魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Deus Vult(dies irae)


13:遭遇戦

【Side ラインハルト】

 

「3人目、か」

 

 ゲルマニア第二支部ビルの地下には広大な空間が広がっており、ヴェヴェルスブルグ城の玉座の間を模した空間が存在する。

 その玉座に腰掛けながら、海鳴市に散布されたサーチャーの情報を集積した結果を空間ディスプレイに表示し確認する。

 そこには高町まどかと邂逅した新たな転生者、松田優介の姿が表示されている。

 姿を確認した時点で直ちに彼に関する各種の情報が集められる。

 名前、生年月日、住所、家族構成、経歴……およそ情報として集められるものは全て手に入る。

 政治、軍事、経済に密接に関わっているゲルマニアグループの情報網を前に、この国において集められない情報などまず存在しない。

 

「能力は『無限の剣製』……アーチャーのカードを選んだ者か。

 至極読み通りの選択で詰まらんな」

 

『ラグナロク』のルールを聞いた時にアーチャーのカードがキャスターと並んで真っ先に選択されていたことから、既に予想していた内容そのままだった。

 

「それにしても固有結界か。

 ならば、恐らくは準備転生も経験しているはず」

 

 固有結界とは心象風景を具現化する能力、その能力だけを切り離して習得することなど出来ない。

 習得するためには衛宮士郎と同じ心象風景を有している必要がある。

 私がそうであったように、彼はFate世界に衛宮士郎として放り込まれて衛宮士郎と同じものを見、同じものを感じて生きて死んだのだろう。

 集めた情報でも未だこの世界に生まれて9年にも関わらず、まるで取り憑かれたかのように誰かを助ける為に奔走している様が記録されている。

『正義の味方』にならなければならないという強迫観念に囚われている松田優介と、人に迷惑を掛けない『いい子』でなければならないという強迫観念に囚われている高町なのは。

 似合いの2人と見るべきか、それとも逆に相性が悪いと見るべきか。

 

 まぁ、そんなことはいい。

 無限の剣製を十全に使いこなしているという前提に戦力評価を行おう。

 衛宮と同等ならばエクスカリバーは使用出来ないだろうが、それに準ずる宝具までなら複製出来るだろう。

 また、憑依経験により近接戦闘については限定条件付きで英霊クラスの戦闘力を発揮出来る。

 転生者である以上最低限Aランクのリンカーコアを有しているが、デバイスを所持したり術式に触れたりはしていないため現状では魔法は使用出来ない。

 そのため、飛行も不可。

 

「以上を踏まえての松田優介の戦力評価…………陸戦S~S+。

 加齢による成長や鍛錬、この世界の魔法を習得など更なる成長の要素はあるが、それを踏まえても幹部を除いた団員達で十分対処可能なレベルだな」

 

 手を振ると、更に5つの空間ディスプレイが表示される。

 しかし、その内3つは映像が表示されずに暗闇が映し出される。

 映像が表示されている3つのディスプレイにはそれぞれの上部に被さる様に文字が表示された。

 

 Saber :高町まどか

 Archer:松田優介

 Caster:テスラ・フレイトライナー

 

 それぞれのディスプレイにはそこに名が掲げられた人物がリアルタイムで表示される。

 3人の人間はディスプレイに映し出されていることに気付いている様子は無く、明らかに密かに撮影している監視映像のものと見て取れた。

 

「高町まどかは松田優介と協力してジュエルシード探し。

 テスラ・フレイトライナーはP・T事件に関与する様子はなし」

 

 残りの3人、Rider、Berserker、Assassinは未だ見付からない。

 フェイト・テスタロッサに協力しているか、あるいはP・T事件に関与する気が無い可能性もある。

 しかし、正史と比較して高町なのはの周囲に戦力が集まり過ぎているな。

 仮にフェイト・テスタロッサの陣営に転生者が居ない場合は一方的な展開になることもあり得る。

 

「まぁ、無理にバランスを取る必要も無い。

 騎士団員への指示は当初のまま継続で良かろう」

 

 現在、海鳴市には元々居たクリストフにバビロン、カイン、ヴァルキュリア、レオンハルトに加え、新たにベイ、マレウスの7名が逗留している。

 とは言え、元から海鳴に居た5名はそれぞれ表の業務があるため、介入は主にベイとマレウスの2人のみ。

 その2人に私が下した命令は至極単純なこと……「ジュエルシードを8個集めよ」というものだ。

 それさえ達成すれば敵の生死は問わんし、他にどのような被害が出ても構わない。

 まぁ、いきなりユーノ・スクライアを殺してしまうとは思わなかったが、問題はない。

 

