Caution! 直接表現はありませんが性描写を想像させるシーン、及びインセスト・タブーに抵触する表現があります。
「さて、次の舞台は確か温泉だったな」
高町家と月村家へのフォローの結果についてクリストフから報告を受け、ひと段落着いた所でこの先の事を考える。
「ベイやマレウスは街中に居るだろうから、また出遅れるであろうな」
黒円卓の騎士団員は戦闘能力という面においては非常に高く、半ば非戦闘員のリザ・ブレンナーでさえAAAランクの魔導師くらいは打倒出来る。
しかし、逆に戦闘以外の面については基本的に疎く、探知や捜索などは本来彼らの得意分野ではない。
ルサルカはまだそれなりに多彩な魔法が使用出来るが、ヴィルヘルムは探知魔法など最初から覚えていない。
加えて、ラインハルトは正史の知識をメルクリウスを除いた騎士団員に与えていない。
故に、これまでのジュエルシードの争奪戦においては殆どの場合においてなのはやフェイトに先を越されている。
黒円卓陣営が手に入れたのはユーノが所持していた1つとユーノを襲った暴走体、そして大樹の3つのみ。
最初の2つについてはユーノが無差別の念話を送った時に偶然近くに居た為に手に入れることが出来た。
一方、大樹についてはラインハルトが騎士団員を転生者にぶつけてみようと軽い気持ちで情報をリークしたために起きた遭遇戦。
黒円卓の2人が自力でジュエルシードを探り当てたことは、実は現時点で一度も無い。
戦えば勝利はほぼ確実な黒円卓陣営ではあるが、そもそも戦闘を行う状況までに持っていくことが出来ていなかった。
「まぁよい、今回はそこまで介入の必要があるわけではない」
そんな状況を理解していながら、黒円卓の首領である黄金の獣は何も手を打とうとしない。
所詮、ここでの行動が大勢に影響はしないと理解しているからだ。
「ふむ……それにしても温泉か」
ラインハルトはしばらく考えると、何処かへと連絡を始めた。
【Side イクスヴェリア】
「………………………………は?」
兄様から突然の通信があったかと思ったら、告げられた言葉に思わず硬直してしまった。
慌てて聞き返そうとしたが、時遅く通信は既に切れてしまっていた。
告げられた内容を端的に言えば、着替えを持って地球に来い、と言う内容だ。
着替えを持って……と言うことは泊まりになるということだろうが、これはひょっとしてそういうことなのだろうか。
千年越しの恋が実る時が来たかも知れないと思うと、顔が紅潮し口元が勝手に緩んでしまうのを感じた。
が、こうしては居られないと慌てて侍女に身を清める準備をさせる。
準備が整ったら呼ぶように頼み、それまでの間に衣装室に籠って服を選ぶ。
手持ちの中で最も趣味の良い服と……そして少々過激な下着を選んだ辺りで侍女が呼びに来た為に浴室へと向かう。
湯上りには不自然でない程度の化粧をし、先程選んだ服を身に纏う。
少し時間が掛かってしまったが、兄様の前で恥をかくよりはマシだろう。
通信の際に送られてきた座標をデバイスのハーケンクロイツにセットすると転移魔法を使用する。
高なる鼓動を抑えながら目を開けると、そこは明りを消した寝室で月明かりで兄様の姿が……居ることは無く、木々の間から日差しの差し込む森の中だった。
「いきなり野外ですか!?」
正直この時点で薄々私の早とちりであったことに気付いていたが、諦め切れなかったためそんなことを言ってみる。
「うん? 転移先が屋外でも別にそんな驚くことはなかろう」
私の叫びに答える聞き覚えのある美声が背後から聞こえてきた。
振り返ると予想通り兄様がそこに立っていたが、視界に入ったその姿に思わず目を奪われる。
普段の格好と異なり、黒いスラックスに薄紫の長袖シャツを少し肌蹴させた姿に強烈な色香を感じて目が離せない。
「そ、それで兄様……私は何故呼ばれたのでしょう?」
黙り込んだ私に不思議そうな表情を向ける兄様の姿に誤魔化す様に呼ばれた理由を問い掛ける。
「ん? 言っていなかったか?」
「聞いてません」
この人本気で言ってるんだろうか?
そう思うが、多分本気なんだろうなと即座に自答する。
それを教えて貰えなかったせいで私がとんだ早とちりで恥をかく羽目になったことを理解して欲しい。
しかし、墓穴を掘ることになるため、そんなことは言えるわけもない。
「そうか。まぁ端的に言えば家族旅行だ。
この国では大型連休には家族で温泉旅行に行くのが慣わしらしい」
「か、家族旅行ですか?
