貫咲賢希様よりテスラのイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:【Side 高町まどか】重圧(nanoha)
【Side ルサルカ】対峙(nanoha)
【Side 高町まどか】
ドアの前に立ち、一呼吸置いてからインターホンを押す。
「…………入りなさい」
カメラで此方を確認したのか、少し間を置いて入室許可が出された。
自動ドアが開き、私は優介と一緒に室内へと歩を進める。
その部屋は一度入ったことがあるクロノの執務室よりも一回り大きく、部屋の主に対する管理局からの期待度を示しているかの様だった。
私と優介は無言でデスクの前まで進み、執務椅子に腰掛けた少女──フレイトライナー執務官を真っ直ぐと見据えた。
「民間協力者が執務官と話す為に来た……わけではなさそうね」
「ええ、単刀直入に言うわ。
闇の書事件が片付くまで同盟を組みましょう、キャスター」
「何のことかしら?
……と言うのは無駄の様ね、セイバー」
多少なりとも動揺するかと思って放った先制は、即答で切り返された。
互いに無言になり、重苦しい緊張感の中で睨み合う。
永遠に続きそうな睨み合いは、双方同時に肩の力を抜くことによって終わりを迎える。
「まぁ、分かり易過ぎなのは認めましょう」
「ええ、お互いにね」
正史には存在しなかったSSSランクの執務官と、正史には存在しなかった主人公の双子の姉。
見る者が見れば転生者であることも選んだクラスも一目瞭然だろう。
「それで、2人掛かりで脅しているつもりなのかしら?
だとしたら私を過小評価し過ぎだと思うわね」
「私達2人掛かりでも勝てる可能性はあまり高くないことぐらいは分かっているわ。
脅迫とかじゃなくて、普通に交渉するつもりよ」
「交渉の余地が無いことも分かっていて良さそうなものだと思うけど。
貴女達は2人で組んでいるのでしょう?
この『ラグナロク』のルール上、同盟を結べるのは2人まで。
同時に生き残る可能性があるのが2人である以上、3人以上の同盟は成り立たない」
彼女の言っていることは正論で、優勝賞品を捨てたとしても生き残れるのはルール上2人まで。
3人で同盟を組んでいても最後には殺し合う羽目になる為、心を許して同盟を結ぶのは不可能だろう。
「恒久的な同盟なら、貴女の言う通りね。
でも、強力な敵に対抗するために期間限定で手を組む余地はあるんじゃない?」
「強力な敵……それはこの前の戦闘で乱入してきた黒い軍服の2人のことかしら?」
「ええ、2人とも貴女と同等のレベルだし、明確に敵対してきている。
それに、炎の砲撃を撃ち込んできた奴が居るから最低でも他に1人は同等以上の敵が居るわ。
ハッキリ言って、私達が協力して立ち向かっても勝てるかどうか分からないくらいの勢力よ。
いがみ合っている場合じゃないことは確かでしょう」
「そこまで言うからには、前回の様な無様は晒さないのでしょうね。
最低限、ピンク髪の女の方は抑えて貰わないと話にならないわ」
痛いところを突かれる。
期間限定の同盟も私達にそれだけの価値が無いと話にならない。
前回の私のミスのせいで説得力を減じている。
「そのつもりよ。
正直1対1では厳しい相手だけど、私と優介の2人掛かりなら対等にやり合える筈よ」
「………………………………いいでしょう、闇の書事件が解決するまでの間、お互いに攻撃を仕掛けないことを誓いましょう」
「交渉成立、ね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ところで」
「え?」
話がひと段落した所で、フレイトライナー執務官が何かを思い出したように尋ねてくる。
「乱入してきた2人組……初対面ではないようだったけれど?」
「ああ、聖槍十三騎士団のヴィルヘルムとルサルカね。
前回のP・T事件の時も乱入してきた2人だから初対面ではないわ」
そう答えながら、私は何処まで話すべきかを迷う。
目の前の彼女は彼らの元になったゲームは知らないようだ。
闇の書事件の解決に万全を期すなら私達の知る情報は全て開示した方が良い。
しかし、それは同時に彼女へのアドバンテージを失うことになる。
「聖槍十三騎士団?」
「本人達がそう名乗ったのよ。
リンディ提督は心当たりがある様だったけど、教えて貰えなかったわ。
それも、将官以上でないと教えられない極秘事項だって」
「!? そう……。
情報規制はそのためだったのね」
彼女の表情が一瞬驚愕で固まると、何かを考えだした。
その反応が少々気に掛かったので、聞いてみることにした。
「貴女は心当たりはないの?」
「残念ながら知らないわ。
私は准佐待遇の執務官だから、将官特秘の閲覧権限は無いから」
反応を見る限り、嘘ではないようだ。
管理局との間で何らかの因縁があるのは確実の筈だが、厳重に隠蔽されているらしい。
私達が知ろうと思ったら、矢張りリンディ提督から聞き出すしかなさそうだ。
他に将官クラスの知り合いなんて居ないし、今後もそう簡単に知り合えるとは思えない。
強いて挙げれば、今後出世するであろうクロノや未だ面識は無いがカリム・グラシアくらいか。
「管理局と過去にどんな因縁があるかは分からないけれど、転生者絡みの存在だと私達は考えているわ」
「転生者絡み?
