副題:金の恋シリーズ第3話「金の慕情」
昼時を少し過ぎた翠屋に昼食を摂る2人の男女の姿がある。
それだけ聞くとカップルの様だが、男性の方は20歳以上なのに対してもう1人は10歳前後の少女のため、せいぜいが兄妹にしか見えない。
加えて言えば2人は共に訪れた客でもなく単に相席しているだけだ。
しかし、その光景はここ1~2年程で何度も見られた光景だった。
「今日は機嫌が良い様に見えるが、何か良いことでもあったのかね?」
男性──ラインハルトが少女に問い掛ける。
これは珍しいことであり、普段であれば少女の方から彼に問い掛けることはあっても逆はそう多くなかった。
問い掛けられた金髪の少女──フェイトは口の中のパンを飲み込んで答える。
「その、勉強してた資格試験に合格したので嬉しくて……」
「ほう?」
2回に渡って不合格だった執務官試験に3回目にして合格したフェイトが合格通知を受け取ったのが前日のこと、3年越しの苦労が実り夢に向かって歩く道が開かれたことでかなり浮かれていた。
「それは目出度いな。
何の資格かね?」
「え!? ええと、その……ひ、秘密です」
当然と言えば当然の質問に、フェイトは答えられずに冷や汗を流す。
管理局の役職資格を管理外世界の住人に言える筈も無く、ただただ誤魔化すしかなかった。
質問を無碍に断って嫌われたのではないかと心配げに上目遣いで見るが、ラインハルトは微笑んだままだった。
「ふむ、まぁ良かろう。
兎に角、目出度いことに変わりはない。
何か祝いをせねばならんな」
「ええ!? そ、そんな……悪いですよ」
「その程度の甲斐性はあるつもりだ。
何か希望はあるかね?」
ラインハルトの思わぬ言葉にフェイトは目を丸くして必死に考える。
プレゼントを貰えるならとても嬉しいが、何を頼んでいいか分からない。
それよりは……。
「ええと……ええと……じゃ、じゃあ何処かに食事に行きたいです」
上目遣いで「ダメですか?」と尋ねるフェイトにラインハルトは微笑みながら快諾する。
「ディナーか、良かろう。
次の土曜日の夜で構わないかね?」
「は、はい! 大丈夫です」
「それでは、次の土曜の……そうだな夕方5時に家の前に迎えに行くとしよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
ラインハルトさんと約束してからその日が来るまでの一週間、約束の事が気になって仕方が無く色々なことが手に付かなかった。
幸いにして管理局の任務の方は大過なく過ごすことが出来たが、学校の方はボーっとしていて先生に叱られるわアリサに怒られるわ散々だった。
でも、それも今日で報われる。
アルフにも相談して選んだ黒いワンピースを着て、マンションの前でラインハルトさんを待つ。
ちなみに、2時間前から待とうとしてアルフに止められた為、30分前から待っていた。
そろそろ時間だけど……。
車の音が聞こえてきたため、もしかしてと思ってそちらを向いた。
そして目に映った光景に硬直した。
普通の車の2倍くらいある汚れ一つない真っ白な長い車体。
テレビの中でしか見たことが無い、住宅街にはあまりにも不釣り合いな車。
もしかして、これってリムジン?
呆然とする私の前にそのリムジンが滑り込んできて滑らかに停車する。
うん、車を見た瞬間分かってた。
アリサやすずかの家もお金持ちだけど、流石に日常でここまでの車を使用したりはしない。
何処か浮世離れしてるラインハルトさん、この車で平然と迎えに来るのは彼しか居ないって。
って言うか、今更ながらに心配になってきた。
何処に連れて行かれるのか、こんな格好で来てしまってよかったのか。
精一杯のお洒落をしてきたつもりだけど、普段着の延長でしかない。
運転手さんが運転席からわざわざ降りてドアを開けてくれる。
躊躇してしまうが、そのままでいるわけにもいかず意を決して車内へと乗り込む。
広い車内にタキシードを着たラインハルトさんが座っている。
迎え合わせになる様にシートに座るとドアが閉められた。
「一応時間通りの筈だが、待たせてしまったかな?」
「い、いえ……大丈夫です」
翠屋で会うときはいつもスーツ姿のため、初めて見るタキシード姿に思わず見惚れてしまう。
って、タキシード!?
