ナンバーズ!!   作:通りすがりの猫好き

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今回から実況・解説を付けてみました。よろしければ感想などお願いします。


NO.5

「ストライク!!バッターアウトッ!!」

 

 最後の打者である五島が見逃し三振に倒れ、ゲームセットとなる。2-4の接戦を落とし早くも二連敗を喫したベアーズはタイタンズに対して負け越しが決まってしまった。特に重症なのは五島だ。これで13打席連続のノーヒット。対パンサーズ三戦目でヒットを打って以降、まともな当たりが出ていない。もともと成績が日によって極端な選手ではあるものの、ここまで不調が続くのはさすがに珍しい。やはり昨日の件が尾を引いているのだろうか。

 

「五島のヤツ、思いつめてないといいけどな」

 

 そう二葉がこぼす。打線の核となる五島の不調は、チームの勝敗に大きく左右する事態だ。その前後に勝負強く打率もいい四谷が入るだけに、五島の復調は急務であった。

 

「…そうですね」

 

 こういう時の選手の考えは分かりやすい。自分で何とかしないと考え込んでしまうのだ。だがそう思えば思うほどドツボにはまっていく。そこから引き上げるのは容易ではない。しかし、だからといって自分には関係ないと放っておくわけにもいかない。だから俺は、勇気を持って項垂れたままの五島に話しかけることにした。

 

「今日、よかったら飯食いに行きましょうよ」

 

 

「いらっしゃーせー!!何名でございましょう!?」

 

「二名で」

 

 入った先の居酒屋は人で溢れかえっていた。どこかしこから騒ぎ声が耳に入ってはすり抜けていく。目を移せばアルバイトらしき店員が忙しそうに行ったり来たりを繰り返している。筋肉隆々で声のでかい男の店員に促されるまま、席に案内された。

 

「それで?どうして僕を誘ったの?」

 

 席に座って開口一番、五島から出た言葉がそれだ。まぁそりゃあ気になるだろうな。誘われる事はあれど人を誘うなんて滅多にしないし。

 

「とりあえず飲みましょう。この空気で明るい話題はあんまりできないでしょう」

 

 そう言って呼び出しボタンを押す。待ちかねていたかのようなタイミングで先ほどの男が顔を出した。

 

「はい!何にございましょう!?」

 

「ビール。それと唐揚げ、卵焼き。それと枝豆で」

 

「じゃ、僕はハイボールでも飲もうかな」

 

「かしこまりましたぁ!!」

 

 でかい声を発しながら店員が裏へと入っていく。かなり距離もあるはずなのに、彼の元気な声はよく響いた。ちょっと暑苦しい。それからほどなくして、それぞれの飲み物とおつまみが届いた。

 

「それじゃ、乾杯しますか。とりあえずお疲れ様ってことで」

 

「うん、それじゃ、乾杯」

 

 乾杯してグラスに入ったビールに口をつける。苦い感覚が舌からじわじわと広がってくる。大人の味とよく言われるけれど、まだ大人になりたての自分にはその良さがよく分からなかった。

 

「ところで、唐揚げにレモンをかけときましょうか」

 

「…ようだな」

 

「え?」

 

「死にたいようだな」

 

「え、あの、失礼しました?」

 

 しまった。唐揚げレモン過激派だったか。まさか日頃優しい五島がこんなところで怒るなんて。人間とはよく分からないものだ。何か口調もゲームで出来そうなラスボスみたいになってないか?店側も折角出してくれたし、おいしいのにもったいない事をするなぁ。

 

 お互い二杯目のグラスの残りが半分を切ったところで、そろそろ本題に切り出すことにした。

 

「今日誘った理由なんですけど、少し広瀬さんについて話したいことがありまして」

 

「…まぁ、とりあえず話だけでも聞いてみようか」

 

「あの人って単純っていうか、結構バカなんですよ」

 

「は?」

 

 呆気にとられた様子をした五島を放置して、話を続ける。

 

「ああいや、別に広瀬さんを侮辱したいだとかそんなわけじゃないんです。ただあの人、ちょっとベタな展開に対して強い憧れを持ってて」

 

