【side ラインハルト】Dies Irae "Mephistopheles"(dies irae)
04:再臨
【side イクスヴェリア】
煌びやかな玉座の間に普段よりも遥かに大勢の人が集まっている。
部屋の中央には真っ赤な絨毯が入口から玉座まで敷かれており、それを囲むように重臣や貴族達が整列している。
今日は戴冠の儀、ガレア王国に新たな王が誕生する日だ。
今日、新たに王になるのは私の兄様。第一王子のラインハルト兄様だ。
ガレアで最も強く、最も賢く、そして最も美しい私の兄様。
私は6歳年上のこの兄様のことが大好きであり、兄様が王に即位することも嬉しく、そして誇らしく思っていた。
王族の来場を告げるラッパの音が響き渡り、大扉が開かれる。
そこに立つのは黄金の髪に碧の眼、長身に純白の儀式服を纏った兄様。
部屋に居る全ての人の視線が兄様に向けられるが、まるで緊張することのない自然体で逆に部屋を軽く見渡している。
その眼に当てられたものは、思わず息を飲み冷や汗を流す。
持って生まれた圧倒的な支配者としての威圧感に、国を率いる重臣達ですら萎縮してしまっているのだ。
兄様が部屋に足を踏み入れると同時に大扉が閉じられる。
兄様は赤絨毯の上をゆっくりと歩き玉座の前の階段まで進むと跪いた。
儀式は進み、いよいよ最後の戴冠の刻がやってくる。
現国王である父様が玉座から立ち上がり、階段を下りてくる。
後は父様が兄様にガレアの王位の証を授けマントを羽織らせれば、戴冠の儀は終了となり王権は兄様のものとなる。
王位の証、それはガレア王国の建国以来変わることなく玉座の横に刃を下に突き立っている黄金の聖槍だ。
玉座の横に槍が立っているというより、槍の立っている横に玉座を設けたと言った方が正確かも知れない。
王位の証となる槍ではあるが、伝承では建国以来誰一人としてその槍を持つことが出来た者は居ないという禁忌の代物。
それを手にすればあらゆるものを支配出来ると伝わっているが、資格無きものは触れるだけでその手を焼かれるという。
私も決して触るなと厳しく言い付けられている。
そんな触れ得ざる槍であるから、戴冠の儀で授けられるのも本物のそれではなく模して造られたレプリカだ。
レプリカとは言えど、こちらも建国以来の品であり黄金を惜し気なく用いて作られた国宝だ。
階段を下り兄様の前に立つ父様がレプリカの聖槍を横に捧げ持ち兄様へと渡すその瞬間……
入口の大扉が大きな音を立て開かれた。
あれは……エーリヒ叔父様!?
兄様と私に次ぐ第3位王位継承権者である、エーリヒ叔父様。
私はこの叔父様のことが正直あまり好きではない。
父様の実の弟であるとはとても思えない肥満体の容姿、そして王族であることを鼻に掛け周囲に傲慢に接する性格。
兄様の王位継承に反対し、この継承の儀にも異例の欠席をしていた叔父様がどうしてここに?
父様も兄様も重臣も、誰もが入口に立つ叔父様を見やる。
すると、叔父様の後ろから剣や槍を携えた兵士が約30人、玉座の間に雪崩れ込んできた。
およそ20人程が重臣に武器を向けて威嚇し、残りの10人が中央の父様と兄様を囲み武器を向けた。
「エーリヒ!これは何の真似だ!?」
父様がこれを画策したであろう叔父様へと叫ぶ。
流石は王であると思ってしまう威圧感に、自分に向けられたわけではないのに思わず身が竦んでしまう。
しかし、自身の優位を確信しているのか叔父様は威圧を気にすることなく答える。
「見て分かりませんか、兄上。王位を頂きに参ったのですよ」
「簒奪だと?正気か!?」
「ええ、若輩のラインハルトよりも私の方が王位に相応しい。
何ども申し上げていたのですが受け入れて貰えませんでしたので、こうして実力行使に出たのです」
信じられない!
誰が考えても叔父様より兄様の方が王として相応しいと断言出来る。
叔父様の言葉には何の根拠もない、ただの思い込みだ。
そんなことでこんな大それたことを起こすなんて!
「ええい!衛兵達は何をしている!?」
叔父様と会話しても埒が明かないと思ったのか、父様が入口の方に向かって声を荒げる。
確かに、こんなことを起こして兵士達が駆けつけてこないのはおかしい。
この玉座の間の周囲だけでも大勢の兵士が歩哨を行っている筈なのに。
「フッフッフ……衛兵なら、それ、兄上の周りに居るではないですか」
まさか……叔父様に従っている兵士が玉座の間の周りに居る筈の衛兵!?
「な……っ!? 近衛まで抱き込んだのか!」
国王を直近で守る近衛は信頼篤い者ばかりである筈なのに……一体どうやって味方に付けたのか。
王になるために相当周到に準備していたことが窺える。
「しかし、こんな形で王位を得たとて臣も民も認めるものか!」
「地方貴族は概ね、私に賛同してくれていますよ。
民については力で抑えつければ問題ありません」
最低!
