【Side 八神はやて】
『やはり、現在の状態では難しいと言わざるを得ないな』
「ほうか……」
モニタ越しにクロノ君から告げられた言葉に、思わず嘆息する。
『少なくとも後1人、将官クラスの後見を得なければ部隊設立は認められないと思う』
「せやな、リンディさんが居てくれれば……あ、ごめん」
『……いや、構わない。
確かに、母さんの地位がそのままだったら後見の体制も整っていただろう』
厳しい現実に思わず本音が漏れてしまい、慌てて謝罪する。
闇の書事件の後、事実上の左遷で地位を追われたリンディさんの話題は息子であるクロノ君にとっても苦い記憶だろう。
彼自身は地位を追われることは無かったが、ハラオウン家自体が評判を落としたために厳しい目を向けられ続けてきたこともある。
それでも執務官から提督に出世出来たことは彼の才能や努力による賜物だと言っていいだろう。
「レティ提督はダメなんか?」
リンディさんの失脚後、私やなのはちゃん達の面倒を色々と見てくれた親しい提督の名を挙げてみる。
リンディさんの親友でもあるし、頼めば力になってくれそうだ。
しかし、私の質問にクロノ君は眉間に皺を寄せる。
『レティ提督は人事を統括する立場だから、こう言う件であからさまに肩入れするのは難しいだろう。
協力を約束してくれているから広義の意味では後見人に当たるが、正式な立場としては無理だ。
人材面で融通を利かせて貰うのが限界だ』
「むぅ……クロノ君の知り合いでええ人おらんの?」
『知り合いの提督に声を掛けることは出来るが……難しいな。
今回の件は本来地上本部の管轄であるミッドチルダに本局の息が掛かった部隊を設立すると言う強引な話だ。
どちらかと言えば強硬派の行動に近い。
僕が親しい人達は基本的に穏健派だから、理解を得るのは至難だろう』
「それは……」
確かに、今回私が考えている部隊は管轄の壁を超えた強引なものだ。
管理局を二分する派閥の内、穏健派は勢力関係といった点では保守的で、こういう革新的な提案は好まれない。
『かと言って、強硬派には伝手も無い。
そもそも、僕も君もあまり好かれてないから話も聞いて貰えないだろう』
「………………………………」
反論が見付からずに、思わず黙り込む。
闇の書事件で評判を落としたとは言えハラオウン家は穏健派の中でも名門であり、強硬派から見れば目の上のたんこぶだ。
それに私は闇の書事件の重要参考人、穏健派の人達は同情してくれるが強硬派からは犯罪者扱いされることすらある。
「なんとか……なんとかならんの?
こんな初っ端で躓くなんて……」
ままならない現実に思わず涙が浮かぶ。
『実は1人、協力を申し出てくれている人が居るんだが……』
「ホンマに!? ……なんか問題ある人なん?」
唐突に告げられた情報に思わず食い付いてしまった。
しかし、モニタに映るクロノ君の表情を見て、思い止まる。
苦々しい彼の表情に、あまり良い情報では無い予感を感じる。
『いや、問題がある人じゃないんだ。
周囲からの評判も悪くない』
「ほんなら、どうして最初に言い出さなかったん?
何か理由があるんやろ?」
『何故彼が協力を申し出たか、その意図が掴めないのが1つ。
それと……正直会った時の第一印象であまり好きな相手ではないと感じてしまってな。
いや、すまない……後半は忘れてくれ。
個人的な話だし理由も無く勝手な印象で嫌うのは良くない』
クロノ君の珍しい評価に少し興味を惹かれる。
クロノ君だって人間だ、好きなタイプも居れば嫌いなタイプも居るだろう。
しかし、理由も無く印象が悪いと言うのは珍しい。
「クロノ君がそこまで悪く言うのも珍しいな。
傲慢な感じなん?」
『いや、寧ろ逆に腰が低い感じの人だったよ。
慇懃無礼と言っても良いくらいに』
「そうなん?