「あぁ、それはちょっと分かるかも。高校日本代表のチームメイトとして戦った時もサヨナラホームラン打ちたいってばかり言ってたし」

 

「その中でも、ライバルって存在に強い憧れを持ってて」

 

「ライバル…ライバルかぁ。広瀬君には正直そういう人いないと思うけどなぁ」

 

「そこで問題です。昨日広瀬さんが怒ったのは何が原因でしょうか」

 

「え、そりゃあ同学年の僕が恥ずかしい姿を見せているのが情けなかったからでしょ?」

 

 …やっぱりこの人は鈍いというか、自己評価があまりにも低い。もう少し自分の実力を信じてあげても罰は当たらないだろうに。意を決した俺はビールの残りを一気に飲み干して、机を軽く叩いた。

 

「ウップ、いいですかぁ五島先輩!広瀬さんが怒った原因はですねぇ!」

 

「原因は…?というか一原君ちょっと酔ってない?」

 

「んなこたぁどうだっていいんですよ!!要はですね、広瀬さんは五島先輩を唯一無二のライバルだと思ってるんですよぉ!広瀬さんも言ってたでしょう、『お前は俺のライバルだ』って!」

 

「…い、いやいや、僕は広瀬君の足元にも及ばないような選手だよ?そんな僕がライバルなわけ」

 

「いやそういうとこ!!謙虚すぎるんですよ五島先輩は!広瀬さんは俺がタイタンズにいた頃から言っていたんです!『ベアーズに俺の永遠のライバルがいる』って!」

 

 いかん、大分酔いが回ってきた。でもこれは、これだけは言わなきゃいけない。

 

「いいですか!!五島先輩はあの広瀬さんに実力を認められるほどいい選手なんですよ!!それを自分から信じようとしないでどうするんですか!」

 

「いや、でも」

 

「でももしかしもない!!返事はイエスだけだ!」

 

 あ、やばい。瞼が重たくなってきた。

 

「五島先輩はですねぇ…自己評価が…」

 

「一原君?おーい一原君?」

 

 五島の声が途切れ途切れに聞こえる中、俺の視界は暗転した。

 

 

「あはは、中々ボロクソに言われちゃったなぁ…」

 

 唐揚げに手をつけながら、向かいで寝息を立てている一原を見る。九重の言う通り、ちょっと生意気な後輩だが、先輩に対しても臆せずものを言えるところは本当に凄いと思う。

 

「いい選手、かぁ」

 

 思い返すのは高校三年の夏の話。かつて高校最後の甲子園大会に出場したころは、「甲子園の貴公子」なんて似合わないあだ名をつけられていたっけ。そのあだ名については、キザすぎて今でも微妙だと思っているけど、一人の人間として注目を浴びるのは悪い気分じゃなかった。地方では敵なんていなかったし、あの時は自分こそ選ばれた人間だと思って疑わなかった。少なくとも広瀬君に出会うまでは。

 

 あの夏を忘れられないのは、自分よりの上の存在がいることを知ったからだ。準々決勝、僕たちの高校は広瀬君率いる名門校に惨敗した。あの日、広瀬君は4打数4安打1本塁打3打点。僕もその試合でホームランを一本放ったけれど、それ以上にキャッチャーとして、チームとしては大敗を喫した。どのコース、どの球種でも簡単に打ち返された記憶は、今でも頭の中に焼き付いている。初めて自分が頂点にいる人間ではないことを悟った。

 

 それから高校代表に選ばれた僕は、当然のように選出されていた再び広瀬君と相まみえることになった。今度は敵ではなく、味方として。二度目の邂逅を果たしたわけだが、彼が自分の事を覚えているなどちっとも考えてはいなかった。

 

「お前、準々決勝で戦った五島遙太だよな!光栄に思え、お前は俺のライバルだ!!」

 

 初めての会話がこれだ。あの時の僕は、それを何かの冗談だと思った。片や高い実力を持った好打者と、話題性だけ高い僕。その実力は歴然だ。どう考えても釣り合うわけがない。会話をするたびにあの時の敗北感が体を支配する。そんな思いは、プロになった今でも残っていた。そんなんだから、とうとう広瀬君にも見放されてしまったのだ。

 

