魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:暗雲の最中(nanoha)
      Deus Vult(dies irae)


【第3章】A's
21:新たなる戦端


【Side クロノ・ハラオウン】

 

「第97管理外世界に封鎖結界が展開されています!」

「解析を開始します!」

 

 オペレータの声がアースラの艦橋に響き渡る。

 アレックスが解析を開始した結界の術式がモニタに表示される。

 しかし、そこに表示された術式は僕達が馴染みのあるそれとは大幅に異なっていた。

 

「術式が違う……ミッドチルダ式の結界じゃないな」

「そうなんだよ……どこの魔法だろ、これ?」

 

 僕の声に答えてエイミィが疑問の声を上げる。

 

「これはベルカ式ね、それもミッドチルダ式でエミュレートした近代のものじゃない……正真正銘のエンシェント・ベルカ」

 

 僕の背後から涼やかな声が聞こえてきた。

 振り返ると、いつの間に艦橋に入ってきたのか1人の少女が立っていた。

 

 腰まで伸ばした水色の髪に赤い瞳の絶世と言っていい美少女だが、気位の高さが見て取れる顔立ちでその雰囲気は周囲を威圧する。

 テスラ・フレイトライナー執務官……僕と同い年だが、執務官としての経歴は先輩に当たる。

 9歳にして史上最年少で執務官資格を習得した正真正銘の天才、SSSランクのエースオブエース。

 何故か数ヶ月前にアースラへの転属願を提出し、アースラ付きの執務官となっていた。

 通常であれば執務官は1隻の艦隊に1人がせいぜいだが、現在のアースラには僕と彼女の2人が在籍している。

 普通に考えればあり得ないその状態は彼女の要望によって叶えられた。

 若くして英雄と見做されている彼女の発言力は海の中においてかなり大きく、多少の人事は融通が利くらしい。

 

「古代ベルカ式……」

「かつてミッドチルダ式と覇権を争った古代ベルカの魔法。

 射撃や砲撃の中遠距離をある程度度外視して近接戦闘に特化した魔法形態で、優れた使い手は騎士と呼ばれたそうよ。

 今ではレアスキルに分類される程使い手の居ない魔法の筈なんだけど……」

「海鳴市に結界!? なのはは……なのはとまどかは無事なんですか!?」

 

 フレイトライナー執務官の説明に割り込む形でフェイトが入口から飛び込んできた

 艦内放送で事態を知ったらしく、血相を変えている。

 まぁ、友人達が何か事件に巻き込まれている可能性が高いと知ったら不安になって当然だろうけど。

 

「落ち着きなさい、フェイト」

「フ、フレイトライナー執務官!?

 し、失礼しました!」

 

 焦りで周囲が見えない状態になっていたフェイトだが、フレイトライナー執務官が諌めるとハッと気付いて謝罪する。

 緊張で冷や汗を流すその様は怯えている様にしか見えない。

 アースラに赴任してきたフレイトライナー執務官は僕やフェイトとこれまでに何度か訓練のための模擬戦を行っている。

 今の所、僕もフェイトも全戦全敗で天才の名に恥じない彼女の実力を見せ付けられていた。

 何しろ、フェイトのファランクスシフトの様な本来であれば大規模儀式魔法で放つ様な攻撃を溜めなしで普通に放ってくるのだから、その規格外振りが良く分かる。

 ちなみに、僕はシールドで防ごうとして途中で破られて何発か喰らってしまったが、フェイトは持ち前の速さで回避することに成功した。

 が、そのせいで2発目に今度はバインドで指一本動かせない状態にされてから全弾叩き込まれる羽目になった。

 軽くトラウマになったらしく、あれ以来フレイトライナー執務官の前では畏まる様になっていた。

 

「でも、解析まで時間が掛かりそうね。

 ハラオウン提督、転送で直接現地に向かうべきかと思いますが」

「そうね。フレイトライナー執務官、お願い出来ますか」

「了解しました」

 

 フレイトライナー執務官が現場に急行することを艦長に提案し、許可を得る。

 

「あの、私も……私も行かせて下さい!」

 

 フェイトがフレイトライナー執務官に頼み込むが、フレイトライナー執務官は直接答えず黙ったまま艦長に目線で伺いを立てる。

 

