パパ、認知して   作:九龍城砦

8 / 10
聡明な読者の皆さんなら気づいているでしょうが、本作のタイトルは全部映画のタイトルから取られています。
面白そうなタイトルだな〜と少しでも思ったら、レンタルするなどして視聴してみてね☆


最高の人生の見つけ方

『はい、コレ返すわね』

 

 夜も更けた丑三つ時。突然教会の自室へとやってきた親友は、無遠慮に、こちらへ向かって一冊の本を投げ渡してきた。

 私は難なくそれをキャッチし、若干呆れたように本の栞へ目を向けた。

 

『返すって……また途中までしか読んでないじゃないですか。ちゃんと最後まで読んでから返しに来てください』

 

 本の中程に挟まっている、カラフルな色の栞。それはまさしく、目の前に居るこのコンチクショウが、いつもの悪癖を発揮させたことの証明であった。

 悪い癖だ。いつもいつも、物語を読めば途中までしかページを進めない。

 さてはこやつ、生まれてから一度も物語を読み終わったことが無いのではなかろうか──なんて思ってしまうほどには、彼女の悪癖はよく発動している。

 

『読んだわよ』

『読んでないじゃないですか』

『読んだっての、頭の中で』

『あのですね……世間一般の常識では、それは読んだとは言わないんですよ──クローネ』

 

 金色の美しい髪を短く切り揃え、如何にもキツい性格ですと言わんばかりのツリ目を携えた、私の非常識な親友。

 修道服こそ着ているが、彼女に信仰心なんてものは欠片もない。

 何事に対してもいい加減で、その上誰にでも噛みつく猛犬のような自由人。当然、他人の話なんてまるで聞きやしない。しかし、それでいて情には熱いという、典型的な昔の不良みたいな少女だ。

 

『あたしが読んだって言ったら、それはもう読んだことになるのよ』

『なんですか、そのよく分からないジャイアニズムは……』

『大体ねぇ、物語ってのは終わりに向かってる最中が一番面白い時期なのよ? その面白い時期で終わったほうが、ある意味幸せだと思わない?』

『魔王みたいな思考してますね、あなた』

 

 ホントに、彼女は自分勝手の権化だと思う。出会ったときから周囲を振り回し続けていて、彼女が起こしたトラブルは数しれず。

 だけど──だけれど。

 私がこの小さな村で、死んだように退屈な日々を過ごさずにいられたのは、間違いなく、彼女のおかげだと思う。

 

『そもそも、物語の終わりってのはどれも似たりよったりで面白くも何ともないのよ。『これからも彼らの幸せな日々は続いていくだろう』ってね。まったくもう、オリジナリティの欠片もないわ』

『じゃあ、あなたならどんな終わり方にするんですか』

 

 至極呆れたように、クローネは首を振る。

 そして力強い視線でこちらを見やると、堂々とした笑顔で口を開いた。

 

『そんなの決まってるじゃない! 『あたし達の物語はこれからだ!』で決まりよ!』

『それ、打ち切られてますよね』

 

 典型的な打ち切りの最終ページだった。いやまぁ、彼女らしいといえば、彼女らしいのだけれど。

 

『じゃあ、そう言うエリィはどうなのよ。あなたはどんな最期がお望みかしら』

『縁起でもないことを言いますね……ですが、そうですね』

 

 私は──オレは──どんな最期がお望みか。

 

『私は、やっぱり────』

 

 

⭐⭐⭐

 

 

「…………」

「すぅ、すぅ」

 

 目が覚めたら、目の前に美幼女の寝顔があった。なんだこれは、天国か?