やっぱり相当なお店に行くつもりみたい。
服装について聞いておかないと。
滑り出す様に発車したのを感じながら、私はラインハルトさんに質問する。
「あの、私こんな格好なんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、案ずることはない。手配しておいた」
手配?
普段着でも大丈夫なようにお店に頼んだとかそういう意味かな?
でも、そんなこと出来るんだろうか……。
10分程経って車が停まった。
もうお店に着いたのかな?
そう思って外を窺っていると、運転手さんがドアを開けてくれた。
ラインハルトさんが先に降りて私に手を差し出してくれる。
私はラインハルトさんの手に掴まりながら、車から降りた。
降りた先にはレストラン……ではなくて、高級そうな洋服屋だった。
ラインハルトさんに手を引かれながらお店に入ると、女の人が近付いてきて丁寧にお辞儀をする。
「いらっしゃいませ、ハイドリヒ様」
「ああ、頼んでいたものは揃っているかね?」
「はい、試着室の方に」
「そうか、では頼む」
「承知致しました。それではお嬢様、こちらにどうぞ」
私!?
唐突に話し掛けられたため、思わずビクッと反応してしまった。
だけど、薄々状況が飲み込めてきた。
先程車の中でラインハルトさんが言っていた『手配』、連れて来られた洋服屋、試着室に用意されている頼まれた物。
店員さんの後を追い掛ける形で入った部屋──試着室といっても普通の洋服屋さんのと違って本当に『部屋』だった──に用意されていたのは子供用と思われる黒いイブニングドレス、パンプス、ネックレス、ティアラ、ご丁寧に下着までがそこに待ち受けていた。
少し眩暈がしてきた。
一緒にレストランでお食事が出来て少しデートみたいな気持ちが味わえればいいと思って軽い気持ちで頼んだことだが、とんでもない大事になってる気がする。
どうも私が憧れた人は加減とか容赦とかそういう言葉がすっぽりと抜け落ちているみたいだった。
このお店に入って並んでた服をじっくり見たわけではないけれど、チラッと見えた値札は全て6桁以上だった。
洋服にあまり詳しくない私でも、目の前に用意されている服やアクセサリーが恐ろしく高価だということは分かった。
しかし、呆けてばかりも居られない。
部屋の外にラインハルトさんを待たせているのだから、早く着替えないと。
店員さんに手伝って貰いながら、用意されていたドレスに着替える。
それまで私が来ていた服は店員さんが畳んで袋に入れてくれた。
試着室のドアを開け、ラインハルトさんの前に姿を見せる。
「ほう、良く似合っている」
「あ、えっと……ありがとうございます。
あの、この服……」
「その一揃えも含め、祝いの一環だ。
そのまま着て帰ると良い」
気になってたことを尋ねるが、予想通り贈り物という回答だった。
「で、でも……高いんじゃないですか?」
「別に、大したこともない」
絶対にそんなことはないと思うのだけど、そう言われてしまった以上は反論も出来ない。
結局、私は贈られたドレスを纏って紙袋を携えながら店を出て車に乗り込んだのだった。
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そうして再び車が停まり、ラインハルトさんの手を借りて降りる。
そこには今度こそこじんまりとしたレストラン……ではなく、海鳴市で一番高いビルだった。
ゲルマニアグループ第2支部ビル。
この世界で一番大きな企業が拠点としているビルで、厳密には海鳴市で一番どころかこの国で最も高い建物と聞いたことがある。
でも、どうしてこんなところに……?
そう思った次の瞬間、1つの可能性に気付いて青褪める。
確か、このビルの最上階近くにはレストランがあった筈。
エイミィがクロノにねだって連れて行って貰おうとしていたけど、予約が全く取れなくて諦めたって言ってた。
聞いてみた所、1年先まで予約が埋まっていてとても無理だったとか。
まさか、そこに……?
でも、私がお願いしたのは先週の話だからそのお店の予約が取れるとは思えない。
たまたま空いていた可能性もないわけではないけれど、土曜日の夜なんて一番混んでる筈。
ただ、何となくこれまでの流れでラインハルトさんならそう言う無茶も普通に何とかしてしまいそうな気がするのは考え過ぎだろうか。
ラインハルトさんに手を引かれながらビルの正面エントランスから入り低層階、中層階、高層階に分かれているエレベータのうち高層階のエレベータ……を素通り?