「そうね、フェイトさんとアルフさんも彼女に付いて現地へと向かって下さい。

 クロノ執務官はアースラに待機していて」

「「「了解しました」」」

 

 

 

【Side 高町まどか】

 

「……来た!」

 

 唐突に展開された封鎖結界に、私は闇の書事件の始まりを悟った。

 

 優介と方針を決めてから何度かデバイスの作成のために時空管理局本局に行き、その度に無限書庫で資料を探していた。

 しかし、優介も私もこの方法に正直なところ諦めを抱いている。

 想像を絶する量の情報に私達2人だけではマルチタスクと読書魔法を駆使しても目的の情報を得るまでに数年がかりの時間が掛かることを最初の1日で悟った。

 最大の誤算はユーノ・スクライアの死……彼の司書としての才能は百年に1人の逸材だったのだと思い知らされた。

 私達2人掛かりでも闇の書事件の僅かな間に情報を集めることは出来そうにないが、彼はそれを1人で、しかもデバイスの補助すら無しにやってのけたのだ。

 P・T事件でユーノが死んでしまったことがこんなところに影響を及ぼすとは想像もしていなかった。

 夜天の魔導書のオリジナルデータを探すどころか、正史でユーノが探し当てたのと同等の情報を得ることすら難しいと私達は感じていた。

 周りに協力を要請して人海戦術でやれば何とかなるかもしれないが、闇の書のことを話せば何故そんなことを知っているのかと必ず聞かれるだろう。

 正史のことを話せない以上、その問いに答えることは至難と言っていい。

 悪用すれば世界を引っ繰り返すことも出来てしまう知識のため、明かすとしても信頼出来る相手に限定しなければならない。

 クロノやリンディ辺りなら話すことも出来るかも知れないし検討したが、結局のところ彼らが人を動かす際に納得の行く説明を求められることに変わりは無い。

 結果、私達は僅かな可能性に掛けながら資料探しを続けつつも、正史通りの決着も視野に入れながら闇の書事件を待つことにした。

 

「お姉ちゃん!」

 

 隣の部屋からなのはが駆け込んでくる。

 

「貴女も気付いた?

 私達は結界に閉じ込められてしまったみたいね」

「誰がこんなことを……?」

「分からないけれど、取り合えずここを出ましょう。

 もっと見晴らしのいい場所でないと、身動きが取れないわ。

 それと、何が起こるか分からないからバリアジャケットを展開しておきなさい」

「う、うん……レイジングハート、お願い!」

 

 聖祥大付属小学校の制服に似たバリアジャケット姿になるなのは、それに続く様に私もデバイスを起動させてバリアジャケットを展開する。

 なお、私のバリアジャケットはFateのセイバーの甲冑を模したデザインとなっている。

 防護服を初めて構築する際に浮かんだイメージがそれだったからだが、周りを見ても掛け離れたデザインではないのでそのまま採用しておいた。

 ただ、優介が複雑そうな表情をしていたのが印象的だった。

 聞くところによると、転生させられてすぐにこの世界に生まれた私と異なり、彼はFateの世界で衛宮士郎として一生を過ごしてからこの世界に転生してきたらしい。

 だとすれば、本物のセイバーと出会い、共に戦い、もしかしたら愛し合ってきたことになる。

 そんな彼が私の格好に色々と思うところがあるのは当然で申し訳ないとは思うが、だからと言って今からデザインを変更するのもそれはそれで気を遣わせたと思われてしまいそうだから、気付かなかったことにした。

 

 なお、私のデバイスは依然として借り受けている標準的なストレージデバイスだ。

 専用デバイスもP・T事件の際の契約で製作を進めて貰っているが、色々と注文を付けたせいで半年経っても完成していなかった。

 と言っても、事件後2ヶ月程はフェイトの裁判の準備でクロノ達が殆ど時間が取れていなかったため、製作開始自体がしばらく経ってからだったことも原因だが。

 もうすぐ完成すると聞かされているし、もしかしたら闇の書事件に間に合うかとも期待したのだが、生憎とそう都合良くは行かなかった様だ。

 

 デバイスを起動しバリアジャケットを展開し、なのはと2人で近くのビルの屋上へと昇る。

 しばらく、その場で周囲を警戒していると、レイジングハートが警戒の声を上げた。

 

