【Side エレオノーレ】Juggernaut(dies irae)
「どういうことなの!?」
バンッと力強く執務机が叩かれ、怒声が上がる。
ここは先日の戦闘で重傷を負いながらも復帰したフレイトライナー執務官の執務室であり、問い詰められているのはその本人だ。
怒声を上げたのは民間協力者の高町まどかだ。
声を上げては居ないが、同じく民間協力者の松田優介も一緒であり、まどか同様に怒りを抱いている。
怒りを顕わにするまどかに対し、フレイトライナー執務官は何処吹く風と言った様相だ。
「何のことかしら?」
「惚けないで!
八神はやてを狙わせたのは貴女でしょう!?」
「クロノからあんたが居場所を教えて捕縛を指示したと聞いた」
そう、高町まどかが憤っているのはクロノ達が八神はやてに対して捕縛作戦を展開したことを知ったためだ。
結果的に八神はやてや守護騎士達は仮面の男の横槍もあり難を逃れたが、八神はやては第97管理外世界『地球』に居られなくなったし、ヴォルケンリッター達が蒐集をしていたことも知ってしまうだろう。
これにより正史と同じ展開を望めなくなる可能性がある。
「ああ、そのことですか。
確かに指示しましたが、闇の書の主を確保するのは管理局員として当然のことでしょう。
何か問題でも?」
「……! あくまで惚けるつもり?
ここには私達3人しか居ないわ、本音で話しましょう。
貴女は正史の流れを否定するつもりなの?」
白を切ろうとするが食い下がるまどかに、フレイトライナー執務官は諦めたのか溜息をつくと嘲笑を浮かべる。
「当然でしょう?
原作の流れはあれはあれでその時々の最善を尽くした結果かも知れないけれど、無事に終わったのは所詮ご都合主義の結果に過ぎないわ。
リスクの大きさを考えれば、先手を打つのは当然のことよ」
正史においては世界は滅びず、闇の書の闇は消滅し被害は止まった。
リインフォースの消滅と言う悲劇はあったが、概ねは無事だったと言っていいだろう。
しかし、そこに至るまでの道程は綱渡りと言っていいだろう。
「でも、このままじゃはやては……!」
「良くて犯罪者として捕縛、悪ければ死亡でしょうね。
どちらの場合でも、闇の書は呪いから解放されずに再度転生する」
「それが分かってるのにどうして!?」
冷たく言い放つフレイトライナー執務官にまどかは更に苛立ちの声を上げる。
実際、既に八神はやては闇の書の主として管理局に認識され追手を掛けられている状況だ。
闇の書の完成前に管理局に捕捉されれば、それ以上の蒐集は出来なくなる。
八神はやては闇の書の浸食によって命を落とし、闇の書は転生する。
勿論、管理局も彼女の命を救うために処置はするだろうがそれが上手くいく保証はなく、仮に上手くいってもそれは彼女と闇の書を切り離す類の方法になるだろう。
彼女はヴォルケンリッターを失い、残るのは自身の命欲しさに襲撃を行わせたと言う罪だけだ。
尤も、彼女の魔法の資質は健在なため、管理局で働くことで罪は大幅に軽減されるかも知れないが。
「だったら貴女は八神はやてを救うために第97管理外世界や周辺の世界を賭けろと言うのかしら?
彼女1人に100億を超える命を危機に晒すだけの価値があるとでも?」
「そ、それは……!?」
それもまた正論だ。
八神はやてと夜天の魔導書が救われるためには、幾つもの障害がある。
八神はやてが取り込まれた際に夜天の魔導書を制御出来なかったら?
制御出来ても、そのタイミングで外部から魔力ダメージを与えることが出来なかったら?
魔力ダメージを与えて切り離すことに成功しても、闇の書の闇……ナハトヴァールを倒せなかったら?
それぞれ難易度は高く、1つでも失敗すれば世界が滅ぶのだ。
分の悪い賭けにも程があるだろう。
「『原作では上手くいったんだから』なんて楽観視、私には出来ないわ。
貴女達は違うのかしら?」
「うぅ……」
「ぐ……」
痛い所を突かれ、2人の民間協力者は反論の声を上げられなかった。
2人とも薄々感じつつも目を逸らしていたことだから尚更に。
結局のところ、正史の通りの展開を望めば最後は八神はやて個人の精神力に頼らざるを得ないのだ。
世界中の人間の命を賭けるのに他人任せと言う身勝手な選択となる。
勿論、正史においてはご都合主義的な面はあるとは言えど、その時々の最善を尽くして結果的にそういう流れになった。
それを否定することは誰にも出来ないだろう。
だが、この世界においては違う。
転生者と呼ばれる正史の流れ──この世界における『未来』を知る者達が居り、誰も知らない筈の闇の書の主の名を知っていた。
それでも敢えて正史の流れを是として知っている情報を隠蔽したのなら、それは果たして『最善』と言って良いのだろうか。
「答えられないなら、さっさと出ていって貰えるかしら?