ラインハルトさんはエレベータに目もくれずに奥に進み、おじぎをする警備員に一声掛けながら一番奥へと歩みを進めた。
そこにはもう一台エレベータがあったけど、何だか素通りしたエレベータと比べてとても豪華な作りになっている。
ボタンを押すとすぐにドアが開き、中に乗り込む。
普通なら階ごとのボタンがある筈の操作盤には、何故か0~9の番号のパネルがあった。
ラインハルトさんは1のボタンを2回、9のボタンを1回、最後に右下のボタンを押すとエレベータが凄い勢いで上昇するのを感じた。
多分119階ってことだと思うけど、これじゃあ一度に1つの階にしか行けないし、他の階に行きたい人が乗ってきたらどうするんだろう?
疑問に思っている間に目的の階に着いてドアが開く。
エレベータのドアが開いた瞬間、目の前に満開の夜景が広がった。
「ふわぁ……」
思わずその光景に見入ってしまった。
ドアの正面が一面ガラス張りの窓になっており、遠くまで見通せるように工夫されていたのだ。
夜景を横目に見ながら窓に沿って歩くと、レストランの入り口に着いた。
予想の通りエイミィが言っていたお店の様だけど、とても混んでおり見える範囲では全く空きが無い。
しかし、ウェイターさんはラインハルトさんを見るなり先導して案内を始める。
ラインハルトさんもそれを当然の様にウェイターさんの後を追うため、手を引かれている私も着いていく。
案内された場所は入口からは見えなかった場所でオブジェや植物、噴水等で他のお客さんの居た所から仕切られた席だった。
どうみても他のお客さんとは一線を画した特別席としか思えない。
顔が引き攣るのを必死に抑えながら、ウェイターさんの引いてくれた椅子へと座る。
「あの、ここって……」
「見ての通りレストランだが、そう言ったことが聞きたいわけではないようだな」
「はい、その……前にここのレストランは予約が取れないって聞いてたので、どうやってこんな席を一週間前に取れたのかなって」
対面に座るラインハルトさんに問い掛けると、得心がいったように頷く。
「なに、大したことではない。
確かに一般客の予約は埋まっている様だが、グループの関係者であれば予約を取ることは可能だ」
「あ、それじゃラインハルトさんのお仕事って……」
「このビルが勤め先になる」
翠屋でよく会うから薄々は気付いていたけど、やはりあのグループの関係者だったんだ。
翠屋はこのビルからすぐ近くにあるから、あのビルで働いている人がよくランチに来るってなのはが言っていたのを覚えている。
確かに、グループの関係者だったらビルの中のレストランの予約は優先的に取れるんだろう。
お金で強引にお店に融通を利かせたわけではないと知って少しホッとした。
安心した所にウェイターさんがジュースを注いでくれる、どうやら食前酒の代わりらしい。
ラインハルトさんの方にもお酒ではなくて私と同じ物が注がれる。
「では、卿の合格を祝うとしよう……
ラインハルトさんに合わせてグラスを軽く持ち上げて、夢の様な時間が始まった。
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「その、今日は本当にありがとうございました」
夕食後、マンションまで車で送って貰った私は車から降りると振り返ってラインハルトさんにお礼を言った。
心臓に悪いことも多かったけれど、あそこまでお祝いして貰えてとても嬉しかったのは確かだ。
「なに、大したことではない」
今日だけで何度か聞いた言葉だけど、多分ラインハルトさんは本当にそう思っている。
だったら、変に畏まるのも逆に失礼だ。
「ふふ、それじゃお休みなさい」
「Gute Nacht.」
聞きなれない言葉だったけど、多分お休みって言ってくれたんだと思うその言葉を背に、私はマンションへと入っていった。
なお、出る時には着てなかったドレスを着て帰った事で大騒ぎになったことは言うまでもない。
(後書き)
戻れないところまで嵌まっていくフェイトそん。
情報開示の際に彼の名前や容姿までちゃんと説明して居ればこんなことには……。