魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:【side 高町まどか】楽しい休日(nanoha)
      【同 夕刻以降】Jenzelts(dies irae)

Caution! 残酷描写注意


【第2章】無印
11:崩れる物語


 夜の森の中、黒い大きな毛玉の様な生き物が紅い眼を光らせ唸り声をあげながら茂みから姿を見せる。

 その視線の先に居た民族衣装を着た少年金髪の少年が身体から血を流しながらも紅い宝玉を持った手を翳す。

 翳した手を中心に翠色の円形の陣が広がる。

 一方黒い獣は猛スピードで疾走し、少年へと迫る。

 

「妙なる響き光となれ 許されざるものを封印の輪に!

 ジュエルシード封印!」

 

 飛びかかってきた黒い獣はしばらく拮抗するも少年の手から発する光に吹き飛ばされ、血肉が飛び散る。

 傷付いたそれは、身体を引き摺るようにして逃げていった。

 

「逃がしちゃった……追いかけ……なきゃ……」

 

 しかし、少年は力尽きたのかその場に倒れ込む。

 倒れた少年は翠色の光を放ちながらその姿を変えていく。

 

「誰か僕の声を聞いて……力を貸して……魔法のち」

 

 

 映像はそこでテレビを切る様に唐突に途切れた。

 

 

【Side 高町まどか】

 

 目覚まし代わりにしている携帯の音に目を醒ます。

 

「今の夢……そう、始まったんだ」

 

 

 私、高町まどか。

 私立聖祥大付属小学校に通う小学三年生。 ここ高町家においては4人兄弟の次女に当たります。

 上に大学生の兄1人と高校生の姉1人、そして双子の妹が居ます。

 

 そんなことより、重要なのは今の夢。

 ユーノ・スクライアがジュエルシードの暴走体と戦って傷付き倒れる姿。

 つまり正史の通りにここ海鳴市にジュエルシードがばら撒かれたことを意味する。

 何故そんなことが分かるかと言えば、私が転生者と呼ぶべき存在だからだ。

 この世界で起きることがフィクションとして作品化されている世界から、神によって送り込まれた転生者。

 私を含め7人の転生者がこの世界に生まれ、そしてルールに従えば殺し合わなければならない。

 正直殺し合いとか絶対にお断りなのだが、かと言って断れば記憶を持ったまま転生することは出来なかった。

 記憶を全て初期化されるなど死んだも同然であり、選べる選択肢は他に無かった。

 

 転生する時には7枚のカードからクラスとそれにまつわる特典を選べと言われた為、私はセイバーのカードを選択し特典に「御神の剣士の力」を選択した。

 加えて主人公高町なのはとの年齢差は0年、生まれる場所は地球の日本を選択した。

 結果、必然として私は父高町士郎と母高町桃子の間になのはの双子の姉として誕生した。

 御神の剣士の家系は高町家を除けば香港に居る御神美沙斗のみなので、日本でと限定した時点で高町家に生まれることが確定していた。

 加えて年齢差0年であれば高い確率で双子となる。

 そうして私は、将来的にオーバーSランクになり得る魔法の才能と近接戦闘の才能、そしてこれからの事件に介入出来る立場を手に入れた。

 

 一卵性双生児であるため、当然の様に私となのはは外見上そっくりだ。

 学校の制服を着ていると更に見分けが付かないため、ツインテールのなのはに対し私はポニーテールにしている。

 なのはは運動が苦手だが、私は4歳の頃から毎朝ジョギングをし2年前に小学校に入学してからは御神流の稽古を付けて貰っている。

 なのはの運動音痴は覚醒していないリンカーコアが運動神経を阻害しているためだろう。

 はっきり言って、古流武術の使い手の家系に生まれたなのはの身体能力が低いのは不自然だ。

 私は早い内から体内のリンカーコアを自覚し魔力操作が出来る様になっていたため、本来の身体能力を発揮出来ている。

 なのはも本来であれば私と同等のスペックを有している筈だ。

 なのはにもそのことを教えてあげたいが、流石にいきなり魔法とか言い出すわけにもいかず、話せなくて困っている。

 なお、魔力を操作することは出来ても術式も分からなければデバイスもないため本当に操作出来るだけで魔法は一切使えない。

 ユーノ・スクライアが持っているレイジングハートはなのはに譲らなければならないから、正史通りであれば訪れる筈のアースラが来たら量産物でも良いのでデバイスを借りようと考えている。