転生者自身ではないということかしら?」
「確証があるわけではないけれど、彼らの言動からそう考えているわ。
特典によって生み出された存在だと思う」
「そう……まぁ、どちらにせよ戦うしかないことに変わりは無いわ」
「そうね」
【side ルサルカ】
「ほんと世話が焼けるわね~」
空中に展開したスフィアの上で眼下に展開された結界を観察しながら呟く。
「まったくだぜ、あっさり囲まれやがって。
尻拭いするこっちの身にもなりやがれ」
目の前に展開された結界はミッドチルダ式、管理局の魔導師によるものだ。
結界の中ではヴォルケンリッターの2人、鉄槌の騎士と盾の守護獣が包囲されている。
そして今、烈火の将が結界に穴を空けて突入していった。
「何をぼさっとしている、任務遂行に遅滞は許さんぞ」
仲間を助けに行く騎士を眺めながらだらけていた私達に更に上空から咎める声が掛けられる。
そこに居たのは紅い髪をした顔に火傷を負った軍人女性だった。
「はいはい、分かってるから急かさないでよ、ザミエル」
「言われなくても行ってやらぁ」
「フン、分かっていればいい。
穴は開けてやるから、さっさと飛び込め」
そう言うと、ザミエルの背後に巨大な魔法陣が展開し、そこから業火が飛び出して結界に叩き付けられた。
炎が直撃した結界には穴が空くが、少しずつ修復され穴は小さくなっていく。
「さて、それじゃ行きましょうか、ベイ」
「ハッ、遅れんじゃねぇぞ、マレウス」
穴が閉じる前にベイと結界の中に飛び込んだ。
結界内でもう一度スフィアを展開してその上に着地して眼下の戦場の状況を探る。
ヴォルケンリッターは3人。
それに相対するのは以前の事件で私達に絡んできた黒いバリアジャケットの管理局員。
しかし、少し離れたビルの上に残りの面子もデバイスを構えて立っていた。
この前遊んだ少女にその妹と金色の髪の少女、それから前回の事件の時にも居た転生者の少年。
最後の1人はこの前ベイとやりあった水色髪の管理局員の少女だ。
結界内に侵入した私達に気付いたのか、水色髪の管理局員と転生者の2人がこちらへと意識を向ける。
おそらく、水色髪の管理局員も転生者なのだろう。
「どうやら私達をご指名みたいよ、ベイ」
「ハッ、上等じゃねえか。
前回は逃げられたからな、今回はきっちりカタ付けてやる」
そう言うと、私とベイはスフィアを蹴って左右に離れて互いの相手を待ち受ける。
ベイには水色髪の管理局員、私にはまどかちゃんと優介君が向かってきた。
ふと2人が持っている双剣のデバイスに目が止まる。
「前の時には持ってなかったわよね、それ。
新しい武器ってところかしら?」
問い掛けるが答えの代わりに優介君の斬撃が飛んでくる。
余裕で避けるが、時間差でまどかちゃんが斬り掛かってくる。
「ちょっとちょっと、問答無用って酷くない?」
飛行魔法でそれも回避すると空中に留まる。
目の前の2人はそれぞれ双剣を構えると、こちらの隙を窺っている。
「ぶ~、良いわよ良いわよ。
そっちがそのつもりなら、こっちだって」
そう言うと、ナハツェーラーを2人に向かって伸ばす。
2人は瞬時に左右に分かれて影を避ける。
「流石に2番煎じは通じないか。
ま、当然よね」
これで捕まってくれたらラクだったんだけど、そうもいかないみたいだ。