 試しに一度ぶつけてみるのも一興か。

 

「これは前哨戦ですらない、単なる予兆。

 この程度で死ぬのならば、最初から参戦の資格など無かったということ」

 

 

【Side 高町まどか】

 

「ええ、基本的には足で探すしかないわね。

 ただし、全くのノーヒントというわけでもないわ。

 記憶している限りでは、4番目と5番目のジュエルシードは確か学校とプールで発動したと思うわ。

 詳しく描写されてなくて、ダイジェストみたいな感じだったからちょっと自信ないけど」

 

 夕食後、部屋で電話越しに夕方にあった彼と今後の方針について打合せを行う。

 夕方には細かい部分まで相談出来なかったので、取り合えず携帯電話の番号だけ交換して別れた。

 

「ヒントがあるだけ先に動けるから、うまくすれば危険人物達が察知する前にジュエルシードを回収してその場を離れられるわ。

 神社で現れなかったことを見ると、そこまで感知能力は高くないと思うし」

 

 希望的観測ではあるけれど。

 そうでも思わない限り、何も出来ない。

 

『じゃあ、4番目と5番目のジュエルシードはそれで良いとして……街中に出現する大樹はどうするんだ?』

 

 優介の言葉に、思わず悩む。

 6番目は父さんがコーチをしている翠屋JFCの試合の日、キーパーをしている少年が発動させる。

 正史ではなのはが気付きながらも見逃してしまい、街に被害を出してしまったことに悔いて決意を新たにする重要な分岐点だ。

 それまでは友人の落とし物探しを手伝っていただけのなのはが街を守るために方針を変更することになる。

 

『先に言っておくけど、俺は止めるつもりだぞ。』

 

 悩んでいる私に、優介が更に自身の決意を表明する。

 まぁ、彼の場合はそうだろう。街に被害が出ると分かっていて黙っていられる性格じゃないのは会って間もない私でも分かる。

 

「ええ、私もそのつもりよ」

『……いいのか?』

 

 彼の念押しも分からなくは無い。

 正史を歪ませる選択をして良いのか、と言いたいのだろう。

 しかし……

 

「今更でしょ。

 確かに正史では『ユーノの手伝い』から『街の守護』に目的が変わる大事な場面だけど、

 この世界ではユーノはなのはに会う前に殺されてしまっているから、なのはの目的は最初から街を守ることよ」

『あ、そっか。』

「ただ、問題は事前に止めるのも難しいってことなのよね。

 ジュエルシードが危険ってことも話せないし、その宝石をくれって言っても納得して貰えないと思うんだけど」

 

 いくら拾っただけのものと言っても、いきなりその宝石を寄越せって言われて素直に渡す人間が居るとは思えない。

 せめて私達の物であると言えればまだ良いんだけど、そもそもジュエルシードは私達のものじゃないし。

 

『う……確かにそうだな。』

「まぁ、まだ時間があるから何か良い方法がないか考えてみましょ。

 最悪、発動自体を止めるのは諦めて発動したら即封印って手もあるし」

 

 そこまで考えてなかったっていう反応を示す優介に対し、対処方法は保留にしてお互い考えることにする。

 発動後に止めるのはかなり強引な手段なので、出来れば最後の手段にしたい。

 

『そうだな、俺も考えてみるよ。』

「ええ、よろしくね。

 さて……方針も纏まったことだし、そろそろ切るわよ。おやすみなさい」

『ああ、おやすみ。』

 

 

 Sランク相当の転生者が味方に回ってくれることに心強く思いながら、打合せを終えて電話を切る。

 ユーノを殺した2人組とやり合うことになっても、なのはも合わせて3対2なら何とかなるかもしれない。

 奴らがフェイトと組んでいたりすると流石に厳しいけど、勘だが多分奴らは別口だと思う。

 少なくとも正史を見る限りではフェイトは殺人を望む性格ではないから相容れない筈。

 この世界での性格が一緒という保証はないが、多分そこまで大きく変わることはない。

 

「お姉ちゃん?」

 

 つらつらと考え事をしていた私に、聞き覚えのある声が掛けられる。

 そもそも、私を姉と呼ぶのは1人しかいないけど。

 