 そこまでは、レイジングハートに登録されている術式を教えて貰いデバイスなしで何とか凌ぐしかない。

 御神流の奥義は使えないものの基本技は3つとも習得しているので、魔法による身体強化が出来ればある程度前衛で戦えると踏んでいる。

 欲を言えばユーノがレイジングハート以外に使っていないデバイスを持っていてくれたりすると嬉しいが、流石にそれは高望みし過ぎだろう。

 

 そう言えば、ユーノと言えばさっき見た夢の不自然な終わり方が少し気になった。

 言葉の途中でスイッチを切る様に遮断されたようだったからだ。

 まぁ、実際には夢ではなく広域かつ無作為の念話が夢として見えただけだから、途中で魔力が途切れでもしたのだろうか。

 後でユーノを確保したら、聞いてみるとしよう。

 

 この後の流れは学校帰りの塾に向かう途中でフェレット姿で倒れているユーノを見付けて動物病院に運び、夜中に念話で呼び出されてなのはがレイジングハートと契約して魔法少女となりジュエルシードを封印する。

 そう言えば、私の名前がまどかだから魔法少女とか言うと別の作品を思い浮かべてしまい複雑な気分になる。

 似非マスコットが登場したら容赦なく排除しよう。

 魔法少女まどか☆マギカ 始まり……ません。

 それは兎も角、なのはが魔法少女になるのを邪魔する気は無いが、正史とズレがあって怪我を負ったりしないか心配なため、夜中の動物病院には私もこっそりと追い掛けることにしよう。

 正直、ジュエルシードの暴走体だけであればなのはの魔力とレイジングハートがあればまず問題ないとは思うが、もう1つ厄介な問題がある……転生者だ。

『ラグナロク』に積極的な転生者が介入してくる恐れもあるし、あるいはなのは達に良からぬ思いを抱く変質者が転生者となっている可能性もある。

 うん、やっぱり心配だから着いていくので確定。

 

 現在の時刻は朝5:00。

 一時間ほどジョギングをしてから姉さんと一緒に御神流の早朝特訓が待っている。

 これからは力を振るう場面が出てくるのだから、鍛錬はしっかりとしつつもコンディションを保っておかなければならない。

 

 

 

「お姉ちゃん、美由紀お姉ちゃん、お兄ちゃん、朝ごはんだよ~」

 

 2時間後、ジャージを着て姉さんと一緒に木刀を振るっていた私達を制服を着たなのはが呼びにくる。

 転生者の共通能力で対象の名前とレベルを知ることが出来るが、なのはのレベルは魔法に未覚醒なためかレベル2だった。

 なお、大抵の人間は2~4の範囲に収まっており、これがこの世界の標準レベルの様だ。

 なのだが、御神流を修めている父さんや兄さん、姉さんのレベルは10台後半から20台前半で、魔法の使えない人間としてはかなり規格外の値だった。

 て言うかこの人たち、陸戦に限定すればジュエルシードの暴走体を倒せちゃうのでは……。

 

 

 軽くシャワーを浴びて制服を着るとリビングで朝食となる。

 父さんと母さんも兄さんと姉さんもいつも通り桃色の空間を作っており、少し居辛い。

 ちなみに、6人居ると大抵は父さんと母さん、兄さんと姉さん、私となのはという組み合わせになる。

 なのはは私にべったりであり、可愛く思いつつも正史とのズレに複雑な気持ちになる。

 

 正史のなのはは父さんの事故で入院した時に家族に構って貰えず孤独を味わいトラウマとなっていた。

 その結果が他人を頼ろうとしない姿勢、そして他人の役に立つ「いい子」でなければならないという強迫観念だ。

 しかし、この世界には私が居た為になのはは1人きりではなかった。

 年齢的に同じ立場となっていた私だが、転生者故の精神年齢の高さからなのはの面倒を見るくらいの気持ちで甘やかしていた。

 結果、依存されてしまいました。

 幸いと言うべきか、ゲルマニアグループの会長秘書と言う人が支援を申し出てくれたおかげで生活はそれなりに安定していたし、父さんの怪我も結果的にはそこまで重傷ではなく、2ヶ月ほどで元の生活を取り戻した。