貴女達と違って、
「「………………ッ!」」
辛辣な言葉に2人は睨み付けるが、結局のところ何も言葉を発することは無く執務室を退室していった。
「ふぅ、やっと行ったわね。
たかだかアニメキャラに入れ込んで、本当にバカな奴等」
2人が部屋を出た瞬間、溜息をついて悪態を付く執務官。
「それにしても、クロノも使えないわね。
あれだけの戦力を投入して何1つ成果なしなんて……。
いえ、これは形振り構わず妨害に出たギル・グレアムの執念を褒めるべきかしら」
極秘の電撃作戦をハッキングを行ってまでの妨害。
これでは、内部に犯人が居ると教えている様なものだ。
おそらくリンディ提督もクロノ執務官も裏切り者の存在までは気付いたことだろう。
おそらくはギル・グレアムもそれは理解しつつも、ここで八神はやてを押さえられるわけにはいかないため強硬手段に出たのだろう。
「八神はやての確保に失敗した以上、闇の書の完成を阻止することは困難になった。
しかし、守護騎士達はこれまで以上に慎重に行動するようになるだろうから、完成前の交戦の可能性もまた減った筈」
そう、全ては想定の範疇。
八神はやてを確保し交戦の可能性をゼロに出来れば一番良かったが、それが無理でも交戦の可能性を極小化出来る。
交戦した直後に住居を付き止められた以上は、守護騎士達も今後の交戦を避ける方向で考えるだろう。
慎重に行動した結果、闇の書の完成が間に合わずに八神はやてが死亡する可能性もあるが、それならそれでテスラは構わない。
彼女にとって後の問題は完成後だ。
知らない所で完成し暴走し転送してくれれば良いが、仮に完成後に管理局が察知してしまった場合には原作の様に完成した闇の書を相手取る必要が発生する。
しかし、その辺りは高町なのはやその周囲の人間に任せて、彼女は最後に闇の書の闇と対峙するところだけ参加すればいい。
原作のクロノもそうだったし、それで執務官としての面子は立つ筈だ。
その段階であれば、介入してきた黒い軍服の連中も周りに人間が多過ぎて手が出せない筈。
炎の砲撃を放ってきた奴を合わせて3人掛かりでも、管理局勢にヴォルケンリッターを合わせれば対処は出来る筈だ。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなりそうね。
生き延びられるし、闇の書の被害を防いだという手柄も手に入れられる。
結果としては上々ね」
【Side ギル・グレアム】
「そうか、はやて君達が捕われることは何とか防げたか」
『はい、お父様』
『かなり、際どいところでしたけど。
まったく、一体どうやってあの場所を突き止めたんだか……』
通信で娘達の報告を受け、思わず安堵した。
クロノ達による闇の書の主の捕縛作戦が展開されると聞いた時はかなり焦ったが、何とか逃がすことが出来た。
管理局拠点へのハッキング等かなり危ない橋を渡る羽目になったが、はやて君や闇の書を押さえられては計画は完全に破綻するため、やむを得ない対応だった。
はやて君の居場所を突き止めたのはフレイトライナー執務官と聞く。
この前の戦闘では聖槍十三騎士団員に撃墜されたそうだが、今回の情報は海のエースオブエースの面目躍如と言ったところか。
「それで、彼女達の新たな拠点は見付かりそうかね。
潜伏されたまま闇の書が完成してしまうと、対処が間に合わなくなる可能性があるが……」
『それなら大丈夫です』
『あの子の車椅子に発信器を取り付けておいたので、居場所は分かります。
その反応を元に調べましたが、彼女達は第97管理外世界に戻ってきて潜伏しています』
「同じ世界に戻ってきたのかね? 成程、裏を掻く為か」
『それもあるでしょうけど、あの子の身体を考えると医療技術がある程度発展した世界でないとダメですから。
幸い設備の整った大病院が偶々空いていたためスムーズに入院出来た様です』
「そうか……」
幼い少女がその身を蝕まれていることに心は痛むが、そんな資格は最初から私にはないと思い直した。
そうなると分かっていて放置していたのは私なのだから。
それに、そんな彼女を忌まわしきロストロギアごと凍結封印しようとしている。
罪深いことだと理解してはいるが、それでも私は自分を止めることが出来なかった。
「闇の書の完成までは後どれくらい掛かりそうかね?」
『捕縛作戦後は慎重に行動しているみたいでペースが落ちてるけど、それでもクリスマス頃には完成しそうです。
当初の予定に戻った形ですね』
「そうか……。
分かった、引き続き監視を続けてくれ」
『『はい、お父様』』
通信が切れ、執務室に静寂が戻る。