仕方ない、まともに相手をするしかないか。
「それじゃ、これはどうかしら?」
左右の手に魔力を集め、右手でスフィアを展開し射撃魔法を、左手で『血の伯爵夫人』から鋲付きの鎖を形成し放つ。
優介君は手に持つデバイスで打ち払うことを選択し、まどかちゃんの方は防御魔法で防ぐことを選んだ。
が、どちらも甘い。
「くっ!?」
「あぐぅ!?」
射撃魔法は優介君に打ち落されたが、鎖は打ち落とそうとしたデバイスに絡み付いて動きを封じる。
まどかちゃんのバリアも、射撃魔法は防いだようだが鎖によって一瞬で砕け散り薙ぎ払われる。
10メートルほど吹き飛ぶが、ビルの屋上に手を付いて態勢を整える。
鋲が抉ったのか、鎖が当たった腹部からは血が流れている。
「まどか、大丈夫か!?」
「……大丈夫、そんなに深い傷じゃないわ」
「他人の心配している場合じゃないわよ~」
私はそう一声かけると、優介君のデバイスに絡み付いている鎖に力を籠める。
「ん~……よいしょ~っと!!」
「な……うわぁ!?」
「ちょ!?」
私が振り回す鎖によって優介君は一瞬だけ抵抗するがなすすべなく、振り回されビルの屋上に居たまどかちゃんに衝突する。
「痛っつ~~!!」
「ご、ごめん」
避けられないタイミングではなかったが、受け止めることを選択したまどかちゃんは優介君の下敷きになっている。
優介君は謝ると慌ててまどかちゃんの上から退こうとする。
「「っ!?」」
ラブコメ染みた空気を醸し出していた2人だが、地面を見た瞬間慌てて飛び下がる。
「惜しい惜しい」
隙を突いて差し向けたナハツェーラーには気付かれてしまったが、形成とベルカ式魔法だけでも圧倒出来ている。
多少の余裕が出来た私は鎖で牽制しながら、少し離れた所でぶつかり合っているベイの方に意識を向ける。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そらどうした!?
逃げ回るしか能がないのか!執務官サマはよ!」
「く、調子に乗って!」
ベイが放つ杭の連射を高速機動で避ける水色髪の少女。
時折水色の魔力光の射撃魔法を撃ち込んでいるが、ベイは避けることすらせずに当たるに任せて掃討戦を続ける。
少女は堪らずバリアを張って杭を防ぐが、それは悪手だった。
「オラァ!!」
バリアを張る代わりにその場から動けなくなった執務官に向かって、ベイが左の手刀を撃ち込む。
バリアを紙切れの様に切り裂くと、心臓に向かってベイの手が伸びる。
回避は不可能で絶体絶命、傍から見ている私もそう思ったが、次の瞬間ベイの手が止まる。
「なにぃ!?」
ベイを止めたのは水色をした鎖状の魔力、チェーンバインドだ。
「掛かったわね」
目の前で拘束され無防備な姿を晒すベイに、勝ち誇ったように笑うと少女は杖型のデバイスをベイの胴体に突き付け魔力を集中する。
零距離で砲撃魔法を叩き込むつもりだろう。
「終わりよ、墜ちなさい」
水色の砲撃が放たれ、ベイが一瞬で飲み込まれる。
そのままビルを一棟飲み込んで半壊させ、瓦礫の中に叩き付ける。
「やった!?」
「す、凄い……」
私と対峙しながらも向こうの様子を窺っていたのか、まどかちゃんと優介君も歓喜の声を上げる。
だが、肝心の少女は先程までの勝ち誇った様子ではなく、左腕を抑えてその場を動かない。