 しかし、三つ子の魂百までと言うべきか、私にべったりとなったなのはは戻らず、何処へ行くにも私の後を付いてくるようになってしまった。

 父さんや母さんはこのことに気付いており複雑そうだが、自分の事故や忙しさでそんな状況になったことの罪悪感があるようで、あまり口出し出来ない様だ。

 

 ゲルマニアグループと言えば、この世界の歴史は小学校に入ってから簡単なレベルで習っただけだが元の世界との差異に少し驚いた。

 まさか第二次世界大戦でドイツが勝利して国際連合の代わりに地球連合が出来ているなんて想像も出来なかった。

 正史ではその世界の歴史など明らかになっていないから、そんな裏話があったとしても不思議ではないが。

 そのドイツの救国の英雄が創設したと言われるゲルマニアグループは世界経済を動かす怪物企業だ。

 何気にうちが営んでいる翠屋はゲルマニアグループ第二本部ビルのすぐ近くでご近所様かつお得意様だったりする。

 何でそんな超大企業が唯の喫茶店であるうちを支援してくれたのかは未だに分からない。

 当初はゲルマニアグループの上層部に転生者が居て、支援に付け込んで母さんや姉さんあるいはなのはや私に何かしようとしているのではないかと疑い警戒していたが、数年経った今もそんな様子は見えないためどうやら杞憂であったらしい。

 会長秘書の人にも私は会ったことはないが、父さんや母さんの話では若い女性であるとのことなのでそういう心配はないのだろう。

 

 朝食を食べ終わると鞄を背負いなのはと一緒にバス停へと向かう。

 しばらく待つと、聖祥大付属小学校の送迎バスがやってきて私となのはは乗り込んだ。

 すると、最後部から私達に声が掛けられる。

 

「まどかちゃん、なのはちゃん」

「まどか~、なのは~、こっちこっち~」

 

 そこに居たのはアリサ・バニングスと月村すずかの2人。

 正史のなのはの親友であり、この世界は私を含めて親友となっている。

 挨拶を交わして私達も最後部のシートに座る。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「将来かぁ……」

 

 授業で将来の職業について上がったためか、屋上で集まってお弁当を食べていたところでなのはは空を見上げながら呟いた。

 アリサもすずかもある程度将来が固まっているらしく、なのはは自分だけ決まっていないと嘆く。

 その際に放った自虐的な言葉がお気に召さなかったらしく、なのははアリサに頬を引っ張られながら言い訳していた。

 何の取り柄もないと言う部分に妙に感情が籠っている気がして少し気になったが、それ以上に将来の事を考えて私も思わず空を見上げてしまう。

 

 私となのはの将来は管理局に入局する以外に道は無いんでしょうね。

 年齢1桁でAAAランク、ゆくゆくはオーバーSの魔導師になり得る才能を前に、選択肢など用意されないだろう。

 局内での仕事は選べるだろうが、入局自体はほぼ強制に等しい筈だ。

 

 そんな思いをして1人黄昏れていた私だが、我関せずの態度でいたところをアリサに目を付けられて怒られた。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「あ、こっちこっち。

 ここを通ると塾に行くのに近道なんだ」

「え、そうなの?」

「ちょっと道悪いけどね」

 

 アリサの先導で公園の抜け道を歩き塾に向かう私達4人。

 もう少しでユーノからの念話で呼ばれる筈、そう思って周囲に気を配っていた私だが一向にその様子がない。

 おかしい……このままでは公園を抜けてしまう。

 そう思っていると、前方に人だかりが出来ていた。

 警官が脇道への入り口の前に立ってテープを敷き、その前に野次馬が集まっているらしい。

 

「子供が死んでいたんだって?」

「変な民族衣装を着た子供が頭を潰されて死んでるって」

「頭を潰されるって……熊でも出たのか?」

 

 野次馬の話から大まかな状況を聞き取り、その内容に思わず真っ青になる。

 民族衣装を着た子供、かつこの場所、最早1人しか思い浮かばない。

 ユーノが死んだ? 何で? 暴走体にやられてしまったのか?