≪It comes.≫

 

 その声に身構え、同時に感じた魔力に上空を見詰める。

 そこには白熱した拳大の球体が私達の方に向かって飛んで来ていた。

 

≪Homing bullet.≫

 

 レイジングハートの追加情報に、回避をしても無駄だと判断してその場で対処をすることに決める。

 

「なのは、防御お願い!」

「分かった!」

 

 なのはが突き出した手の先で障壁が展開され、誘導弾がそこに衝突する。

 誘導弾の対処はなのはに任せ、私は続く攻撃に対しての備えに集中する。

 

「テートリヒ・シュラーク!」

 

 案の定、赤いバリアジャケット……いや騎士甲冑を身に纏ったオレンジ髪のおさげの少女がハンマーを振りかぶり叩き付けてくる。

 私は両手に持った杖型デバイスを交差させて彼女──ヴィータのグラーフアイゼンを受け止めると用意していた2つの魔法を発動させる。

 

「リングバインド!ディバインシューター!」

 

 リング状のバインドでグラーフアイゼンを固定し、続く射撃魔法をゼロ距離で撃ち込む。

 

「チッ!」

 

 ヴィータは舌打ちすると障壁を展開して私のシューターを防いだ。

 通常であれば拘束された武器を手放し距離を取って回避する場面だが、魔導師や騎士にとってデバイスを手放すことは戦闘継続を困難にするため、彼女の選択は正しい。

 シューターを防いだヴィータは腕に力を込めるとデバイスに巻き付いている私のバインドを破壊しに掛かる。

 罅が入っていくバインドを見て持ちそうにないと悟った私は、破壊される前に自分からバインドを解除した。

 

「うわ!?」

 

 破壊しようと力を込めていたバインドが急に解除されたせいで、ヴィータがつんのめる形になり態勢を崩す。

 その隙に私は右手のデバイスを叩きつけようとするが、間一髪のところでグラーフアイゼンで防がれることになった。

 

「ディバインシューター!」

「な!? うわあぁぁぁぁーーー!!」

 

 私と鍔迫り合いをしていたヴィータの背後から、誘導弾を防ぎ切ったなのはが射撃魔法を叩き込んだ。

 完全に無防備だった背後からの攻撃に少なくないダメージを受け仰け反るヴィータ。

 

「隙あり! 斬!」

「うぐっ!!」

 

 仰け反ったために鍔迫り合いの力が緩んだ瞬間、好機と見て取った私は右手のデバイスに力を込めて振り抜き、グラーフアイゼンを押し切った。

 加えて、そのまま左手で持つもう一本のデバイスで斬撃を叩き込む。

 ヴィータは防ぐことも出来ずに吹き飛び、ビルの屋上の縁にあるフェンスに叩き付けられることになった。

 

「いきなり襲い掛かられる覚えは無いんだけど、何処の子? 何でこんなことするの?」

 

 フェンスから身を起して態勢を整えるヴィータに対して、デバイスを向けながら問い掛けるなのは。

 確かに襲い掛かってきたのは向こうだが、2人掛かりで叩きのめしてから言う台詞ではない気もする。

 ふと思い出して、目を凝らしてヴィータを見る……レベル28、私と同等か。

 正史ではカートリッジシステムを用いたヴィータに及ばず敗北するなのはだが、この世界においては私と2人掛かりだったこともあって敗北せずに済みそうだ。

 正史の流れを変えることになるが、ここでなのはが蒐集を受けることによってプラスになる要素が思い付かなかったため阻止することにした。

 妹が苦しむところなんて見たくない、必然性が無いなら尚更に。

 

「くそっ……てめぇら!」

 

 ヴィータは依然として戦意を失わず、やる気の様だ。

 2対1を不利と見てここで引いてくれたらと期待したが、叶わないようだ。

 加えて、双方の陣営に援軍が到着した。

 

「無事か、ヴィータ?」

「手強い相手の様だな」

「シグナム……ザフィーラ……」

 

 ピンクのポニーテールの剣士と白髪で犬耳の青年がヴィータの前に降り立った。

 

「なのは! まどか!」

「無事かい!?」

「…………………………………………」

 