私はデスクに仕舞っていた写真立てを取り出し、眺める。
そこには、かつての部下であり息子の様に思っていた青年が写っていた。
「もう少し、もう少しだ。
10年掛けた計画もあと僅かで成就する」
理由は分からないが、かの聖槍十三騎士団も娘達と同じ様に守護騎士達を支援しているらしい。
何かを企んでいるのは確実で油断は出来ないが、彼らがその行動を起こす前に闇の書を封印してしまえばいい。
「クライド、君はこの行動を咎めるだろうか……」
【Side エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルク】
「命を受け推参致しました、ハイドリヒ卿」
ここはヴェヴェルスブルグ城ではなく海鳴市のゲルマニアグループのビルの地下に作られた謁見の間。
玉座に座すのは勿論、我が君であるハイドリヒ卿だ。
私は玉座の前の段下に直立し敬礼をする。
「良く来た、ザミエル。
任務中に済まないな」
「いえ、御用とあらば当然のことです」
そう、ハイドリヒ卿のお呼び出しであれば全てに優先して登城するのが当然のことだ。
「卿を呼び立てたのは今後の行動についての連絡のためだ。
闇の書の完成は近い、完成後の行動について事前に決めておかねばなるまい」
「成程。して、我らは如何にすれば宜しいのでしょうか」
ハイドリヒ卿のお言葉に、このタイミングで呼び出しを受けたことに納得する。
確かにオプションのプログラム体を助けて闇の書の完成を支援しているが、ハイドリヒ卿の目的は闇の書の中に封印されている魔力石の回収であり、闇の書の完成など途中過程に過ぎない。
闇の書を完成させる様にと命を受けたが、その後については指示を頂いていない。
「目的を達成する為には防衛プログラムを切り離し、更にそこからコアを取り出す必要がある。
順当に行けばここまでの過程は管理局がやってくれるかも知れんがな」
「それでは彼奴等がそれを行う様であれば放置し、行わない様であれば我らの手で実行すると」
「そうなるな。
防衛プログラムの切り離し自体は闇の書の主しか行えん故、コアの取り出しのみだが。
コアが露出すれば回収自体は私が行う」
「な!?
わざわざご足労頂く訳には……」
魔力石の回収などと言う些事にハイドリヒ卿の手を煩わせる訳にはいかん。
そう思いお止めしようとするが、ご意志は変わらない様だった。
「生憎、これは私にしか出来ん。
卿らの力を過小評価するわけではないが、力の大小ではなく権限の問題だ」
「……承知致しました。
我儘を申し上げました、申し訳ございません」
「構わんよ、卿の忠義は嬉しく思う」
「光栄です」
思わぬお言葉に、思わず頬が緩みそうになるが必死に外面を取り繕う。
「しかし、ハイドリヒ卿。
1つ宜しいでしょうか」
「ん? 何かね」
「ハイドリヒ卿がコアの回収を行われることは承知致しましたが、
コアの取り出しまで管理局が実行した場合、我らは何をすれば宜しいのでしょうか」
その瞬間、ツァラトゥストラが居ないにも関わらず時が止まった。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「………………特にないな」
ガーンと側頭部を金槌で殴られた様な衝撃を受けた。
期待に反して私の力は不要と言う言葉にショックは大きい。
しかし、であれば先日の心残りを晴らすための好機であるとも言える。
「ならば、1つ言上したき儀が御座います」
「許す、申せ」
「恐れ多くもハイドリヒ卿を侮辱した愚か者がおります。
先日は闇の書の完成を優先せよとのご命令により見逃しましたが、闇の書が完成すれば最早生かしておく理由は無くなるかと」
私の言にハイドリヒ卿はしばし考え込むが、すぐに結論を下された。
「あの程度の言を私は気にしておらぬのだがな。
この段階で積極的に減らすつもりはなかったが……1人位なら構わんか。
よかろう、卿の好きな様にするが良い」
「ハッ、有難き幸せ」
許可は得た、忌々しい劣等の小娘は塵一つ残さず消滅させてやろう。
(後書き)
逃げ出した八神家はこっそり地球に舞い戻り、黒円卓の支援で早まっていた蒐集はテスラの妨害で遅れてプラマイゼロ。
「何故か原作沿い」の元に、これで概ね元通りでしょうか。
闇の書事件で八神はやてを助けるか否か……少なくともこの瞬間の地球に限定すれば、テスラの方が正しいでしょう。
数十億人と1人では天秤が偏り過ぎてます。
ただ、未来のことまで考えると微妙な線であるのも事実。
闇の書は転生して被害を出し続けますし、管理世界がスカリエッティの手に落ちる可能性も出てきます。