まぁ、印象は兎も角として一回会ってみたいな。
他に当ても居ないことやしな」
『そうだな……分かった。アポを取ってみるよ』
「よろしくお願いな」
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「初めまして、親愛なるお嬢さん。
わたくしはシュピーネ。時空管理局情報統括官ロート・シュピーネ少将です」
肌がぞわっと泡立つのを感じる。
爬虫類を彷彿とさせる容貌、舐め回す様な視線、粘着質な話し声。
その全てが生理的な嫌悪感を沸き立たせる。
長袖タイプの制服で良かった、鳥肌が立っているのを気付かれずに済む。
私は今すぐ部屋を退出したくなるのを必死に抑えて、努めて内心を外に出さない様に笑顔を維持する。
「八神三佐です。
この度はお忙しい所お時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、大したことでは無いですよ。
私も貴女のことを聞いてお会いしたいと思っていましたから」
リップサービスでも普通なら多少なりとも嬉しく思う言葉だが、この場では顔が引き攣るのを堪えるので精一杯だった。
「そ、それは光栄です。
ところで、私の部隊設立に御協力頂けると言うお話ですが……」
少しでも早くこの会談を終わらせたくて、本題を切り出す。
失礼と受け取られかねないが、それ以上にこの場から早く出たいと思ってしまった。
「ええ、後見人を探していると聞きましたので。
わたくしで宜しければ、引受させて頂きますよ」
「ありがたいお話ですが、1つ聞いても良いですか?」
「? 何でしょう?」
「何故協力してくれるんですか?穏健派でも強硬派でもない貴方が」
ロート・シュピーネ少将。
クロノ君から聞いた話では管理局の海を二分する強硬派と穏健派の何れにも属さない人物であると聞いた。
勿論、本局に所属する全ての人間が派閥に属しているわけでもないので、派閥に属さない人物が居るのはおかしいことではない。
しかし、派閥に属さない人物は出世において不利となり、高位に就くことは難しい。
それなのに、目の前の人物が少将という高い階級と情報統括官と言う幹部クラスのポストを持つことが出来た理由、それは情報収集能力にあるという。
見た目に反して……というとアレだが、彼は高い情報収集能力を保持しており、彼が齎す情報は強硬派も穏健派も無視出来ない重要度らしい。
加えて、敢えて中立の立場に立つことで二つの派閥間の情報の遣り取りを取り仕切る窓口の様な役割も果たしているそうだ。
「どうやら、わたくしのことはある程度ご存知のご様子。
それならば話は早いですね、私が貴女の部隊設立に協力する理由は『情報』ですよ」
「情報……ですか?」
「ええ、貴女の創ろうとしている部隊は賛同者は多くありません。
しかし、興味を持っている者は結構居るのですよ。
そして、そう言う方々は情報を欲している」
「それを貴方が提供する……その情報収集の為に後見人になると言うことですか」
「その通り。
別に特別なことはせずとも結構、ただ
「──────っ!?」
ニタリという擬音が似合う笑いと共に告げられた言葉に、心臓を鷲掴みされたような衝撃を感じた。
後見人になれば報告を行うのは当たり前だ……そんな当たり前のことをこの場で敢えて告げた理由。
釘を刺された。
クロノ君やカリムと言った、部隊設立の真の理由を知っている身内の後見人……
わざわざこんなことをしてきた以上、おそらく部隊設立の理由が表向きのものだけではないことも気付かれてしまっている。
今回の部隊設立の目的はカリムの予言によって告げられた管理局の危機の回避だ。
しかし舞台になるであろうミッドチルダは陸の管轄であり手出しが出来ない。
そのため、本局の管轄であるロストロギア対策の名目の元、ミッドチルダに部隊を設立し、なし崩し的に事件を解決するつもりだった。
流石に真の理由までは知られていないと思うが、部隊設立の目的が表向きに提示しているものと違うことを知られただけでも致命的だ。
ただでさえ良く思われていない地上本部に知られれば、管轄侵犯として猛反発を受けるだろう。
それに、そもそも虚偽の目的で部隊を設立しようという行為自体が反逆と捉えられかねない。
そして同時に、これで彼の申し出を断ることも出来なくなった。
今の状態で断れば、疚しいことがあると証明したも同然だからだ。
情報統括官である彼にそんな認識をされれば、あっという間に追い詰められてしまうだろう。
「そうですか。
勿論、後見人となって頂ければ報告はきちんと行いますよ」
「それは良かった」
なんとか会話を続けるが、内心を何処まで隠せているか自信が無い。
為人は兎も角、恐ろしく優秀で狡猾な人物だと言うことがこの数分の遣り取りで身に沁みて分かった。
会談を行った時点で、どう転ぼうと相手に情報を渡す結果になっていたのだ。
後見人として受け入れることはもう避けられない。
後は如何に情報を不自然でない範囲で隠せるか……クロノ君やカリムとも相談せんとあかんな。
(後書き)
出番補完回で彼の回が無かった?
それはそうです、何故なら彼には補完せずともちゃんと出番がありますから。
なお、黒円卓の騎士団員の名前や容姿を説明していればあんなことには……の「あんなこと」には、フェイトだけじゃなくてこちらも含まれてました。