 でも昨日の夢の中では暴走体は逃げていった筈。

 そう言えば、念話が不自然なところで途切れていたのが気になったんだった。

 あの時、誰かに襲われたのだろうか?

 

 立てていた未来予想図が一気に白紙に返った現状に、頭が真っ白になって思考が纏まらない。

 ユーノが居なくなるとどうなる?

 動物病院になのはが呼ばれることもなくなり、レイジングハートとの契約も……そうだ、レイジングハートだ。

 レイジングハートはどうなった?

 ユーノが倒れた時、レイジングハートも近くに落ちていた筈。

 ユーノの遺体と共に証拠物品として警察に押収されてしまったか?

 それとも、ユーノを襲った何者かが持ち去ったか?

 もし前者であればどうしようもない。

 後者であれば、犯人は転生者である可能性が限りなく高いが、やっぱりどうしようもない。

 

 レイジングハートが無ければなのはは魔法少女として覚醒しない。

 フェイトとの衝突で次元震が起こることもないから、下手をすると管理局が来ない可能性がある。

 フェイトが全てのジュエルシードを集めてしまえば、21個のジュエルシードを使ったプレシアが次元断層をあっさり引き起こしてアルハザードへと旅立つだろう。

 そしてその場合、地球は巻き込まれて滅びる。

 フェレット1匹とデバイス1個が無いだけでそんな行く末が浮かび上がってしまう。

 しかも、可能性としてはかなり高いだけに笑えない。

 

 取り合えず、今は警察が現場検証中だから立ち入ることは出来そうにない。

 塾に行って一旦時間を置いてからここにきて念のためにレイジングハートが見付からないか探してみよう。

 いや、遅い時間になるから懐中電灯がないと無理か。

 塾から一度家に帰って、夜中に抜け出すしかない。

 

 色々と絶望的な状況に涙が出てしまいそうだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 5時間後、私は公園に戻って来ていた。

 既に警察も現場検証を終えて撤収したらしく、辺りには誰も居ない。

 辺りは暗く、足元すら良く見えない。

 前世を合わせれば成人を超えているため暗がりを怖がるほど子供ではないが……。

 嘘です、ごめんなさい。 これだけ暗いとやっぱり結構怖いです。

 しかし、これでレイジングハートが見付からなければ地球崩壊へ直行コースだ。

 何としても見付けなければならない。

 

 1時間が経過。

 しかし、レイジングハートは見付からない。

 

 2時間が経過。

 手足は泥で汚れ、枝に引っ掛けたせいで所々から血が出ている。

 

 3時間が経過。

 そもそも警察に回収された可能性と犯人に持ち去られた可能性があるため、ここに100%存在する保証があるわけではない。

 そう考えると精神的な疲労が重くなった気がした。

 ……なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

 打算的な事を考えたから罰でも当たったのか。

 

 4時間が経過……。

 足元を照らしながらひたすら歩きまわったが、一向に見付からない。

 

「あ~もう! 一体どこにいったの!?」

 

 自棄になって近くにあった樹を蹴り飛ばしてしまった。

 八つ当たりだと分かってはいるが、感情を抑えられなかった。

 既に日付が変わる時間となっており、かなり眠い。

 肉体的にはあくまで9歳児なのだから、それも当然だろう。

 今夜は諦めて明日明るい内に探すことにしようか、そう思って視線と一緒に懐中電灯の先を足元から蹴り飛ばした樹に向けた時、視界の端に一瞬赤い光が映った。

 

「……あ」

 

 改めてそちらを照らすと、樹の枝にぶら下がっている紅い宝玉が見付かった。

 

「あった……」

 

 何時間も探していたものを見付けたが、信じられずに呆然としてしまう。

 既に諦めかけていたのだから、それも仕方ないだろう。

 そもそも、何故こんなところにぶら下がっているのだろう?