「フェイトちゃん、アルフさん!?」

 

 私達の前にもフェイトとアルフ、そして会ったことの無い水色髪の少女が転移してくる。

 フェイト達と一緒に来た以上は味方だと思うんだけど、正史では出て来なかった人物の登場に警戒心を上げる。

 

「時空管理局執務官テスラ・フレイトライナーです。

 管理外世界での魔法使用、及び民間人への魔法攻撃の容疑で貴方達を逮捕します。

 抵抗しなければ弁護の機会があります。

 武装を解除して投降しなさい」

 

 冷たい声で投降を命ずる彼女を目を凝らしてみる。

 その瞬間、驚愕に声が出てしまいそうになるのを必死に抑えた。

 

 レベル39!? SSS並みじゃない!

 正史で居なかった筈のイレギュラーだし……転生者の可能性が高いわね。

 

 何とか声を出さずに済んだ私は続けて周囲の人間のレベルを確認する。

 

 シグナムは31、ザフィーラは27。

 ついでにフェイトは26で、アルフは24、なのはは27か。

 レベルだけ見ればシグナムはちょっと厳しいけどヴィータやザフィーラとは互角に戦えそう。

 だけど、ヴィータはカートリッジのブーストを込みで考えれば実質Sランクと見るべきね。

 

「生憎だが、それは出来ん」

 

 フレイトライナー執務官の投降命令を拒絶し、シグナムがレヴァンティンを構える。

 ヴィータとザフィーラもシグナムに続いて戦闘態勢を取る。

 必勝を考えればシグナムにフレイトライナー執務官、ヴィータとザフィーラに2人ずつで当たるのが確実だ。

 しかし、転生者である可能性を考えるとフレイトライナー執務官を全面的に信じるのは危険すぎる。

 管理局の人間であれば転生者であってもいきなり敵対することはないと思うけど……。

 

 だが、そんな私の目算は次の瞬間に粉々に砕け散った。

 

「へぇ、盛り上がってるみてぇじゃねぇか」

「だったら、私達がもっと盛り上げてあげるべきかしら」

 

 私達が対峙しているビルにあった貯水塔の上に、いつの間に現れたのか2人の人物が私達を見下ろしていた。

 忘れもしないその姿に全身に鳥肌が立つ。

 白髪の男ヴィルヘルムとピンク髪の少女ルサルカ……聖槍十三騎士団の2人だ。

 

 これで確信した……矢張り奴らは転生者の関係者だ。

 前回のP・T事件だけならまだジュエルシード狙いで『ラグナロク』とは無関係という可能性もあったが、闇の書事件にも介入してきた以上は最早偶然とは思えない。

 

「な、何なの!? あんた達は!」

 

 シグナム達とは毅然とした態度で相対していたフレイトライナー執務官だが、ヴィルヘルム達が姿を現した途端に動揺を見せる。

 あの態度は演技には見えない……少なくとも聖槍十三騎士団を送り込んできた転生者は彼女では無さそうだ。

 それにしても、彼女は何故あそこまで動揺しているのだろう。

 転生者であるならイレギュラーの発生を予測している筈だし、転生者でないなら居る筈の無い人間が居ることなど意識出来ない筈なのに。

 

 ……ああ分かった、レベルね。

 ヴィルヘルムもルサルカも彼女以上のレベルの持ち主、彼女はそれに気付いたから余裕を無くしたのね。

 それはつまり矢張り彼女も転生者であり、レベルを確認する力を持っていると言うことなのだろう。

 

 ヴォルケンリッターは新たに姿を見せたヴィルヘルム達に警戒しているが、ヴィルヘルム達はヴォルケンリッターには目もくれずに私達に向けて殺気を放っている。

 背後に居る転生者の意図か彼ら自身の考えかは分からないが、完全に私達に的を絞っている様だ。

 

 それにしても、彼らの意図が読めない。

 この場に介入してくるのは分かるとしても、何故ヴォルケンリッターには敵意を向けずに私達だけを狙うのか。

 転生者を標的にしているのかとも思ったが、前回のP・T事件の時にはジュエルシードを優先していてそこまでこちらを狙ってくる様子は見られなかったし、その線も薄い。

 八神はやてやヴォルケンリッターに協力しているにしては、ヴォルケンリッターも不審そうにしており初対面の様だ。

 第三者でヴォルケンリッターに味方する勢力……まさかギル・グレアムが彼らの背後に居るの?