「なのは?」

 

 部屋の入り口からこちらを覗きこんでいたなのはと目が合う。

 ? 何だろう。 いつもの明るさが感じられない。

 夕方に優介との話をするために追い返したことを根に持っているのだろうか。

 

「お姉ちゃん……その……誰と電話してたの?」

「今の電話? 今日会った優介と今後のジュエルシード集めの打合せをしていただけよ」

 

 電話していたことが気になっていたのか、そう思って返事をしたがそれを聞いたなのはは更に俯いてしまう。

 

「…………………………そう…………なんだ…………」

「……なのは?」

 

 その反応に怪訝に思って問い返すが、答えは無かった。

 

「……ごめんね、変なこと聞いて。

 遅いから、私もう寝るね。 おやすみなさい」

「あ、ちょっと……!?」

 

 止める間もなく、扉を閉めて立ち去るなのは。

 慌てて追い掛けて扉を開けて廊下に出るが、同時に隣のなのはの部屋の扉が閉められる。

 何となく追い掛けても無駄な予感がした為、諦めて部屋に戻る。

 

「何なのかしら……?」

 

 考えても分からないため保留にし、眠ることにした。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「で、結局いい案は出ないままなのよね」

「……そうだな」

 

 あれから、4番目と5番目のジュエルシードについては無事に回収出来た。

 なのはの様子もあの夜以降おかしなところはない。

 しかし、街中に現れる大樹については対策が思い付かないまま、サッカーの試合の当日になってしまった。

 

「こうなったら、発動直後に対処するしかないわね」

「やっぱり、それしかないか」

 

 河川敷の上からサッカーコートを見下ろしながら、優介と頭を抱えて話し合う。

 コートでは翠屋JFCが優勢に試合を進め、なのはにアリサにすずかの3人はコートの脇で応援をしている。

 翠屋JFCで一番活躍しているのはキャプテンでもあるキーパーの少年。

 彼が今回問題のジュエルシードを持っている筈だ。

 

 

 試合と打上げが終わって、キーパーの少年はマネージャーの少女と一緒に帰路に着いていた。

 私と優介はその後を気付かれない様に追い掛ける。

 2人は交差点の所で立ち止まると何かを話している。

 

「そろそろね」

 

 少年がポケットからジュエルシードを取り出し、少女にプレゼントしようとする。

 しかし、少女が触れた瞬間にジュエルシードは強烈な光を放ち始める。

 

「発動した! 封印を……」

 

 発動したジュエルシードから大樹が生み出される前に、今日のために何とか覚えた封印魔法を放とうと手を翳す。

 このタイミングなら、街に被害を出さずに止められる!

 

「危ない!」

 

 隣に居た優介に突き飛ばされて私は横倒しに道路上に倒れ込んだ。

 次の瞬間、さっきまで私が立っていた場所に何かが飛び込み、コンクリートが砕かれ3メートル程の大穴が空いた。

 粉塵が立ち昇る中、飛び込んできた奴が立ち上がりその姿を現す。

 黒い軍服に白髪、サングラスを掛けているが間違いない、ユーノを殺した犯人だ。

 私は慌てて立ち上がると、突然攻撃を仕掛けてきた男に警戒している優介の隣に並び男に対して警戒態勢を取る。

 

「まどか、大丈夫か」

「ええ、ありがと。命拾いしたわ。

 それより、気を付けて。 あいつがユーノを殺した奴よ」

「!? あいつが……」

 

 男の背後で発動していたジュエルシードから大樹が生え、街に広がり被害を出していく。

 く、止められなかった……。こうなったらなるべく早く封印して被害を抑えたいが、前に立ちはだかる男がそれを許してくれるとは思えない。

 

投影、開始(トレース、オン)!」

 

 優介が投影魔術で干将・莫耶と童子切安綱を創り出し、安綱を私に渡して自身は双剣を構える。

 

「へぇ」

 

 男が興味を持った様に優介を見て、笑みを浮かべる。

 笑みと言っても正の要素はなく、まるで獣が獲物を前に舌舐めずりしているような錯覚を覚えた。

 

「成程、それが転生者の能力って奴か」

 

『転生者』! 今確かにそう言ったわね。

 少なくとも『ラグナロク』の関係者であるのはこれで確定した。

 でも、自分自身が転生者であるなら少し言い回しがおかしかったようにも思える。

 

