魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Rozen Vamp(dies irae)

Caution! 残酷描写注意


36:獣の爪牙と夜の一族 【閑話】

【Side ラインハルト・ハイドリヒ】

 

 ゲルマニアグループ第二本部ビルの地下の玉座の間でリアルタイムに集められる様々な情報を空間ディスプレイに並べて見ている中で、1つの事件が起こったことに気付く。

 それはこの海鳴市において資産家に位置付けられる2つの家の娘が白昼堂々と誘拐される光景だった。

 私はサーチャーを用いて彼女らが連れ去られ向かった先を先行して調べる。

 幾つかの候補の中の1つに黒幕であろう人物が映っていた。

 

 氷村遊……赤茶の髪に紫の目をした比較的長身の男。

 攫われた2人の内の1人、月村すずかの叔父に当たる男だ。

 

「ふむ、どうしたものか」

 

 特段、誘拐された2人を助けなければいけない理由も無い。

 が、こうして調べた以上は何もしないのも無駄なことをしたようで釈然としない。

 考えついでに、氷村遊の情報を思い返す。

 何故か劣化しない『記憶』だが、流石に体感で数万年前のことであり全ての記憶をすぐに思い出せるわけでもない。

 

「そう言えば、夜の一族……吸血鬼のようなもので人間を家畜と蔑む男だったか」

 

 吸血鬼、その単語にふと部下の1人が思い起こされ興味が湧いてきた。

 一当てしてみるのも一興だろう。

 

「ベイ、今動けるかね?」

 

 

【Side 月村すずか】

 

 ふと目を醒ます。

 部屋の中が暗くまだ夜かと思うが、自分が寝ていたのがベッドではなく床の上であることに気付いてハッとなる。

 それも絨毯の上ですらなく剥き出しの固いコンクリートの床だ。

 慌てて周りを見渡そうとするが、その時に自分が後ろ手に縛られていることに気付く。

 ここで漸く、意識を失う前にあったことを思い出した。

 習い事からアリサちゃんと一緒に帰る途中、乗っていた車に大きな衝撃が横から加わり、急停車した。

 訳も分からず混乱していると、ドアが強引に開けられて黒いスーツにサングラスを掛けた男の人達が私達の腕を無理矢理引っ張って車から引き摺り下ろした。

 抵抗しようとしたけれど、変な臭いのするハンカチを口元に当てられて意識を失ってしまった。

 

 誘拐……自分の身に降りかかった事態を理解する。

 

「そうだ、アリサちゃん!?」

 

 慌てて周囲を見ると、すぐそばに私と同じ様に縛られているアリサちゃんの姿があった。

 

「アリサちゃん、起きて!」

「ん……すずか?」

 

 身じろぎすると、アリサちゃんが目を醒ます。

 私がした様にしばらく周囲を見回したりしていたが、状況を理解したのか明らかに表情から血の気が引いている。

 

「これって……誘拐?」

「そう……みたい」

 

 この部屋に居るのは私達だけで、誘拐犯の姿は無い。

 かなり広い部屋だが窓は無く入口はアリサちゃんの向こう側に1つだけ。

 この部屋から逃げるならあの扉から外に出なければいけないけど、まずはこの縄をどうにかしないと……。

 そう思ったところで、扉の向こう側から数人の足音が聞こえてくる。

 

「!?」

「やあ、目が醒めたみたいだね」

 

 身を強張らせたところで扉が開かれ、数人の男女が入ってくる。

 私達を攫った黒スーツの3人に、戦闘服の様なものを着た5人の女性、それから中央にはブランド物のスーツを着た赤茶髪の男性。

 最後の男性に見覚えがあった私は思わず目を見開く。

 

「氷村叔父さん!?」

「久し振りだね、すずか」

「すずかの叔父さん? どうして……?」

 

 彼の名前は氷村遊、私や姉さんから見れば叔父に当たる。

 私や姉さんがお世話になったさくらさんの異母兄だ。

 しかし、さくらさんと異なり純血の彼は夜の一族であることに非常に誇りを持ち、普通の人を家畜や劣等種と呼んで蔑んだり吸血事件を引き起こしたりしており、さくらさんや姉さんとは対立関係にあった。

 

「どうして私を攫ったんですか?」

「用があるのは君の姉さんだよ、月村の実権を渡して貰おうと思ってね」

「そんなこと……っ!」

 

 何て恥知らずな人なの!?

