ナンバーズ!!   作:通りすがりの猫好き

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特訓の日々

 

 四谷は勝負をした次の日から早速バッティング練習に付き合ってくれた。

 

「違う、そのスイングじゃ打球が上がらない。もっとバットを軌道に乗せるように…こう、だ」

 

「う――ん、頭では分かりますけど。実際やれって言われると難しいですね」

 

「付き合ってくれと言ってきたのはお前だろう。それとも諦めるか?」

 

「ハッ!言ってくれますねぇ四谷さん!諦めるわけないじゃないですか!!」

 

 減らず口を叩きながらバッティングを続ける。確かに漆原監督が言っていたように四谷の指導はしっかりとしたものだった。どうスイングすれば長打が増えるか。より遠くに飛ばすために必要なスイングスピード、体全体を使ったスイング、弾道の高さ、それらすべてを身につけるためにはロングティーが効果的らしく、四谷はスラッガーとして必要な素養はロングティーで身に着けたと言っていたのを覚えている。

 

片付けを自分たちがやる事を前提に、既に二軍コーチからの許可は貰ってある。普段の練習が終わった時間を利用して、追加で練習に付き合ってもらっているのだ。まず四谷の言われたとおりにスイングし、細かい指摘を受けて修正する事の繰り返し。5日これを続けた事で、打球の飛距離はみるみるうちに伸びていった。

 

「にしても、勿体ないっすねぇ」

 

 休憩中、ベンチでスポーツドリンクを片手にぼそりと呟いた。四谷は自分の練習もしたいからとロングティーに熱中しているが、打球は俺よりも飛んでいない。彼のバッティングセンスの凄さは隣で見ていたから分かる。なのに今は調子が悪いのか、それとも怪我がまだ尾を引いているのか。そのどちらかを知る術はないが、あそこまで実績のある彼がこのままくすぶっているのはあまりにも勿体ないような気がしてならない。

 

「よっ!何が勿体ないって?」

 

「あ、ムスカさん。これはどうも」

 

「誰がラピュタの王じゃい。六笠(むかさ)だ馬鹿野郎。…ったく、それにしても、お前と四谷さんが一緒に練習するなんてな」

 

 隣でよっこいせ、と声を上げながら腰掛けるのは去年ドラフトで指名された社会人出身のショート六笠 等(むかさ ひとし)だ。地味ながら安定した守備に加え、卓越したインコースへの対応力を持っている。彼も先日の騒動を傍から見ていたようで、俺と四谷さんの仲を心配していたらしい。

 

「まぁ勝負に勝って練習に付き合ってもらう約束をしましたから」

 

 勝負?と頭にクエスチョンマークを浮かべる六笠をよそに、話を続ける。

 

「勿体ないって言ったのは四谷さんの事ですよ。…あれだけのバッティングセンスを持ってるのに二軍にいるままなんて」

 

「まぁ実績だけで打てれば世話ないわな。四谷さんもそろそろモデルチェンジする時なんじゃね」

 

「モデルチェンジ?」

 

「ほら、よくあるだろ?速球派だった投手がある時を境に技巧派になったりだとか、若い頃は俊足がウリだった選手がベテランになって巧打で存在感を示すようになったりとかさ」

 

「…あ、そっか。そうすればいいんだ!」

 

「お、おぉ。納得してくれたんなら何よりだけど」

 

「じゃあ六笠さん、練習に付き合ってください」

 

「ほぇ?」

 

 四谷が振るバットの音と、六笠の素っ頓狂な声が夕方の空に溶けて消えた。

 

 

 六笠等は困惑していた。以前の試合でいがみ合っていたベテランの四谷と若手の一原が、仲良くバッティング練習をするようになったのは別にいい。二人の間に何があったかは全く知らないが、その光景は大変微笑ましいものと言えるだろう。ただ、それにしたってなぁ…

 

「何で俺まで巻き込まれてるんだよッ!!」

 

「うるさいですよ六笠さん」

 

 六笠の虚しい叫び声が球場内に響く。どう考えてもおかしい、どうしてこんな事態になったのか。二軍での試合とその後の練習を消化して、寮に帰ろうとしたところを一原に呼び止められたと思えばこれだ。バッターボックスでは四谷が我関せずという様子で黙々と打ちこんでいる。

 

「ぜぇ、ぜぇ…。叫んでちょっと落ち着いた。…で、何でわざわざ俺を呼び止めたんだ?」

 

「それはですね…」

 

「それは…?」

 