 それでも、誰かが自分の実力を信じてくれるのなら。僕も少しだけ僕のことを信じてみたい。根拠なんてないけれど、こんな僕だって努力すれば広瀬君に負けず劣らずの選手になれるのかもしれない。だから、もう少しだけ立ち上がってみよう。そう思った。

 

「ほら、一原君。そろそろ起きて、お会計するよ」

 

「う~ん、苦しゅうない。バナナ持ってこーい」

 

「どんな寝言…馬鹿言ってないで早く起きないとおいていくよ」

 

 寝ぼけた状態の一原君を半ば引きずりながら、僕たちは帰路へ着いた。

 

 

「何ィ?キャッチャーの極意を教えてほしいだぁ?」

 

「はい、どうかよろしくお願いします」

 

 午前の練習で五島が真っ先に向かったのが九重のいるところだ。九重を見つけた途端、頭を下げて教えを乞うたのだ。その言葉に、九重は一度大きなため息をついて向き直った。

 

「そりゃあまた、何で俺に?つーかどういう風の吹き回しだ?」

 

「僕はまだまだ未熟です。打者としても、捕手としても成長しなくてはいけないんです」

 

「それは殊勝な心掛けだな。でも俺が教えることなんて何もないぞ」

 

「そんなことは…!」

 

「いーや、ないね。大体お前がキャッチャーとしても上手くなったら、俺の立つ瀬がないだろ」

 

「…」

 

 五島が顔を伏せる。言われてみればその通りだ。そんな都合よく教えてくれるはずがない。心のどこかで分かっていたはずなのに。そんな五島の表情を察してか、九重はまた一つ、大きなため息をついて話し始めた。

 

「…仕方ないな。かわいい後輩がそこまで言うんだ。俺だって鬼じゃない。二つだけアドバイスしてやるよ」

 

「ッ!本当ですか!!ありがとうございます!!」

 

「そんじゃその1。キャッチャーの極意なんてものは存在しねーよ」

 

「…それは、どういう?」

 

「盗塁を刺したり、フレーミングやホームでのクロスプレーには確かに技術がいる。でも基本キャッチャーのリードなんて結果オーライならそれでいいのよ。相手の心が読めるわけじゃないし、ピッチャーも要求通りの球を常に投げてくれるわけじゃない。周りに何言われようが、しっかりボールを取ることさえできりゃそれでいいんだよ」

 

「…そんなものでいいんですか」

 

「お前の場合は責任を一人で背負いすぎ。打たれたとしてもそれは捕手だけのせいじゃない。バッテリーのせいだ。だから、お前ひとりでそんなに気負う必要なんてねーよ」

 

 ま、その分投手に対する声掛けは意識しておかないといけないけどな、と九重が付け足す。

 

「そんでもう一つアドバイス。それは散々失敗すること」

 

「失敗すること…?」

 

「おめーら若手に必要なのはとにもかくにも経験だ。常に頭を回せ。悩め。もがけ。のたうち回って、それでも答えを出すんだ。仮にそれが間違いだとしてもいい。それはそれでいい経験になる。むしろ、失敗した方がいい薬になる」

 

 まぁちゃんと失敗から学べないと意味ないけどな、と忘れたように九重が付け足す。

 

「分かりました。教えてくださって、どうもありがとうございます」

 

「…ハッ、たまたま気が乗っただけだよ」

 

 深々と五島が頭を下げる。それに対し、九重は照れくさそうに顎をかいた。

 

 

『こんにちは、本日も野球の時間がやってまいりました。北海道ベアーズと東京タイタンズの一戦。実況は私、南雲 旭(なぐも あさひ)、そして解説は言わずと知れたベアーズのレジェンド・甲斐 雪男(かい ゆきお)さんでお送りしています。それでは本日のスターティングラインナップを見てみましょう』

 

   北海道ベアーズ      

        

 

 1番 サード   一原 

 2番 ライト   二葉    

 3番 指名打者  万丈三    

 4番 ファースト 四谷     

 5番 キャッチャー五島     

 6番 レフト   ヘンダーソン    

 7番 センター  七海     

 8番 ショート  六笠  

 9番 セカンド  万丈一   

    ピッチャー 細田            

 