 枝も細いし誰かが意図的にぶら下げたと言うよりは偶々引っ掛かっていた様だ。

 とは言え、襲われたユーノが手放した結果で引っ掛かる程低くもない。

 考え付く所としては誰かが放り捨てた時に引っ掛かったといったところだが、そうだとすると有力なのは犯人だ。

 しかし、重要なアイテムであるレイジングハートを放り捨てる転生者が居るだろうか。

 

 まぁ、考えていても仕方ない。

 何が起こったかはレイジングハートに聞けば判明するだろう。

 そう思って手を伸ばし宝玉を掴む私だが、その時異常に気付く。

 

「このヒビは……?」

 

 そう、レイジングハートは所々ヒビが入っており弱弱しく明滅していた。

 取り合えず、修復しないことには話を聞くことも出来そうにない。

 私はデバイスの修復など出来ないが、レイジングハートには自己修復機能があったはず。

 魔力さえ籠めれば、ある程度の傷は自身で修復してくれるだろう。

 契約は結ばずとも魔力を流すだけなら可能だ。

 傷付いているレイジングハートにこれ以上損壊を与えないよう、慎重に握りながら魔力を流し込む。

 

≪Thank you≫

 

 レイジングハートがお礼を言って修復を開始する。

 しかし、そこまで大きな傷ではないとは言え数分で直るものでもなく、しばらく掛かりそうだ。

 このまま家に帰って寝て、話は明日と言うことになりそうだ。

 そう思いながら、私は帰路に付いた。

 

 

 

 なお、夜中に抜け出したことはなのは以外の家族全員にしっかりとバレており、家に帰るなり大目玉を喰らう羽目になった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 翌日、学校から家に帰ってくるなり部屋に入って鍵を閉めた。

 勉強机の引出しにしまっておいたレイジングハートを取り出すと、どうやら修復が完了していたらしくヒビ一つない状態に戻っていた。

 

「はじめまして。私の名前は高町まどか。

 貴方はAIが積まれてるんでしょ?

 名前を教えて貰える?」

 

 勿論、彼女の名前を知ってはいるが、いきなり呼んでは色々と誤解を受ける可能性があるため、正式なステップを踏んでおく。

 

≪Hello,Madoka. My name is Raising Heart. Nice to meet you.≫

「レイジングハートね、よろしく。

 それで、レイジングハート。 昨日の夜、あの森で何が起こったのか教えてくれる?

 茶色い髪の男の子が黒い獣と戦っていた所は夢で見たけど、それ以降は分からないのよ」

 

 取り合えず、一番気になっていることを聞く。

 まずはユーノを殺した相手の情報を得ないと何をすることも出来ない。

 

≪I see.≫

 

 レイジングハートは了承すると、空間ディスプレイを表示し始めた。

 どうやら、その時の様子を録画しているらしい。ビジュアルで確認出来るのは非常に有難い。

 

 

 

 暗い森の中、ユーノが封印魔法を使用してジュエルシードの暴走体を迎え撃つ。

 しかし、魔力が足りないのか封印し切ることが出来ず、暴走体はそのまま身体を引き摺る様にして逃走する。

 

「逃がしちゃった……追いかけ……なきゃ……」

 

 しかし、ユーノは力尽きてしまったらしくその場に倒れる込む。

 そして翠色の光を放ちながらその姿をフェレットの容に変えていく。

 レイジングハートはユーノのすぐ傍の草むらに落ちたらしく、その一部始終を間近で映し出している。

 

「誰か僕の声を聞いて……力を貸して……魔法のち」

 

 そこまで言った時、突然黒い壁が付き立ち、グシャっという音と共にフェレットになったユーノの頭が潰された。

 いや、アップになっていたせいで見え辛かったが、どうやらこの黒い壁は人の足だ。

 何者かが踏み潰したのだ。

 

「ひ……っ!?」

 

 その様子をクッキリと見てしまった私は思わずくぐもった悲鳴を上げてしまう。

 頭を踏み潰されて息絶えたユーノはそのせいで変身魔法が解けたらしく人間の姿に戻った……頭部を潰された状態のまま。

 

「う……うぷ……!」

 

 その光景に吐き気を堪え切れなくなり、口元を押さえたまま部屋を飛び出しトイレに駆け込む。

 

「おげぇぇぇええええ……っ!」

 

 そのまま便器に向かって吐いた。

 ユーノが殺される場面を見ることは覚悟していたが、まさかあんな残酷な映像を見ることになるとは思ってなかった。

 

 しばらく吐き続けて胃の中の物を全て出してしまい、ようやく吐き気が収まった。

 洗面所で手を洗ってから口の中を何度もゆすいで落ち着いた。

 