「ぐぅ……っ!」
抑えた左腕からは血が溢れバリアジャケットを真っ赤に染める。
砲撃に飲み込まれる瞬間、バインドが壊れると同時にベイは防御も回避も度外視して攻撃を選択した。
常人には理解出来ぬ思考で動く戦闘狂に打算や安全策と言った言葉は通用しない。
まぁ尤も、あの程度の砲撃ではダメージはあっても致命傷にはならないと言う自信があることも含まれているだろうが。
ベイが激突した半壊したビルの瓦礫が内側から吹き飛び、半壊が全壊へと変わる。
飛散する瓦礫と共にベイが少女に吶喊する。
その身体には先程までと異なり、赤黒い杭が何本も生えている。
「流石のベイでも活動位階じゃ勝てないって悟ったみたいね」
形成位階。
契約した聖遺物を物体として具現化させることの出来る位階。
エイヴィヒカイトは第2位階である形成位階に到達することで初期位階である活動位階と比べて遥かに戦闘力が増す。
位階に到達することによるレベルアップは勿論存在するが、それを抜きにしても形成を発動することでパワーもスピードも段違いとなる。
その証拠に、先程までは回避主体とは言え渡り合えていた少女が今では圧倒的に劣勢となっている。
ベイの身体から生える杭は聖遺物『闇の賜物』によるもの、触れるだけで相手の血も精気も魔力も略奪する吸血鬼の牙だ。
バリアジャケットで軽減されているため五体満足だが、それがなければとっくにミイラになっていただろう。
それに、軽減されているとはいえバリアジャケット自体が魔力で出来ているため掠るだけで削られていく。
直撃は何とか避けている様だが、既に何か所も切り裂かれて血を流している。
体力も魔力も削られて、このまま続けば力尽きるのは時間の問題だろう。
「く……!」
「ムーンライト、アーチャーモード!」
同じ様に考えたのか、まどかちゃんと優介君がデバイスのモードを切り替えてそれぞれ杖と弓を持つ。
苦戦している彼女に援護をするつもりだろうけど、私はそんなことを許す程甘くはない。
「余所見していていいのかしら?」
優介君に車輪を、まどかちゃんには鋼鉄の処女を形成し牽制を放つ。
2人は何とかかわすが、遠距離モードに変えたデバイスで行使しようとしていた魔法は霧散する。
「しまった!」
「くっ、これじゃ援護出来ない!」
2人からの援護を受けられない執務官は秒読みで追い詰められていく。
「く……!?」
「オラ、ちんたら踊ってんじゃねぇぞ!
串刺しになっちまうぜ?」
「ふざけないで!」
ベイの速さに追い付けなくなっていた執務官が魔法を放つ余裕も無く魔力を放出する。
技術も何もなく力任せに放たれたそれは、彼女の膨大な魔力故に攻撃魔法と同等の効果を持ってベイを弾き飛ばす。
ダメージにはなっていないようだが、一時だけ距離を離すことに成功した執務官は一息を付く。
一方のベイは空中で態勢を立て直し、ビルの屋上へと着地する。
「答えなさい! 貴方達は何が目的なの?
何故ヴォルケンリッターに味方するの?」
「理由なんざ、知らねぇよ。
俺達はただあの人の命令に従うだけだ」
また攻防が始まるかと思ったが女執務官が声を張り上げてベイに問い掛ける。
前回の時にまどかちゃんには言ったんだけど、伝わってないのかしら。
「……あの人?
貴方達を動かす黒幕が居るのね!
