魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:消えない想い(Fate)


40:いざ、情報開示 【本編】

【Side 高町まどか】

 

 

「……………………ん……」

 

 ふと、目が醒めた。

 

「ここは………………?」

 

 周囲を見渡し、何処かの病室であることを確認する。

 

「私は……どうしたんだっけ?」

 

 身を起こそうとして、脚の方に何かが乗っている事に気付く。

 そこには、見慣れた栗色のツインテールが私が寝ているベッドに突っ伏す様に眠っていた。

 

「なのは……?」

「うにゅ……お姉……ちゃん?」

 

 思わず声を掛けると、どうやら起こしてしまったらしく身じろぎしてなのはが目を醒ます。

 ボーっとしたまま周囲を見ていたが、ハッと瞠目するとこちらを凝視する。

 

「お姉ちゃん?」

「うん?」

 

 問い掛けられて疑問に思うが、次の瞬間ギョッとする。

 こちらを見詰めていたなのはの眼から涙がドッと溢れたためだ。

 

「ちょ!? 何でいきなり泣くの……って、きゃ!?」

 

 驚く私を余所に、なのはは抱き付いてきてベッドから身を起こした私の胸元に顔を押し付けて泣き続ける。

 

「……めん……さい」

 

 ?

 パニックに陥った私だが、胸元でなのはが泣きながら何かを呟いていることに気付いて注視する。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 泣きながら謝り続けるなのはを見て、冷静さを取り戻した私はそのまま彼女を受け止めて、背中をポンポンと叩く。

 

「あ~もう、仕方ないわね。気が済むまで泣きなさい」

 

 結局、泣き続けたなのはが落ち着いたのはそれから30分が経ってからだった。

 

 

 

「ええ? あれから半月も経ってるの!?」

「そうだよ! お姉ちゃん、全然目覚め無くて……もう二度と目覚め無いかもって言われて……」

 

 落ち着いたなのはから事故以降のことを聞いたが、半月も経っていることに先ず驚いた。

 なのはは思い出し泣きでまた涙を流し始めてしまう。

 

「ああもう、また泣いて……随分と泣き虫になったわね」

「だって……だって……」

 

 ぐずるなのはを何とかもう一度泣き止ませて、気に掛かっていたことを尋ねることにする。

 

「それで、なのはは何であんなに無茶してたの?」

「あ……」

 

 そう、それが気になっていた。

 正史のなのはが無茶をしていたのは、幼いころに父さんが事故で大怪我をした時に孤独にされてしまったことから、いい子でなければいけないと言う強迫観念を抱いていたからだ。

 しかし、この世界では私が居た為に完全に孤独ではなかった筈。

 だからなのはの撃墜事件ももしかしたら起こらないかも知れないと思っていたところにあの状況だ。

 ずっと疑問だったので尋ねるが、なのはは私の問い掛けを聞いて俯いてしまう。

 

「ああ、責めてるんじゃないの。

 単純に気になっただけ」

「…………………………………………」

 

 俯いてしまったなのはに慌ててフォローするが、なのはは俯いたまま押し黙っている。

 

「言いたくないことなの?」

「…………………………………………………………………………から……」

「え?」

 

 聞き取り難かったが、なのはが何かを呟く。

 

「お姉ちゃんに負けたくなかったから……」

「わ、私に!? どう言うこと?」

 

 全く予想していなかった言葉に私は混乱する。

 

「同じ日に生まれて背の高さも顔も一緒なのに、私は何をやってもお姉ちゃんに敵わない。

 私は運動音痴なのに、お姉ちゃんはクラスで一番足が早い。

 私は文系が苦手なのに、お姉ちゃんは学年で一番成績が良い。

 私は射撃と砲撃しか出来ないのに、お姉ちゃんは色々出来る!