「突然攻撃してきて、一体何者なの!? 名乗りなさい!」

「ハッ! 人に名乗れと言うなら、まず手前等から名乗るのが礼儀だろうが」

 

 む、仕方ないか。

 こんな危険人物にこちらの情報を渡したくはないけど、ここは相手の情報を得ることが優先だ。

 それに、御神流で名乗るのに偽名など以ての外だ。

 

「永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術 初伝 高町まどか」

「流派なんてないけど……松田優介、正義の味方だ」

 

 私に続いて優介も名乗りを上げる。

 

「フン、まあいい。

 聖槍十三騎士団黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

「聖槍十三騎士団!?

 そう言えば、確かにその姿……」

 

 優介は奴の名乗りに心当たりがあるらしく、驚愕している。

 知っている相手だったのだろうか。

 そこまで考えて、私はふと忘れていたことを思い出して目を凝らして情報を読み取る。

 ヴィルヘルム・エーレンブルグ……レベルは40!?

 拙い、SSランク以上の敵じゃ幾ら2人掛かりと言っても勝ち目は薄い。

 

「オラ、いくぜぇぇーーーッ!!」

「ぐぅ……っ!?」

 

 考えている間も無く、ヴィルヘルムが拳打を打ち込んでくる。

 優介が干将と莫耶を交差させて防御するが、止まったのは一瞬でピンボールの様に弾き飛ばされる。

 

「優介!?」

「他人の心配してる場合じゃねぇだろうが!」

 

 思わず、優介が吹き飛んだ方向に視線を向けてしまうが、その隙にヴィルヘルムは私に手刀を振り下ろしてきた。

 反射的に身を捩って交わすが、風圧だけで頬が切れる。

 運が良かった。何とか交わせたのは私の身体が子供だったからだ。

 身長差が大きすぎて振り下ろす攻撃しか出来ず、相手の攻撃が届くまでに僅かな時間があったために何とか交わせた。

 もし私の身長がヴィルヘルムと同じ高さだったら今頃顔面に風穴が空いていたかもしれない。

 何れにしても、これは唯一無二のチャンスだ。

 

「斬!」

 

 至近距離で攻撃を交わされ無防備になっているヴィルヘルムに、私は右手に持った安綱を抜刀しながら全力で叩き付ける。

 やった! この距離じゃ絶対に交わせない筈。

 そう思った次の瞬間、私は凍り付いた。

 

「やってくれんじゃねぇか」

 

 私の渾身の斬撃はヴィルヘルムの右腕に防がれていた。

 真剣を素手で防がれた上に傷一つないという事実に呆然となり棒立ちとなってしまう。

 

「死ねや」

 

 そんな簡素な呟きと共に、人間の頭など吹き飛ばしそうな回し蹴りが私の顔面に迫る。

 ああ……死んじゃったかな、これは。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

「ガッ!?」

 

 死を覚悟した瞬間、聞き覚えのある声と共に閃光がヴィルヘルムに突き刺さった。

 咄嗟に腕で防いだようだが、蹴りのために片足を地面から離していた状態では抑え切れなかったらしく、ヴィルヘルムは数メートル吹き飛びながら地面を叩いて両足で着地した。

 

「まどか、無事か!?」

 

 吹き飛ばされていた優介が復帰し、私の横に並ぶ。

 

「何とかね」

 

 死に掛けた恐怖で背中が冷や汗で一杯だが、取り合えず無傷だし戦闘に支障はない。

 優介と一緒に数メートル先に立つヴィルヘルムを見るが、あちらはこっちを見ずに何やら自分の右手を見ている。

 見ると、私の斬撃では傷が付かなかった腕に僅かだが紅く血が滲んでいる。

 

「……カカッ! クハハハハハッ!!

 面白ぇ、まさか俺の身体に傷を付けるたぁな!!

 ちったぁ楽しめそうじゃねぇか!!」

 

 傷を受けたことに怯むどころか寧ろ嬉々として凄まじい殺気を放ってくる。

 

「ぐ……っ……」

「うぁ…………」

 

 物理的な圧力さえ伴う殺気に圧され、私と優介は思わず呻き声を上げる。

 

「さぁ、続きといこうじゃねぇか」

 

 その言葉に、何とか殺気による圧を振り切って刀を構える私と優介。

 

「その辺にしときなさいよ、ベイ。

 こっちはもう片付いたわよ」

 

 一触即発の空気が漂っていたそこに、私達にとって前方、ヴィルヘルムにとっては後方から声が掛けられる。

 声の元に居たのはピンクの髪をした少女。

 今の私達よりは年上だがどうみてもティーンエイジャー、しかし纏っているのはヴィルヘルムのものと同じ様な黒い軍服だ。

 その右手には……ジュエルシード!?