それは何者なの!?」
「我らが首「止めなさい、ベイ」」
執務官の質問に答えようとするベイを私は止めた。
特に口止めはされていないが、みだりにハイドリヒ卿のことを言い触らすのは拙いだろう。
ハイドリヒ卿自身は全く気に留めないだろうが、あの人に不利なことをすればザミエルが黙っていない。
「あの方の情報を話すことは許可されていないわ。
迂闊な真似は止めなさい」
「チッ、分かった」
渋々と引き下がるベイに私は安堵する。
しかし、次の瞬間致命的な言葉が戦場に投下された。
「名前を知られるのも怖がるなんて、
「テメェ……」
執務官の嘲笑うような言葉にベイが先程までとは桁違いの殺気を放つ。
粗野な態度を取るベイだがハイドリヒ卿には真の忠誠を捧げている。
怒りと殺意、そして迸る魔力で周囲の空間が歪んでいく。
しかし、次の瞬間ベイの殺気が消えた……否、かき消された。
ベイの放つ殺気を遥かに凌駕する殺気が結界の外から放たれたせいだ。
その殺気は真っ直ぐにハイドリヒ卿を侮辱した執務官の女に叩き付けられる。
「ザミエルに聞かれちゃったみたいね」
「ああ、死んだなアイツ」
この覚えのある殺気はザミエルのもので間違いないだろう。
ハイドリヒ卿に対する侮辱を、彼女は絶対に許しはしない。
結界越しだというのにここまでの殺気、どうやら彼女は完全にキレているらしい。
激怒しかけたベイだが、ザミエルの殺気に当てられて逆に冷静さを取り戻していた。
気が付けば戦場の誰もが戦いの手を止めて、硬直している。
直接向けられたわけでもないただの余波に過ぎないそれに、私やベイですら鳥肌が立っている。
戦場を渡り歩いてきた守護騎士達は兎も角、殺し合いの経験が薄い子供達は耐えられないだろう。
実際、まどかちゃん、なのはちゃんやフェイトちゃんは呼吸すら出来ずに震えている。
優介君はまだマシみたいだが……。
余波ですらその状態であり、殺気の向けられた中心に居る執務官の顔は真っ白になる程に血の気が引いている。
情報を引き出すための挑発のつもりだったのだろうが、発言とタイミングが最悪だった。
「逃げた方が良いわね。
この殺気、下手をすれば私達も『狩猟の魔王』に巻き込まれるわよ」
「だな、どうやら完全にブチ切れてるみたいだしな」
私はベイと示し合わせると、結界の際に向かって飛行する。
私達が結界の中心部から離れた直後、業火が結界を卵の殻か何かの様に容易く割ると中央に直撃した。
結界の機能が完全には消えてなかったから良いものの、一歩間違えば現実世界で大惨事になるところだ。
「ふ~、間一髪ってところね。
って言うか、私達が避難するの確認すらしないで撃ったわね、アイツ」
振り返ってみると、空中に居た執務官はビルの屋上に叩き落とされて気絶している。
バリアジャケットはあちこち焦げてあられもない姿を晒しているが、五体満足だし命に別条は無さそうだ。
「意外ね。殺さなかったんだ、ザミエル?」
背後を振り返りながら問い掛ける。
そこには、予想通り騎士団服に身を包んだザミエルが佇んでいる。
「直前まで殺すつもりだったがな。
闇の書の完成を優先しろとのご命令があった。
口惜しいが、ハイドリヒ卿のご命令が最優先だ」
「成程、道理でね」
「あの女はまだ蒐集を受けていないからな。
闇の書の完成を優先するなら蒐集前に殺すわけにはいかん」
闇の書の蒐集は1人に1度しか行えない。
高ランクの魔導師は餌としての価値が高いから、蒐集対象から外すのは確かに勿体無い。
「じゃあ、丁度気絶しているみたいだし、守護騎士に蒐集しろって言っとく?」
「そうしたいのは山々だがな。
生憎と私が結界を破壊した直後に早々と撤退してしまったようだ」
その言葉に改めて戦場であった空間を見ると、確かに居るのは管理局勢だけでヴォルケンリッターが居ない。
「あらら、ホントだ」
「逃げ足の速ぇ奴らだな」
私達の目的は闇の書の完成であり、ヴォルケンリッターが居なくなってしまった戦場には用が無い。
「やむを得ん、我らも撤退するぞ」
「はいは~い」
「りょ~かい」