魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Juggernaut(dies irae)


45:たった一個の蒼い石 【本編】

 新暦71年、ミッドチルダ北部の臨海第8空港を中心に世界が揺れた。

 

 

【Side 高町まどか】

 

 

 撃墜事件から4年の月日が経った。

 私は数ヶ月間のリハビリを経て学校と管理局に復帰し、今ではミッドチルダの地上本部──通称『陸』──に勤めている。

 リハビリは凄く辛くて何度も涙を流したけれど、一度は植物状態に陥ったことを考えればこうして動けているだけでも幸運に感謝するべきだろう。

 

 幾つかの事件があり、変えられたものもあれば変えられなかったものもある。

 なのはの撃墜事件は私が代わりに怪我を負ってしまったため、ある意味で変わったと言える。

 戦闘機人事件は介入することが出来なかった。

 エリオ・モンディアルはまだ本局施設には居ないため、手が出せない。

 ティーダ・ランスターの殉職は変えられなかった。

 ヴァイス・グランセニックの妹は失明を免れた。

 

 なのはは撃墜されていなくてもあの事件で思うところがあったらしく、教導隊に籍を移した。

 撃墜されてから復帰したのがなのはではなく私になってしまったため、『不屈のエースオブエース』とは呼ばれていない。

 代わりに私が『不屈のエース』でなのはが『エースオブエース』と呼ばれており、分割されてしまった様だ。

 フェイトは執務官として飛び回っているけれど、ここしばらく浮き沈みが激しく落ち込んでいたり鬼気迫る様子で任務に当たっていたりする。

 はやては捜査官の道を歩んでおり上級キャリア試験にも合格した。

 優介は私と同様に地上本部の部隊に所属しているが、狙撃手として色々な部隊に引っ張りダコだ。

 ちなみに、ヴァイスの妹が失明しなかったのはその時に動員された狙撃手がヴァイスではなく優介だったためだったりする。

 

 それぞれの道を進んでいるみんなだけど、丁度休暇が重なった為に一同に会すことになった。

 私と優介は目配せし合い、状況を確認する。

 J・S事件まで残り4年、そしてみんなで集まると言うこのタイミング……正史で起こった空港火災がこの世界でも起こるとすればこの日である可能性が高い。

 正史の通りに進んでくれなければ助けられるものも助けられなくなる可能性がある。

 一方で、悲劇が起こるとすれば可能な限り防ぎたい。

 だから私と優介は未来の情報は最小限とし、起こる直前に開示する様にしていた。

 今回も空港火災のことを3人に話し、協力を依頼した。

 

 とは言え、この空港火災は原因が分からない為に防ぐのは難しい。

 大々的に空港内を捜索すれば原因を突き止めて防ぐことが出来るかもしれないが、転生者と正史に関する知識は管理局にも明かせないため、その手段は採れない。

 出来るとしたら、なるべく被害を抑える為に近くで待機していることだろう。

 折角の休暇に申し訳ないと思いつつも、当初の予定よりも早く集合して貰い空港の近くで待機する。

 

 そうして、火災の警報と共にはやては指揮系統の掌握に、残りの4人は救助の為に空港内へと突入した。

 

 

 二手に分かれて救助を進める。

 私はフェイトと、優介はなのはとそれぞれ一緒に行動している。

 本来よりも早く救助に着手出来ている為、順調に進んでいる。

 このままいけば正史よりも被害を抑えることが出来る筈……そう思った瞬間、それは起こった。

 

 何かが弾ける様な感覚と共に、大気と地面が震える。

 いつか何処かで感じた憶えのある感覚にデジャビュを感じるが、次に起こった事態に一旦保留とする。

 元々崩壊が始まっていた空港の建物が今の振動で一気に秒読みを進めたのだ。

 天井が崩れ落ち、大小様々な瓦礫が私とフェイトの頭上に落下してくる。

 

「フェイト!」

「うん!」

 

 回避は不可能と判断し、咄嗟に駆け寄り2人で並んでデバイスを掲げる。

 

「ライジングソウル!」

≪Protection Powered≫

「バルディッシュ!」

≪Defensor Plus≫

 

 2重に張られた障壁に、次々と瓦礫が落ちてくる。

 

「ぐ……うぅ……」

「あ……ぅ……」

 

 魔力を振り絞って何とか障壁を維持する。

 1分後、全ての瓦礫が地面に落ち、落下物はひと段落が着いた。

 上を見ると天井が完全に無くなっており、夜空が覗いている。

 

「取り合えず、助かった様ね」

「うん、何とかね」

 

 フェイトとお互いの無事を確認し合う。

 

「何だったのかな、今の?」

「分からないけれど……でも何処かで憶えが……」

 

 パッとは思い出せないが、何処かで憶えがある感覚だった。

 しかし、今はそれどころではないので後回しとする。

 さっきの振動で建物の崩壊が大分進んでしまった。

 落下する瓦礫によって被害も増えてしまっている筈……おそらくは少なくない数の死亡者も出ている。

 外で指揮を取っているはやてに連絡して、被害の多そうな場所から優先的に救助を急がなければならない。

 

 通信ではやてと連絡しようとするが、先程の事象のせいかあるいは被害で連絡が集中しているのか繋がらない。

 仕方ないので、連絡はライジングソウルに任せて周囲の要救助者を捜索することにする。

 飛び回りながら、はやてやなのは、優介への通信は継続するが繋がる気配がなかった。

 

「さっきの振動……多分次元震だ。

 地面だけじゃなくて、空間自体が振動してたから間違いないと思う」

「次元震? でも、どうしてこんなところで?」

 

 ミッドチルダで次元震が自然発生することなんて滅多にない。

 考えられるとすれば……ロストロギアしかない。

 しかし、先程の感覚は昔にも何処かで……と思った所で、心当たりがあることに気付いた。

 

 まさか、ジュエルシード!?