 そんなことが認められる筈が無い。

 でも、この人に何を言っても無駄だろう。

 私は言葉を飲み込んで、別の事を告げる。

 

「……それなら、アリサちゃんは関係ない筈です。

 解放してあげて下さい」

「すずか!?」

「ふむ、そっちの劣等種は確かに僕の目的には関係ないね。

 しかし、この場所を知られてしまった以上は解放するわけにはいかない。

 ついでに、駒達に褒美をくれてやらなければな。

 おい、そっちのは後で好きにして構わないぞ」

 

 最後の部分を黒スーツの3人に告げると、3人の男は互いに顔を見合わせるとニヤリと嫌な笑いを浮かべる。

 

「な、何するのよ!?」

「やめて! アリサちゃんには酷いことしないで!」

「おやおや、月村の本家の娘が劣等種を相手に友情ごっこかい?

 あまり夜の一族としての品格を下げて欲しくないね」

「さっきから人の事を劣等種とか言って、あんた何様のつもりよ!?」

「何様? 勿論、高貴なる夜の一族のつもりだよ。

 どうやら、我々の事を何も知らないようだね。

 盟約も交わしていない、やはりただの友情ごっこというわけか」

 

 氷村叔父さんの言葉に怒りよりも恐怖が湧き上がる。

 親友達にひた隠しにしていた秘密をこの叔父は何の躊躇いもなく話してしまうだろう。

 

「夜の一族?」

「ふむ、折角だから教えてあげよう」

「やめて! お願いだから!」

「す、すずか……!?」

 

 夜の一族について話そうとする叔父さんに必死になって懇願するが、彼は自慢げであり話を止めようとしない。

 私の様相にアリサちゃんが困惑しているが、それどころではなかった。

 

「夜の一族とは人間の血を吸う人間の上位に位置する種族、君達劣等種の言葉で言えば吸血鬼と言った方が理解し易いかな。

 と言っても、物語に出てくる吸血鬼のように太陽の光で灰になったりはしないけどね。

 人間の倍以上の寿命を持ち身体能力も遥かに高い、個人差はあるが記憶操作等の特殊能力を持っている者も居る。

 無論そっちのすずかも夜の一族、しかも本家党首の血統だ。

 身体能力とかについては心当たりもあるんじゃないかな?」

「え……?」

 

 あ……。

 聞かれた、アリサちゃんに聞かれてしまった。

 私が人間じゃないこと、血を吸う化け物であること。

 

「いやあああぁぁぁーーー!」

「す、すずか!? すずか!」

「あはははは、人間だと騙しての友情ごっこもこれで終わりかな。

 おい、お前達。

 待たせたな、もう連れて行っていいぞ」

 

 氷村叔父さんが顎で指すと、3人の男の人が下卑た笑いを浮かべながらアリサちゃんに向かって手を伸ばす。

 

「さ、触らないでよ!」

「駄目、やめて!」

 

 アリサちゃんは必死に抵抗するが後ろ手に縛られた状態では大した抵抗にならなかった。

 私も止めようと叫ぶが、男達も叔父さんも聞く耳を持たない。

 

 しかし、男達の手がアリサちゃんに触れることはなかった。

 男達の手がアリサちゃんに触れる直前、横の壁が吹き飛んだからだ。

 

「うわぁ!?」

「ぐ……!?」

「……っ!?」

「痛……!?」

 

 吹き飛んだコンクリートの欠片が男達にぶつかりその場から吹き飛ばされる。

 私とアリサちゃんは床に倒れていた為に殆ど当たらなかったが、立っていた男達は無数の欠片をその身に受けた様だ。

 と言っても私も無傷ではなく、頬には欠片が掠って痛みを感じる。見えないが血が流れてしまっているようだ。

 幸いにして、アリサちゃんの方は無傷だった。

 3人の男達の内2人はすぐに起き上がったが、1人は当たり所が悪かったのか倒れたままだ。

 

「な、なんだ!? 一体何が……?」

 

