薄暗い部屋の中、映し出されたモニタに向かって操作を行っている男が居た。
白衣を纏い長い紫色の髪をしたその男はかなり集中している様子で、一切に周りを見ることなくただただモニタを注視している。
パシュッとした音と共に男の背後でドアが開き、部屋に入ってくる足音がしてもそれは変わらなかった。
「ウーノかい? 悪いけど今は手が離せない。
用があるなら手短に頼むよ」
後ろを振り向くことなく告げられた言葉に、入室してきた人物は苦笑しながら返事を返す。
「残念ながら人違いですよ。ドクター・ジェイル・スカリエッティ」
耳に入ったその男性の返事に、白衣の男……ジェイル・スカリエッティはバッと後ろを振り向いた。
この研究所に男性はスカリエッティ自身を除けば今モニタの中でレリックウェポンとしての最終調整を受けている人物だけ。
その人物も生体ポッドの中に意識のない状態で漂っている筈なのだから、男性の声がする筈が無い。
あり得ない声に驚いて振り向いたスカリエッティの視線の先には、カソックを着た金髪の神父が微笑んでいた。
「どちら様かな? ここは関係者以外立入禁止なんだがね」
驚愕を押さえ、表情に笑みを取り戻したスカリエッティが問う。
「これは失礼。
私はヴァレリア・トリファと申します。
ご覧の通り、しがない神父ですよ」
その言葉に、スカリエッティの笑みが深まり周囲に圧迫感を生み出す。
入念に張り巡らされたセキュリティもガジェット・ドローンも彼の最高傑作である戦闘機人達もやり過ごして研究所の最奥である彼の部屋まで侵入した男が「しがない神父」である筈が無い。
興味と警戒で向けられた威圧を、しかし神父は何事も無かったかのように受け流す。
「それで、神父様が何の用かな?
生憎、聖王様の加護は今必要としていないので、布教なら他を当たって貰いたいのだが」
ミッドチルダにおいて、神父やシスターと言えば聖王教会に所属しているものしか居ない。
宗教組織ではあるが騎士団という独自の戦力を持ち、武装集団としては次元世界において管理局に次ぐ位置にあるその組織の介入を疑い探りを入れてみたが、反応は薄い。
「布教ではありませんが、まぁ勧誘ではありますね。
端的に言えば、貴方と取引をするために来たのですよ」
「取引?」
「ええ、我々が貴方のスポンサーとなり支援を行う。
代わりに、貴方は我々に見返りを提供する。
そう言う取引です」
掌を上に向けながら両手を差し出す神父。
「話にならないね。
スポンサーなら間に合っているよ」
首を振りながらにべも無く切って捨てるスカリエッティに、しかし神父はより笑みを深める。
「それは素晴らしいですね。
しかし、そのスポンサーから独立するのなら新たな出資者が必要なのではないでしょうか?」
微笑みと共に放たれた言葉にスカリエッティは驚愕を隠せず硬直する。
まだ彼の娘達の中でも片腕とも言えるウーノにしか明かしていないその計画。
知られる筈が無い知られてはならないことが知られているその脅威に、スカリエッティは敵意を隠せずに笑みを消して神父を睨む。
「どこでそれを?」
「さて、情報源については私も知らされていないので分かりかねます。
しかし、興味は持って頂けた様ですね」
その言葉に、スカリエッティは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
彼にとっては命綱とも言える情報を握られているのだから、その反応も当然と言えるだろう。
その情報がスポンサーの耳に入れば身の破滅は確実だ。
「悔しいけど、話を聞かないわけにはいかなそうだ。
それで改めて尋ねるけど……どちら様かな?」
「それでは、改めて名乗りましょう。
私はヴァレリア・トリファ、聖槍十三騎士団黒円卓第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。
聖餐杯と呼ばれる事の方が多いですがね」
「っ!? ガレア帝国か!?」
スカリエッティは管理局の上層部と繋がりがあるため、裏の情報についても精通している。
当然、将官以上のみが知らされているガレア帝国のことも聖槍十三騎士団のことも知っていたため、神父の名乗りに目を丸くしている。
「ふむ、やはりご存知でしたか。
流石ですね。
我らの事は管理局関係者でもかなり上位の人間しか知らされていない様ですが」
「その辺りの情報統制も私の仕事のうちなのでね、不本意だが。
それで、かの帝国が私のスポンサーとなってくれると言うのかね?」
一度は断ったスカリエッティだが、相手の素性を聞いて態度を若干軟化させる。
相手の言葉が嘘であるとは疑っていない、その名を知っていて堂々と名乗るのは本物以外に在り得ない。
また、同時に彼らについての情報が正しければこの場で実力行使が可能な相手でもない。
「はい、我らが皇帝陛下は貴方の事を高く評価しておられます。
更に、貴方が発掘・改修を任されているアレについての対策も兼ねることが出来ますので」
「こちらの切り札についても知られている、か。
どうやら、管理局は帝国の掌の上で踊らされているようだね」
「まぁ、それについてはノーコメントとしておきましょう。
こちらとしても、アレを我らに向ける以外の方法で使い潰してくれた方が有難いのですよ。
それゆえ、援助は惜しみません。
資金、資材、技術、情報、人材、様々な面で貴方をバックアップ致しましょう。
ああ、こちらが保有しているロストロギアなども提供出来ますよ」
その言葉にスカリエッティは少し考え込む。
神父の提案は非常に魅力的だ。
自力でも成し遂げるつもりだったが、彼らの協力が得られるならばよりスムーズに事を運ぶことが出来るだろう。
しかし、それでも解せないことがあるため、素直に頷く訳にはいかなかった。
「1つ聞いてもいいかね?」
「なんでしょう?」
「何故、こんな迂遠な方法を採るんだい?
君達ならアレの発掘・改修を妨害するなど簡単な筈だろう」
そう、わざわざスカリエッティの反逆などを手伝わずとも、他に幾らでも手っ取り早い方法がある筈なのだ。
「確かに、破壊しようと思えばいつでも出来るでしょう。
ですが……」
邪聖が嘲笑う、その名に相応しき黒い笑みで。
「我らが皇帝陛下はそれでは不足と仰せなのですよ。
どうせならばもっと派手に、そして劇的な演出を、とね」
スカリエッティはあまりと言えばあまりの言葉にしばし呆然とするが、やがて俯いて肩を震わせる。
「ククク……ハハハハハッ。
成程、演出か。
確かに演出は派手な方がいい!
それにしても、私の一世一代の計画をただの演出とは……流石に管理局を二度に渡って捩じ伏せたガレア帝国はスケールが違う。
いいだろう、提案を受けようじゃないか。
そして、演目をより派手に盛大に盛り上げて見せよう!」
「フフ、取引成立ですね。
それでは、また追って連絡を差し上げますよ」
(後書き)
安定の神父さん……と言いたいところですが、特に話術を行使しているわけでもないことに気付きました。