   東京タイタンズ 

 

 1番 セカンド  吉山

 2番 センター  三角

 3番 ライト   広瀬

 4番 サード   岡木

 5番 ショート  榊

 6番 ファースト 下田

 7番 レフト   フランコ

 8番 指名打者  カーター

 9番 キャッチャー大林

    ピッチャー ベンツ

 

『互いにほとんどスタメンは変えないまま臨んできましたね。甲斐さん、これについてどう思いますか?』

 

『妥当だと思いますね。下手にいじるよりもこのメンバーで戦った方がよい、という判断でしょう』

 

『心配なのはこのカードで当たりが出ていない五島選手ですが…』

 

『彼もまだまだ若いですからね。一生懸命に試行錯誤して何とか復調の糸口を見つけてほしいところです。今のベアーズは長打力に長けた選手があまりいないので、そういった意味でも彼の復活は必須でしょう』

 

 試合は両先発同様に立ち上がりをきっちりと抑えて始まった。続く二回、細田が榊に安打を浴びるも下田、フランコを連続三振に抑えてここは踏ん張って見せる。

 

 そしてその回の裏、1死で打席が回ってきたのはこの日五番に入った五島。打席で土を足でならしてバットを構える。確かに広瀬はすごい選手だ。正直、今だって怖いと思う。だけどもう、逃げたりはしない。正面から彼に立ち向かって見せる。誇り高い自分でいるために。今まで自分の事をライバルだと呼んでくれてありがとう。これはその答えだ。バットをライト方向へと真っ直ぐに向ける。球場全体がざわつきだしたのを肌で感じた。

 

『おっとこれは…ホームラン予告でしょうか!?大きく出ましたね甲斐さん』

 

『そうですね。彼の性格上あまりこういう事はしないとは思っていたんですが…どんな勝負になるか、楽しみですね』

 

『ピッチャーのベンツとしては怒り心頭でしょう。グラブで顔は隠れて見えませんが、気迫がこちらまで伝わってきます』

 

 その初球、タメを作って左腕から放たれたスライダー。それに対して五島もバットをゆらゆらと揺らしながらフルスイングで応える。ボールはバットを掠めてキャッチャーミットにボールが入った。だけどタイミングは合っている。ボールも見えている。早まる心臓の鼓動がどこか他人事に聞こえた。

 

『おおっと、いきなり強振で来ました。これは予告通りホームランを打つつもりなのでしょうか!?』

 

『いいスイングですよ。今日は吹っ切れているみたいですね。これはひょっとするかもしれません』

 

『バッテリーとしてはどういう狙いなのでしょうか』

 

『とにかくタイミングを外そうという感じですね。ただ今のボールにもついて来ているので、緩い球を続けるのは危険かもしれません』

 

『さぁベンツ、サインに頷いて二球目、投げました!』

 

 投じられたボールが一瞬ふわりと浮いたかと思えば沈んでいく。コースは低め、球種はおそらくカーブ。スローモーションのように映るボールを眺めながら、五島はひたすら念じていた。まだだ、まだ。踏ん張れ、僕の足。今のままだとライトポール側を切れる。力をためろ。バットを握りしめてひたすらその時を待つ。

 

(―――今!!)

 

 マグマの底にためたような力を噴火させるように爆発させ、全身でバットを振る。芯でしっかりとボールを捉え、かち上げるようにフルスイング。打球は乾いた音を立てて一気にライトの奥まで飛んで行った。

 

『打った―――!!これは大きい!ライト広瀬はもう追わない!!打球はそのまま伸びていって伸びていって…IT’S GONE!!!予告通り第九号、ソロホームラン!』

 

『いやーこれは文句なしですね。よく我慢しました。これが五島遙太という選手の恐ろしさですよ。ここまで飛ばす力を持っているんですから』

 

 ゆっくりと、確実にホームベースを踏む。ベンチでは二葉らを中心としてお祭り騒ぎと化していた。ヘルメットを乱暴に叩かれながら手荒い祝福を受けた後、ようやくベンチの片隅で一息つけた。こういう気持ちのいい当たりをした感覚を忘れないようにメモしておかなくては。

 

「…ふぅ」

 