 氷村叔父さんが驚愕し喚いているが、私は助けが来たのだと思って安堵した。

 ノエルやファリンか、それとも御神の剣士である恭也さんや美由紀さん、士郎さんか。

 アリサちゃんに夜の一族のことを知られてしまったけど、それは安全な場所に行ってからゆっくりと話すしかない。

 しかし、助けに来てくれたであろう人に目を向けた私の視線の先には全く知らない男の人がいた。

 

 白い髪に赤い瞳、黒い軍服を纏ったその男の人は私や叔父さんなんかよりもよっぽど吸血鬼と言う呼称が相応しい。

 何よりも、今まで嗅いだ事が無いくらい濃密な血の臭い。

 エリザベート・バートリの様に血のお風呂に入っていると言われても不思議に思わないくらいの強い血臭を彼から感じた。

 

 男の人は部屋の中を見回してその場に居る人間の顔を確認していく。

 一通り見回すと、彼は氷村叔父さんにその目を向けた。

 

「なんだ、なんなんだお前!?

 おい、お前達! 呻いてないでその男を取り押さえろ! いや、殺して構わん!」

「な、やめ……!?」

 

 氷村叔父さんの言葉に目の前で行われようとしている殺人に止めようと声を上げるが、

 意識のある2人の男の人は全く取り合わずに懐から拳銃を取り出すと、白髪の男性に向けて引き金を弾いた。

 

 その後に起こった事は正直現実だと思えなかった。

 

「え……!?」

「は……?」

「嘘……?」

「ば、バカな!?

「何だこいつ!?」」

 

 弾丸は真っ直ぐに男の人に向かうとその頬と右胸に当たり、そして跳ね返った。

 まるで鋼鉄の壁に当たった様に、兆弾となってコンクリートの壁と床に弾痕を刻んだのだ。

 右胸の方はまだ分かる。

 服の内側に金属性の何かを挟んであれば銃弾が跳ね返っても不思議ではない。

 しかし、頬の方は明らかにそんなものは無く、生身の身体に当たって跳ね返されたのだ。

 あり得ない。

 

「う、うわああぁぁーーー!?」

「ば、化け物……!?」

 

 最も恐怖に陥ったのは銃を撃った2人だろう。

 叫びながら何度も銃を放つが最初と同じ様に弾かれるばかり。

 やがて撃ち尽くしたのかその手の拳銃からは弾が出なくなる。

 しかし、恐慌状態に陥った2人はカチッカチッと弾切れの銃を撃ち続けていた。

 

「チッ、さっきからポンコロポンコロ鬱陶しい」

 

 男の人はそう言うと、その場から消えた。

 次の瞬間、グシャッと言う音と一緒に何かが飛び散って私とアリサちゃんの周囲に降り掛かる。

 強い血の臭いとそれだけでなく何だか分からないが強烈な悪臭。

 顔に降り掛かった生温かくねっとりとへばり付く液状の何か。

 私とアリサちゃんの顔の前に何か丸いものが落ち、下半分が潰れて止まった。

 それが人の眼球であることに気付いて、ようやく私は自分に降り掛かった飛び散ったものの正体を理解する。

 

「「おげぇぇぇええええ……っ!」」

 

 理解してしまったら一瞬たりとも堪えられなかった。

 私は胃の中のものを全て吐き出してしまう。

 アリサちゃんも同じ様子だった。

 

 嘔吐して咳き込むと、さっきまで銃を持った2人が居た場所を見る。

 そこには壁の穴の所から姿を消した白髪の男性が立っていた。

 代わりにそこにいた筈の2人の男性は頭部を無くして横たわっている。

 男性はその紅く光る眼を数メートル離れた床に倒れている私とアリサちゃんへと向けた。

 心臓を鷲掴みにされる様な恐怖に元々青褪めていたであろう顔から更に血の気が引き、股間に生温かい感覚が広がる。

 しかし、男性は私達に興味を無くしたのか視線を向けるのを止めて、叔父さんの方へと向く。

 私は安堵のあまり顔を床に伏せる。

 自分の吐瀉物が顔に付き気持ち悪いが、それ以上に男の興味を引かずに済んだことへの安堵となるべく動かずにこの恐怖が通り過ぎるのを待つ気持ちの方が勝った。

 

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 視線を向けられた叔父さんは先程までの余裕な態度が嘘かの様に滑稽に無様に取り乱している。

 

「おいおい、吸血鬼様がそんなに怯えるんじゃねぇよ。

 この世界には本物の吸血鬼が居るってんで期待してきたんだぜ?