 正史では本局からスカリエッティに横流しされていた筈。

 それがいつだったかまでは分からないけれど、既に彼の手に渡ってる可能性はある。

 しかし、何故こんな所で発動する?

 

 あるいは、聖槍十三騎士団に奪われた方だろうか?

 P・T事件の彼らはジュエルシード狙いだったが、何のためかは未だ不明のままだ。

 

「フェイト、この火災がひと段落したら頼みたいことがあるんだけど」

「改まってどうしたの、まどか?」

「本局のロストロギア保管庫にジュエルシードがちゃんと保管されるか確認して欲しいの」

「え……?」

 

 私の依頼に、フェイトは息を飲んだ。

 

「さっきの振動とその直前の感覚、昔何処かで同じものを感じた記憶があると思ったんだけど、ジュエルシードの暴走時の反応だわ」

「でもジュエルシードは……まさか、本局から持ち出されたって言うの!?」

「可能性の1つよ。

 もう1つは聖槍十三騎士団に奪われた物である可能性ね」

 

 私が挙げた単語に、フェイトは硬直する。

 

「私達が確保した分が本局にきちんと保管されているなら間違いないわね。

 でも、万が一紛失していたらそれ以上は踏み込まない様に気を付けて」

「でも……」

「悪いけど、これだけは厳守して。

 もし想像が正しければ、この件に深入りするととんでもない危険があるわ」

「……わかった」

 

 正義感から食い下がろうとしたフェイトだが、私が真剣に頼むと渋々だが引き下がった。

 実際、この件に下手に踏み込むと最高評議会を始めとする管理局の上層部と敵対する可能性がある。

 

 その時、試み続けていた通信が漸く繋がった。

 状況的に一番優先的に連絡を取りたかったのは指揮を取っているはやてだったが、その時繋がったのは優介との通信だった。

 

『まどか、か?』

「優介! そっちは大丈夫だった!? なのはは無事?」

 

 漸く繋がった通信に、安否を確認する。

 優介はなのはと一緒だった筈だから、そちらの無事も確認したい。

 

『少なくとも、肉体的には無事だ』

「……どうしたの?」

 

 無事と言うには引っ掛かる言い方に、嫌な予感を感じて問い掛ける。

 優介の沈痛な表情も不安を煽った。

 

『その、落ち着いて聞いてくれ……スバルが死んだ』

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 蒼い空の下、郊外のとある一角に黒い服を着た大勢の人が佇んでいた。

 立ち並ぶ墓石の内の1つの前に、壮年の男性と手足に包帯を巻いた青髪の少女が居た。

 少女は泣き崩れており、男性も沈痛な面持ちだった。

 数日前の空港火災において家族を失った親娘の姿に、周囲を囲む親戚や知人達も表情は暗い。

 

 私はなのはや優介、そしてフェイトと輪の中心から少し離れた位置で参列していた。

 はやては死した者やその家族と直接面識があったため、中心の方に居る。

 なのはは酷く落ち込んでおり、ここ数日碌に眠れていない様子だった。

 優介から聞いた話だと、どうやら目の前で助けられなかったらしい。

 

 私自身、今回の件は酷く堪えた。

 正史の悲劇を防げなかったことは何度もあったけれど、今回は明らかに正史より被害が増えている。

 もっと良い方法があったんじゃないか、この結末は私のせいではないか、そんな考えがグルグルと頭の中を廻る。

 

 死亡者23人

 重傷者41人

 軽傷者多数

 

 それが今回の事件の被害だった。

 加えて空港があった場所は高濃度の魔力汚染によって人が立ち入れない土地になってしまい、隔離閉鎖されている。

 

 正史での空港火災の被害がどれほどだったのかは分からないが、おそらく死者は居なかったと思う。

 火災に合わせて起こったジュエルシードの暴走による次元震、それによる建物の倒壊が被害を大きく増加させた。

 頭では分かっている、こちらがどんなに備えていようとあれは防げなかったと。

 しかし、もしも全てを暴露して火災自体を事前に止めることが出来ていたら、ジュエルシードの暴走も無かったかもしれない。

 私が保身のために情報を秘匿したせいで……いや、止めよう。

 保身のことを考えなかったとしても、転生者や正史の知識のことは明かせない。

 もしも表沙汰にすれば、管理局がどういう手段に出てくるか分からない。

 

 私は思考を中断し、改めて葬儀の行われている中心地に目を向ける。

 スバル・ナカジマの死亡……4年後のJ・S事件で活躍する筈だった主要人物の1人が死んでしまった。

 機動六課のフォワードメンバーがどうなるのか、全く予想が付かない。

 

 不安の中で葬儀は粛々と進められていった。




(後書き)
 宝石一個配置されていただけで運命が大きく分岐してしまいました。

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