 ごくり、と唾を飲み込む音がして、沈黙と緊張が辺り一帯を走る。一瞬とも長い間ともとれる沈黙の後、ようやく一原が口を開いた。

 

「……ぶっちゃけ近くにいたからです」

 

「おうちかえる」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!冗談、冗談ですから!!」

 

 荷物を整理しようとする六笠のユニフォームを、一原が引っ張って引き止める。

 

「離せ――!!どうせお前だって俺の事を何の特徴もない地味な男だと思ってんだろー!!」

 

 何かしらのコンプレックスを刺激されたらしい六笠の言葉に一原は若干言いよどむ。確かに彼は外見にも野球に関してもあまり目立つようなタイプではない。率直に言ってしまえば確かに一原は彼の事を地味な人だと思っていた。

 

「分かりましたよ。本当の事を話しますから…ね?一旦落ち着いてください」

 

「…うう。本当だろうな?」

 

 これはおだてておかないとまずい。普段コミュニケーションを得意としない一原でも流石にそれを悟った。

 

「ほら、六笠さんって社会人時代は巧打の右打者として活躍していたじゃないですか。その実績がある六笠さんなら四谷さんのモデルチェンジに付き合ってくれると思いまして」

 

「な、何だよ~、褒めたって何も出やしないんだからな~」

 

 今度は顔をパアッとほころばせる六笠。コロコロと表情を変える彼を前に一原は詐欺か何かに騙されやしないか心配になる。

 

「…でも、お前は自分のバッティングを教えてもらえればそれでいいんじゃないのか?てっきり俺はそんな風に思ってたけど」

 

 六笠がそう言うと、一原は不思議そうに首をかしげた。

 

「俺だけ一方的に教えてもらうのもおかしな話じゃないですか。こういうのはお互いにウィンウィンの関係じゃないと」

 

「ふーん…。お前って変なところで律儀なのな」

 

「何ですか、変なところって。ほら、早く行きますよ」

 

 どこか納得したような六笠を半ば引きずりながら一原は四谷の元へと歩き出した。

 

 

 

「…遅かったな、待ちかねたぞ」

 

「ひえっ」

 

 鋭い四谷の視線を前にして咄嗟に六笠は自分の後ろに隠れる。呆れた、せめて普通に話すくらいは出来てほしかった。

 

「いつも一緒に野球をしてるじゃないですか。何をそんなに怖がってるんですか」

 

「い、いやいやあの視線を真っ直ぐに受けるのは流石に恐ろしいって!逆に何でお前は平気なんだよ!」

 

 何でって言われても…まぁ確かに四谷さんの目つきは一般的に見てもかなり怖い方だとは思うけど、実際は言葉選びのセンスが絶望的に悪いだけで、悪い人じゃない。この前の言葉だって後から聞けば怪我を心配して言ったらしい。それならそうと言ってくれればいいのに、不器用にもほどがあるでしょ。それはそうとして、面倒くさいけど目の前の問題を解決しなくては。

 

「四谷さん、顔が怖いらしいんでもう少しマイルドな顔出来ませんか」

 

 怯える六笠をひとまず置き去りにして、彼に聞こえないように声を潜めて話しかける。そう言うと四谷は顔をもごもごさせた後、歪んだ笑顔を見せた。あっ、ダメだこのパターンは。

 

「ひええ、何、威嚇!?怖いぃ!」

 

 …帰りたい。というか、帰ろうかな。ともかく、早く練習がしたい。漫才のような二人の掛け合いを見て、俺は心底そう思った。

 

「…もういいんで、始めますよ」

 

「…?何を始めるんだ?」

 

 ごほん、と一つ咳払いをして間を置く。これから大事な話をする、という事を暗に示す合図のようなものだ。

 

「つかぬ事をお聞きしますけど。四谷さん、あなたは今の自分のバッティングに満足してるんですか?」

 

「まさか。満足はしていない。だからこうして練習を続けているんだ」

 

「四谷さんも薄々気付いているんじゃないんですか」

 

「何にだ」

 

 本当は四谷も分かっているはずだ。気づかないふりをしているのかは知ったこっちゃないが、恐らく認めてしまうのが怖いのだ。野手転向を打診された時の俺だってそうだった。だけど言わないと始まらない。前に進めないのだ。それを分かっているから遠慮なく言葉を発する。

 

「今のままじゃ通用しないってことです。このままじゃ、数年後には戦力外ですよ」

 

 沈黙が俺たち三人の間を包む。四谷は顔を伏せて何やら考えこんでいたようだったが、しばらくしてようやく絞り出すように話し出した。

 