「2人にはここで死んでもらいましょう。
ああ、ご心配なく。
イクスヴェリアは私の愛妾として生かしておいてあげますよ」
叔父様がそう言いながら横目で私の方を見る。
醜悪なその笑みと舐め回すような視線に感じるこれ以上ない程の気色悪さに思わず背筋が凍った。
「貴様!」
激昂した父様が持っていたレプリカの聖槍を掲げると、叔父様……いや、エーリヒに向かって吶喊する。
エーリヒの前に立つ3人の兵士に対して最初の一人の胸に突きを放つ。そのまま怯む右側の兵士に向かって槍を薙ぐ。
あっと言う間に2人を倒した父様が最後の一人に対して槍を振り下ろす。
しかし、2人が倒される間に落ち着きを取り戻した3人目は、振り下ろされる槍を手に持った剣で受け止めた。
攻撃を受け止められたことを見て取った父様は振り切るべく槍に力を籠める。
しかし、父様は頭に血が上るあまり周囲が見えていなかった。
父様と兄様を囲んでいた兵士は10人。そのうち5人は未だ兄様に武器を向けているが残りの2人は自由に動ける。
剣で槍を受け止めた兵士を切り伏せようと槍に力を籠める父様の右後ろから槍が突き出される。
咄嗟に半身をずらして避ける父様だが、かわしきれずに右脇腹に傷を負ってしまう。
更に左後方からもう1人の兵士が剣を父様に向かって振り下ろした。
突然の出来事に硬直していた私が我に返った時、既に父様は背後から切り伏せられ倒れ掛かっていた。
「いやーーーっ!? 父様!!」
目の前で起こった惨劇に私が絶叫する中、父様は床へと倒れる。
手に持っていた黄金の槍が床を転がっていく。
「フフ、ハハハ、アハハハハハハーーーーー!
いい気味だ! 素直に私に王位を譲らないからこうなるのだ!」
エーリヒが哄笑する。
何故!?自分の兄弟に対してどうしてこんなことが出来るの!?
どうしてそんなに喜んでいるの!?
そんなに王位が欲しいの!?
「さて、これで残るはあと1人だ」
笑うのを止めたエーリヒが玉座の間の中央に立つ兄様に
兄様は目の前で父様が殺されたにも拘らず、何の表情も浮かべずにただ佇んでいる。
怒りも恐怖も悲しみも、喜びも。
「諦めたか? フフ、それでいい」
勝ち誇るエーリヒだが、それに反するように兄様は身を屈めると足元に手を伸ばす。
そこに在ったのは先程まで父様が振るっていたレプリカの聖槍だ。
父様から受け渡される筈だったそれは、誰も予想していなかった形で兄様の手に渡る。
その仕草にエーリヒは顔を顰めると8人の兵士に命令する。
「殺せ!」
先程の父様の様に、兄様も殺されてしまう!
やめて!
無駄だと分かりつつもそう叫ぼうとした私を止めたのは、次の瞬間に目の前で起こった光景だった。
それは唯の一薙ぎだった。
特殊な魔法も技でもない、それどころか身体強化の魔力すら感じられない、単に自身の腕力のみで振るわれただけの一撃。
その一撃で兄様を囲み武器を振り下ろそうとしていた8名の兵士の上半身が消し飛んだ。
「…………………………え?」
「…………………………は?」
命を下したエーリヒが呆然とし棒立ちになる。
「バ、バカな!? 8人の兵士を一撃で!」
エーリヒが喚き立てるが、兄様はそちらに見向きすらもせず自身の持つレプリカの槍を見詰めている。
「ふむ……矢張り形だけ似せたレプリカでは玩具も同然。
トバルカインの偽槍とすら比べ物にならんな」
見ると、黄金の槍は兄様が握っていた部分から折れ曲がってしまっている。
もしかして兄様の握力に耐え切れず折れた?
いや、でも、いくらなんでも金属の槍を身体強化もなしに素手で圧し折るなんて出来る筈が……。
って言うか、国宝が……。
「お、お前達! 何をしている! 私を守らんか!」
エーリヒが重臣達を牽制していた残りの20人に呼び掛ける。
呼ばれた兵士達は状況に付いていけず困惑しているが、命令に従いエーリヒの周囲に駆け寄る。
兄様はそんな様にすら興味を持たず、折れ曲がった槍をまるでゴミの様に放り捨てると玉座に向かって階段を昇り始める。
「き、貴様! 何処に行く!?」
玉座に向かう兄様にエーリヒが叫ぶ。
王位を求めてクーデターを起こした彼に取っては、無視されることも兄様が玉座に歩を進めることも許せないのだろう。
しかし、兄様は玉座も素通りして横に立つ聖槍の前に立つ。
「ハッハハハ! その槍を手にする気か?
無駄だ! その槍は誰にも触れられん!
私も以前試したが、触れただけで腕を焼かれたのだ!