 ほっぺたが千切れるくらいつねってみるが、一向に目は覚めない。どうやら、紛れもない現実だったようだ。

 

「ここは……そうでした。私昨日から夜凪さんの家に……あら、夜凪さん?」

 

 布団から身を起こして部屋の中を見回してみるが、そこに夜凪さんの姿は無い。布団の中で気持ちよさそうに寝ている、レイちゃんとルイくんだけしか残っていない。

 時刻は朝の四時前。朝日もまだ登ってこない時間だ。なんともまぁ、早起きですこと。人のこと言えないけどね。

 

「んしょ……ふぁぁ……ぁふ」

 

 二人を起こさないように布団から抜け出し、ソロソロと夜凪家の寝床をあとにする。

 この時間に起きてすることと言えば、朝ごはんの支度か、もしくは新聞配達のアルバイトとかだろうか。私の貧困な想像力では、そのくらいしか思いつかない。

 

「夜凪さーん? いませんかー?」

 

 ご近所迷惑にならぬよう小声で呼びかけながら、夜凪さんを捜索する。

 居間には……いない。

 台所には……いない。

 お風呂場にも……いない。

 どこに行ってしまったのだろうか。やっぱり、アルバイトにでも行ってしまったのだろうか──と、そんなふうに考えを巡らせていた時。

 

「あ」

 

 見つけた。

 玄関を出て、キョロキョロと周囲を見回したら、視界の端に艷やかな黒色を見つけることができた。

 家の壁に背を預けて、ぼぅっと夜空を見上げる少女が一人。それは紛れもなく、夜凪さんだった。

 

「夜凪さん」

「……エレーナちゃん」

 

 ゆっくりと、上の空な夜凪さんに近付いていく。

 今はまだ、空の端が薄っすらと白み始めてきた時間帯。

 真上ではまだまだ暗い夜空が大きく口を開けており、その明と宵のコントラストは非常に美しく感じられる。

 私はスルリと夜凪さんの隣まで移動し、その神々しいまでの空を見上げながら口を開いた。

 

「早起きですね。いつもこんなに早いのですか?」

「……いいえ、今日はなんだか目が覚めちゃって」

「なるほどそうでしたか。実は私も、枕が変わるとよく寝つけないタイプなものでして。そのせいでこんな時間に起きてしまいました」

「枕、持ってこなかったの?」

「空港で没収されました。なんでも天然の干し草で作っていたのが良くなかったようで……日本は厳しい国ですね」

「……ふふっ」

 

 私の小粋なジョークに、控えめな表情でこちらを向いて笑う夜凪さん。

 その顔には、出会った時からあった元気さが感じられない。

 というか、目の焦点が私を捉えていない。完全なまでの上の空モードだ。

 

「夜凪さん、よければ相談に乗りますよ?」

「え?」

「私、こう見えてシスターのはしくれですから。相談されることには慣れているのです」

 

 故郷の村では、よく色々な人の懺悔を聴いていたものだ。晩ごはんのおかずをつまみ食いしてしまったとか、干してある洗濯物を盛大に倒してしまったとか、どうやったら母ちゃんに喜んでもらえるかとか、そりゃもう色々な懺悔をされていた。

 いや、村の悪ガキ共からの懺悔が異様に多かったのは気づいていましたけどね?

 あの子達もしっかり男の子してるんだもんなぁ。私を見て鼻の下伸ばしてるのがバレバレだったわ、まったく。

 

「でも……」

「もちろん、誰にも口外したりは致しませんので。私、こう見えて結構口が堅い方なんですよ?」

 

 まぁ、夜凪さんがこうなってる理由はだいたい想像がつくんだけどね。

 おそらく、昨日のレイちゃんと喧嘩した一件だろう。一応、あの後一緒に夜凪家へと戻り、お互いに謝罪して仲直りはしたのだけれど……やっぱりまだ引きずってるようだ。

 

「…………」

 

 重症ですねクォレは。いやまぁ、ずっと一緒に暮らしてた家族に図星を突かれればそういう状態にもなるか。

 私だって、後輩のシスターに『大食いキャラ止めてくださいキモいので』なんて言われたら3日間寝込む自信あるわ。

 

「はぁ……仕方ありませんね」

 

 私は軽くため息をついて、手袋を外す。

 ちょっと荒療治になるが、仕方ないだろう。

 

「夜凪さん、手を出してください」

「え? 何するの、エレーナちゃん?」

「私の左手にこう、右手を乗せてくださいな」

「こうかしら?」

「そうですそうです」

 

 よしよし、これで準備完了だ。

 

「では行きますよ──バルス!」

「えっ」

 

 目が、目がぁぁぁ〜!

