魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Burlesque(dies irae)


10:秒読み

 新暦60年。

 正史のP・T事件が始まるまで5年に迫ったこの時、第97管理外世界地球の海鳴市は表面上は概ね正史通りの様相となっていた。

 しかし、その裏では様々なことが正史からずれ始めていた。

 

 大きな差異としては正史には存在しない建物が2つ存在している。

 1つはゲルマニアグループの第二本部であるビル群、駅前の一等地に聳えるそれは海鳴市だけでなく日本全体の経済を掌握している。

 もう1つは海鳴教会、50年以上の歴史を持つプロテスタント系のその教会は郊外の小高い丘の上にあり、昼間は信者がそれなりに集まるが夜は辺りも含めて人気が無い場所となっている。。

 この2つの建物は双方ともガレア帝国の聖槍十三騎士団の海鳴市における拠点として機能していた。

 前者にはラインハルト・ハイドリヒ、ベアトリス・キルヒアイゼン、櫻井蛍の3名が待機し、グループの仕事に従事している。

 後者はヴァレリア・トリファとリザ・ブレンナーが担当している。また、操主であるリザ・ブレンナーがいるため、トバルカインも教会地下にて待機となっている。

 

 ちなみに、ヴィルヘルム、イザーク、マキナ、ルサルカ、エレオノーレ、そしてシュライバーの6名は『城』に待機。

 シュピーネとメルクリウスは別任務で不在、番外のイクスヴェリアは宰相の仕事があるためガレア帝国の本国待機となっている。

 

 2つの建物は何れもメルクリウス謹製の強固な結界で守られており、完璧な隠蔽を行っていた。

 また物質面での防備も完璧であり、一国の軍を相手に出来るだけの装備や防備がたった2つの建物に凝縮されている。

 

 

 それ以外の差異は目に見えることではなく気付く者は存在しなかったが、現在の海鳴市はラインハルトが散布させたナノマシンとサーチャーが大量に浮遊していた。

 機械と魔導の両面をカバーするべく用意されたそれらは実に5000万機という狂気的な数が使用されており、海鳴市内のありとあらゆる情報をゲルマニア第二本部ビルと海鳴教会へと送っていた。

 勿論、それだけの大量のデータを処理するためにはビルの1フロアを全て使い切る形で設置されたスーパーコンピュータが必要になったが、特定のキーワードに掛かったデータは即座に報告が発せられる仕組みを構築している。

 

 無論、情報収集の対象は海鳴市だけではない。

 ラインハルトが最も重視しているのは正史における主要人物の動向と転生者の情報だ。

 情報の内容からして主な情報収集範囲は海鳴市の他にミッドチルダとなる。

 正史における主要人物は大抵がそのどちらかにおり、また転生者もその近くに存在することを望む可能性が高いためだ。

 しかし、正史の主要人物の動向は兎も角、転生者の情報は思うように集まってはいなかった。

 

 

【Side ラインハルト】

 

「ふむ、現時点で転生者と思しき者は2名のみか」

 

 ゲルマニア第二本部ビルの最上階に設けた執務室で集積した情報を閲覧しながら呟く。

 手元に空間ディスプレイで表示しているのは転生者と思しき対象のプロフィールだ。

 とは言え、自身を除いて6人存在する筈の転生者の内、特定が出来ているのは僅か2名に過ぎない。

 

 1人目は高町まどか。

 名字から分かる通り高町家の娘であり、正史における主人公である高町なのはの双子の姉に当たる。

 正史に存在しない高町家の次女が存在する時点で転生者の可能性が非常に高い。

 無論、正史とのズレにより生まれただけと言う可能性もあるが、年齢に見合わぬ言動が端々に見受けられることから転生者と断定して問題ないと思われる。

 正史の主要人物の身内に生まれたのは偶然とは思えず、何らかの特典の結果と思われる。

 

 2人目はテスラ・フレイトライナー。

 管理局の高官の娘であり、8歳に入局後わずか1年で執務官試験に合格し史上最年少の執務官となった少女だ。

 正史での史上最年少の執務官はクロノ・ハラオウンだった筈であり、正史には存在しなかった人物であることは間違いない。

 わずか9歳にしてSランクオーバーの実力を持っていると見做されており、本局のエースとして活躍している。

 魔導における才能が非常に高いことから、おそらくキャスターのカードを選択した転生者であり、転生特典は魔法の才能と推測される。

 

