【Side ラインハルト・ハイドリヒ】
執務室の中で書類を整理しているヴァルキュリアの後ろ姿を見ながら、ふとある台詞が思い起こされた。
曾孫に当たる人物が口にした言葉だが、何故このタイミングで思い出したのか。
手元に表示された情報に目を落としながら、このせいかと1人納得する。
「ふむ……」
ふと、思い付いたことを試すか否か自分に問い掛けてみる。
「演出はあって困ることは無い……か」
視線の先でヴァルキュリアがビクッと跳び上がり、辺りを見回した。
どうやら何かを感じ取ったらしい。
「ヴァルキュリア」
「は、はい!?」
「1つ使いを頼まれて貰いたい」
ヴァルキュリアからは見えない位置にある手元のモニタを一瞥しながら話を切り出した。
そこに表示されているのは1人の管理局員の殉職の報道だった。
【Side ベアトリス・キルヒアイゼン】
と言うわけで、私は今喪服を着て墓地に居ます。
何が「と言うわけ」なのか分からないと思いますが、私にも分かりません。
いきなりハイドリヒ卿に呼ばれたと思ったら、お使いを頼まれました。
それ自体は別に構わないのですが──拒否権ないですし──お使いの内容がお墓参りってどういうことでしょう。
普通、お使いにお墓参りとかってないですよね。
挙句の果てに、誰のお墓か聞いたら誰のでも構わないから適当に参ってこいという回答。
全く以って訳が分かりません。
あの方の意味不明な指示はこれまでにも何度もありましたが、それらは深謀遠慮の結果と単なる思い付きが半々で、しかも見分けが付かないから性質が悪いです。
「わざわざミッドチルダの墓地まで来させて……一体どういうつもりなんでしょう?」
取り合えず、ここで何処かのお墓を適当にお参りすれば任務完了となるわけだけど、誰のでも構わないと言われると逆にどうしていいか困ってしまう。
関わった事のある人のお墓でもあればそこにお参りすればいいのだが、ミッドチルダの墓地にそんなものがあるわけがない。
「あれ?」
どうしたものかと辺りを見回した際にふと目に留まった光景、それは幼い少女がお墓の前に1人佇んでいる姿だった。
オレンジ色の髪を2つに結んだ黒い服を着た少女が20メートル先に居たのだ。
それだけであれば別段おかしなことではないが、その少女の周囲に人の姿は無く、たった1人で居たから気に掛かった。
歳の頃は未だ10歳前後に見える少女が保護者も居ない状態で1人で墓地に居るのは明らかに不自然だ。
一度気になってしまうと目が離せなくなり、私はその少女の元へと近付いて行った。
声を掛けようと思って、その少女が声を出さずに泣いていることに気付いた。
一瞬躊躇するが、ここまで来たら何もせずに立ち去ることは出来ない。
「お参りしてもいいかな?」
斜め後ろから声を掛けると、少女はビクッと肩を揺らすと此方を見詰めて来た。
しばらく此方を見ていたが、やがて横にズレて場所を譲ってくれた。
私は軽く会釈すると、お墓の前に跪き持って来ていた花を供えると手を組んで祈りを捧げる。
「あの……お兄ちゃんの同僚の人ですか?」
「いえ、違います。
ごめんなさい、面識は無いんだけど……貴女が1人でお墓の前に居たから気になって」
「え、でも……」
私の返答に少女はお墓に捧げた花を見て、再度私の方に顔を向ける。
「ああ、気にしないで。
元々、供える相手を探していたところだから」
「? はい……」
不思議そうにしながらも、取り合えず納得したのか少女はそれ以上そこに触れることは無かった。
「貴女のお兄さん、どんな人だったか聞いてもいい?」
「っ!」
私の言葉に少女はビクッと震えて俯いてしまう。
しまった、こんな場所で無神経な質問だったかも知れない。
「ああ、ごめんなさい。辛かったら無理に話さなくてもいいんだけど……」
「いえ、聞いて欲しいです……お兄ちゃんは役立たずなんかじゃないって」
「え?」
「いえ、なんでもないです……」
彼女の言葉に何故かとても強い情念を感じて思わず聞き返すが、誤魔化されてしまう。
「その、良かったら何処か近くのお店でお話しない?
