魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Disce libens.(dies irae)


【序 章】転生前
01:プロローグ


「ああ…………」

 

 『座』すら砕け散った万象の欠片…………煌く星々のような輝きに包まれて、男が漂う。

 その身は下半身も両腕も消失し頭部と胴体のみ。

 その胴体すら深く切れ目が入り、首すら千切れかけている。

 どう控えめに見ても死の淵、今この瞬間に死んでいないことが不思議なくらいの有り様だ。

 

「やはり、こうなってしまったか」

 

 ファウスト、パラケルスス、サン・ジェルマン、カリオストロ、カール・エルンスト・クラフト、メルクリウス……

 数多の名をもつその男……否、それは写し身の名でしかない。

 今ここで死に瀕しているのは本体、世界の法則を定める『座』に居す双蛇だ。

 

「違うのだよ、ハイドリヒ…………私とおまえが争ったところで既知は晴れん。

 ここが私の、これが私の回帰点だ。何も成せず、成そうとせず、己が自滅の因子と食い合い、消える。それが気に食わぬと言ってまた同じことを繰り返す。

 何度やっても、懲りんものだ。予感は、あったのだがな…………」

 

 神とも呼ぶべき存在がこのような無残な姿を晒しているのは、その口から洩れた名の主によるもの。

 ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。

 聖槍十三騎士団黒円卓第1位にして首領。髑髏の軍勢をその身に飲み込んだ墓の王。

 愛すべからざる光、忌むべき黄金、黄金の獣、破壊公とも呼ばれたその友との激突によるものだ。

 しかし、周囲にその姿は無い。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 男は自嘲する。

 

「なぜなら今が、私の流出の起点なのだ」

 

 『流出』、エイヴィヒカイトの第四位階にして『座』に到達する手段。自身の渇望を溢れ出させ、世界を塗り替える神の所業。

 男の渇望は「やり直したい」。

 この結末が気に食わぬから、やり直したいと渇望している。その狂おしい思いが消えぬ限り、永劫回帰は終わらない。

 

「諦めることが出来れば、よいのだがな…………」

 

 自身でも無理だと思っていることを口に出す。

 

「もう一度、あと一度だけでも…………」

 

 その愚かな思いを捨てられない。

 

「口惜しいのだ。次こそはという妄執を切り離せん」

 

 ゆえにこれより、都合何度目になるか分からぬ流出が始まる。この結末を回避するため、再度母の胎内に還るのだろう。既知の毒に苛まれながら…………

 『座』には時間の概念が存在しない。流出した己がその果てに流出が行うという矛盾すら認められる。

 鶏が先か卵が先か、そんな論争はここでは意味を為さない。

 

「ふふ、ふふふふふ…………」

 

 諦観と共に男は自嘲する。

 いや、それを諦観と呼んでいいものか。

 何故なら男は「諦められない」からこそ自嘲しているのだから。

 

 いい加減に擦り切れればいい。

 いい加減に目を閉じればいい・。

 ああ、あるいは、自分と同じく今もこの場を漂っているだろう盟友と、永劫戯れ続けるのも一興ではないか。

 

「何処にいる、ハイドリヒ。今のうちに私を殺さねば、元の木阿弥だぞ。

 私を破壊するのだろう。破壊してくれよ。自分では死ねない。

 私はつまらぬ男なのだ。行く道が地獄と知りながら歩を止められん。

 ゆえに、なあ、頼む友よ。早く私を…………」

 

 無意味な問い掛けと薄々気付きながらも姿の見えない友であり殺しあった存在へと呼び掛ける。

 しかし、この境地へ至って漸く思い出した記憶は残酷な答えを返す。

 その言葉は叶わない。叶わないからこそ男は何度も繰り返してきたのだ。

 この苦しみから救ってほしいと思いながらも、しかし流出は始まりかけている。真実の渇望は呆れ返るほど頑迷で、さらなるやり直しを止められない。

 

「無為か…………では万年を数度越えた先でまた逢おう。

 私はおまえを見つけ出す。ゆえにおまえも私に気付いてくれ。

 次に我が望みが外れたとき、今度こそは殺してくれよ」

 

 そう、願いながら…………

 

「許されよ、愛しの女神…………次こそは…………」

 

 砕け散る身体と共に、目を閉じようとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ待て、カール」

 

 そんな言葉と共に黄金の槍が男の身体に突き刺さる。

 流れ広がろうとする男の身体を、その一突きが止めていた。

 槍の柄を握るのはたなびく鬣の様な黄金の髪と黄金の眼を持つ美貌の男、ラインハルト・ハイドリヒ。

 その身は双蛇と同じく傷付いており、纏っていた黒の外套もボロボロの状態だが、変わらぬ威圧感を放っている。

 

「───────っ!?」

 

 瞠目する。何が起きたのか理解できない。なぜならこんな展開は知らないのだ。

 

「ぁ、…………ぉ………………ぁ………………」

 

 漏れる声は言葉にならない。痛みではなく驚愕故に。

 

「ふむ……卿の女神でなくて済まないな。しかし、構うまい?

 こうして止められることは卿も心の半ばで望んだことであろう」

「それは……そうだが、いや……しかし……」

 

 漸く言葉を発することが出来るようになった双蛇。

 しかし、未だに混乱は著しく口籠るばかり。

 彼を知る者が見れば常にないその姿に目を見張るだろう。

 

「流石の卿も戸惑うか。しかし、生憎と時間がない。

 卿には選択してもらう」

「選択?」

「そうだ。かねてよりの定めにより私はこれから新たな領域へと旅立つ。

 その旅路に卿も着いて来てもらいたいのだ、カール。

 なに、退屈はさせんよ。我らを待つのは全く新しい世界、未知なる世界だ」

「未知なる世界?そのようなものが……」

 

 『座』に在るということは世界の全ての礎であるということ。

 この世界の何処にも、そして過去から未来の何れにも双蛇にとって未知など存在しない。

 それを知る筈の黄金はしかし……

 

「あるとも」

 

 ハッキリと断言する。

 

「信じ難いのも理解出来るが、卿の知る『世界』は数多の中の一でしかない。

 この世界の外には更なる世界が存在する」

「………………………………」

 

 信じ難い。信じられない。しかし、目の前の友が嘘を述べる様な者でないことも重々承知している。

 ならば、未知なる世界というのも本当なのかも知れない。

 しかし、それを信じるとしても今度は彼の未練がそれを良しとしない。

 自分はかの女神を……

 そう返そうとして目の前の友に目を向けた彼はその美貌を見て思わず言葉を飲み込む。

 

「なぁ、カール……我が友よ。もう良いではないか。

 擦り切れるほど座に在り続け繰り返して来たのだろう?

 この世界の『座』は卿の女神に委ね、私と共に来い」

 

 穏やかな微笑は黄金の良く見る表情であるが、その時の笑みは決定的に異なっていた。

 真摯なそれに双蛇は思わず最愛の女神の微笑を幻視する。

 

「ああ、貴方は最高の友だよ、獣殿。ゆえに幕を下ろして共に行こう」

 

 微笑んで、永劫の永劫倍『座』に在り続けた道化師は──

 

芝居は終わりだ(Acta est fabula)

 

 ──黄金の獣に飲み込まれた。


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