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「はい」

「はい?」

 

 夜凪さんはこっちを見て、めちゃくちゃキョトンとした表情を晒している。何そのレアショット、ちょっと写真撮っていいですか。ダメですか、そうですか。

 いや、そんな目で見ないでくださいよ。チョットしたジョークじゃないですか〜ハハハ。

 

「…………こほん。では、目を閉じてください」

「わ、分かったわ」

 

 ちょっとふざけ過ぎたかもしれない。ここからは真面目にやろう、うん。

 夜凪さんと共に私も目を閉じて、左手に置かれている夜凪さんの手に感覚を集中させる。昔からそうだが、物とかよりも本人のほうが覗ける精度は高くなるのだ。

 

(……相変わらず、この()()時の感覚は好きになれませんね)

 

 一面の暗闇に沈んでゆく。

 ゆっくりと、自分の輪郭も溶けて消えてゆく。

 そんな中に煌めく、一つの星のような小さな灯り。

 

(おじゃまします、夜凪さん)

 

 私はゆっくりと、その灯りに手を伸ばした。

 

 

⭐⭐⭐

 

 

 唐突であるが、一つだけ秘密をカミングアウトしようと思う。

 

 実はこの体には、普通の人には無い特殊な能力が備わっているのだ。いや、厨二病とかじゃなくてマジのやつ。これはいわゆる、転生特典ってやつなのだろう。

 そんな私の特殊能力とは、触れた人や物の記憶を覗き見る、世間一般においてサイコメトリーと呼ばれる能力だった。

 

(……深い)

 

 この能力が初めて発現したのは、母の死に立ち会った時であった。

 お屋敷のベッドで横たわる、病的なまでに白い肌をした母。その姿を呆然と見つめながら、私は母に誘われるがまま、その手に触れた。

 その瞬間、私は母の記憶を受け継いだのだ。

 

(こんなに深く潜るのは、初めてですね)

 

 あの時から、私の中には母が居る。

 

(もう少し……)

 

 母の無念が、母の渇望が、母の最期の願いが。

 

(ん、しょっ……)

 

 父への想い(愛情)が──渦巻いている。

 

「にょわっ!?」

 

 泥のような暗闇を抜け、一筋の光に触れたその瞬間、私は扉を開けて見知らぬ病室に飛び込んでいた。いきなりのことだったので、スッ転んで思いっきり顔面を強打してしまった、これはハズい。

 誰にも見られていなかったのは、不幸中の幸いというべきだろうか。私は何事もなかったかのように、優雅に立ち上がって服の埃を払う。

 

「ふ、ふふふ……流石は夜凪さん……記憶の中でも私を翻弄するとは、罪な女ですね……!」

 

 いやまぁ、夜凪さんにそんなつもりは毛頭無いのだろうが。

 というか、遊んでいる時間はない。早く、夜凪さんを傷つけずに元気にできるようなキッカケを、見つけなければ。

 

「と、ここは……病院でしょうか?」

 

 周囲を見回してみると、清潔感あふれる真っ白な壁やシーツが目に入った。いかにも、日本の病院ですという雰囲気を放っている。

 鼻を突く消毒液の匂い、窓から射す穏やかな陽の光。それらすべてが、オレ()の心に、どこか懐かしさを感じさせる。

 

「夜凪さん、子供の頃は身体が弱かったりしたのでしょうか。それともご家族が──」

『おかーさん、お姫様ごっこしましょ!』

「ん?」

 

 無機質な病院に似つかわしくない、元気で可憐な声が聴こえてくる。

 窓際のベッド、その脇。そこで人目から隠れるように、二人の人物が楽しげに密談をしていた。

 

『ろーまを案内して!』

『あらあら、またお父さんのビデオ勝手に見たの?』

 

 一人は、ヒラヒラとした黒いワンピースを着た小さな女の子。

 もう一人は、白い患者服を着た妙齢の女性。

 