 上記の2人はそれぞれ特徴的で目立ったために転生者として断定し易かったが、それ以外の者については特定が難しい。

 ミッドチルダにおいては管理局において目立った活躍をしているものと、聖王教会でレアスキルの認定を受けたものを重点的にチェックしているが、現時点では前述のフレイトライナー執務官のみが見付かっただけで他には目ぼしい人物が見当たらない。

 地球においては海鳴市を中心的に満遍なく情報収集を行っているが、考えてみれば転生時に選択することが出来るのは国までであり、市までは特定出来ない。

 転生先に地球を選択する転生者が1人しかいないというのは考え難いため、おそらくは別の土地に誕生しているものと思われる。

 正史への介入を目論む転生者であれば海鳴市を訪れる可能性も高いと考えたが、高町なのはとの年齢差を15年以上で指定していなければ現在は未成年ということになる。親に養われている人間であれば、介入を目的としていたとしても自由に住処を変えることは出来ないだろう。

 まぁ、介入目的の転生者であればジュエルシードが海鳴市に落下する時にはここを訪れるであろうから、今はそれを待つ以外にあるまい。

 

 現時点におけるこれ以上の情報を諦め、デスクから一枚の紙を取り出し眺める。

 

 

 

【Side ベアトリス】

 

 

 ノックをしてハイドリヒ卿の執務室に入室すると、ハイドリヒ卿は空間ディスプレイやPCの画面ではなく1枚の紙を眺めていた。

 それ自体が珍しい光景だが、それ以上に珍しいことに何かを悩んでおられる様に見えた。

 

「あの、ハイドリヒ卿?」

「ん? ああ、ヴァルキュリアか」

 

 入室許可は貰っていたがおざなりだったらしく、声を掛けて始めてこちらに気付いたようだった。

 

「何をご覧になっているのですか?」

 

 常になく集中している様に、彼の持つ紙の内容が気に掛かり思わず問い掛けてしまう。

 

「ああ、これは……そうだな、卿でよいか」

「は?」

 

 質問に答えて頂けるのかと思いきや、突然何かを納得した様子で手に持っていた紙を折り畳んでポケットにしまい立ち上がるハイドリヒ卿。

 そのまま外套を羽織り部屋の入り口へと向かうところを見ると、どうやら外出されるつもりらしい。

 

「何をしている。 行くぞ?」

「え? あ? え?」

 

 突然声を掛けられ、戸惑ってしまう。

 何故か私も着いていくことになっているらしいが、何処に行くかすら聞かされていない。

 しかし、聞く間もなくハイドリヒ卿は既に部屋を出ようとしており、慌てて追い掛ける。

 

 廊下を少し先まで進んでいた上官に小走りで追い付き問い掛ける。

 

「あ、あの~、何処に行かれるのですか?」

「行けば分かる。何、すぐそこだ」

 

 答えになっていない応えを返し、そのままとスタスタとエレベータに向かう黄金の獣。

 身長が高く歩幅が違うため、着いていこうとするとどうしても小走りになってしまう。

 会長室直通の専用エレベータに乗り、1階へと降りる。

 周りの視線を集めながらも、ハイドリヒ卿は気にすることなく正面玄関から外に出る。

 車は使わないようなので駅に向かうのかと思いきや、逆に向かい10数メートル先の店の入口をくぐった。

 

「へ?」

 

 すぐ後ろを付いて行っていたためにつられて入口をくぐってからその事実に気付く。

 入った店はこじんまりとした喫茶店だった。

 昼過ぎの時間のためか、店内はそれほど混んでいなかった。

 

「いらっしゃいませ。 店内をご利用ですか?」

 

 栗色の長い髪をした若い女性店員が問い掛けてくる。

 

「ああ、2名で頼む」

「承知致しました。 こちらの席にどうぞ」

 

 窓際の4人掛けのテーブル席に案内され、お冷が入ったグラスが2つ置かれる。

 

「お決まりになりましたら、お声掛け下さい」

 

 頭を下げて入口の方へと戻る店員を尻目に、ハイドリヒ卿は早くも席に座り置いてあったメニューに目を通している。

 立っているのも間抜けかと思いハイドリヒ卿の正面に座ると、既にメニューを決められたのか持っていたメニューを渡される。

 

「あの、ここが目的地ですか?」

「無論、その通りだが?」

 

 その答えに思わず肩を落とす。

 

「先程執務室でご覧になっていた紙は?」

「この店の出店案内のチラシだ」

 

 肩を落とすだけでは足りず、思わずテーブルに突っ伏してしまった。

 悩んでいたら突然外出しだすので何処に連れて行かれるかと戦々恐々としていたら、行き先は喫茶店。

 擦り減った私の精神を補填して欲しい。

 