「ナイスバッティングです、五島先輩」

 

 横に座っていた一原が一言だけ告げた。おそらくそれは、彼にとって精いっぱいの賛辞なのだろう。だからそれに対して、五島はいつも通りの困ったような笑みを返した。

 

「あはは、何とか面目は保てたかな。ホームラン予告しておいて三振なんてできないし」

 

「俺は五島先輩なら打ってくれると思ってましたよ」

 

「…ありがとう。君があの時励ましてくれたから、僕はこうしてホームランを打てたよ」

 

「打ったのは間違いなく五島先輩の実力ですよ。俺はなにもしてません」

 

「そんなことn…いや、そうなのかもしれないね。だけど感謝はさせてほしいな」

 

 出かけた謙遜の言葉を喉の奥にとどめる。…マイナスのことを考えがちな自分の悪い癖は直しておかないといけないな。

 

「どうぞ、ご勝手に」

 

 そう言って一原はそっぽを向いた。きっと照れくさいのだろう。ほんのり赤くなっている耳がそれを物語っていた。

 

 

『さぁ7回の裏、2点ビハインド。1死満塁で打席には今日ホームランを打っている五島が待っています』

 

『先発の細田選手が7回表まで三角の3ランホームランだけで凌いでいるので、ここは何とか援護したいですね。何とか勝ち投手の権利をつけてあげたいところです。それが捕手なら、尚更でしょう』

 

『そしてタイタンズ側は投手を変えるみたいですね…右の桑本に代わって、左のサイドハンド・高那須が準備しているようです』

 

『タイタンズとしては、リードを保ったままこの回を終えられればという考えでしょう。双方にとって、ここがターニングポイントになるでしょうね』

 

『高那須は今シーズン左打者からの被打率は2割を切っています。まさに対左の切り札と言える存在ですね』

 

『しかし五島もサウスポーをあまり苦にしていないですからね。変則的な投球にどう対応していくかがカギになりそうです』

 

 マウンドで高那須がボールを投げ込んでいる。五島は投球に合わせるようにして素振りをしてみる。やはり左殺しと呼ばれているだけに、左打者から逃げるようなあのスライダーを打ち返すのはなかなかに難しそうだ。

 

「プレイ!!」

 

 投球練習を終えていよいよ五島がバッターボックスに入る。犠牲フライでは足りない。狙うならタイムリーヒットだ。左中間に運ぶ意識を頭に植え付ける。

 

『さぁセットポジションから構えて、第一球、投げました!…ボール!初球からスライダーで来ました!』

 

 アウトコースに逃げていくスライダーを見送る。間近で見てみると余計打ちづらそうに見える。バッテリーとしては引っかけさせて本塁ゲッツーか、それとも三振を狙っているのか。キャッチャーである自分としてはとにかく本塁にランナーを帰したくは無いところだ。狙うなら本塁封殺か。

 

『外野陣をみてみると少し前進気味になっています』

 

『そうですね。一点取られても二点目までは取らせない姿勢のようです。しかし裏を返せば長打を打たれると一気に一塁ランナーも帰ってきますからね。大きく出ました』

 

『さぁ高那須がサインに頷いて、第二球、投げました!』

 

 二球目、今度は速球が高めに飛んでくる。少しタイミングが遅れ、当たったボールは勢いよく三塁線を切れていく。

 

『今度はストレートで来ました!甲斐さん、今の配球はどのような意図なのでしょうか』

 

『うーん。やはり打者の五島がスライダーを意識している中での直球が効いていますよね。タイミングがあまり取れていないみたいです』

 

 三球目、来たのはまたアウトコースに逃げるスライダー。バットが中途半端なところで止まり、球審がハーフスイングをとって2ストライク1ボールとなる。打者としては追い込まれた形だ。

 

 四球目、インコースへえぐりこむようなシュートボールが内角に外れカウントは2-2に。再びカウントはイーブンとなる。

 

『外れました、これでカウントは2-2です』

 

『バッテリーとしては次の球が勝負ですよ。私としてはスライダーで来ると思います』

 

『さぁカウント2-2から第五球、投げました!!』

 

