副題:金の恋シリーズ第2話「金の慰撫」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
フラフラと道を歩いている。
今日は休日だが、本来なら私は執務官試験の勉強をしていなければいけない身だ。
でも、数日前に起こったまどかの撃墜事件依頼、全く集中できなくてこうして外に出てきてしまった。
とは言っても、外に出て来ても私には何もすることがない。
もともと、何かをするために出て来たわけではなく、家でじっとしているのが落ち着かないから出て来てしまっただけなのだから当然だ。
まどかのお見舞いに行きたくても、彼女は今面会謝絶状態で会うことは出来ない。
それ以前に、意識すら……。
まどかはなのはの姉さんであり、なのはと共に私の親友であり恩人だ。
彼女が居なければ、私は時の庭園で岩に押し潰されて死んでいただろう。
そんな彼女がなのはを庇って瀕死の重傷を負い、一命を取り留めても二度と目覚めない植物状態になってしまった。
私は未だまどかに何1つ返せていないのに、まどかが大変な時に何1つ出来ない。
そして、なのは……。
なのははまどかが怪我を負って以来、部屋に閉じこもって出て来ない。
士郎さんや、桃子さん、恭也さんに美由紀さんも必死に呼び掛けたが、一切返事が無いそうだ。
私も部屋の前まで言って呼び掛けたけど、矢張り返事をしてくれなかった。
食事すらロクに取っていないらしく、このままではなのはまで倒れてしまうと皆が心配している。
でも、なのはがあんな風になっているのも無理が無いかも知れない。
まどかはなのはが管理局の任務で無理をするのを必死に止めていたが、なのははそれを無視して任務に向かっていた。
無理をして危ない目にあったところをまどかが庇って代わりに怪我を負い、その挙句その上もう目覚めないかも知れないと言われているのだから、なのはが自分を責めてしまうのも仕方ないだろう。
そんななのはにも何も出来ず、私は自分の無力さに心が黒く押し潰されていくのを感じていた。
ふと気が付くと、私は翠屋の近くまで来ていた。
目的もなくあまり周りも良く見ずに彷徨っていたため、自分でも何処に居るのか分かっていなかった。
翠屋は今、とても営業が出来る状態でないために臨時休業となっている。
娘2人が大変な状態なのだ、それも仕方ないだろう。
開いていない翠屋に行っても仕方ないと道を戻ろうとした時、翠屋の前に居る人に気付く。
長い金色の髪に黒いスーツ……あの人だ。
1年前に翠屋で相席になって以来、何度か会った綺麗な黄金の君……勝手な命名だけど。
何故かとても気になるその人と相席になりたくて、わざと満席になるタイミングを狙って入店したりもしてしまった。
桃子さんは何だか笑いながら、いつもあの人と相席にしてくれた。
翠屋で相席になったことが何度かあるだけで、まだ会話もしたことが無ければ名前さえ知らない、でもとても気になる人。
翠屋が休業中だと知らなくて、お店まで来てしまったのだろうか。
「あの……」
咄嗟に彼に声を掛けてしまった。
なのはやまどかが大変な時に何をやっているんだろうと自分でも思う。
「む? おや、卿は……」
卿?
珍しい呼び方をされたけど、どうやら何度も相席したことで顔を覚えてくれていたみたいだ。
少し……いや、かなり嬉しい。
「ええと……翠屋は臨時休業中ですよ」
「そのようだな。昼食をと思ってきたのだが、別の店で済ませるしかないか。
それで、卿はどうしたのかね?
翠屋が休業中であることは知っていた様だが」
「え? えっと……ちょっと通りかかっただけです」
実際、彼の姿が見えなかったら道を戻っていた所だ。
「……ふむ。翠屋の臨時休業といい、どうやら色々と事情があるようだな。
昼食はもう摂ったかね?」
「え、あ……まだ、です」
「ならば共に如何かな、フロイライン。
少々話を聞きたい」
「へ……? あ、えっと……その……」
「無論、支払いは私が持つから心配しなくていい」
唐突な誘いに心臓が大きく高鳴った。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
黄金の君に付いて駅前のホテルのレストランにやってきた。
高級そうな場所に私はちょっと緊張してしまうが、彼は全く平然としている。
お金持ちなのかな?
ウェイターの人に案内されて、個室に通される。
メニューを渡されるけど、正直何を頼んでいいか分からない。
「私はシェフに任せるが、同じにするかね?」
迷っている私に気付いたのか、助け船を出してくれる。
「それでお願いします!」
助かったと思って、思わず叫ぶ様に答えてしまい羞恥に顔が熱くなる。
彼は微笑ましそうに見ると、ウェイターを呼んで注文をしてくれる。
は、恥ずかしい……。
誤魔化す様に水を飲むと、一息を付く。
今日のこの機会を逃さずに絶対に聞いておきたいことがあるのだ。
「あの、私……フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。
その……名前を教えて頂けませんか?」
そう……初めて会ってから既に1年以上が経過していて、その間に何度も会ってるのに、私はまだ彼の名前も知らないのだ。
私がそう言うと、彼は少しだけ目を大きく開くと。
「これは失敬、そう言えば名乗ってすらいなかったな。
私の名はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒだ」
「ラインハルトさん……」
刻み込むように名前を口にすると、何故か胸の辺りがとても暖かくなる。
それにしても、何処かで聞いたことがある名前……?