 私は優介君とあまり話せないのに、お姉ちゃんは仲が良い!」

「なのは……」

 

 話しているうちに感情が昂ったのか叫ぶように声を上げるなのは。

 それを聞いて、私は自分の失敗を悟った。

 孤独のトラウマを持たせないようにすることだけを考え、自分の存在がコンプレックスの原因になるなんて想像だにしていなかった。

 しかし、考えてみれば当然だ。

 転生者である私は同年代と比較して精神年齢が高いため、様々な分野で同年代の子供達より有利だ。

 この年代で何かを比較するとしたら頭が良いとか運動が得意とか位だが、幾ら私立でレベルが高くても小学生の勉強で一位が取れない筈はなかったし、幼いころから計画的に身体を鍛えて来た私に対抗出来るのは特殊な生まれのすずかくらいだ。

 双子で与えられたものは同じ筈なのに、何故か自分より色々なことを上手くこなせる存在……そんな存在が居ればコンプレックスになるに決まっている。

 

「何をやってもお姉ちゃんに敵わない私が認めて貰う為にはお姉ちゃんより何倍も頑張らなきゃいけないって……そう思って……」

「そう、それで……」

 

 再び俯いてしまうなのはに罪悪感が湧き上がる。

 

「ごめんね、わけわかんないよね。

 勝手に嫉妬して馬鹿な無茶したり酷いこと言って、なのに助けて貰って。

 フェイトちゃんに励まして貰わなきゃ部屋に閉じ籠って1人でいじけたままで。

 こんな私なんて……!」

「てぃ!」

「痛ぁ!?」

 

 罪悪感はあるが、それ以上に自虐に走るなのはの言葉を聞きたくなくて、私はなのはの言葉をデコピンで遮った。

 赤くなったおでこを両手で押さえながら、涙目でこちらを睨むなのは。

 

「話は分かったけど、自分を卑下するのはやめなさい」

「ひどいよ、お姉ちゃん」

「はいはい、ごめんごめん」

「む~……」

 

 適当に宥める私の態度に、なのはは更にこちらを睨む。

 

「ねぇ、なのは……」

「?」

「私、あなたに……いえ、家族や友達みんなに黙っていたことがあるの」

「黙っていたこと?」

「ええ、それでその隠し事はさっきのなのはの話にも関係あるわ」

 

 この世界に生まれてから11年、隠し続けて来た秘密。

 でも、そのせいでなのはを傷付け続けて来たことに全く気付けなかった。

 そして、気付いてしまった以上はもう隠し続けることは出来ない。

 

「話そうと思うんだけど、まず優介と相談しなければいけないの。

 だから呼んでくれない?」

「優介君に?」

「ええ」

「……分かった」

 

 

 

「それで相談って?」

「うん……転生のこととか『ラグナロク』のこと、みんなに話そうと思って」

 

 1時間後、やってきた優介に決意を告げる。

 地球から来たにしてはやけに早かったけど、事情を聞いたら私が目覚めたことの連絡があったので呼ばずとも元から来てくれる予定だったらしい。

 優介と一緒に家族やフェイト達も来てくれたけど、今は席を外して貰っている。

 

「!? ……そうか。

 どういう心境の変化なんだ?」

「なのはがね、私に勝てないからって悩んでたの。

 同じ日に生まれて背の高さも顔も一緒なのに、何をやっても敵わないって。

 当然よね、前世の分だけアドバンテージがあるんだからズルしてる様なもんだし」

「まぁ、実際小学生に勉強で負けたら問題だろ。

 まどかの場合、小さい頃から御神流で鍛えてたんだから、運動でも負けるわけないし」

「そうなんだけど、知らない方からしたら双子で与えられたものは同じ筈なのにって思っても仕方ないでしょ」

「それもそうか」

 

 私は優介をジッと見詰める。

 優介も私の方を見据え、徐に話し出す。

 

「いいんじゃないか、話しても。

 いや、勿論未来の知識とかあまり公には出来ないけど、リンディさんとかクロノまでなら大丈夫だと思うぞ」

「そうね。優介自身はいいの?

 私の事を話したら多分優介も転生者だってことがバレちゃうと思うけど」

「俺は構わないよ、仲間内で知られたからって別に不都合もないし。

 それに、知って貰った方が動ける範囲が増えて助けられる人も増えるかも知れない」

 

 優介らしい言葉に思わず苦笑する。

 確かに、未来の知識を開示すれば今まで助けることを諦めていた人も助けられるかも知れないのは事実だ。

 

「それじゃ、みんなを呼んでくれる?」

「ああ、分かった」

 

 

 

 5分後、優介に廊下で待ってた人達を呼んで貰って全員が病室の中に集合していた。

 広めな病室だけど、人数が多過ぎて若干手狭になっている。

 父さんに母さん、兄さんと姉さんになのはの高町家。

 フェイトにアルフ、リンディさんにクロノ、エイミィさんのミッドチルダ組。

 はやてにリインフォースとヴォルケンリッターの八神家。

 それから、優介にアリサ、すずかに忍さんの海鳴組(?)。

 

「って、アリサにすずかに忍さん!?