温泉って……そう言えばここは……」
「海鳴市近郊の海鳴温泉、その近くの森の中だ。
この辺りで一番評判の良い宿を既に予約してある」
兄様と2人きりで温泉旅行……当初期待していたものとは異なりますが、全然ありです。
それに、2人きりの家族旅行で別室ということもないでしょうから万が一ってことも……。
「さて、それでは行くぞ?」
「はい!」
そう勢い良く返事をしながら振り返って歩き出した兄様の左腕に抱き付く。
兄様は私が腕を掴んだことに不思議そうな顔をするが、別に良いと思われたのかそのまま歩き出した。
兄様と生きて約1000年が経ったが、その私の結論としては兄様には恋愛感情と呼べる感情そのものが存在しない。
厳密には全てを愛する王の愛が前提に在るために、特定の誰かに感情を向けることが苦手という印象だ。
勿論、妹である私の事はそれなりに優遇して貰っている自覚はあるし、騎士団員についてもその他大勢とは別扱いだ。
でも、それは感情ではなくてそうあるべきだと考えてそうしているだけと、ある時に感じてしまった。
そんな兄様だから、未だかつて正妃も側室も居たためしが無い。
勿論、皇帝である以上はあっても不思議ではない後宮なんてものも作られていない。
帝政になる前のガレア王国においては後宮が設けられるのは当たり前だったが、兄様が即位した直後に前王であるお父様の後宮は解散させられ(これは普通のこと)、その後に兄様の後宮が作られると思いきや内装が全て取り壊されて皇族と騎士団員専用の訓練施設にされてしまった。
勿論、皇帝として圧倒的な権力を持っている上に容姿、知能、実力、全てに置いて秀でた兄様に取り入ろうとする女性は多い。
しかし、どんな令嬢も貴婦人も一夜の相手以上になれたことはない。
本来であれば、こんなことは許されはしない。
王族や皇族であれば、世継ぎを生むことは責務だ。
しかし、ガレア帝国においてだけはその常識が通用しない。
何故なら、皇帝である兄様が不老の存在であり代替わりと言う概念が存在しないからだ。
勿論、兄様は不老であっても不死ではないため、万が一……いや、億が一ということがないとは言えない。
そう考えて正妃や側室を置くことを進言した者も居なかったわけではないが、激昂したどこぞの赤騎士に蒸発させられてしまった。
「ハイドリヒ卿は至高の存在であり不滅、その様なことを考えること自体が不忠の証」という主張だったが、どちらかと言えば結婚を勧めたことの方が癪に障ったのではないかと私は思っている。
と言うか、兄様に正妃も側室も居ない理由の大半がエレオノーレの妨害のせいに思えてきました。
まぁ、何はともあれ重要なのは兄様の隣は空いていると言うことです。
ならば誰に憚ることもありません。
そうして向かった温泉に家族風呂なんて素晴らしいものがあるとは……その、最高でした。
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温泉から上がって部屋で山の幸を味わった後、兄様と自分用にお茶を淹れて一服していた時だった。
普段飲んでいる紅茶とは違って苦味が強いがこれはこれで味わいが……などと考えてた私はふと近くで魔力が弾けるのを感じた。
「!? 今のは……」
「ジュエルシードの発動だろうな。
多少離れているとはいえ、この付近も落下予想地の範囲内だ」
兄様は空間ディスプレイを展開すると、サーチャーから送られてくる映像を映し出した。
魔力の発動を感じる前からサーチャーを展開していたことに疑問を感じるが、今はそれどころではない。
「これが……ですか。
ベイ達に命じて集められていると伺ってますが、確保しないで良いのですか?
何でしたら、私が行ってきますが」
「要らんよ。
家族旅行の最中に無粋なことをする必要もあるまい。
それに、今はまだ私も卿も彼らの前に姿を見せるつもりはない」
彼ら? そう疑問に思って兄様の視線の先にあるディスプレイを見ると、そこでは数人の少年少女が対峙していた。
金髪で黒いレオタードの様なバリアジャケットを纏った少女と、野性的なオレンジ髪の犬耳を生やした女性。
それに相対するのは白いバリアジャケットのツインテールの少女と、その少女にそっくりなポニーテールのジャージ姿の少女、そして黒と白の双剣を構えた茶髪の少年だ。
バリアジャケットを纏った少女2人が空中に飛び上がり、射撃魔法の撃ち合いを始める。
それと同時に、オレンジ髪の女性がその姿を狼へと変えて残りの2人に飛び掛かった。
「彼らがこの世界の重要人物と転生者ですか」
「ああ、空中で撃ち合っているのがこの世界の重要人物で、狼はその守護獣。
残りの2人が転生者だ」
その言葉に思わず私は2人の転生者を空間ディスプレイ越しに睨み付ける。
何れ必ず兄様と敵対する存在。
見た所、今の時点であれば全員纏めても私1人で十分相手出来る程度の力量でしかない、ならばいっそこの場で……。
そう思った直後、私は身体が浮き上がる様な感覚を感じると、次の瞬間には兄様の足の上に抱えられていた。