 いやでも、管理局とは敵対関係にあるみたいだし……駄目だ、情報が足りな過ぎて推測も出来ない。

 

 その時、唐突に莫大と言う言葉でも足りない程の魔力と熱量を感じて全員が上空を見上げる。

 

「避けて!」

 

 私は咄嗟に叫ぶと、なのはを抱え、足に魔力を籠めて全力で横に跳んだ。

 一瞬遅れてフェイト達3人もその場を全力で離れる。

 

 先程まで私達が居た場所に小型の太陽とも呼ぶべき灼熱が叩き付けられた。

 離れていても感じられる熱量に、あのままあそこに居たら跡形もなく蒸発していたこと悟らされ、私は思わず青褪める。

 ヴォルケンリッター達は元々居た場所から殆ど動いていないが、今の攻撃……いや砲撃によってダメージは受けていない様だ。

 完全に私達だけを狙い撃ちしていた。

 一体誰が……そう思って炎の出所を探るが砲撃を撃った人物の姿を見付けることは出来なかった。

 

 辛うじて全員かわすことが出来たが、代償として私となのはを除いて全員バラバラの位置取りとなってしまった。

 おそらくだが、先程の砲撃の射手はこの状況を狙っていたのだろう。

 

「オラ、いくぜぇぇーーーッ!!」

「く……この!」

 

 ヴィルヘルムが真っ先に反応し、フレイトライナー執務官に突撃する。

 

「ん~、私はまどかちゃんと遊ぼうかな~」

 

 加えて、ルサルカが私の方に向かってくる。

 ルサルカはヴィルヘルムとほぼ同等のレベル、そしてヴィルヘルムはP・T事件の時に私と優介が2人掛かりでも勝てなかった相手だ。

 そんなルサルカと真っ向から1対1で勝負になるとは思えないが、なのは達にはヴォルケンリッターの相手をして貰わなくてはならない以上、私1人でどうにかするしかない。

 唯一救いがあるとしたら、正史では戦闘不能状態だったなのはが健在で居ることだ。

 戦闘方法からすればなのははヴィータ、フェイトはシグナム、アルフはザフィーラとほぼ正史通りのマッチングになるだろうが、フェイトはシグナム相手では分が悪いし防御に長けたザフィーラをアルフが倒すには時間が掛かる。

 突破口があるとすればなのはとヴィータの組み合わせだろう。

 なのはがヴィータを倒すまで時間稼ぎに徹する、それしかないわね。

 

「なのは! 貴女はさっきの赤い服の子の相手をお願い!」

 

 言い放つと私はなのはから離れて、ルサルカと対峙する。

 彼女の姿を見るのはP・T事件以来なので約半年振りだが、相も変わらず緊張感の無い自然体だ。

 

「は~い、まどかちゃん。お久しぶり~」

 

 そのまま戦闘に入るのかと思ったが、彼女は普通に話し掛けてくる。

 時間稼ぎがしたいこちらとしては好都合なので、そのまま応対することにする。

 

「ええ、久し振りね。 ルサルカ……だったかしら?」

「覚えててくれたのね、感激~」

 

 ふざけた態度にイラつくが、表情に出さない様に努める。

 

「ところで、1つ聞いても良いかしら?」

「なになに? 何でも聞いて。

 お姉さんが優しく教えてあげるから」

「貴女達の目的は何? どうしてヴォルケンリッターの味方をするの?」

「う~ん……」

 

 先程までと打って変わって、何か考え込むルサルカ。

 

「何でも教えてくれるんじゃなかったのかしら?」

「教えてあげたいのは山々なんだけど、生憎と私も分からないのよね」

 

 分からない?

 どういうことだろう……彼女の考えていることは態度からは読みにくいが、正直嘘を言っている様にも見えない。

 

「私達はただ守護騎士達を援護して闇の書を完成させろって言われてやってるだけだから、何でとか聞かれても知らないのよ。

 命令にしたって直接聞いたわけでもないし」

 

 つまり、彼女達の背後に居るであろう転生者が闇の書の完成を望んでいるってこと?