 何でここに? ってか、ここ本局じゃないの!?」

 

 管理局の任務中に怪我を負ったからてっきり本局内の病室だと思っていたため、魔法を知らない筈のアリサ達が居ることに驚いて声を上げてしまった。

 

「そういえば言ってなかったな、ここはミッドチルダの病院だよ。

 怪我をした直後は本局に運び込まれたけど、手術後に搬送されたんだよ」

 

 私の叫びに優介が答えてくれる。

 そうか、ミッドチルダなら……ってそれもやっぱりダメじゃない!?

 

「落ち着きなさい、まどか。 私もすずかも忍さんも魔法のことは聞いて知ってるわ」

「は?」

 

 取り乱す私に、呆れたようにアリサが話し掛けてくる。

 アリサ達が魔法を知ってる?

 この世界ではフレイトライナー執務官の介入ではやて達が本拠を移したためにアリサとすずかは闇の書戦で巻き込まれることが無かった。

 そのため、魔法の事も話していなかった筈だが……。

 

「君が重傷を負ったからな、流石に隠し切れないと判断したんだよ。

 学校の方は誤魔化したが、見舞いに来ようとする親しい友人には説明するしかなかったんだ」

「うぐ……」

 

 クロノの正論に私は反論出来ずに押し黙った。

 

「それにしても、よくも私達をのけ者にしてくれたわね」

「ひどいよ、まどかちゃん……」

「あはは……」

「へ? いや、黙ってたのは私だけじゃないでしょ?」

 

 魔法のことを隠していたことをアリサ達が責めてくるが、これについては私だけが責められるのはおかしい。

 

「なのは達にはもう言ったわよ」

「にゃははは……」

「怖かった……」

「もう勘弁やわ……」

 

 アリサの言葉になのは達を見ると、額に大きな冷や汗を浮かべて苦笑している。

 

「と、兎に角。今は別のことを話す必要があるの」

「誤魔化したわね……」

 

 これ以上この話題を続けても私の精神的ダメージが増していくだけになりそうなので、何とか流れを断ち切る。

 

 

 

「まず、最初に言っておくけれど、これから私が話すことに証拠はないわ。

 信じる信じないは各人の自由です。

 但し、信じるか否かに関わらず秘密を厳守して貰う必要があるわ。

 上層部への報告も含めてね」

 

 最後のところで、リンディさんとクロノの方を見る。

 

「管理局に報告出来ない様な内容なのか?」

 

 案の定、クロノが難色を示す。

 まぁ、彼らの立場上は仕方ないと思うけど、飲んで貰わないと困る。

 

「出来ないわね。

 報告したらまず間違いなく碌な事にならないと思う。

 下手したら拉致されて尋問の後、殺されるわよ」

「な!? 管理局がそんなことをする筈が無いだろう!」

「するわよ、貴方が知らないだけ。

 実際、リンディさんは驚いていないでしょ?」

「え……? か、母さん?」

「……………………………………」

 

 クロノが戸惑ってリンディさんを見るが、リンディさんは黙して語らない。

 提督歴が長かったリンディさんはそれなりに管理局に潜む闇の存在を察していたのだろう。

 

「私が話す内容は管理局の暗部にも関わるから、正義の味方で居たいなら聞かないことをお勧めするわ」

「まどか、なんでお前がそんなことを知っているのかは知らないが、それはなのは達みたいな子供まで聞くべきことなのか?」

 

 父さんが苦い顔をしながら問い掛けてくる。

 確かに、普通ならこんな裏側のドロドロした話は子供に聞かせる様なものじゃない。

 しかし、今回は別だ。

 

「なのは達に関しては遠からず関わることになるから、今話しておいた方がダメージが少ないの」

「そうか……」

 

 父さんの苦い顔が更に険しくなる。

 

「全員聞くと言うことで良いのかしら?」

「ああ、聞かせて貰う」

 

 

 

「まず、最初に言っておくと、私と優介はこの世界に生まれる前の記憶を持っているわ」

「前世の記憶ってやつか? いや、『この世界に』と言ったか?」

「他の世界で生きていた記憶があるってことか?」

 