「……そうか。お前たちからしても、そう見えるか」

 

「だから、モデルチェンジしましょう。俺たちも手伝いますから」

 

「は?モデルチェンジ?」

 

 少し四谷が興味を示したように見えた。しめた、これはチャンスだ。畳みかけるように話を続ける。

 

「変わる時は今です!今こそ長距離打者から新しい自分に転身する時です!そのために六笠さんも連れてきたんですから」

 

「ど、ど~も~」

 

 遠慮がちに六笠が手をふる。この期に及んでまだ四谷を怖がってるのはどうなのか。

 

「分かった、やろう。…元より俺は怪我で一度死んだようなものだ。まだこの世界で野球を続けていけるなら、俺はその可能性にかけたい」

 

「よし、それじゃあ決まりですね。時間ももったいないんでそろそろ練習しましょう」

 

 かくして二人(・・)の特訓の日々が幕を開けた。

 

 

 俺たち二人の特訓が始まって3日が過ぎた。六笠の指導のもと練習を続けていたが、今のところ目立った変化は見られない。

 

「そもそもですけど、四谷さんってどういう事を考えて打席に入っているんですか」

 

「とにかく鋭くスイングする事。あとはストレートに力負けしないこと。今まではとにかくそれだけを強く意識していれば上手くいってたんだが」

 

「ははぁ、要するにほとんど感覚で打ってたわけですね。ちくしょう、これだから天才ってやつは!」

 

 何やら叫んでいる六笠の事はひとまず置いといて、きがかりなのは四谷の方だ。やはり今までやってきたことを変える事はどうにも簡単にいかない。高く打ち上げるようなアッパースイングから、鋭い打球を飛ばせるようなレベルスイングの練習を試してみたはいいものの、これもどうにも納得がいっていない様子だ。

 

 一旦休憩してくると言って四谷はベンチへと引き上げていった。ぽつんと残された俺たち二人はこれからの事について話し合うことにした。このままじゃあダメだ、だけどいい方法が見つからない。

 

「完全に行き詰ったな。ここからどうすりゃいいんだ?」

 

「分かりませんけど、とにかくいろんな方法を試してみるほか無さそうですね」

 

「というか俺も練習していい?何か二人を見てたら俺も頑張らないといけないような気がしてさ」

 

「まぁ別に構いませんけど」

 

「じゃぁ四谷さんのバットを拝借して…って何じゃこのバット!?重ッ!!」

 

「そんなにですか?…うわ、本当だ。重い」

 

 四谷のバットを持ち上げるとずしりとした木の重みが両腕にのしかかる。そこで気が付いた。どうやら俺たちは初歩的な所を見落としていたらしい。四谷が普段どんなバットを使っているかなんて考えたこともなかった。ちょうど四谷が休憩を終えて戻ってくる。ベンチ裏で顔を洗っていたようで、前髪や眉毛がかすかに濡れていた。

 

「四谷さん、今まで重いバットを使っていたんですね」

 

「…?あぁ、その方が長打を打ちやすかったからな」

 

「打てなくなった原因、ひょっとしたらこれかもしれません。試しにちょっと俺のバットを使ってみませんか?」

 

「分かった。お前がそう言うのならやってみよう」

 

 そういって四谷は俺が差し出したバットを受け取ると、軽く素振りを始めた。10回ほど振ったところで納得したように頷いた。

 

「…打ちやすい」

 

「バットの重みが違うんで長打は以前ほどは打てないと思います。それでもヒットは打ちやすくなるんじゃないんですかね」

 

 たった数十グラムの違い。されどそれで劇的に変化するほど、野球選手というものは繊細なのだ。

 

「これからはこれと同じ重さのバットを使おう。六笠、このバットはお前にやるよ。練習に付き合ってもらった礼だ」

 

「えっ、いいんですか!?じゃあついでにサインもお願いします!」

 

 眼を細めながら注文をつける六笠。打ち解けたら急に図太いなこの人。それでいいのか六笠よ。それにしても、何だか思っていたよりずっと簡単に解決した気がする。…でも、まぁいいか。解決したんならそれで。

 

 その日を境に四谷の打率は飛躍的に向上した。直近5試合での打率は5割に迫る勢いで、特に得点圏では当然のようにヒットを量産した。

 

 そして、4月も終わりにさしかかろうとしたころ。

 

「おめでとう。今日からお前ら二人は一軍合流だとよ」

 

 俺と四谷の一軍行きが決定した。




今回の選手名鑑はお休みです
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