ナンバーズ!!   作:通りすがりの猫好き

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第三話にして初めての野球回です。


オープン戦 VS埼玉ホワイトソックス①

 

 気がつけば気温もキャンプの頃よりずっと暖かくなり、TVでは花粉シーズンに入っただの桜の開花だので話題は持ちきりだった。

3月。別れの季節であると同時に、新社会人や学生にとって新しい季節に備えるための重要な期間である。そしてそれは、野球選手においても同様だった。同月某日、沖縄の各球場に選手たちが集まっていた。彼らはこれから始まるオープン戦の成績の如何で一軍か二軍か決まるのだ。無論それは一原とて例外ではない。昨夜は試合前日だというのに遅くまでバットを振りこんでいた。

 

 「明後日、スタメンで使うからな」

 

 遡る事一昨日。それが漆原監督から一原にかけられた唯一の言葉だった。そしてその宣言通り、スターティングメンバーの名には一原の名前がある。一応確認のために目をこすったが、しっかりと「7番サード 一原」と書かれていた。間違いではない。その事実に体の芯までが震える思いだった。

 

「よーぉ一原!今日スタメンなんだってな!!」

 

 後ろから肩を叩かれ、振り返った先には二葉がいた。

 

「あ―、まぁその、おかげさまで?」

 

「おかげさまって何だよ~!こっちは何もしてねーっつーの!それより聞いてくれよ、今日の俺は一番だぞ一番!」

 

 二葉の笑顔につられて一原も苦笑いを浮かべる。

 

「まぁくれぐれも変に気負うなよ。まだオープン戦だし、相手は去年のリーグ優勝チームだからな」

 

 埼玉ホワイトソックスは昨年の日本一決定戦には敗れたものの、悲願の二連覇を達成したチームだ。四番に座るキングスを始めとした厚みのある打線で投手たちをことごとく返り討ちにしている。

一原も投手時代に何度か二軍戦で登板したが、とにかく嫌な打者の多いチームだった。どんなボールにも力強く振り回してくるのは、投手にとってこれ以上ない程のプレッシャーとなって重くのしかかる。投手陣も盤石とは言い切れないが、粒ぞろいのピッチャーが整っている。

 

(それでも、簡単に負けるわけにはいかないよな)

 

 たかがオープン戦。されどオープン戦。

ここからの試合で自分の立場が大きく変わるのだ。俺はここで、プロ野球人生を変えて見せる。

そんな思いを胸に一原は円陣を組むチームの輪に入っていった。

 

 

「えー、お世辞とかは苦手だから単刀直入に言うぞ」

 

 円陣の中、監督の漆原が口火を切る。

 

「お前らの立場は様々だろう。レギュラーを掴みかけている者、既に安泰な者、それともそろそろ首が涼しい者だとか色々いると思う。分かっていると思うがオープン戦の成績次第で評価を改める事もある。だからこそお前らの強みを遺憾なく発揮する事を願っている。以上だ!」

 

 監督の言葉に選手たちは力強く「応」と返した。

 

北海道ベアーズ スターティングメンバー

 

一番 ライト     二葉

二番 センター    小村

三番 DH      万丈三郎(ばんじょうさぶろう)

四番 キャッチャー  五島

五番 レフト     ヘンダーソン

六番 ファースト   四谷 

七番 サード    一原

八番 ショート   加藤

九番 セカンド   万丈一郎(ばんじょういちろう)

投手        億平

 

 

「センター!」

 

「オーライオーライ!」

 

 二回の裏、ホワイトソックスの七番打者・藍葉(あいば)の放った打球は力の無いフライとなってセンターのグラブへと収まる。沖縄で始まったオープン戦は両先発ともに上々の立ち上がりを見せ、早くも投手戦の様相を呈していた。この回、先発の億平は先頭打者のキングスにこそ出塁を許したものの、後続をきっちりと絶ちゼロを並べる。そして回が変わり三回の表、先頭打者の一原がバッターボックスに立とうとした所で漆原は彼を呼び止めた。

 

「次の打席、思いっきり振ってこい。遠慮はいらん」

 

「はいっ!!」

 

 威勢よく返事こそしたのはいいものの、言われてみるとこれが中々難しい。高めのボール、低めのボール、そして真ん中のボールをそれぞれ想定して素振りをする。深呼吸して息を整え、左のバッターボックスへと入る。

 対峙するは高卒六年目を迎える本格派右腕、紅本 慎太郎(くれもと しんたろう)。防御率は四点台前半を記録しながら、打線の援護に恵まれ念願の二桁勝利を達成している。紅本はロジンバッグに手をつけると、睨みつけるように一原へと視線を送った。キャッチャーのサインに二度首を横に振った後、ようやく頷いてワインドアップから投球モーションに入る。大きく腕を振りかぶり、投じた一球目。

 

(甘いストレート…!!)