 来たのはアウトローへのストレート、しかしボールはシュート回転して若干だが内へ入ってきている。ボールを引き付けて、決して流れに逆らわず逆方向に引っ張るイメージで。そうして振りぬいたバットはボールを貫き、レフト方向へと大きな当たりが飛んでいく。

 

『打ちました!いい当たりだ、犠牲フライには充分か!レフト下がって…いや、まだ伸びるぞ!?』

 

「いっけぇーーー!!」

 

 走りながら五島が力の限り叫ぶ。犠牲フライじゃ足りない。もっと、もっと奥へ。その先のスタンドへ。

 

『伸びていく、レフトが下がって…IT’S GONE!!今日二本目のホームランは、窮地のチームを救う逆転グランドスラム!!!』

 

『まさか今の当たりが入るとは…素直に驚きました。我々は今、新たなスターの誕生を前にしているのかもしれません』

 

『さぁ三塁ベースを踏んでバッターランナーが帰ってきました。これで5対3!ベアーズ、逆転です!!』

 

 ホームベースの周りには、ランナーの一原や二葉たちが興奮気味に五島のことを待っている。気分?そんなもの最高に決まっている。

 

「っしゃあ!!」

 

 ホームをしっかりと踏み、二葉らとハイタッチを交わしてベンチへと戻っていく。北海道ドームは、今日一番の熱気に包まれていた。

 

 

『試合は九回表、タイタンズの攻撃。2死ながらランナーを一三塁において打席には広瀬が入ります!抑えの千石、このピンチを抑えられるか!!』

 

『広瀬選手はここまでの試合でヒットを打っていないですからね。彼が

 試合はそのまま動かず9回の表、今度はベアーズがピンチを迎えていた。長打が出れば一塁ランナーが一気に帰ってくる恐れがある。一発が出れば一気に逆転、という場面だ。二死だけに、ここが正念場だ。キャッチャーがタイムをとり、内野陣がそろってマウンド上に集まる。

 

「あと一人、何とかここを抑えれば勝ちだ。踏ん張っていこう」

 

 途中から守備に入ったキャッチャーの九重がそう告げる。はやる気持ちを抑えるように千石は小刻みに頷いてみせた。

 

「…広瀬さんと勝負ですね」

 

「そうだ。何か不満があるか?」

 

「いや、大丈夫です。むしろ燃えてきました」

 

「ならよし」

 

 九重が千石の背中を思い切りたたいて守備位置へと帰っていく。それを皮切りに、マウンドに集まった円も解散していった。

 

 そして、その初級。大きく揺れながら落ちるフォークが広瀬のバットを掠め、キャッチャーの後ろを転がっていった。

 

『おっとこれは!?いや、審判が両手を上げました。ファール、ファールです』

 

(まじか。今の球を初見で当ててくるのかよ)

 

 思わず千石の頬を冷汗が流れる。流石に十年に一人の天才と呼ばれるだけあって、持っているのは長打力だけではない。難しい球に対して合わせてくるだけのミート力も兼ね備えているのが恐ろしいところだ。

 

 二球目、今度もボールゾーンに落ちるフォーク。しかし広瀬のバットは動かずカウントは1-1となる。

 

『カウントはこれで1-1です。甲斐さん、ここからの配球はどうなると思われますか?』

 

『とにかく一球ストライクゾーンに入れたいところですが…広瀬選手が何を狙っているのか分からないのが不気味です』

 

 こうなればバッテリーも綱渡り状態だ。九重がリードに苦心しているのがマウンドから見ても分かる。しばらく考えこむ動きをしたのち、九重がようやくサインを出す。滴る汗をぬぐいながら、千石もそれにうなずいた。

 

『さぁ三球目のサインが決まったようです。ピッチャー構えて…投げた!』

 

 投げたのはインハイへのストレート。しかしこれにもついてくる。バットに当てられ打球は一塁線へ切れていく。一塁審が両手を広げファールを宣告した。

 

(狙っているのはストレートか…?もし今のを続ければ、次はホームランにされるかもしれない)

 

 九重の頭に悪い予感が顔を出す。この場面ではストレートを続けるのは危険と判断した。そして四球目、またしても手元でワンバウンドするフォークボールに広瀬のバットが止まる。九重が体を張ってボールを前にこぼすも、状況は依然変わりはない。むしろバッテリーの方が追い込まれた気すらしてくる。

