ナンバーズ!!   作:通りすがりの猫好き

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 投稿間隔はこのくらいになると思います。


オープン戦 VS埼玉ホワイトソックス②

 先発の億平は三回に入ってもなお好調だった。先頭の八番打者を直球でボテボテのファーストゴロに抑え、続く九番打者に対しては左打者の外角から逃げるようなスライダーで空振り三振に仕留めた。そして打順は一巡し、一番打者の草間(くさま)が右のバッターボックスに入る。最初の打席はアウトハイへの直球でレフトへのフライに仕留めたが、いかんせん打撃力がウリのチームで一番打者を務めているだけあって、足だけじゃなく芯でとらえれば一発長打もある厄介な打者だ。

 

 草間はバットをゆらゆらと小刻みに揺らしながら不気味に構えている。一球目は内角へえぐりこむようなスライダー。草間がこれにピクリとも反応せず見逃して1ボール。迎えた二球目。投じられたのはこの日唯一と言っていい程の失投だった。ど真ん中への球威もさほどないストレートを捉えた打球は、快音を残してワンバウンドし一瞬でサードの元へと到達した。

 

(一度で取れなくてもいい。ここで一番ダメなのは後ろに逸らすことだ)

 

 北方コーチに教えてもらったことを頭で反復しながら一原は捕球体勢に入る。とにかく前に弾く、それだけを意識した。ボールは腹部に命中したが、何とか前に転がった。

 

(痛ッッッてぇぇぇ!!クッソがああああ!!)

 

心の中で叫びながらも周囲の状況を確認するのは忘れない。だってそうじゃないと体を張った意味が無い。幸いにも打球が強かったおかげで草間から一塁ベースまでにはまだ距離がある。咄嗟に右手で掴んで投げたボールはまっすぐに一塁手の元へと飛んでいく。バシン、と気持ちの良い音が響いて一塁審判が右手を上げた。

 

 

「お疲れさん」

 

 腹をさすりながらベンチに座る一原の前にグラブが突き出される。顔を上げてみれば、そこには先ほどまでマウンドに立っていた億平がグラブを差し出していた。若干汗こそかいているものの、普段通りの涼しげな表情は崩さない。一原は一瞬躊躇したが、呼応するようにグラブを突き合わせた。

 

「ども」

 

「さっきのプレー、助かったよ。後ろに抜ければ確実に長打になってた」

 

「…そりゃあまぁ、コーチに教えられたとおりに従っただけですよ」

 

「それもそうか。ところで、お前はこの試合どうなると思う?」

 

 急な話題の転換に目を丸くしながらも今後の展開を予想する。試合に目を移せば、三番打者の万丈三郎が丁度ヒットを放ったところだった。

 

「そうですね。こっちはヒットも出ていますし、このまま攻め立てれば終始優勢を保ったまま勝てるんじゃないですかね」

 

 今度は乾いた快音が球場に響き渡る。四番打者の五島が結果を出したようだ。打球はあっという間にライトスタンドへと突き刺さった。

 

「ほら、やっぱりこっちが優勢ですよ。今日はこのまま勝てるんじゃないですか」

 

 ホームランを打った五島はベンチ内で手荒い歓迎を受けている。その様子を億平はどこか冷たい目で見ているようだった。

 

「見込みが甘いな。…いや、若いと言うべきか」

 

 億平が呟くように吐いた言葉に思わず顔をしかめる。…なんだよ、質問してきたのはそっちじゃないか。聞いておいて甘いだの若いだの言うのかよ。そんな一原の表情を察してか、億平はまぁちょっと落ち着いて聞けよと宥めるように語り出した。

 

「今日のホワイトソックス打線を見た限り、やっぱりあのチームは強豪だよ。さっきまでの俺のピッチングだって、薄氷を歩いて渡るぐらい危ない場面がいくつもあった。何て言うか、あいつらには打席でも余裕を感じるんだよ。二、三巡目にもなれば確実に捉えてくると思う」

 

「余裕、ですか」

 

「まぁ今日のところはもうお役御免だ。後はお前らが頑張ってくれよ。俺はこの試合、結構な接戦になると思うね」

 

「肝に銘じておきます」

 

「というかそろそろお前の打席だろ?ぼさっとしてると監督に怒られるぞ~」

 

 手をひらひらと振りながらベンチ裏に引き返していく億平の背中を眺めながら、彼の言っていた言葉をぼそりと反芻する。接戦か、俺にはこっちがイケイケな展開に見えるけどな。…っと、そんな事をしている場合じゃなかった。急いで準備しておかないと。そうこうしている間に五、六番打者が凡打に倒れ、攻撃の時間は終わりを告げた。

 

 

 

(クソッ、億平さんの言う通りだった…!!)

 

 同点に追いつかれ、尚もノーアウト一二塁。投手の細田(ほそだ)はストライクこそ入るものの、結果としてここまで一つもアウトを取れていない。考えれば本当にここまで一瞬だった。四回の裏、回の頭から入った細田はいきなり先頭打者のグリーンにフェンス直撃の一打で二塁まで進まれると、続く赤石(あかいし)にも冷静にセンター前ヒットで繋がれる。そしてとどめに四番打者のキングスは初球を叩きあっという間に打球はレフトスタンドへ。130メートルを超える特大の3ランホームランで追いつかれ、相手打線はなおも単打と四球と勢いが止められない。細田の課題としていた左打者への対策は未だ形を成していない様子だった。

 

「とにかくストライクは取れてますし、いい球も来てます。引きずらずに、まずは目の前のバッターから抑えていきましょう」

 