 そう言えば、気付けばいつの間にか街を覆っていた大樹が消えている。

 あちこちに大穴が空いてはいるが、既にジュエルシードの発動は止まっているようだ。

 

「邪魔すんじゃねぇよ、マレウス」

 

「私だって邪魔したくなんかないけどね、本来の目的を忘れてはしゃいでたアンタが悪いんでしょうが」

 

 味方同士の筈なのにお互いに殺気を飛ばして睨み合う2人。

 隙だらけの筈だが、その空気に手が出せずに背後から見ていることしか出来なかった。

 

「チッ、興が醒めちまった。先に帰るぜ」

 

 根負けしたのか、ヴィルヘルムが構えを解き殺気を減じさせると立ち去っていく。

 

「あ、ちょっと!?」

「待て!!」

 

 逃がすまいと呼び止める私達にヴィルヘルムは顔だけ振り返ると、一瞬だけ凄まじい殺気を飛ばしてくる。

 先程浴びせられたものを遥かに超える殺気に足が竦んで動かなくなる。

 全身に鳥肌が立ち、喉がカラカラに乾く。

 

「焦んじゃねぇよ、そのうちまた相手してやらぁ。

 解ってんだろ、このまま続ければ自分が死んでたってことくれぇよ」

 

 そう言うと、殺気を解き転移して姿を消していった。

 殺気から解放されて思い出したかのように全身から冷や汗が吹き出した。

 このままへたり込みたいところだが、まだそうするわけにはいかない。

 何せ、目の前にはもう1人の危険人物が残っているのだから。

 

「はぁ、相変わらず勝手よね~。

 少しはフォローするこっちの身にもなりなさいよ」

 

 言動や気配、そして容姿からは、先程立ち去ったヴィルヘルムよりも危険性は少なく見える。

 しかし、あの男と対等に話していたことから油断は出来ない。

 加えて、目を凝らして見えた彼女のステータス……ルサルカ・シュヴェーゲリン、レベル39。

 ヴィルヘルムよりは多少低いもののこちらもSSSランク並だ。

 

「ねぇ、貴方達もそう思わない?」

 

 独り言を言っている様に思っていた少女から急に話が振られる。

 同時に視線がこっちに向き、眼が合った。

 ヴィルヘルムの様な殺気はないが、心を探る様な視線に怖気が走る。

 

「ふふ、恐がらなくてもいいわよ。

 今日はもう戦うつもりはないから」

 

 見下す様な言葉にカッとなりそうになるが、必死に抑える。

 ここで挑発に乗ったら相手の思う壺だ。

 

「あれ、怒っちゃった?」

 

 小首を傾げながら問われるが、その眼は明らかに此方を嘲笑しているのが見て取れた。

 ダメだ、やっぱり我慢出来ない!

 

「…………なのよ……………………たち」

「ん? どうしたの?」

「なんなのよ、あんたたちって言ってるのよ!

 いきなり襲い掛かってきたり勝手に立ち去っていったり。

 一体何者なのよ、何がしたいのよ!?」

「お、おい……まどか!?」

 

 私の激昂に隣の優介が慌てているが、今はそれを気にしてられない。

 街に被害を出さないようにと考えていた私達の行為を妨害され、殺され掛け、その上で殺す価値もないと言う様に放り出される。

 私の余り大きくない堪忍袋は既に破裂寸前だった。

 

「何者って言われてもねぇ。

 まぁ、ベイも名乗ってたことだし、私も名乗っとこうかな」

 

 私の激昂や突き付けられた安綱など何処吹く風と言わんばかりに少女の態度は変わらない。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカムよ。

 よろしくね、まどかちゃんに優介君?」

 

 ヴィルヘルムとのやり取りは聞かれていたらしく、こちらの名前は知られているようだ。

 しかし、聖槍十三騎士団黒円卓とは何を差すのか。

 それにヴィルヘルムが第四位で目の前の少女……ルサルカが第八位。

 それはつまり、SSランク以上の実力を持っている人間が最低8人、下手をすれば13人居ると言うことだろうか?