 

 続くボールは明らかにストライクゾーンから外れた高いストレートとなりこれでフルカウント。千石が苦い顔をしながら左手を見つめる。次の打者が四番の岡木である事を鑑みても、ここは勝負しなくてはいけない。

 

『ここまでフォークを続けていますが、広瀬はなかなか手を出そうとしないですね』

 

『ある程度割り切っているのでしょう。それにしても、よくボールが見えてます。この打者を打ち取るのは至難の業ですよ』

 

『ピッチャー千石、まだサインに頷きません。…5回目のサイン交換にようやく首を縦に振りました。さぁ構えて、投げた!!』

 

 千石の投げたボールに呼応するように広瀬がバットを出す。しかし広瀬の予想に反してボールは減速して沈んでいった。だが広瀬とてただで終わる気はない。出かけたバットを極限まで腕力で抑えてタイミングを合わせてきた。技と力のぶつかり合い。それを制したのは―――

 

「…くそッ、もう少しタイミングが遅かったか」

 

『三しーん!!最後は空振り三振!千石、ピンチを無失点で抑えました!!』

 

 決め球はチェンジアップ。空振りこそ取れたものの、タイミングはかなり合っていた。ゲームを終えてキャッチャーたちと握手している間も、千石は冷や汗が止まらなかった。最後の打者を打ち取った安心感よりも、タイミングを合わされた事への焦燥感が勝っていたのだ。

 

(あ、あっぶね―――!!今のもうちょっとでタイムリーヒットだったじゃねーか!!)

 

「千石、最後の一球は肝を冷やしただろ」

 

「そりゃあそうっすよ九重さん。完全に崩したと思ったのについてきたんですもん」

 

「安心しろ。俺も同じ気持ちだ。…お互いに、もっと成長しないといけないな」

 

 こりゃあ反省会かもな、と九重が小さくこぼしたのを千石は聞き逃さなかった。

 

「げぇ、反省会っすか。でもまぁ、今回は従いますよ。実質的に負けたような形で終われないですし」

 

 

 ヒーローインタビューを終え、ロッカーで着替えをすませた五島は、一原と談笑しながら球場内を歩いていた。そんな二人の元へと駆け寄ってくる影がひとつ。

 

「待て、五島!」

 

「広瀬君…?」

 

 影の正体は広瀬だった。二チームのベンチ裏はそれぞれ真逆の位置にある。ということは、広瀬はわざわざこっちまで歩いてきたというわけだ。

 

「負けた!今回は俺の負けだ!」

 

 あっけらかんと、そう広瀬は言い放った。

 

「だがまたやる時はこうはいかねぇ!日本シリーズではギッタギッタにしてやるからな!」

 

「あ、あはは…」

 

「あとカズ!お前が元気そうで安心したぜ!それじゃあなぁ!!」

 

 それだけ言って、広瀬はづかづかと去っていった。相変わらず嵐のような人だ、と一原は思った。

 

「はは、勝ったって言っても一試合だけで後は負け越しているんだけどね」

 

「…別に勝ったのが一試合でもいいじゃないですか」

 

「え?」

 

「大事なのはその時の感覚を忘れないことです、好きなように解釈すればいいんですよ。だから今日のホームランの感覚、忘れないでくださいね」

 

「う、うん!忘れないよ!」

 

「ならそれでいいんです、次また弱音を吐くようなら今度はその背中、ぶっ叩いてやりますから」

 

「あはは、その時はまぁ、お手柔らかにね?」

 

 柔らかな笑みを浮かべる五島。その顔からは、既に陰りが消えていた。

 




選手名鑑⑦
広瀬 晃
十年に一人と呼ばれた怪物スラッガー。
右へ左へ、どこへでも打ち分けられる技術も兼ね備えた、まさに怪物。
若くしてタイタンズが誇る主砲として確固たる立ち位置を手にしている。
野球以外の事に関してはてんで馬鹿だが、何事にもやり抜く精神の強さを持っている。
ベアーズの五島遙太とは自称ライバル関係。

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