 投手を中心に作られた輪の中で、五島が細田に声をかける。それでも五島の言い方は悪い意味でありきたりでしかないし、投手の細田も頷きはするが心ここにあらずといった状態だ。こうなってしまうと焼け野原になる未来しか見えない。そうなると分かっていながら、一原は何の言葉も交わさなかった。何もしないのではない。一つの方法を除いて何も出来ない事を心底分かっているからだ。それは、ずっと投手をやっていた一原だからこそ共感できるものだった。投手という生き物はひとたび崩れてしまえば修正するのが中々難しい。どうすればいいのかと脳を回し、あがけばあがくほどにドツボにはまっていく、いわゆる「底なし沼」というやつだ。結局、誰も細田を立ち直らせる言葉を見つけられないまま、痺れをきらした主審に咎められ輪は解散する事となった。

 

 ホワイトソックスの打順はこれから下位につながっていく。まずは7番・キャッチャーの紫堂が右のバッターボックスに入った。一昔前のキャッチャーのようなずんぐりむっくりとした体型から繰り出される怪力は凄まじく、素振りのスイングで鳴る音はチーム内でも明らかに際立っていた。その双眸は今にも投手を射殺さんばかりに睨みつけている。初球、真ん中から外角低めへ逃げるスライダーを見逃し1ストライク。続いて投じられた内角高めを外れるストレートに紫堂は上体を仰け反らせ1ストライク1ボール。そして3球目真ん中付近に寄ったカットボールに手を出した。真芯を外されながらも捉えた打球は素早いゴロになって一原の手元へと転がっていく。

 

(来た!この打球ならいける!)

 

 一度荒れ始めた投手を外側から落ち着かせる唯一の方法。それは守備でリズムを作ってやることだ。ボールをグラブに収めたその足で三塁ベースを踏み、これで1アウト。そしてそのまま勢いに乗せて体を浮かせ、セカンドベースで待つ二塁手の元へと送球する。二塁塁審が右手を突き上げ、さらに2アウト。セカンドが急いで送球するも流石に一塁までは間に合わない。それでもあわやトリプルプレーとなった守備に球場全体が沸いた。歓声の中でも平静を崩さず、一原は細田に2アウトだとシグナルを送る。ようやく細田は落ち着きを取り戻したらしく、一瞬だけ嬉しそうにはにかんでみせた。リズムを取り戻せば後はこちらのもの。細田は続く八番打者を伝家の宝刀スライダーを連投し三球三振に打ち取って見せた。

 

 

 回は巡って五回の表、一原は先頭打者として打席に立った。ホワイトソックスの投手は先ほどの回から左の速球派助っ人のグレイにスイッチしている。先ほどの回で五島に2ランホームランを浴びながらも、そこからは冷静に持ち直していた。先ほどの投球をぱっと見た感じ、最速150キロ中盤の速球と縦に曲がるカーブでごり押しして詰まらせるタイプの投手だ。肝心なのはストレートに押し負けない事。直球を意識して素振りする。よし、タイミングを崩されなければいけるはず。

 

 グレイがキャッチャーからのサインに頷き、左足を大きく上げて投球モーションに入る。初球は縦に割れるカーブが手元でワンバウンドした。バットが回りかけたが、何とかハーフスイングで踏みとどまる。キャッチャーの紫堂が三塁審へと確認をとるが、判定はボールのまま変わらず。2球目は真ん中高めに大きく外れるストレート。3球目のストレートに反応しファウルとなるも、続けてストライクが入らず。結局カウント3-1から四球を選んで1塁ベースへ労せずして進む事が出来た。レガースを外してボールボーイに預ける。

 

 打者は八番打者の加藤へと移る。一原はリードを取りながら三塁コーチャーから送られるサインを確認した。両手を二回叩き、左の耳に触れた後今度は右の耳に触れる。グリーンライト、つまり盗塁できそうなら盗塁しろとのサインだ。

 

(いや、いけるかコレ…?)

 

 そうこう迷っている間にグレイがセットポジションから投球に入る。モーションが大きく、クイックが出来ているとは言い難い。これがシーズン中ならもう少し様子を見るところだが、今日はオープン戦だ。自分をスタメンで使ってくれる機会が後何度訪れてくれるかなんて分からない。だったら今のうちにどんな形であれ結果をだしてアピールしておきたい。2球目、投手と呼吸を合わせタイミングを掴む。そして勝負の3球目、投手が投球フォームに入った途端にスタートを切る。走り出しはほとんど完璧と言ってよい。これなら盗塁も余裕でセーフになるはず―――。瞬間、文字通り矢のような送球がショートのグラブへと収まった。

 

(嘘だろ、早ッ…!?)

 

 ベースに手が届く寸前にボールはもう届いている。タイミング的には完璧にアウトだ。しかしだからと言ってアウトになるとは限らない。これしきの事であきらめてたまるか。

 

「うおらぁぁぁぁ!!」

 

 叫びをあげながら体をずらし、回りこむようにセカンドベースに滑り込む。ショートのタッチは結果として追いタッチとなった。二塁審が両手を水平に広げる。すんでの所でセーフになったらしい。…それにしても結構余裕あったのにな。足にはそこそこ自身があったし、スタートもよかった。それでも紫堂の肩が勝っていたという事実に、ただ唇を噛みしめる。

 

 加藤はその後セカンドゴロへと倒れ、続く万丈一郎もセンターへのポップフライに倒れてベアーズはこの回にランナーこそだしたものの、結局得点を奪う事が出来なかった。

 

 

 

 

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