 この『世界』には世界が沢山あるから、他の世界と言ってもおそらく別のものを思い浮かべている。

 

「いいえ、管理世界や管理外世界を含めた全次元世界の外にある別の世界よ」

「バカな!? そんな世界があるわけが……」

「あるわ。次元世界なんて数多に在る世界の内の1つでしかないのよ、クロノ」

「そ、そんな……」

 

 次元世界を管理しようとしている管理局の人間には受け入れ難い話だったかも知れないが、この程度で躓かれても困る。

 

「続けるわね。

 私と優介が生きていた世界はこの世界よりも上位というか、この世界を観測出来たの。

 『この世界の並行世界を』と言った方が良いかも知れないけれど」

「??? どういうこと?」

「この世界のことを物語の様に見ることが出来たってことよ。

 今の時間軸よりも先も含めてね」

「ちょっと待って、まどかさん。それって……」

「ええ、今貴女が考えた通り。未来の情報を持っていると言う意味ですよ、リンディさん。

 ただ、さっき並行世界と言った様に『そうなるかも知れない』レベルの話ですが」

「「「「「「「な!?」」」」」」」

 

 私の言った言葉の意味を察したリンディさんに肯定してみせると、みんなが一斉に驚愕の声を上げる。

 

「じゃ、じゃあアンタはこの先起こることを知ってるってこと?」

「さっきも言った通り、『何もしなかったらそうなるであろう』未来よ。

 既に大分ズレて来ているからあまり当てには出来ないわ。

 この世界に本来居ない筈だった『転生者』が居る時点で多かれ少なかれ歴史は変わって居る筈」

 

 実際、大きな流れは変わっていないが細かい所で色々と差異が生じている。

 ユーノの死亡がその最たる表れだろう。

 

「『転生者』? それってさっきまどかが言ってた別の世界からこの世界に生まれ直した人のこと?」

「ええ、そうよ。私と優介もその内の1人ってわけ」

「その内の1人……それは、他にも居るということか?」

「私と優介を含めて、全部で7人居る筈よ。

 元の世界で殺されて、『ラグナロク』……戦争に参加することを条件にこの世界に転生した転生者が」

「戦争!?」

 

 私が口に出した物騒な響きにみんなが過剰反応する。

 まぁ、無理もないと思うけど。

 

「ああ、戦争だ。特殊な力を望み与えられた7人の転生者による殺し合い。

 俺達はその為にこの世界に転生させられた」

「私達を転生させた奴等が何を狙っているのは分からないけれど、私達は殺し合う為にこの世界に生まれたのよ」

「そんな……」

「そんなの間違ってる!」

 

 叫んだのはなのは、私はなのはの方を向くと諭すように話し掛ける。

 

「正しいか間違っているかと言われたら間違ってると思うけどね、私達はそれを受け入れて転生したわ。

 受け入れなければ記憶を消されて転生、それは死ぬのと変わらないから」

「そんなの……そんなのって……」

「ちょ、ちょっと待って! まどかちゃん!

 転生者同士の殺し合いって……それじゃあ……」

 

 エイミィさんがハッと気が付くと私と優介の顔を交互に見る。

 

「ああ、私と優介は同盟を結んでいるわ。

 『ラグナロク』のルールでは、8年後のある時点までで3人以上生き残っていた場合は異次元に飛ばされて強制的に殺し合わされるらしいの。

 そして、賞品を得たければその時点で勝者が1人でなければならない。

 でも逆に言えば、賞品を諦めれば2人までは生き残れるってわけ」

「ああ、だから俺達は同盟を結んでいるんだ。

 賞品には興味ないから」

「そうなんか……ちなみに、賞品って何なんや?」

「この世界の管理権だって」

「「「「「「「ぶはっ!?」」」」」」」

 

 はやての質問に答えると、みんなが揃って噴き出した。

 

「世界の管理権!?」

「それって神様ってことなんじゃ……」

「やっぱりそう思う?

 まぁ、正直そんな重いものを渡されても困るだけだと思うんだけど……」

 

 

 

「ん? そう言えば、その『ラグナロク』と管理局の暗部って何の関係があるんだ?」

 

 沈黙を撃ち破る様にクロノが思い出したように口に出す。

 

「え? 何も関係ないけど?」

「は……? いや、だったら最初の話は何だったんだ?」

「ああ、あれ?