 

 コースもそれほど厳しくない速球。すかさずバットを走らせる。しかし一原の予想に反してボールは手元で鋭く沈んだ。迷いのないフルスイングも虚しく、ボールはキャッチャーミットへと収まった。

 

(今のがシンカーか)

 

 シンカー。紅本の代名詞であるこの変化球は他の投手のそれに比べて落ち幅が少ない。その分球速が早く変化も遅いため、打者がストレートと錯覚して空振りを取りやすいのだ。

 

(さて、次は何で来るか…)

 

 素振りをして呼吸を再び整える。今度もシンカーを続けてくるか、それとも速球で来るか。先ほどのスイングで自分の体が思い通りに使える事は把握した。甘いコースなら確実に持っていける。そこに根拠なんてものは一切ない。ただ本能がそう告げているような気がした。一原はマウンドを睨みながらも不敵に口角を上げる。

 二球目は力んだのか、ボールがワンバウンドして明らかなボール球になる。紅本は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに向き直りキャッチャーのサインをあおぐ。一度首を横に振っただけで、今度はサインがすぐに決まったようだ。頷いて投球フォームに入る。カウント1-1から投じられた三球目。すっぽ抜けかと思われたボールは大きな弧を描きながらストライクゾーンへと吸い込まれる。現代の魔球、カーブだ。一原も一瞬ボールだと見たため手を出さず、審判の手があがる。これでカウントは1-2、先にバッテリーが一原を追い込んだ。

 

「ファール!」

 

 続いた四球目と五球目。ストレートで押し込めようとするバッテリ―に対して、一原は若干遅れながらもついていく。二球ともバックネットへと打球が直撃した。追い込まれながら粘る一原に対してキャッチャーの紫堂(しどう)も攻めあぐねていた。次に投じられたストレートはギリギリでこれも一塁線を切れる。徐々にだが速球に慣れてきている―――。バッテリーが思う所は同じであった。

 そして七球目、紅本はついに勝負に出た。ストレートのサインに対して首を横に振り、カーブのサイン、これにも頷かない。五回目のサイン交換でシンカーのサインが出たところでやっと首を縦に振った。ワインドアップから投球モーションに入る。下半身で溜めた力を上半身へ、そして右手の指先へと集中させ渾身の一球を投じる。

 

(あっ、曲がるなコレ)

 

 ボールが投じられた刹那、第一に一原の頭に浮かんだ感想がそれだった。決して曲がりが一球目と比べて早いわけではない。むしろキレで言えば今回の方が上だ。それでもシンカーだと見抜けたのはそれ程までに一原の集中力が高まっていたという事に他ならない。真ん中低めのシンカー、それが一原の脳が反射的に打ち出した計算だ。すくい上げるように、それでいて力強くボールを叩く。乾いた快音が球場内に響き、歓声と悲鳴の混じったごちゃまぜの音があふれ出す。右翼席へと高く上がって消えゆく放物線を目で追って、視界を蒼が覆っていく。見上げた先の沖縄の空は、飲み込まれそうなほど、どこまでも青く広がっていた。

 

 

 がくりとうなだれる紅本を横目に、一原は淡々とベースを踏みしめていく。三塁コーチャーとタッチを交わし、悠々とホームへと生還した。ネクストバッターボックスに控える加藤とハイタッチして戻ったベンチは、静寂に包まれていた。ヘルメットを脱いで一つ大きな息を吐き出した後、辺りをキョロキョロと見まわした。

…あれ、おかしいな。オープン戦とは言えホームランを打ったのだ。大歓声とまではいかなくても、もう少し祝福とか何かがあると思っていた。それは自分の考えすぎだったのだろうか。数刻おいて、ベンチがわっと盛り上がる。それが自分を祝うものだと気づくのに少し時間がかかった。これが大リーグで言う「サイレントトリートメント」というやつなのか。他の選手達に囲まれてもみくちゃにされながら心地よい気分に浸る。たまにはこういうのも悪くはない。…たまには。

 

「今日の紅本さん調子良かったよね!最後のシンカーは読んでたの?」

 

 興奮しながら五島がメモ帳を取り出す。どうやら配球やら打撃でのコツを書き溜めているらしいそのメモは、随分と使い古されていた。

 

「いや、偶然得意なコースに来ただけです。速球を張ってたのは事実っすけど、ほとんど反応打ちに近いんであんまり参考にはならないと思いますよ」

 

「そっかぁ…勉強になると思ったんだけどなぁ」

 

 そう言って五島は肩を落とす。この人、こんな端正な顔立ちしておいてよくもまぁここまで純粋な性格に育ったもんだな。周りからちやほやされ放題だったら少しくらい天狗になってもおかしくないだろうに。

 

「五島さんの打撃理論はどんな感じなんですか。気になります」

 

「え、僕?うーん、参考になるかどうか分からないけど…」

 

 それからは攻撃が終わるまで、同じ左打者としてバッティングについて熱い談義を重ねた。

 

 一原達が談義に花を咲かせる中、監督の漆原はじっと試合を見つめていた。

 

「お前の指示通りだったな、光彦。ホームランも計算の内か?」

 

 漆原が振り返ると、ヘッドコーチの南場がニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「その通りと言えば恰好がつくんだろうが、ホームランを打ったのは一原本人の実力だよ。…なぁ南場。一原の強みは何だと思う?」

 

「何って、そりゃあ…恵まれた身体能力とかじゃねーの?」

 

「勿論それもある。だけどな、一番恐ろしいのは振り切るのを恐れない事だ」

 

「それは、どういう?」

 

「プロでもよく言われるだろ。バットを振り切れだの、腕を振り切れだの。だが実際それをできるのはほんの一握りだ。誰だって常に思い切り振り切れるわけじゃない。状況によって当てに行く奴の方がずっと多い。だがあいつは、三振を恐れず俺の言う通りにフルスイングしやがった。そういう姿勢が投手にとっては、一番恐ろしい」

 

 漆原の言葉に南場は納得したように頷く。

 

「なるほどな。流石名球会入りした好打者様だ。俺たちと着眼点が違うわけだ」

 

茶化すんじゃねーよ、と軽く南場の肩を叩く漆原。試合に目を移すと、丁度一番打者の二葉が詰まらされてサードへのゴロを打ったところだった。

 

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