 

「やっぱり……聖槍十三騎士団……」

 

 ヴィルヘルムが名乗った時にも心当たりがある様な反応をしていた優介が呟いている。

 

「へぇ、優介君の方は私達の事を知ってるようね。

 まどかちゃんは知らないみたいだけど、後で優介君から教えて貰ってね。

 それじゃ、私も帰るから。 じゃあね~」

 

 手を振りながら、転移で姿を消すルサルカ。

 止める間もなく行われた逃走にハッと気付いた時には既にこの場に居るのは私達2人だけだった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「それで、優介。 あなたはあいつらの事知っているみたいだったけど」

 

 場所を公園に移して優介と話合いを行う。

 ルサルカの言うことに従うのは癪だが、優介に心当たりがありそうなのも事実だ。

 

「ああ。でも何であんな奴らがこの世界に居るかは分からないんだけど」

 

 優介から『dies irae』というゲーム、そしてそこに登場する聖槍十三騎士団のことを説明して貰う。

 

「ゲームのキャラクター、か。

 普通に考えれば転生者が特典でそのキャラクターの力を容姿も含めて望んだってところだけど……」

「ああ、一人ならそれで説明が付くんだけど……」

「同じ作品の同じ集団からキャラクターを選択した転生者が2人、かつ意気投合して手を組んでいる。

 ゼロとは言えないけど、可能性としてはかなり低いわよね」

 

 そう、ヴィルヘルムとルサルカ。どちらか1人だけなら転生特典に拠るもので説明が付くが、2人も同じ様な選択をしているとは思えない。

 加えて、2人の言動からは転生者の事は知っている様子が見て取れたが、自身が転生者であるというニュアンスは無かった。

 

「そうすると、残る可能性としては2つかしら」

「2つ?」

「ええ、1つはあの2人は転生者の能力で産み出された存在であるということ。もう1つは転生者とは無関係にこの世界が『リリカルなのは』とその『dies irae』というゲームの世界観が混ざった世界であるということ」

 

 2人が転生者で無いと言う前提だとそれくらいしか思い付かない。

 

「2つ目の方は無いんじゃないか?

 『転生者』のこと知っているみたいだったし」

「知っているだけで関係無いって可能性はあるでしょ?」

「あ、そうか」

 

 まぁ、あくまで推測の域を出ない。

 それよりも問題なのは連中の戦力だ。

 

「エイヴィヒカイト……か」

「俺もそこまで詳しく知っているわけではないけど、厄介だよな」

 

 優介から概要を聞いた連中の能力、エイヴィヒカイト。

 聖遺物と呼ばれる魔導具を用いて殺した人間の魂を糧として扱う技術。

 集めた魂の数に比例して身体能力が向上し、霊的装甲を纏うことで通常兵器では傷一つ付かない。

 また、エイヴィヒカイトを習得した者は不老となる。

 加えて、一定の位階に達した者は固有結界の様な特殊能力も扱うことが出来るとか。

 件の2人はどちらもその位階に達しており、ヴィルヘルムが自身の能力向上と他人の力を吸収する結界、ルサルカが触れたものを動けなくする影。

 特にルサルカの方は初見殺しのために事前に能力を知れたのは僥倖だが、それでも厄介であることは変わらない。

 

「私が一撃入れても無傷だったのは、そのせいか……。

 まぁ、元々あれで倒せる相手だとは思ってなかったし、人殺しになる覚悟はまだ無いから斬れちゃっても困ったんだけど。

 そう言えば、優介の攻撃は効いていたわよね」

偽・螺旋剣(カラドボルグ)か、確かに出血してたけど掠り傷にしかなってなかったな。

 多分、攻撃の威力よりも規模が重要なんだと思う。

 対人宝具ではA++ランクでも無効だけど、対軍宝具はB~Cランクでも効果があるって感じで。

 偽・螺旋剣(カラドボルグ)は対軍宝具だけど、そこまで規模が大きいわけじゃないから効果は低いみたいだ」

 

 霊的装甲だから、威力の強さじゃなくて概念こそが重要ってことか。

 

「成程、規模の大きさね。

 そうするとディバインシューターは無効、ディバインバスターは半減、スターライトブレーカーなら有効って感じかしら」

 