「レイちゃん……? いや、夜凪さんですね……あれは」

 

 顔のパーツがレイちゃんと似てはいるが、ピョコンと飛び跳ねるアホ毛があるので、あれは間違いなく夜凪さんだろう。

 だとすると、一緒に話している女性は、夜凪さんの母親ということになるのだろうか。

 

『ねろさま、今日はどこへ連れて行ってくれるのですか?』

『そうであるな……では、ティベレ河にて川下りなど如何であろうか?』

『かわくだり! 面白そう!』

『あらあら、お姫様なのにお転婆なのね』

 

 あっという間に素に戻った夜凪さんを見て、夜凪さんのお母さんはとても嬉しそうな声色で笑っている。この角度では口元しか見えないが、声だけで優しい人であることが伝わってくる。

 その雰囲気が、どこか母を彷彿とさせて。

 

「…………」

 

 私は、無意識のうちに唇をかみしめていた。

 

「……潜りすぎましたね、次に行きましょう」

 

 私は楽しそうに笑いあう親子から目を逸らして、病室の扉に手を掛けた。

 壁と同じ色の扉を開けると、そこには。

 

『お母さん……!』

 

 病室のベッドの上で横たわる母親と。

 

『行かないで、お母さん!』

 

 その手を握る、夜凪さんの姿があった。

 

「…………ぇ?」

 

 どこかで見たような光景に、思考がフリーズする。いや、分かってはいた。分かってはいたのだ。

 この家には──夜凪家には、父親も母親も居なかった。夜凪さんと、そのきょうだいであるレイちゃんとルイくんが住んでいるだけ。

 だから、自然とその可能性は予感していた。典型的な、けれど最も見たくない悲劇のカタチを。

 

『泣かないで……景』

 

 握り返すその手に、全く力が入っていないのが傍目からでも分かる。

 私はその光景から目を逸らすこともできずに、ただ釘付けにされたように、目の前の二人を見つめていた。

 

『笑って、景』

 

 夜凪さんの心が、深い悲しみに浸されていくのが分かる。夜凪さんの心の奥から、どうしようもない怒りの炎が燃え上がってくるのが分かる。夜凪さんの心が、人の死という理不尽に押し潰されようとしているのが、手に取るように分かる。

 

『お父さんを、許してあげてね』

『っ……!』

 

 ハ、なんだ、それは。

 

「許す……?」

 

 何を、どう許せというのか。

 

「どうやって許せっていうんですか」

 

 あの父親を。

 

「私たちを捨てた、あの男を」

 

 いったい。

 

「どうやって許せって言うんですか!!!!」

 

 それは、私の叫びだったのだろうか。

 それとも、夜凪さんの声にならない怒りだったのだろうか。

 わからない。

 わからない、けれど──これで少しだけ、夜凪さんのことが理解できたような──気がする。

 

 

⭐⭐⭐

 

 

「エレーナ……ちゃん?」

 

 目を閉じてから、3分が経過した。

 ここまで時間が過ぎると、流石に疑問が湧いてきて。

 夜凪景は、ゆっくりと瞼を開けてしまった。

 

「…………」

「……泣いてるの?」

 

 お互いの手を重ねたまま、エレーナは遠くを見つめて泣いていた。景の声も聴こえていない様子で、ただ一筋の涙が頬を伝っているだけ。

 そのエレーナの姿を見て、景はあの日の自分と重ね合わせていた。母が死んだ、あの日の自分と。

 

「エレーナちゃん」

「……ぁ」

 

 重ねた手を解いて、ギュッとエレーナを抱き寄せる。それは奇しくも、自分があの日一番してほしいと思っていた行為で。

 

「…………」

「…………」

 

 お互い、何も言葉を発さず、ただ時間だけが過ぎてゆく。

 お互いの体温だけが、抱きしめあった部分を介して鮮明に感じられる。

 

 そのまま、二人は朝日が地平線から顔を出すまで、静かに抱きしめあっていたのだった。


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