 私達がこの世界の未来に近い情報を持っている話はしたでしょ。

 その情報の中には管理局の暗部に関わる話もあって、それがこの先起こる事件にも関係しているのよ。

 『ラグナロク』とは直接関係ないけれど、転生者の介入も事件に合わせて行われる可能性が高いから全く無関係と言うわけではないわ。

 それに、次元世界の外の世界とか世界の管理権とか知ったら、管理局の上層部は黙ってないでしょうね」

「…………………………………………」

 

 どちらの話によってかは知らないが、思い当たる節があるのかクロノは反論せずに黙り込んだ。

 

「そうね、管理局の上層部は自分達が次元世界を管理しなければならないと考えてるから、間違いなく介入しようとするわ。

 それこそ、非合法の手段を使ってでもね」

「母さん……」

 

 

 

「何で、そんな重要なことを今まで黙ってたんだ!」

 

 突然、兄さんが激昂した様に私に詰め寄ってきた。

 怒っているけれど、それは私のことを心配してくれることの裏返し。

 

「恭也、落ち着け……」

「これが落ち着いてられるか、父さん!?」

 

「……ごめんなさい」

 

 黙っていたことについては、私はただ謝ることしか出来ない。

 

「まどか……」

「話せなかったのは……怖かったから」

「怖い? 信じて貰えないことをか?」

 

 確かに荒唐無稽な話だから普通は信じて貰えない。

 けれど、私が恐れていたのはそうじゃない。

 

「それもあるけど……。

 もっと怖かったのは、家族だと思って貰えなくなるんじゃないかって……」

「……どういうことだ?」

「転生者は本来居なかった人間だから……家族に紛れ込んだ異物って思われても不思議じゃない」

 

 父さんも母さんも兄さんも姉さんもなのはも、そんなことは言わないって分かってる。

 それでも、もしかしたら……そう思うだけで話せなかった。

 

「何度も話そうと思ったことはあるの。

 でも、その度に身が竦んで……結局話せなかった。

 ごめんなさ……」

 

 パンッと言う音と共に、私の左頬に痛みが走る。

 打たれた……?

 

 私を打った相手を確認しようとしたが、その前に何か温かいものに包まれた。

 

「母さん……?」

「ええ、そうよ。 貴女のお母さん。

 だから、そんなバカなこと言わないで頂戴」

「………………ごめんなさい」

 

 胸の中が暖かくなって、涙が溢れることを止めることが出来なかった。

 

 

 

 しばらく、母さんに抱き締められたまま涙を流していた私だが、落ち着いてきたので話を再開することにした。

 私を抱いている母さんの腕を軽く叩き、解放して貰う。

 

「それで、何か質問はあるかしら?」

 

 そう言って見回すと、クロノが問い掛けて来た。

 

「転生者は特殊な力を持ってるって言ってたが、優介の剣を創るレアスキルがそれなのか?」

 

 優介の投影魔術はこの世界の魔法とは掛け離れているから矢張り不自然だったのだろう。

 レアスキルとして誤魔化していたが、疑問に思っていた様だ。

 

「ああ、無限の剣製って能力だ」

「まどかの能力は? 今まで使ってる所を見たことがない気がするが、同じ様な力があるのか?」

「私の場合は剣の流派の力を願ったから、優介みたいに見た目で分かる様な能力は無いわ」

 

 次の質問は無いかと見回す。

 

「ところで、他の転生者って見付かってるの?」

 

 嗚呼、やっぱりその質問が来たか。

 話の流れ上、彼女の事を話さないわけにはいかない。

 

「闇の書事件の時に殺されたフレイトライナー執務官も転生者よ」

 

 私の言葉に空気が凍った。

 彼女の事はあの場に居合わせた者達にとってトラウマに等しい出来事だから仕方ないだろう。

 

「彼女の能力は不明だけど、おそらく魔法の才能を願ったのだと思うわ」

「そんなことが……」

「それと、聖槍十三騎士団。

 彼らの背後にも転生者が居ると推測してるわ」

 

 その単語に、海鳴組となのは以外の高町家を除いて、全員がその身を震わせる。

 

「奴等が転生者!?」

「いいえ、彼ら自身は転生者ではないと思う。

 彼らを背後で操ってる中に転生者が居ると私達は考えているわ」

「証拠はあるの、まどかさん?」

 