「ふぇ?」
現状が理解出来ず、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「に、兄様!?」
兄様の膝の上に乗せられるのは初めてではないが、普段とは異なり乗せられると言うより抱え込まれると言った方が相応しい姿勢、更に今の私達は湯上りの為に備え付けられていた浴衣を羽織っているだけの格好であり、いつもとは違う密着感に食事を挟むことで漸く下がってくれた血がもう一度顔に集まるのを感じた。
鏡が無いので分からないが、おそらく今の私は耳まで真っ赤になっていることが想像出来る。
「家族旅行の最中に無粋な真似は要らんと言ったぞ」
そんな真っ赤になっているであろう私の耳元で兄様が囁く。
脳を直撃するその声に腰砕けにされてしまい、声を出すことも出来ずに必死に頷いた。
「それに、見ての通り彼らは未だ発展途上。
この先何処まで力を伸ばせるか、もしかすると思いの外楽しませてくれるかも知れん」
そう言いながら、兄様の右手は私の浴衣の合わせ目から左手は裾から侵入してくる。
「───────ッ!?」
望んでいた展開ではあるものの、心の何処かで準備が足りていなかった為にパニック状態になり声にならない悲鳴を上げる。
「まぁ、私やカールに対抗出来る様になるかと言えば流石に望み薄だが、少なくともザミエル達とやり合えるくらいには成長して欲しいものだ」
前に抱え込まれている為に兄様の顔は見えないが、声の感じからして私ではなくディスプレイの方を見ていることは分かった。
脳が沸騰しそうになっている私とは正反対に、兄様は淡々としている。
その声にも興奮の色は全くなく、それがどうしようもなく悔しいと感じた。
しかし、そんなことを考えていられたのも最初の数分だけで、ディスプレイ越しに少年少女の戦いを観戦する兄様に手慰みに弄られ生殺しの生き地獄を味わわされた私はすぐに意識を保つのが精一杯な状態にされてしまった。
もしかしてこれ、家族旅行中に無粋なことを考えたことへのお仕置きですか?
30分程経って魔法少女達の戦闘が金色の方の勝利で終わるころには息絶え絶えになってぐったりとしていた。
空間ディスプレイを消して漸く私の方へと意識を向けた兄様は私を抱え上げると、用意されている布団の方へと足を進めた。
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「昨日の続きなのですが……」
翌日、立てないので布団にうつ伏せになりながら私は座椅子に座ってお茶を飲んでる兄様に問い掛けた。
「転生者に攻撃を仕掛けないことについては分かりました。
しかし、この世界の重要人物と時空管理局についてはどうなさるのですか?」
「どちらも今のところ何もする気は無い。
この世界の重要人物は未だ殆どが10にも満たぬ幼子。何をする気にもならないし、必要もない。
干渉はベイとマレウスのみで成り行きに任せれば良い」
確かに、昨日の映像を見る限りでは双方とも小娘で、年齢的にも実力的にも相手をするようなレベルではない。
兄様は勿論、騎士団員と比較しても大分落ちる。
「ベイやマレウスが殺してしまう可能性もありますが?」
「そうなったらそうなったで、別に構わん。
所詮はその程度の存在だったということ、流れについては世界が勝手に補うだろう」
微塵の躊躇も無い回答に、思わず頷くしかなかった。
尤も、兄様の決められた方針に逆らう気は最初から無いですが。
「それでは管理局の方は如何ですか?
ロストロギアがばら撒かれている以上、何れはこの世界にやってくるでしょう。
こちらが何もしなくても、ジュエルシードを保持している以上はベイ達と衝突する可能性が高いと思われますが」
はち合わせたら間違いなく戦闘になるだろう。
特にベイは絶対に喧嘩を売る。
「この世界に来るとしたら本局の次元航空艦だろう。
向こうでは我々ガレア帝国のことは秘匿されているようだが、提督クラスであれば知らされていると聞いている。
賢い者であれば、向こうから衝突は避けるであろう」
「……賢い者でなかったら?」
私の問いに無言のまま微笑む兄様の姿に、時空管理局の選択次第で起こり得る惨劇が想像出来てしまう。
確かに賢い者であれば衝突は避けられるかも知れませんが、彼らが過去に二度も愚かな選択をしていることを思い出して暗澹とした気持ちになります。
私はベイやシュライバーと違って戦争が好きと言うわけではありません。
勿論、攻めてくる愚か者達には容赦する気はありませんが、避けられる戦いなら避けたいです。
願わくは、派遣されてくるのが賢い者達であって欲しいものです。
(後書き)
マイルド獣殿とはいえ問題回。
ただ、獣殿は基本的に来るもの拒まずのスタンスだと思われます。
それと、忘れられがちですが彼等は古代帝国の皇族に分類されます。
問題あると思ったら修正するかも知れません。
なお、『城』から動けないイザークには後日海鳴温泉まんじゅうが届けられました。