 しかし何のために? 主でもない者が闇の書の完成で得られるメリットが思い当たらない。

 

「質問タイムはもう終わりで良いかしら?

 それじゃ、そろそろ始め……いえ、終わりにしましょ」

 

 ルサルカの不自然な言い回しに疑問を覚えたのも束の間、彼女の足元から私の立っている場所に伸びている影が視界に入り一瞬で総毛立つ。

 とっさに後に向かって飛び退く……つもりが、私の足は全く動こうとしない。

 いや、足だけではなく、指一本動かせないことに私はここでようやく気付いた。

 

 しまった!

 優介から聞いていたルサルカの創造……触れたものの動きを止める影。

 知っていた筈なのに、話に集中してしまい油断した隙を突かれた。

 今が夜で影が見え難かったのも気付かなかった要因だろう。

 優介の話が正しければルサルカは見た目に反して残酷な性格で、この影で動きを止めた相手を拷問するのが好きらしい。

 緊張と恐怖に顔から血の気が引き、喉がカラカラに乾く。

 何とか振り解こうと全身に力を籠めようとするが、全く動く気配が無い。

 拘束されているというより神経の伝達自体をカットされていると言った方が良く、どれほどの力を籠めても身体を動かすことは不可能なようだ。

 他の仲間達が相手を倒して助けに来てくれることを期待するしかないが、そもそも顔を動かせないため状況を見ることすら出来ない。

 

 次にどんな攻撃が来るかと戦々恐々とするが、予想に反してルサルカは明後日の方向を見て黙り込んでいる。

 一体何故……? そう考えたが次の瞬間胸の辺りに異様な感触を感じて否応なしに状況を理解させられた。

 辛うじて視界の下の方に映っているそこには、女性の腕が私の胸元から突き出ておりその掌の先には光る球体が浮かんでいた。

 シャマルの旅の扉!? 球体は私のリンカーコア!?

 さっきのは念話でシャマルに蒐集を指示していたのか!

 ヴォルケンリッターと聖槍十三騎士団は味方同士ではない様だが、蒐集のチャンスを逃すくらいなら指示に従うと言うことか。

 

「きゃあああぁぁぁぁ!!!!」

 

 全身を絞り上げられる様な激痛に思わず悲鳴を上げる。

 しかし、声を上げることは出来ても相変わらず身体は指一本動かず、痛みに身を捩ることすら出来なかった。

 マルチタスクの大半が激痛で思考停止に陥っているが、残りの思考で身体が動かないのに口だけは動かせることに疑問を覚えた。

 その疑問に最悪の形で解が齎されたのは次の瞬間だった。

 

「お姉ちゃん!?」

「まどか!?」

 

 なのはとフェイトが私の悲鳴を聞いてこちらの状況に気付き、驚きの声を上げる。

 2人は戦闘の相手であるシグナムやヴィータを振り切って、こちらに駆け付けてくる。

 その行為が引き起こす事態に私は気付いて、激痛を堪えながら声を張り上げる。

 

(来ちゃだめ!)

 

 しかし、先程まで動いた口がその瞬間に固まってしまい、私の叫びは心中のみで響くことになった。

 視界の真ん中でルサルカが笑顔で手を振っている……。

 

 そしてなのはとフェイトは私を助ける為にビルの屋上に着地した……そう、ルサルカの影で覆われたビルの屋上に。

 

「な!? 身体が……?」

「動けない!? どうして!」

 

 最初に私の口を塞がなかったのは悲鳴を上げさせ仲間をおびき寄せるためだ。

 悪魔の様な狡猾さに絶望を感じながら、私の意識は蒐集の完了と共に途絶えた。




(後書き)
 迂闊な子 ああ迂闊な子 迂闊な子
 ……って、前話と後書きの書き出しが一緒になってしまいました。
 折角事前に能力を教えて貰ってたのに。
 まぁ、夜に足元の影を避けろと言うのは結構ハードル高いから仕方ないかも知れませんが。

 黒円卓勢が何だか仮面の男の立ち位置に。
 なお、優先行動権は帝国側にありますが、相手側から直接攻撃を仕掛けてきた場合の応戦は抵触しない想定です。
 そもそも、権利なので帝国側が行使しなければ問題にならないですし。

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