 部屋に戻るとレイジングハートは映像を止めて居た。

 その静止画がスプラッタな映像ではなく森の様子なのは気を遣ってくれたのだろうか。

 

「ごめんなさい、レイジングハート。 続きを見せて貰える?」

 

≪No problem.≫

 

 そして、映像の続きが再生される。

 

「へぇ、くたばると人間に戻んのか」

 

 白い髪に赤い瞳、黒い軍服を纏った男がそこに立っていた。

 男は屈んでこちらに手を伸ばしてくる。

 レイジングハートを拾ったらしく、画面にはユーノを踏み潰した男の顔が大写しになる。

 白いのは髪だけではなく、その肌も異様なほど白く病的な印象を受けた。

 端正な顔立ちだが、それ以上に感じる野生の獣のような雰囲気に映像越しだと言うのに背筋が凍った。

 

「さ、出しな」

≪…………………………。≫

 

 レイジングハートに何かを出せと男が命じるが、レイジングハートは応えない。

 

「ジュエルシードとかいう宝石だ、中に入ってんだろ? さっさと出しやがれ」

≪…………………………。≫

 

 ジュエルシード目当て!?

 ユーノを殺したのもそのため?

 そもそも、この男は転生者なのだろうか。

 

「チッ、壊して取り出したっていいんだぜ? こんな風によ」

 

 無視を続けるレイジングハートに苛立ったのか、男が親指と中指でレイジングハートを摘まむと力を籠める。

 ピシッと言う音と共に画面にヒビが入り、映像にノイズが走る。

 

≪…………………………Put out.≫

 

 男の本気を悟ったのか、レイジングハートが格納領域のジュエルシードを取り出す。

 

「ハッ、それでいいんだよ」

 

 男は嘲笑うと放出されたジュエルシードを掴み取り、そしてレイジングハートを無造作に放り捨てた。

 投げ捨てられたレイジングハートは数メートル飛ぶと樹の枝に引っ掛かって止まる。

 角度の問題か映像には男の姿は見えず、また損傷のせいかノイズも段々と大きくなってくる。

 

「ベイ~、そっちはどうだった~?」

 

 その時、第三者の声がその場に響いた。

 姿は見えないが、声の感じからして若い少女のものに思える。

 

「おぉ、こっちも手に入れたぜ、マレウス。

 1個しかなかったけどよ」

「まぁ、この世界に来たばっかみたいだし、仕様が無いんじゃない?

 いきなり2個手に入っただけでも十分幸先いいでしょ」

 

「だな。気ぃ取り直して次を探すとするか」

 

 映像はそこで途切れた。

 

 

 

 最悪だ。

 ジュエルシード狙いで人の命を奪っても気にも留めない危険人物が最低2人。

 ベイと呼ばれていた男とマレウスと呼ばれていた少女、彼らの会話から察するに積極的にジュエルシードを集めて回るつもりらしい。

 私やなのはがジュエルシード集めに参加したら鉢合わせになる可能性が非常に高い。

 

 それにしても彼らは2人とも転生者なのだろうか。

 一応、ルール上は2人までであれば同時に生き残る可能性があるため、2人で組むことは選択肢としてないわけではない。

 状況的にも両者とも転生者であるというのが一番可能性が高いが、少なくとも先程の映像においてはそうと断定できる発言は無かった。

 

 いや、転生者であろうとなかろうと危険な存在には変わりない。

 この街で起こる事件の危険度が跳ね上がったことを感じながら、今後のことを考える。

 ユーノが居らずレイジングハートがここにある以上、なのはを魔法に引き合わせるのであれば私が何らかの行動をしなければならないわけだが、先程の映像を見てその選択を本当に取って良いのか迷ってしまった。

 正史においてなのはが主人公なのだから魔法の力に目覚めない選択肢など考えていなかったが、あんな危険人物達が関与していることを考えると、そんな所に大切な妹を巻き込んでいいのかと思ってしまう。

 

「お姉ちゃん?」

「───っ!?」

 

 そんな思考に没頭していたところ、部屋の入り口から聞き覚えのある声が掛けられる。

 意表を突かれて驚愕しながらも振り返ると、部屋の扉を少し開きそこからなのはが顔を覗かせていた。

 しまった、さっきトイレで吐いた後に鍵を閉め忘れてた!?

