだまだ未熟ってことかね、私も。

 

「うん、そうだよ。気軽にエレーナって呼んでね」

「ぇ」

 

 だから、取り繕うのはやめた。

 きっとこの子には、()()()()で接しても無駄だ。

 なればこそ、素顔の(オレ)を見せなければ。

 

「いやー、レイちゃん凄いねー。子供の頃からずーっとやってたオレの演技、一発で見破っちゃんだもん」

「はぇ……?」

 

 こっちを見ながら、ポカンとした顔を晒すレイちゃん。

 何その顔、ウケるー。

 まぁアレだよな? 清楚で美少女なシスターが、いきなり気怠げにオレとか言い出したら──そりゃびっくりするよな?

 

「ま、そういうことなんだよね。実はオレ、可憐で清楚なシスターじゃねーんだわ」

「ぇ……? え、えぇ……???」

「いつもは猫被ってんの。何重にも何重にも、それこそ雪国の人もビックリなぐらい被ってんだよね、猫」

 

 はー、久々に演技しないオレを出せたわー。いや、根底の自意識から演技するとか、それもう一種の病気じゃね? って思うけどね、オレは。

 まぁ、実際病気なんだと思うよ、オレ。絶対マトモでは無いもん。

 

「オレの本性を見破ったレイちゃんに大サービスだ。まだだーれにも見せたことのない、本当のオレを見せてやるよ」

「え、あ、ありがと……?」

「うんうん。その驚き顔、お姉ちゃんそっくりだよ」

 

 特に目元とかね。いやぁ、流石は姉妹だわぁ。

 

「で、どう?」

「へ……?」

「これでもう()()()()()()()()だろ?」

「あ……」

 

 今までのオレの演技は、レイちゃんから見れば見るに堪えないきもちわるいものだったのだろう。

 舌が肥えたプロの美食家に、真っ黒に焦げた料理食わせてるようなもんだしな。

 そりゃ誰だってそうなる。オレだってそうなる。

 

「ゴメンな、レイちゃん。不出来なモン見せちまって」

「…………」

「まー、夜凪さんが一緒に居る以上、ずっと素のままって訳にはいかねぇけど……二人っきりのときは、猫被らないって約束するよ」

 

 今回の騒動の原因は、オレの未熟と不誠実さが招いた結果だ。

 なればこそ、レイちゃんには誠実さを見せなければならない。

 まだまだ未熟なオレに出来るのは、このぐらいだ。

 

「……ぜっ、絶対に?」

「絶対に」

 

 頭の後ろに手を回して、泣き腫らしたレイちゃんの顔をゆっくりと引き寄せる。

 

「ゴメンな、ホントにゴメン」

「っ…………!!」

 

 今のオレには、謝ることぐらいしか出来ないから。

 

「──わ、わたっ、わたしもっ……!」

 

 震える声で、オレの胸に顔を埋めて、レイちゃんは呟く。

 

「ぇぐ……きもちわるいなんて言って……ひっく……ごめんなさいっ……!」

 

 そう言って、再びダムが決壊したように、レイちゃんは泣き出してしまった。

 きっと、子供ながらに色々と溜まっていたのだろう。自分でも気づかないうちに、色々と。

 オレはそんなレイちゃんを抱きしめ、気が済むまで泣かせてやるのだった。

 

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