「……何で私を連れて来られたんですか?」

「一押しで宣伝されているシュークリームに興味があったのだが、1人で訪れ甘味を頼むのも絵的にどうかと思ってな。

 丁度いい所に卿が来たから付き合って貰った」

 

 確かにいい歳した男性が喫茶店で1人で甘い物を頼み難いというのは分からなくもないですが、何故私が。

 と言うか、この人がそんな真っ当な感性を持ち合わせていたことがまず驚きです。

 

「それで、注文は決まったか?」

「ええと、ハイドリヒ卿……じゃなかった、会長は何を頼まれるんですか?」

 

 人目があることを思い出し、呼び方を改める。

 現在ここに居るのは聖槍十三騎士団の首領と第5位ではなく、ゲルマニアグループの会長と秘書だ。

 

「シュークリームとコーヒーだな」

「では、私もそれで」

 

 先程の話ではシュークリームがウリらしいから頼んでおいて損はあるまい。

 私も甘いものは嫌いではない、むしろ好きだ。

 どちらかと言えば紅茶派の私だが、このお店のカウンターを見る限りではコーヒーが充実してそうなので、飲み物はそちらにする。

 

「そうか」

 

 ハイドリヒ卿は頷くと、手を挙げて店員を呼ぶ。

 先程の女性店員がメモを片手に寄ってくる。

 

「お決まりでしょうか?」

「ああ。 シュークリームを6個とコーヒーを2つ頼む」

 

 6個!?

 不意打ちで告げられた予想以上の数に愕然とする私の前で注文はそのまま受けられてしまう。

 

「シュークリーム6個とコーヒーが2つですね。 かしこまりました。

 シュークリームは全て店内でお召し上がりですか?」

「ああ」

 

 この場にはハイドリヒ卿と私の2人しか居ないわけで、6個のシュークリームを2人で片付けなければならない。

 つまり1人頭3個になるわけで……私も3個も食べなきゃダメってことですか?

 しかも、ショーウィンドウにあるシュークリームを見る限り、結構大きい。

 そりゃエイヴィヒカイトを習得しているから体重とかの心配はないですが、単純に物理的にキツいんですけど。

 ジト目で見る私に気付いたハイドリヒ卿が一言。

 

「ん? 3個では足りないか?」

 

 思わず頭を抱えた。

 この人、悪意の欠片もなく3個くらいは食べて当然って思ってる。

 

「いえ、十分です。 十分過ぎます」

「遠慮することはないぞ。

 無論、卿に支払わせるつもりもない」

 

 そういうことではないんですけど、まぁ奢りに関しては有り難く受取っておきます。

 

「これ以上食べると夕食が入らなくなりますよ」

「む、それもそうか」

 

 納得して貰えたのか、追加注文は回避出来た。

 そもそも3個の時点で夕食が食べられるか既に微妙ですが……。

 

 

 席に置かれていたお冷に口を付けながらふと現状を思い返して考えてみれば、ハイドリヒ卿と2人きりで喫茶店でお茶をしているこの状況は傍から見ればデートにしか見えないことに気付く。

 そこまで考えて思わず青褪めた。

 私、もしかして絶体絶命のピンチなのでは?

 このことが『城』のヴィッテンブルグ少佐や本国に居るイクスヴェリア殿下に知られたら、ハイドリヒ卿に恋愛感情混じりの崇拝を捧げている彼女たちの事だ、一体何をされることか。

 魔砲でこんがり焼かれたり人形に袋叩きにされる未来が脳裏に浮かび戦慄する。

 

「お待たせ致しました。 ご注文の品をお持ち致しました」

 

 悪い方に転がっていく私の思考を断ち切る形で店員さんがトレイに注文の品を載せて運んできた。

 そしてシュークリームの載った皿とコーヒーをそれぞれの前に置く。

 コーヒーの良い香りが漂ってきて落ち込みそうになっていた気分が戻る。

 こうなったら開き直り役得と思って味を楽しむとしよう。

 どのみち、今から逃げても無礼を働いたと逆効果になるだけだから手遅れだ。

 

「いただきます」

 

 シュークリームを1つ手に取り、齧る。

 サクッとした食感の衣に包まれた濃厚なクリームの味が口の中に広がり多幸感に包まれる。

 期待していた以上の味に頬が緩む。

 ついつい2口3口と進んでしまい、あっと言う間に1つ食べ終えてしまう。

 甘さが残る口に一息つく為にコーヒーに手を伸ばして口元に運ぶと先程から感じていた良い香りが鼻腔に広がる。

 ブラックは苦手であまり飲まないが、この香りにミルクを混ぜることに気が引けたため、そのまま口にする。

 程良い苦みのそれはブラックのままでも飲み易く、シュークリームとの相性も抜群だった。

 

