ナンバーズ!!   作:通りすがりの猫好き

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お久しぶりです。


万丈三兄弟

 

「レギュラー争い、ですか?」

 

「そうだ。お前には本格的に野木と正三塁手の座をかけて戦ってもらうつもりだ」

 

 北海道ドームでの試合前練習。監督の漆原の一声で呼び出された一原に投げかけられたのはそんな言葉だった。

 

「まぁでも肩の力を入れなくてもいい。現状ではお前の方が優位に立ってる。お前はまだ若いし、打撃力を鑑みても野木にはない長打力を持っているからな」

 

 だけど、と一つ咳払いをしたのち漆原は目をかっ開いた。

 

「スタメンで使うにはまだまだお前の守備は粗い!とにかく凡ミスやエラーが多い!今は肩の強さで補えるのかもしれないが、シーズンが続いて疲れが出るころにはそう上手くごまかしができると思わない方がいい。付け焼き刃の守備では限界があるという事だ。そのためにも…お前には守備を学んでもらう必要がある!」

 

「守備を学んでもらうって、一体誰に?」

 

「安心しろ。うちには守備のスペシャリストがいる。…カモン、万丈三兄弟!!」

 

 そう言ってぱちん、と漆原が指を鳴らす。

 

「「「イエッサー!!!」」」

 

 その声に反応して、勢いよく三人の男が顔を出す。その顔は三人ともそっくりだ。三兄弟という名の通り、体格も似通っている。

 

「どこでも守れて、小技も出来る超万能型ユーティリティープレイヤー!万丈一郎!!」

 

「代走、守備固めはお任せ!頼れるチームのスーパーサブ!万丈二郎!!」

 

「…打撃が得意。万丈三郎」

 

 そう言って一郎、二郎の二人がまるで戦隊モノに出てくるようなポーズをとる。一方の三郎は気恥ずかしそうに二人を見るだけで、何の動きも取ろうとしない。

 

「おい三郎!打ち合わせ通りにやろうっつったろ!すまんな、三郎はちょっとシャイなんだ」

 

「いや、シャイっていうか…。あのさぁ、一郎兄ぃも二郎兄ぃももういい年でしょ。そんなことやってて恥ずかしくないの?」

 

 その一言に二郎が勢いよく反応する。

 

「バッキャロウェイ!!ヒーローはいつだって青少年の憧れじゃろがい!お前にはロマンってやつが無いのか!兄さんはお前をそんな子に育てた覚えは無いぞ!」

 

「俺だってあんたらに育てられた覚えはねぇわ!第一、一郎兄ぃも二郎兄ぃももう青少年って年じゃないでしょうに。…はぁ、ほんっと付き合わされるこっちの身にもなれっての」

 

 一原は呆気にとられながらも、どちらかと言えば三郎に対して同情の意を払っていた。一人だけノリが違うというのは中々に精神的に辛いものがある。それが兄弟ともなればなおさらのことだ。まったくもって年功序列というものは度し難い。

 

「ま、そんなわけで。頼んだぞお前ら」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!この空気(じごく)のまま置いていくんですか!?」

 

 一原が慌てて漆原を引き留めようとする。正直言ってこのノリは一原にとって耐えがたいものであった。そんな空気に放り込まれるなら、まだ砂漠の真ん中に置き去りにされた方がマシだ。

 

「つっても…俺だって他の選手を見とかないといけないしなぁ。明日からのヤンキース戦の対策も立てておかないとだし、そんな暇じゃねーのよ」

 

「そんな殺生な…」

 

「まーまー、慣れれば普通にいい奴らだから。それにほら、『住めば都』ってことわざもあるじゃん?じゃ、そういうことで」

 

 それだけ残して漆原はそそくさと去ってしまった。住めば都はあんまり関係ないだろ。あの野郎め、説明するのを放棄して逃げやがったな。そんな事を考えている一原の背後からぬるりと手が伸びてきた。

 

「そんじゃ、まずはキャッチボールから始めっか」

 

 手の主は、一郎だった。

 

 