少し考えていると、料理が運ばれてきた。
ランチ用の軽いコース料理の様で、前菜としてサーモンのカルパッチョだ。
「いただきます」
「ああ、頂くとしよう」
フォークを手に、一枚を掬う様に取ると口に運ぶ。
うん、美味しい。
「口に合うかね?」
「は、はい。 とっても」
こんな料理食べる機会はあまり無かったから比較とかは出来ないけれど、それでもとても美味しいと思ったのは事実だ。
しばらくしてお皿が綺麗になり、ウェイターさんが下げてくれる。
「メインはステーキ、オマール海老、スズキの3種類から選べますが、如何致しますか?」
空いたお皿を下げた後、ウェイターさんに尋ねられる。
お昼からステーキはちょっとキツイので除外。
スズキってなんだか分からない……海老にしよう。
「え、えっと……じゃあ海老でお願いします」
「ふむ、私はスズキにしておこう」
ラインハルトさんはスズキにしたんだ。
出てきた料理を見れば何だか分かるかな?
「あの……ラインハルトさんはこの近くに住んでいるんですか?」
「いや、住居はこの周辺ではないな。
職場の内の1つが海鳴市にあるため、週に一度のペースでこちらに来ている」
「そうですか……じゃあ、住んでいるのは何処ですか?」
「ドイツだ」
「ド、ドイツ!? じゃあ、毎週海外から海鳴市に来てるんですか!?」
「そうなるな」
ふわぁ……。
土曜日しか見掛けたことが無くて不思議だったけど、まさかいつも海外から来てたなんて……。
「卿はこの近くに住んでいるのかね?」
「あ、はい。5分くらいの所のマンションです」
「成程」
メイン料理がパンと一緒に運ばれてきた。
ラインハルトさんの方を見ると、白身魚のソテーが置かれている。
スズキって魚の名前だったんだ……。
大きな海老をナイフで切り分けながら口に運ぶ。
プリプリしていて美味しい……少し酸味のあるソースも凄くピッタリだ。
こんな美味しい料理を食べたの、初めてかも知れない。
どちらかと言えば小食な私だけど、美味しさのあまり食が進みあっさり完食出来てしまいそうだ。
「ところで……」
メインの料理が大体片付いた所で、ラインハルトさんが話し掛けてくる。
彼の方もほぼ食べ終えた様だ。
大人の男の人が私と同じペースとは思えないから、もしかして合わせてくれたのだろうか。
「翠屋の臨時休業のわけを知っているかね?」
「あ……」
その言葉に思い出してしまい、思わず俯いてしまう。
「話したくなければ、別に構わんが」
「……いえ、大丈夫です。
まどか……あそこのマスターの娘さんが事故で大怪我をしてしまって、そのせいで休業してるんです」
「成程、それならば仕方ないな。
卿が悩んでいるのもそれが原因かね?」
「その……友達なんです。
私、助けて貰ったことがあるのに、彼女が大変な時に何も出来なくて……。
なのは……彼女の妹も事故に責任を感じて部屋に閉じ籠っちゃって……呼び掛けたんだけど、返事してくれなくて……」
話しながら感情が溢れてしまい、涙が零れる。
ラインハルトさんがテーブルに身を乗り出し、私の方に手を伸ばしてくる。
その行動を疑問に思って見ていると、彼は私の涙をそっと拭ってくれた。
「事故を防いだり、怪我を治療したりだけがその者のために出来ることではあるまい。
直接的なものだけではなく、間接的でもよいのだ。
自分に出来ることがないか、今一度振り返ってみるといい」
「私に出来ること……」
私に出来ること……何かあるだろうか。
まどかを助けたいけれど、彼女は面会謝絶で会うことも出来ず私に出来ることはない。
なら、なのはの方は……?
そうだ、まどかはなのはが責任を感じて閉じ籠ったりすることなんか望んだりしない。
呼び掛けて返事をして貰えなくて諦めてしまったけれど、もう一度……いや返事を貰えるまで何度でも呼び掛けてみよう。
きっとそれが今私に出来ることだ。
「あの……! 私、もう一度なのはに呼び掛けてみます。
私に今出来ること、多分それしかないから」
「ふむ、それも良かろう。
が、もうすぐデザートが来るだろうから、それを食べてからでも遅くはあるまい」
「あ、すみません……」
その後、運ばれてきたデザート──イチゴのブランマンジュ、とても美味しかった──と紅茶を味わってレストランを後にする。
「あの……御馳走様でした! それと、励ましてくれてありがとうございます」
「気にすることはない。
早く友人の所に行ってやるといい」
「はい! それじゃ、失礼します!」
私はラインハルトさんにお辞儀をすると、なのはの家の方に向かって走った。
【Side out】
「ああ、バビロンか……1つ頼まれて貰いたい」
(後書き)
ますます深みに……