 まさか、あんな雑魚共に命令するしか能が無いってんじゃねぇだろうな」

「クッ……、何者だか知らないが調子に乗っていられるのもそこまでだ!

 自動人形共! こいつを殺せ!」

 

 叔父さんの言葉にこれまで一言も発さずに叔父さんの後ろに控えていた5人の女性が男性へ向けて疾走する。

 ノエルやファリン、そしてイレインと同じ様な自動人形なのだろう。

 夜の一族の秘伝である自動人形、その戦闘能力は人間を遥かに超える。

 御神の剣士である恭也さん達でも1対1で倒せるかどうかの自動人形が5体。

 どれだけ強くても最早人間にはどうにも出来ない戦力差だ。

 しかし、私にはどうしても白髪の男性が自動人形に負ける姿が想像出来なかった。

 

「ハッ、ガラクタ風情でこの俺をどうこう出来るとでも思ってんのか?」

 

 そう言うと男性は無造作にその腕を振るう。

 その腕が振れる度に自動人形の四肢が千切れ飛び、首が捻じ切れ、胴体に穴が空く。

 夜の一族自慢の自動人形5体が残骸へと変わるまで、10秒程の時間しか掛からなかった。

 

「う、嘘だ!?

 夜の一族の自動人形5体がたった一瞬で!?

 こんな……こんなことがあってたまるか!」

 

 叔父さんが取り乱すのも無理は無い。

 何せ自動人形は夜の一族に使役される存在であるが、その戦闘能力は夜の一族よりも上なのだから。

 しかし、男性は軽い運動をした後の様に首筋をゴキゴキと鳴らすと叔父さんの方へと足を進める。

 

「さあ、前座はもう良いだろ?

 吸血鬼様の力を見せてみろや」

「認めない、認めないぞ!

 こんなこと認めてたまるか!」

 

 自棄になったのか叔父さんは爪を鋭く伸ばすと男性へと切り掛かる。

 普通の人間の首であれば一瞬で斬り飛ばせるだけの一撃が男性の首筋へと迫る。

 男性は避けることもせずに棒立ちのまま、それを迎える。

 ガキッという金属製の何かが引っ掛かる様な音を立て、叔父さんの爪は男性の首筋で止まった。

 血の1滴すら流れていない。

 

「まさか、これで全力じゃねぇだろうな?」

「何故だ、何故効かない!?

 僕は高貴なる夜の一族なんだぞ!

 劣等種なんかに負ける筈が……」

「……ああ、もういい。 黙れや、劣等」

 

 グシャッと言う音が再び鳴った。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 気が付いた時、私とアリサちゃんは助けられ月村の屋敷へと運びこまれていた。

 恭也さん達が助けに来た時には既に白髪の男性の姿は無く、縛られて床に汚物塗れで倒れている私達以外には殺された3人と自動人形の残骸、それと唯一生き残った最初に気絶した男性の姿だけがあったそうだ。

 身体は洗われて新しい寝巻を着せられていたが、顔にへばり付くあの感触が抜けずに何度も顔を洗った。

 あの時現れた白髪の男性が何者だったのかは今以て分からない。

 

 アリサちゃんとは助け出されてから夜の一族についてゆっくりと話し、一生友達でいようと盟約を結ぶことになった。

 夜の一族のことを知られて私の事も怖がられるんじゃないかと心配したけれど、彼女の態度はこれまでと変わらなかったし、巻き込んでしまったことも責めようとはしなかった。

 あとから聞いてみたら、『あの時の白髪の化け物を見たら、夜の一族なんて普通の人間と大差ないようにしか思えないわよ。』と苦笑いしながら言われた。




(後書き)
 中尉回……ではありません。(彼は何度か出てるので補完対象外)
 リリカル二次創作名物誘拐回です。
 オリ主が誘拐されたお嬢様2人を救済してフラグを……立てませんでした。

 中尉はしょんぼりして帰りました。

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