「キャッチボールは二人一組でやるぞ。ここは公正を期してグーとパーで分かれよう。いっせーのーで」

 

 それぞれが一郎の合図で手を出す。結果はすんなりと一度で決まった。

 

「お、綺麗に分かれたな。俺と二郎。そんで…あちゃー、一原は三郎とかー。まぁ頑張れよ」

 

 え、今あちゃー、って言ったよねこの人。何、何なの?三郎も一郎や二郎に負けず劣らずの問題児という事なのか?恐ろしい想像が勝手に頭の中をぐるぐると回っていく。…いかんいかん、無粋な詮索はやめにしよう。大体、三郎はさっきのやりとりを見るに三兄弟の中でも一番まともそうだったじゃないか。うん、この人を信じよう。

 

「…じゃあ行きますよ」

 

「よし、来い」

 

初めはそこそこの距離で程々に力を抜きながら投げていく。そこから少しづつ距離を広げながら力を入れていく。そしてある程度二人の間があいたところで、そろそろ本格的に力を入れて投げることにした。

 

「フッ!!」

 

 しっかりと指にひっかけて投げたボールは唸りをあげて綺麗な軌道を描きながら三郎の胸元へ真っ直ぐに届いた。ボールはバシンという音を立てて三郎のグラブに収まった。うん、我ながら中々にいい送球だ。今日は調子が良い、と肩を回しながら思った。

 

「なるほど、試合でも目にはしていたが中々肩は良いようだな。それに、スローイングも悪くない」

 

「…そりゃあどうも」

 

 当たり前だ。今まで俺が戦ってきたのはマウンドの上、そこでは寸分の狂いも許されない。ボール一個分でもずれが生じればボールになってしまう。それに比べれば、キャッチボールで相手の胸元に投げることなど造作もないことである。体勢が崩れてさえなければこれくらいの事は朝飯前だ。

 

「だが肩の強さなら俺も負けてはいない。いくぞ」

 

 そう言い残して三郎が投げたボールは勢いよく放物線を描いて飛んで行った。…キャッチボール相手の俺が目で追うしかできないほど。

 

「すまん、すっぽ抜けた」

 

 すっぽ抜けるのは誰にだってある。まぁそれくらいなら仕方ない。ボールを取りに小走りで向かう。後ろで笑みを浮かべる二郎の事は気にしないことにした。

 

「今度はちゃんと投げてくださいね」

 

 忘れないように念押しをしてボールを投げ返す。三郎も短く「おう」と返事をした。これで大丈夫。大丈夫なはずなのに、どこか胸騒ぎがするのは何故だろうか。

 

「ふんッ!」

 

 今度はずっと手前でボールがバウンドする。今度は力みすぎか。ちょっと雲行きが怪しくなってきたぞ?

 

「すまん、少しだけ力んだ」

 

 少し?うん、まぁそう言うと思った。それにしたってボールが暴れすぎだ。緊張しているのか?それなら慣れれば良くなるだろうけど…。

 

 そんな淡い期待は当然のように裏切られた。いくら投げてもまっすぐに飛んでくる気配はない。それどころか制球はむしろ悪化しているようにさえ見える。にやにやと笑みを浮かべながら二郎が近づいてきた。

 

「一郎兄ィが『あちゃー』って言った理由、分かったろ?三郎はな、昔っから肩が強い代わりに絶望的にコントロールが悪いんだ。まぁボールがまっすぐ飛んでくることなんてそうそう無いし、守備の練習にもなるだろ?俺たちは三郎の送球を取ってる度に守備が上達していったからな」

 

「それってイップスか何かなんじゃ」

 

「いや、多分それはない。野球を始めたころからあんな感じだから」

 

「じゃあ指導者の問題では?」

 

「いや、それがな?不思議なことにスローイング以外は成長してるんだよ。バッティングも守備も。ただ送球するときだけどんなアドバイスも致命的に形を成さないっつーか…まぁ俺もよく分かんねーけどよ」

 