 ふと対面を見ると、ハイドリヒ卿は既に2つめのシュークリームに手を伸ばしている。

 表情に浮かぶのは普段と変わらない薄い微笑みだが、心なしか嬉しそうに見える。

 先程の注文の際にも思ったが、この人、実は結構な甘党みたいだ。

 こうしてシュークリームを頬張っている姿を見ると、髑髏の軍勢を率いる墓の王であることも世界を超える帝国を統べる皇帝であることも信じられない。

 ついでに言えば、改めて間近で見るととんでもない美形である。

 まばらとは言え客は何人か居るが大半が女性であり、その全ての視線がハイドリヒ卿に集中している。

 一緒に居る私の方にも時折嫉妬混じりの視線がぶつけられており、少し鬱陶しい。

 

「ベアトリス」

 

 外であるから魔名ではなく本名の方で呼ばれたのだろうが、いきなりファーストネームを呼び捨てにされてドキッとしてしまう。

 顔が赤くなっていないか、ちょっと気になる。

 

「何ですか、会長?」

「この店、営業に支障が無い様に支援しておけ」

 

 何を言われるかと期待していたところにそんな言葉を貰いまたしてもガクッと肩を落とす。

 まぁ、この方を相手に色気のある展開なんてあるわけないと薄々分かっていましたし、そんな展開になったらなったで困りますが。

 それにしても、見事な程に私的流用な指示ですね。

 余程気に入られたのでしょう。まぁ、美味しいのは確かですが。

 

「了解です」

 

 私としても当たりのお店が続いてくれるのは望むところなので変な指摘はせずに乗っておく。

 ふと気付けば、お互いに最後の1つを飲み込むところだった。

 3個とか絶対多いと思っていたが、いざ食べ始めるとあっさりと食べ尽くしてしまった。

 ……予想通り夕食が入らない程に満腹ですけど。

 

「ふむ、満足だ」

 

 そう言うと、何故か再度手を挙げて店員を呼ぶハイドリヒ卿。

 

「お呼びでしょうか」

「ああ。シュークリームを20個、持ち帰りで頼めるか」

 

 持ち帰りで追加注文!?

 しかも20個!?

 

「かしこまりました。

 お会計の際にお渡し致します」

 

 伝票を重ねて置き、店員が下がっていく。

 

「ま、まだ召し上がるのですか?」

 

 恐る恐る尋ねる私に、不思議そうな顔が向けられる。

 

「食べはするが……主目的は土産だ。

 イクスにザミエル、マレウス、バビロン、レオンハルト辺りに配ってやれ」

 

 私が配るんですか!?

 思わず口から出そうになる叫びを必死に抑える。

 そもそも、その女性陣5人のうち3人はこの世界にすら居ないんですけど。

 転移して配って回れと仰います?

 ああ、もう分かりましたよ。配ればいいんでしょ、配れば。

 

「さて、出るとするか」

 

 伝票を持ち入口へと向かうハイドリヒ卿の後ろを肩を落としながらトボトボと私は着いていくのだった。

 

 

【Side out】

 

 海鳴市の駅前にある喫茶店「翠屋」はこの数ヵ月後にマスターが重傷を負って入院してしまい、経営の危機となる。

 しかし、ゲルマニアグループ会長秘書の名刺を持つ金髪の女性が支援を申し出、選択肢の無かったパティシエ高町桃子は藁にも縋る思いでその申し出を受ける。

 資金面と経営コンサルタントの派遣の両面からの支援を受け、翠屋は経営を持ち直し高町家の生活も安定するのだった。

 なお、全治数ヶ月は掛かると診断されていた高町士郎は予想以上の回復力で1ヶ月ほどで全快し退院した。

 それが青髪のシスターが見舞いに訪れたことと結び付けるものは居なかった。

 また、その背後には気に入ったコーヒーが飲めないことが不満だった黄金の獣が居ることなど誰も知らない。




(後書き)
 たまには日常回、ここまでを以って第1章は完了です。
 次話より原作開始のため、章を変えて第2章になります。

 ちなみに原作キャラの家族に転生するケースは時折見掛けますが、本作ではルール上直接指定は出来ません。

 それと、マイルド獣殿のマイルド要素を幾つか挙げておきます。

  ①女性に優しい
  ②甘い物が好き
  ③ネコ好き

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