勿論、御馳走するから」
「え、あ……はい、分かりました」
幸いにしてハイドリヒ卿から何故かミッドチルダの通貨を貰っていたからお茶を奢る位は出来る。
「じゃ、行こうか。
え~と……」
そう言えば、彼女の名前を知らないことに気付いた。
「あ、私ティアナです。ティアナ・ランスター」
「ありがとう、私はベアトリスよ。ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン。
よろしくね、ティアナちゃん」
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墓地の近くの喫茶店で、ティアナちゃんにケーキとアイスティー、私はミルクティーを注文して奥の方の席に向かい合って座る。
周囲に他のお客さんが居ない状態で、話をするのには好都合だった。
そこで私はティアナちゃんのお兄さんの話を聞く。
両親が亡くなって兄妹2人だけで生きてきたこと。
彼女の兄、ティーダ・ランスターが管理局員であること。
執務官を目指していたこと。
任務で違法魔導師を追い、殉職したこと。
そして……
「お兄ちゃんの上司の人がお兄ちゃんのこと、犯人を逃がした役立たずだって……!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら話すティアナちゃんの姿に、黙っていられず立ち上がって抱き締める。
「そんなことないです。
お兄さんが何かミスをしたわけでもないのに取り逃がしたのなら、それは上官の指示や配置に問題があります。
おそらく、その上官は自分が責任を取らされない様にお兄さんに押し付けてるだけです」
こんな小さな子に社会の黒い部分を話すのは気が引けるが、それ以上にお兄さんを侮辱されて傷付いたこの子を慰めたくて私は推測を口にする。
勿論、事件の詳細を知らない以上もしかしたら彼が大きなミスをしている可能性が無いわけではないが、そこは一旦置いておく。
「お兄ちゃんは役立たずじゃない?」
「はい、私が保証します」
私が断言すると、ティアナちゃんは泣き笑いの表情を浮かべた。
「ありがとう……ございます」
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「ところで、ティアナちゃんはこれからどうするの?」
しばらくしてティアナちゃんが落ち着いた所で気になっていたことを尋ねてみる。
先程話を聞いた限りでは彼女は今回の件で天涯孤独の身になってしまった筈だ。
一応、遠い親戚が書類上の保護者ではあるようだけど、兄妹2人だけで生活していたところからあまり頼れる相手でもないようだし。
「……訓練校に入って管理局員になります。
兄さんが叶えられなかった夢を、私が代わりに叶えて証明したいから。
兄さんが残してくれた蓄えと管理局の補償があるから、訓練校に入るまでくらいなら生活出来ると思います」
「1人で暮らすつもりなの?」
私が尋ねると彼女は顔を俯かせてしまう。
管理世界では低年齢化が進んでいると聞くけど、流石に10歳前後の1人暮らしなんて一般的ではないだろう。
とは言え、沈黙している様子を見るに共に暮らす人の当てもないのだろう。
悩むティアナちゃんの姿に私は昔の……ドッペルアドラーを引き込んだ時分の螢の姿を幻視してしまう。
思えば、兄を失って戦いの道に身を投じるところなど共通点も多い。
ダメだ、放っておけそうにない。
「それじゃ、私と暮らそうか?」
「え……?」
唐突な提案に目を白黒させているティアナちゃんの姿を眺めながらも、内心で冷や汗を流す。
思わず言ってしまったけど、ハイドリヒ卿に何と言えばいいのか。
職務放棄宣言など粛清されても不思議ではない。
と言うか、ほぼ間違いなくヴィッテンブルグ少佐に殺される。
「どうして……?」
「うん?」
「なんで、そこまでしてくれるんですか?
初めて会ったのに……」
まぁ、彼女からしたら不思議に思っても仕方ない。
ここは嘘を付いたり誤魔化したりしない方が良さそうだ。
「貴女がね、私の妹の小さい時に良く似ているから放っておけないの」
「そう……ですか」
俯いたまま答えるティアナちゃん。
一応は納得してくれたみたいだけど。
「それで、どうかしら?」
「その……少し考えさせて下さい」
確かに、即断出来る様な話でもないし当然か。
私としても、ハイドリヒ卿と話さないといけないし、好都合と言えば好都合。
「そうね。それじゃ決まったら連絡を貰えるかしら。
連絡先を渡しておくから」
「はい、分かりました」
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『それで、住居を移したいと?』
「はい。仕事の方には支障が無い様にしますから!どうかお願いします!」
通信でハイドリヒ卿に任務の完了を報告すると共に、ミッドチルダへの移住を頼み込む。
管理局とガレア帝国の関係を考えれば、ミッドチルダは敵地とも言える。
そんな場所に住みたいと言う願いは常識的に受け入れられる筈が無いが、何としても認めて貰わなければならない。
『ふむ、構わんよ』
「仰ることは重々承知しておりますが、何卒……………………はい?」
何としても……と思っていたが予想外の回答に思わずポカンとしてしまう。
『構わんと言った』
「ほ、本当ですか!?」
『ああ、卿には無期限の任務を与えよう。
任務内容はミッドチルダにおける情報収集だ』
「あ……ありがとうございます!」
私の我儘を正当化する任務を与えてくれた、いつになく甘いハイドリヒ卿の対応に疑念が湧くが、有難い。
『戸籍は追って準備させる。金銭等の必要物も併せてな』
「はい!」
(後書き)
『そう考えると凄いよね、貴女のお姉さん。
ある意味、ツンデレキラーだよ。
素直になれないあいつもこいつも、ニッコリ笑顔でラクラクゲット』
私的、2つの世界を跨いでのツンデレ認定
ツンデレ1号:エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ
ツンデレ2号:櫻井螢
ツンデレ3号:アリサ・バニングス
ツンデレ4号:ティアナ・ランスター
あ、3号に絡ませ損ねてる……。