 

「あ、その、トイレに駆け込んでたりしたから大丈夫かなって思って……あの……それ、何?」

 

 なのはが指を差した先にあるのは空間ディスプレイを表示しているレイジングハート。

 ぐ……ダメだ。完全に見られた。誤魔化せない。

 まだなのはを関わらせるべきか悩んでいる最中だったが、少なくとも魔法については話すしかなさそうだ。

 魔法の事だけを話してジュエルシードの事は伏せておくか?

 しかし、それにはレイジングハートと口裏を合わせておく必要があるが、そんな隙はなさそうだ。

 矢張りダメなのか。関わらせるしかないのか……。

 

 

【Side 高町なのは】

 

「私も手伝うの」

 

 突然部屋から飛び出してトイレに駆け込んだりしていたお姉ちゃんの様子が気になってドアから覗き込んで見ると、机に置かれた赤い玉から空中に映像が映し出されている不思議な光景が広がっていた。

 私が声を掛けるとお姉ちゃんは驚いていたけど、何度も聞いたら渋々と話してくれた。

 あの赤い玉は魔法の道具で、ジュエルシードっていう危険な宝石を探しに来た人が落としたものを拾ったんだって。探しに来た人は怪我をして動けない状態なので、代わりに誰かがその宝石を集めなきゃいけないんだけど、魔法の才能がないとダメなんだって。

 

 で、ビックリ。

 お姉ちゃんと私には魔法の凄い才能があるって赤い玉──レイジングハートっていうみたい──が教えてくれた。

 お姉ちゃんは自分だけで探すつもりだったらしいけれど、私も誰かの役に立てるならお手伝いしたい。

 

「さっきも言ったでしょ?

 ジュエルシード自体も危ないけれど、それを狙う悪者が居るって。

 危ないから、なのはは家に居なさい」

「……やだ」

「え?」

「やだ! 危ないのはお姉ちゃんだって一緒なの!

 それに2人の方が探すのも楽になるの。

 役に立てる力があるなら、私は手伝いたい」

 

 ずっと思ってた。

 私には取り柄が無くて、誰の役にも立てないって。

 そんな私に特別な力があって誰かの役に立てるなら、私はそれを無駄にしたくはない。

 しかし、そんな私のお願いにもお姉ちゃんは首を振る。

 

「やっぱり、だめよ」

「どうして!?」

「どうしてって、さっきも言った通り危ないからよ」

 

ムカッとした私は思わずお姉ちゃんの髪に掴み掛かった。

大人に言われるなら分かるけれど、同い年のお姉ちゃんが良くて私が駄目な理由が分からない。

 

「ちょ!? 痛い、痛いってば!」

 

髪を引っ張る私にお姉ちゃんは私の顔を押し退けようと手を突き出してきた。

そのまま引っ掻いたり抓ったりとしばらく取っ組み合いになったが、結局お姉ちゃんが折れて私はジュエルシード探しを手伝えることになった。

レイジングハートは私が使っていいって、お姉ちゃんが身体強化と防御魔法の術式だけ確認してから渡してくれた。

 

そっか……要らないんだ……。




(後書き)
 大方の予想と期待を裏切り、円環の理とは無関係でした。
 なら何故「まどか」か。
 「なのは」と同じ平仮名3文字で母音も同一、姉妹の名付けとしてそんなに不自然ではないと思うのです。
 あ、バーボンハウスの入り口開けておきます。
 チートな能力よりも人脈優先の選択をしたまどかさん、計算高さのせいか微妙に腹黒キャラっぽくなってしまった……。
 なお、営業(QB)は出ません。

 そして、ユーノ……。
 原作キャラ死亡ありのタグの犠牲となってしまいました。
 一応念のために言っておくと、私は別に彼が嫌いなわけでも悪意があるわけでもありません。
 ただ、吸血鬼や魔女の狩場になっている海鳴市で無差別念話は迂闊過ぎました。
 加えて、何故わざわざ小動物になったのか……。

 ちなみに、彼がこの扱いになっているのは「要らない子」だからではなく、むしろ逆です。

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