 なるほど、だから指名打者以外では試合に入らないわけか。もしも彼が内野手でもやろうものなら暴投のオンパレードになるに違いない。四方八方に暴れるボールを前に苦悩する内野陣の表情が見て取れる。

 

「それでもぶっちゃけ、俺たち三兄弟の中で一番野球センスがあるのは三郎だよ。一郎兄ぃに比べて三郎はミート力もパワーも持ってるし。俺なんてスーパーサブ専門だからな」

 

「そうなんですか?」

 

「送球の事さえ除けばあいつは選手として高い完成度を持ってる。本当、送球さえ人並みにできればなぁ…」

 

「…」

 

「おっと、話しすぎたかな?まぁ何にせよ、頑張れよ」

 

 そう言って二郎は離れていった。…一体何だったんだ。

 

「行くぞ、一原!フンッ!」

 

「あ、ちょっとタンマ!あー…」

 

 三郎が投げたボールは、本日何度目かも分からない大暴投だった。

 

 

「じゃあいよいよ本題の守備だ、俺や二郎の動きをしっかり目に焼き付けておけよ」

 

「一郎兄ぃ、俺の守備は?」

 

「お前は論外」

 

「ひどい!」

 

 一郎を始めとして四人で三塁ベース上に集まっている。先頭にいた一郎が重心を少しだけ下げた。

 

「いいか、守備において大事なのはまず一歩目だ。この一歩があるかないかで勝負は大きく変わる」

 

 一郎がグラブを叩き、乾いた音が響いた。いつでも来い、という合図だ。それに反応したノッカーがボールを打った。打球は三塁線を襲うあたりだ。一郎は打球が飛んでくる前に軽くジャンプして、軽快に三塁のファールラインへと一歩目を踏み出す。バックハンドで打球を掬い上げ、踏ん張って一塁へと送球した。ボールは多少ファーストミットをずれたものの、ほとんど問題なく収まった。

 

「げ、最後の送球がまずかったか。まぁ理想よりは少しずれたけど、大体こんな感じだ。今ので分かったか?」

 

「分かったような、そうでもないような…」

 

「じゃあ次は俺の番だな!バッチコーイ!」

 

 今度は二郎が勢いよく声を上げて合図を送る。今度は痛烈な打球が三遊間を襲う。しかし二郎は動じない。華麗な足取りから表情一つ変えずにボールを捕球し、余裕をもって一塁方向へとステップを踏む。そしてそのまま一塁へと送球した。スナップの効いた送球は心地よい音を響かせてファーストミットに収まった。

 

「これで分かったろ?いかに足の動きが大事か」

 

「…まぁ何となくは。とりあえずやりながら確かめてみます」

 

「ああ、ちょっと待った!最後にもう一つ!」

 

「何ですか」

 

 実践しようと構えを取ったところで一郎からストップがかかる。一原は苛立たしげに一郎のいる方へと顔を向けた。

 

「これは俺たちが教えられるような問題じゃないが、やはりプロ野球選手というものには華が必要だ。それに大事なもの、何だか分かるか?」

 

「そりゃあまぁ、しっかりとした基本動作じゃないですか?」

 

 それが当たり前だろう、と言わんばかりに一原は首を傾げた。一郎はそれを聞いて唸りながら下を向いた後、口を開き始めた。

 

「うん。間違ってはいないな。だがもっと根本的なものだ。いいか一原、大事なのは想像力、つまりインスピレーションだ。Repeat after me. inspiration.」

 

「その微妙に発音がいいの辞めてもらえますか。何だか微妙にムカつきます」

 

 一郎はチッチッチっと舌を鳴らしながら指を揺らす。何だろう、本当にグーが出そう。でもここはぐっとこらえる。グーだけに。自分で考えておいてだけどしょうもな。マジでしょうもない。

 

「ん、ん―――。まぁ要するにだな。爆発的な想像力は時として一番の助になる。忘れるな、『自由こそ一番の武器』だ。まぁ、つっても結局は頭に思い浮かんだものを現実で出来るかも大事だけどな」

 

「はぁ」

 

「あ、お前本気にしてないだろ!言っとくけどこれはガチだからな!そんな素っ気ない態度してると泣くぞ!?ほら泣くぞ!?」

 