 あくまでイメージによるものだが、ディバインシューターは対人宝具、ディバインバスターは対軍宝具、スターライトブレーカーは対城宝具に相当すると考えて良いだろう。

 

「多分。

 俺の使える宝具だと、効果がありそうなのは勝利すべき黄金の剣(カリバーン)くらいかな」

「私はデバイスが無いから打つ手なしね。

 巻き込みたくはないけど、相手が2人居ることを考えるとなのはと優介に1人ずつ相手して貰って私は補助に回るしかないかな」

 

 かなり厳しいが、管理局が到着するまではそれで凌ぐしかない。

 管理局の戦力が加われば大分ラクになるだろう……と思いたい。

 

「それにしても、あのヴィルヘルムが第四位ってことは、全員居るなら少なくともそれより強いのが3人は居るってことになるのかしら。

 姿を見せている2人相手でもかなり厳しいのに……」

「あ、いや……黒円卓の順位は強さ順じゃないらしいから、別にヴィルヘルムが4番目に強いってわけじゃないんだ」

「あ、そうなの?

 じゃあ、ヴィルヘルムより強いのは何人なの?」

「双首領と大隊長3人は確実だから、最低5人……」

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

 

 

 

 

「そう言えば、ちょっと気になったんだけど……」

 

 急に話を変えて優介が問い掛けてきた。

 

「どうしたの?」

「俺達が戦っている間、なのはって何してたんだろう?」

「あ……」

 

 

【Side 高町なのは】

 

お父さんがコーチをしているサッカーチームのキーバーの男の子が持っていたのがジュエルシードに見えたけど確証が持てなくて、そのままにしていたら突然街のあちこちから大きな樹が出現した。

 

やっぱり、あれはジュエルシードだったんだ。

 

私がちゃんと見て居れば、こんなことにはならなかったと後悔しながらも、今は兎に角ジュエルシードの暴走を止めないとと思ってレイジングハートをセットアップした。

お姉ちゃんも優介君も気付いたら居なくて心細かったけれど、私が失敗したんだから自分で何とかしなくちゃダメだ。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

近くの樹の根に封印魔法を叩き付ける。

当たった樹の根は消えて無くなった……が、それだけだった。

街中に出現した他の樹の根は何ともなく、一本が消えただけだった。

 

「そんな……」

 

まさか、この全てを封印しなくちゃいけないんだろうか。

 

「ううん、迷ってる暇なんかない。

 私のせいなんだから、やりとげないと」

 

そうして、私は近くにある樹の根に片っ端から封印魔法を当てていった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

20分後、私の体力は既に限界を迎えていた。

突き出てくる樹の根を避けながら封印魔法を当てていったけど、多分全体の3分の1も減っていない。

それどころか、新たに出現する樹の根により数は寧ろ増えている様に見える。

しかし、私は既にレイジングハートを持ち上げる力もなく、地面に突いて何とか身体を支えている状態だ。

 

「どうすれば…どうすればいいの」

 

為す術無く立ち尽くす私の前で、突然樹の根が消滅した。

 

「あ……」

 

目の前の光景に茫然としてしまう。

何が起こったのか分からないけれど、私が全然役に立てなくて、誰かが解決してしまったことだけは何となく分かった。

 

お姉ちゃんが探しに来るまで、私は悔しさで溢れてくる涙を抑えられずに泣き続けた。




(後書き)
 前話後書きで「しばらくは平和にリリカル」と言ったんですが……獣殿の戯れにより強制イベントが発動しました。
 なお、優介はdies iraeの知識がありますが、まどかはありません。
 しかも、情報不足で相手が転生者かどうか確信持てません。

 なお、騎士団員のレベルについては獣殿の総軍取込みの時点で魂の収奪による向上は無くなる前提にしているため、自身の魂の強度の向上か、戦闘技術の向上のみで上がる設定としています。
 戦闘技術の向上と言っても頭打ちだと思いますので、実質この世界の魔法技術習得分しか上がってません。
 中尉は魔法の習得を殆どサボってました。

 また、黒円卓騎士団員の霊的装甲は纏った魂の数に応じて「その人数を殺せない攻撃を遮断・軽減」するという概念装甲と解釈しています。
 聖遺物での攻撃が効くのは籠められた魂の数が考慮されるため、と言う設定です。

 どちらも独自解釈を孕んでいますが、今のところ原作で否定要素は出てない……と思いたい。

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