貴様の様な若造が持てる筈がない!」
嘲笑するエーリヒを一瞥することなく、兄様は聖槍に手を伸ばす。
僅かの躊躇すらなく兄様の手が床に突き立った黄金の槍の柄を掴み、引き抜いた。
その瞬間、凄まじい魔力の本流が兄様から立ち昇った。
「兄様!?」
兄様はガレア王国でもトップクラスの強い魔力を保持している。
しかし、これはそんなレベルではない。
莫大という言葉が小さく思える様な天文学的な規模、そんな力が玉座の前の兄様から発せられている。
喚いていたエーリヒも、それに従う兵士達も、重臣達も、そして私も。
爆発的に膨れ上がった兄様の威圧感にその場の誰もが気圧されて一言も発せない。
空気が重くなり、室内の温度が一気に数度下がった様にすら感じる。
ふと、カチカチと言う音が鳴っているのに気付く。
それが自身の歯から聞こえる音であることに気付いて初めて、自分が震えていることを理解した。
いや、私だけではない。
誰もが震えている。
理屈ではなく、圧倒的強者を前にし魂が勝手に脅威を感じ震えているのだ。
森羅万象あまねく全てを破壊する絶対者に。
室内の誰もが注目する中、背を向けていた兄様が振り返る。
その眼は、碧色をしていた筈の眼は黄金に染まっていた。
【side ラインハルト】
聖槍を手にし、失われていた契約が復活する。
しばしの間、手放していた力が自身の元に戻ってくるのを感じる。
その中に我が友や爪牙達の存在を感じ、思わず微笑みを浮かべたくなる。
20年。
特典を手に入れるための何万年に及ぶ繰り返しと比べれば一瞬と言っていい時間ではあるが、休息としては十分であったと言えよう。
しかし、それも終わりだ。
約束通り20歳になって手元に戻ってきたこの聖槍、そして力。
足りない。外なる神を壊すためには全く以って足りない。
壊せない存在を壊すため、より強い力を手に入れなければならない。
そのために世界を飲み込もう。
しかし『ラグナロク』の前に舞台を壊すことは彼奴らも望まぬ筈、まず間違いなく妨害されて終わるだろう。
故に先ずは『ラグナロク』を片づける。転生者を倒し、管理局を滅ぼそう。
今は古代ベルカ時代、時空管理局は未だ影も形も存在しない。
しかし、何れ未来に設立されるその組織は数多の世界を支配する。
その組織に対抗するためにはこちらも組織を、否、国を創る必要がある。
まぁ、私一人でも十分片付けられる気もするが、それは流石に無粋だろう。
この『ラグナロク』を眺め悦に入っている者を退屈させぬためにも演出は必要だ。
今は未だ届かぬのだから、余計な手出しをされてはかなわない。
振り返り、眼下の者達を見渡す。
すると、硬直していた者たちは一斉に跪く。
立っているのは王位簒奪を企てた者たち、そして今生で出来た妹のみ。
正史など情報源の一つとしてしか興味はないが、期せずして限定的とは言え介入してしまっているようだ。
私が王位に就く以上、イクスヴェリアが冥府の炎王と呼ばれることも屍兵器マリアージュのコアプラントとなることもないだろうし、機能不全で1000年の眠りに就くこともない。
聖槍の形成を解きながら、玉座に腰掛け片肘を付く。
「ふ、ふざけるな! あの槍が受け入れただと!?
私よりも奴が王に相応しいというのか?!
そんなことがあってたまるか! 私が、私こそが王になるべきなのだ!
その玉座を明け渡せーーーーー!」
この世界の叔父に当たる人物が叫んでいる。
どうやら、まだ事態を理解出来ていない様だ。
哀れみを感じながら、私は一言呟く。
「ザミエル」
「jawohl,mein Herr!」
右前に顕現した赤騎士が命に応え、火砲を放つ。
城を吹き飛ばさぬ様に手加減されたそれは本来の100分の1にも満たない威力ではあったが、
王位簒奪を企てた者達を全員纏めて消し飛ばした。
私自身が生身のせいか、流出位階に達したせいか、スワスチカ無しでも形成位階に達した魂であれば顕現が可能なようだ。
黒円卓の騎士たちは全員が表に出られることになる。ああ、イザークは無理だが。
しかし、『城』を永続展開させるには矢張りスワスチカを築く必要がある。
イザークではなく私自身がやれば話は別だが、それをやるとふとした拍子に流出を行ってしまいかねない。
全てを飲み込むにはまだ早い。
幸いにして戦乱の世であればスワスチカの構築は容易いだろう。
怒りの日までは遠いが、まずはこの古代ベルカの戦乱を愉しみながら備えをするとしよう。
【side out】
その年、ベルカの5強の一角であるガレア王国の支配者が代替わりした。
新たに支配者となった王子ラインハルトは王位簒奪を企てた叔父エーリヒに従った地方貴族を瞬く間に粛清し、強力な中央集権体制を整える。
権力の基盤を安定させた新王ラインハルトは王制から帝制に移行、国名をガレア帝国と改号。
初代皇帝となる自らもラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒと名を改める。
後にガレアの冥王として畏れられ続ける帝王の誕生した瞬間だった。
(後書き)
この時点でリリカル世界は終わりました。
詰んでます。
獣殿が槍に触れる前に何とかすることが唯一の道でした。