「それは流石に幼稚だからやめてくれよ一郎兄ぃ…」

 

「…まぁ、一応参考にはさせてもらいますよ。ありがとうございます」

 

「お、おお!分かればいいんだ分かれば!じゃあ練習を再開しようか!」

 

「はい!」

 

 

 

「違う!もう少し体の向きをこう、そんですぐに送球に移行できるようにするんだ!」

 

「…こう、ですかッ!?」

 

「一歩目がまだまだ遅い!お前ならもっと早くボールに反応できるはずだ!自分の力を信じろ、それがヒーローになるための第一歩だ!」

 

「いやヒーローになる気はさらさら無いですけど…」

 

「こまけぇ事ぁ気にすんじゃねぇ!つべこべ言わずにやるぞ!」

 

 ドームから吹く涼しい空調が汗に濡れた髪を軽く揺らす。そこからは、マンツーマンで一郎、二郎の二人から指導を受けながら、ノックを受けてひたすら基礎の動きを体に覚えさせることに従事した。

 

 

 とある上空。ジャージを着た選手やコーチ・監督らの一行が飛行機に乗っていた。その内の一人がゆっくりとアイマスクを外し、大きくけのびをした。

 

「…あ―――、よく寝た。ヤス、今どこら辺?」

 

「今は東北らへんらしい。まだ北海道につくのには時間がかかるっぽいな」

 

「けっ、わざわざ福岡から直で北海道まで行こうってのがおかしいんだ。選手様の負担考えろっての。ま、時間があるならいいや。練習すんのもだりぃし。もう少し寝てようかな」

 

「そういやタツミ、知ってるか?」

 

「あぁ?今寝ようとしてたところだろうが。話の流れ聞いてたか?」

 

「まぁ聞けって。次のベアーズ戦、大方の予想だとサードには一原が入るらしいぜ」

 

「一原、一原…あぁ、あの一時期野手転向で話題になってた奴か。そりゃあいいな。ひよっこ共に野球ってもんを教えてやるいい機会だ」

 

「でも、お前今下半身のコンディション不良っつってなかったけ?」

 

「あーあー聞こえなーい。監督ー、俺、練習は無理ですけど試合になら出れますからねー!」

 

 男はわざわざ前方にいる監督にも聞こえるような声で話しだした。監督と呼ばれた白いひげの生えた老夫はそれを一瞥すると、何もなかったかのように視線を前に戻した。男はその様子を見て小さく舌打ちをする。

 

「いいんですか監督、あいつを放っておいて」

 

 監督の肩を不安げに叩いたのは、今年からチームのヘッドコーチを務めている関という男だった。年齢としては監督と呼ばれる人物よりも一回り、いや二回り近く下だろうか。

 

「いつもの事じゃい。アレに気を使ってると瞬く間に神経がすりきれるぞ」

 

「はぁ、そんな物でいいのでしょうか。しっかし勿体ないですねぇ。選手としては打撃も走塁も超一流。特にバッティングはリーグ、いや、日本でも再強打者と言われるくらいだ。守備もまずまずなのに、当の本人が練習嫌いときては」

 

「別にええわい。結果を残してくれる以上はな。ファンからもアレを使わないと非難轟轟じゃしの。アレはチームの核じゃ。頼りきりなのは気分が悪いが、それでも今のチームを一位に導いてきているのは、間違いなくアレの功績じゃからな」

 

 監督と呼ばれた老人―――狐坂は不気味に笑みを浮かべる。そして同様に、アイマスクをしている男も不敵に歯を見せる。

 

「「俺(アレ)がいる限り、このチームが最強なのは揺らがねぇ」」

 

 去年の覇者が、北海道へと来襲する。




選手名鑑⑧
万丈 一郎
どこでも安定して守れるユーティリティー性と無難な打撃力がウリの選手。
昨季は主に二塁手として出場し、チームを救う守備を何度も見せてきた。
ヒーローオタクで、戦隊ものに関しては妙に詳しい。
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