 リンディさんが私を見据えてくる。

 

「『この世界の歴史に本来あんな奴等は存在しなかった』それが証拠です」

「そう……」

 

 リンディさんは私の言葉に考え込む様に俯いた。

 納得してくれたのなら、彼女には逆にこちらから聞きたいことがある。

 

「リンディさん、彼らの情報……話してくれませんか。

 機密であることは分かりますが、このまま彼らを自由にさせておいたら全てが手遅れになる可能性があります」

「………………………………分かったわ」

「母さん!?」

 

 少し逡巡したリンディさんだが、結局は頷いてくれた。

 クロノが驚愕して彼女に詰め寄る。

 

「いいのよ、クロノ。

 どのみち左遷された身だしね。

 情報漏洩が知られても、然程変わらないわ」

「すみません、リンディさん」

「とは言っても、私が知ることはそんなに多くは無いわ。

 かつて古代ベルカの時代に存在したガレア帝国についての話よ。

 ベルカが滅んでも勢力を保ち続けたその多次元世界帝国はこれまでに二度に渡って管理局と衝突している。

 そしてその何れも管理局は多大な被害を受けて敗北……不利な条件の条約を結んで停戦している状態なの。

 聖槍十三騎士団は、かの帝国の抱える一騎当千の殺戮集団として名が知られているわ」

 

 リンディさんの言葉に三度空気が凍った、それも最大級に。

 管理局が敗北? しかも二度も?

 P・T事件や闇の書事件の時のリンディさんの反応から管理局の威光が通じない相手であることは勘付いていたが、まさかそこまで明確に敵対しているとは想像だにしなかった。

 

「そんな!? 管理局が?」

「そんな世界があったなんて……」

「で、でも……そんな大事件があったらもっと知られてる筈じゃないですか?

 ガレア帝国なんて初めて聞きますよ?」

「次元世界の管理者を自認する管理局にとって、ガレア帝国の存在も管理局の敗北も認められないことなのよ。

 だから、一部の将官を除いて徹底的に隠蔽が為されているわ。

 ガレア帝国の名前すら口に出すことは許されず、かの帝国に連なる28の世界は何れも隔離世界として立入禁止。

 そして、事情を知る者にとっては決して敵対してはいけない相手とされている」

「そんなことが……」

 

 クロノやエイミィさんの問い掛けに答えていたリンディさんは、やり取りがひと段落すると私達の方を真っ直ぐに見据えて来た。

 

「まどかさん。正直な所、彼らと戦うのはオススメ出来ないわ。

 闇の書事件の時にアースラを攻撃したあのローブの人物、あれも聖槍十三騎士団の一員なのでしょう?」

「ええ、おそらくは首領だと思います。もしかすると、転生者自身かも知れません」

「そう、アルカンシェルを撃ち破って次元航行艦を半壊させたあの人物がね。

 ハッキリ言って、あれはもう人の手でどうにか出来る存在ではないわ」

「そうですね、私もそう思います。

 真っ向から戦ったら絶対に勝てないでしょうね」

「そんな!? お姉ちゃん……」

 

 私の言葉になのはが心配そうな顔をする。

 そんな絶望的な相手と戦わなければいけないのだから無理も無い。

 

「でも、あの力を使えばそれこそ私や優介も簡単に殺せた筈。

 それをしなかったと言うことは、力の行使に制限があるか、『ラグナロク』に積極的でないかのどちらかだと思います」

「そう……そうね」

 

 正直、小細工でどうにかなるレベルじゃないから気休め程度だけど。

 そんな言葉を内心で押さえて、努めて明るく断言する。

 リンディさんには気付かれてるみたいだけど。

 

 

 

「ところで、管理局の暗部が関わる事件と言うのはどんな事件なんだ」

 

 転生者についての話がひと段落した所でクロノが問い掛けて来た。

 おそらくずっと気になっていたのだろうが、『ラグナロク』と『転生者』の話でそれどころではなかったのだろう。

 

「悪いけれど、未来の情報についてはあまり話せないわ」

「何故だ!? 事前に分かっていれば防げることもあるだろう」

「確かに、事前に対処すれば防げることも多いでしょうね。

 でも、それは知っていると言うアドバンテージを失うことになるし、防ぐことが必ずしも良い方に繋がるとは限らないわ」

 

 未来の情報を元に行動すれば、その分だけ正史から離れていく。

 それは未来を知っていると言う利点を失うことになる。

 それに、J・S事件を防ぐことは良いことばかりではない。

 

「……どういうことだ?」

「例えば、闇の書事件。

 私や優介ははやてが主であることを最初から知っていたわ」

「なんだって!?

 ……いや、未来の情報があるなら当然か。

 でも、どうしてそれを言わなかったんだ!」

 

 クロノが責める様に睨んでくる。

 はやては兎も角、リインフォースとヴォルケンリッターも表情が険しい。

 

「それをしたら、はやては早い段階で拘束。

 闇の書は完成しない代わりに侵食は止まらずにはやては死亡して闇の書は転生してたでしょうね。

 実際、フレイトライナー執務官がはやてを拘束しようとした時には焦ったわ。

 拘束してたらアウトだし、知らない世界に行かれても暴走時に立ち会えずにアウトだもの」

「ぐ……」

 

 想像したのか、クロノとはやてを含めてみんなの顔が引き攣る。

 

「そう言うわけで、未来の情報については必要最小限の情報を必要な時期に開示させて貰うことにさせて貰いたいの」

「……仕方ないか」

 

 渋々と引き下がるクロノの姿に安堵しつつ、私は辺りを見回す。

 

「私と優介の方針は、可能な限り救える人は救いながら、なるべく本来の歴史通りに進めること。

 そうすることで転生者の居場所を突き止めることに繋がるわ。

 皆さんには巻き込んでしまって申し訳ないけれど、情報収集を手伝って欲しいです」

「転生者を見付けたら、どうするんだ?」

 

 父さんが強く睨みながら問い掛けてくる。

 言葉にはされていないが、その瞳は「殺すのか?」と問うている。

 

「まだ、分からない。

 情けないかも知れないけれど、人を殺す覚悟がまだ持てないから……」

「………………そうか。

 いや、それでいい。

 そんな覚悟を持つにはお前はまだ幼すぎる。

 躊躇わずに殺すなんて言ったら引っ叩いていた所だ」

 

 私の中途半端な回答に、しかし父さんは安堵した様に微笑んでくれた。

 

「これ以上打たれるのは勘弁して欲しいわ」

 

 父さんの微笑みに私は先程母さんに叩かれた頬に手を当てながら苦笑する。

 

「どうすればいいかは分からないけれど、少なくとも私はただ黙って死ぬのを待つのは耐えられない。

 だから……お願いします。力を貸して下さい」

「お願いします」

 

 ベッドに座ったままだが優介と一緒に誠心誠意頭を下げて助力を乞う。

 実際、おそらく転生者の中で最も弱い私にはこうしてみんなの手を借りないと絶対に生き残れない。

 2年前にフレイトライナー執務官が殺されるのを見て、そして今回の事件で死にかけて、それを痛感した。

 

「頭を上げて、まどかさん。優介君」

 

 頭を下げ続けていた私にリンディさんが声を掛ける。

 

「そんなことをしなくても、私達は貴女達を見捨てたりしないし、協力するつもりよ。

 何よりも、ガレア帝国が関与しているなら管理局だって他人事じゃないわ」

「ああ、母さんの言う通りだ」

「そうだよ、お姉ちゃん」

「私達も協力するよ」

「私や皆も勿論手ぇ貸すで」

 

 みんなが私と優介に協力を約束してくれるその様に思わず目頭が熱くなる。

 私は涙を見られない様に俯いて、ただ一言だけ何とか返すことが出来た。

 

「あり、がとう……」




(後書き)
 第4章は短編連作なのに、この回だけやけに長い……。

 リザさんのおかげでまどか復帰。
 人体のスペシャリストである彼女のおかげで原作なのはの様な後遺症や脳の障害はありませんが、パワーアップも特にしてません、彼女は浄眼持ちでも無いですし。
 ただ、精神面では一歩前身しましたし、周囲との連携も取り易くなりました。

 ただ、カミングアウトしましたが幾つかの情報は開示していませんね。
 主に未開示なのは未来の事件に関することと黒円卓の騎士団員の詳細情報です。
 前者は開示し過ぎると変わってしまって知識が役に立たなくなる為、後者は知っていることが局内に漏れるリスクの回避のためです。

 しかし、ここで騎士団員の名前と容姿だけでも教えて居ればあんなことには……。

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