【Side 高町まどか】
「……で、本気で隊長陣はホテル内に配備するつもりなの?」
機動六課の隊長室で私ははやてに問い掛けた。
「そうや、もうみんなの分のドレスも発注してあるんよ。
あ、フェイトちゃんだけは自前であるから要らないって断られたけど」
はやての回答に私は頭を押さえて溜息を付く。
「まぁ、まどかちゃんの言いたいことも分かるんやけどな。
戦闘スタイル的に配置ミスやって言いたいんやろ?」
そう、その通り。
私は兎も角として、固定砲台のなのは、高速機動のフェイト、広域殲滅のはやては狭い屋内に配置するのはとことん向いていない……ホテルを全壊させてもいいなら話は別だが。
ホテル内に配置した時点で戦力外となるのははやてだって分かっているだろう。
「それが分かっているなら……」
「分かっていてもどうにもならんこともあるんよ」
「政治的な話?」
「まぁ、それに近いな。
機動六課が好印象を得られる様になるべく顔売ってこいって言うクロノ君からのお達し」
その言葉を聞いて頭痛が更に増してきた。
「要するに、人気取りか。
世知辛いわね」
「部隊設立に結構無茶しとるからな、仕方ないんよ」
「はぁ、分かったわよ。
シグナム達や優介も居るし、ガジェットくらいならギンガ達も後れを取ったりはしないでしょ」
「そうやな」
私は抗議を諦めて、その場を辞すことにした。
「結局、そっちはホテル内か?」
「ええ、一応ごねてみたけど予想通りね。
まぁ、私が思っているような問題ははやてだって分かった上で敢えてあの配置にしているのだから仕方ないけど」
オフィスに戻って優介と今後の方針について話をする。
オープンスペースなので秘密の話はここでは出来ないが、このレベルであれば問題ない。
「優介は外だから、見といてくれる?」
ティアナの方に一瞬だけ視線を送りながら優介に依頼をする。
目的語を敢えて省いたが、優介ならばこれで伝わるだろう。
「ああ、勿論だ。
……でも、正直必要なのか疑問だけど」
「そうなのよね」
優介に頼んだのはティアナのミスショットのフォローだ。
正史ではスバルに向かったミスショットをヴィータが弾いてフォローしているが、この世界ではどうなるか分からない。
そもそもスバルが居ないことだし別の結果になるのは間違いないが、下手をすれば正史よりも悪い結果を招く可能性だって十分ある。
……とは言え、正史のティアナは自身の才能に自信が無く劣等感を抱いて焦ったためのミスだったが、この世界のティアナにそんな気配は見られない。
ミスショット自体が起こらない可能性も高いと踏んでいるが、念には念を入れておくのは間違っていないと思う。
「ま、何も起こらないならそれに越したことは無いわ」
「それもそうだな」
優介との話し合いを終えて、私は部屋に戻ることにした。
「………………はホテル………………副隊長…………外………………。
今回は見送………………がいい………………」
「ん?」
階段を下りる途中でボソボソと話す声が聞こえたため、私は不思議に思ってそちらに足を運んでみる。
屋上に繋がる踊り場に人影があり、どうやらその人物が話していたらしい。
見た所、1人の様だけど……?
「た、隊長!?」
「リジェ?」
そこに居たのは私のブレード分隊のメンバーである、リジェ・オペルだった。
私が近付いてきたことに気付いたのか、手に持っていた何かをポケットに仕舞うと敬礼する。
「1人なの?
誰かと話していたみたいだったけど……」
「え? あ、え~と……聖王教会の方に報告を行ってました」
「こんなところで?
報告書ならデスクから送ればいいのに」
何故か冷や汗を掻いて焦った様子を見せるリジェ。
「いえ、正式な報告書は別途送ってます。
今のはどちらかと言うと個人的な報告だったので、あまり人の多い所は望ましくないかと」
「そう、ならいいけど。
ああ、そうそう……明日の任務、私や他の隊長陣は別の場所になるけど、優介は貴方達と一緒の筈だから彼の指示に従ってね」
「あ、はい。
了解しました」
敬礼するリジェに頷くと、私は今度こそ寄宿舎の方へと帰ることにした。
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翌日、ヘリでホテルアグスタに向かった私達はシャマルからドレスを受け取って更衣室で着替えた。
はやては薄水色、なのははピンク、私は薄い黄色のドレスの様だ。
フェイトは……うわぁ。
胸元の大きく開いた黒のロングドレス、スリットも深くチラリと見える太ももがクラクラする様な魅力を放っている。
そのスタイルでその格好は凶器よ……。
通り過ぎる男性は皆視線を送ってきているが、フェイトは全く気付いていない。
装飾品もティアラ、ネックレス、イヤリング、指輪共にとんでもない輝きを放っている……どう見ても本物のダイヤモンドだ。
今フェイトが纏っている衣装で総額幾らになるのか想像するだけで恐ろしいが、どう考えても私達の着てるドレスとは桁が2つは違う。
なのはやはやての方をチラリと見たが、引き攣った笑みを浮かべていた。
無理もない、おそらく私も似た様な顔をしているだろう。
私達からすれば今着ているドレスも今まで着たことがない特別な格好だが、目の前のフェイトと並べられたら誰が見ても単なる引き立て役。
何処かの王侯貴族とそのお付きになってしまう。
「あの~フェイトちゃん? そのドレスは?」
「え? 何処か変だった?」
はやてが恐る恐る質問するが、フェイトはすっとぼけた答えを返してくる。
これが意図的なら嫌味なこと極まりないが、この娘は完全に素だから恐ろしい。
「いや、恐ろしいくらい似合っとるけどな。
随分高そうな格好やけど、一体どうしたん?」
「ええと、その……彼に貰ったんだけど」
顔を赤らめて返された答えに周囲の温度が上がった気がして、私達は手で顔を煽いだ。
フェイトの『彼』……特別な立場の人物らしく名前も教えて貰えないけれど、管理世界の住人ではなく地球の人らしい。
かなりの資産家で頻繁に高価な贈り物を渡されると困惑した顔で言っていた。
小学校からの知り合いで中学卒業の頃に告白し、以来ミッドチルダに移住しても交際が続いていると言うのだから筋金入りだ。
正史ではワーカホリックだった3人娘だが、フェイトだけはきちんと休日は休んで地球に戻りその彼に会っているらしい。
「あれ?」
「ん? どうかしたの?」
突然フェイトがオークション会場の方を向いて首を傾げた。
視線の先を目で追ってみるが、特段何も無い様に見えた。
「その、知っている人に見えたんだけど……気のせいよね。
あの人がミッドチルダに居るわけないし」
「「「???」」」
「あ、ごめん。なんでもないの」
どうやら知り合いに似た人を見つけたらしい。
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「どうかしたんですか、ハイドリヒ卿?」
「いやなに、知り合いを見掛けてな」
ヴァルキュリアの言葉に黒いドレスの女性に向けていた視線を元に戻してオークション会場に向かう。
「そうですか。挨拶はされないのですか?」
「いや、あちらは任務中の様だ。
邪魔しては悪かろう」
「任務って……まさか管理局員ですか?」
「そんなところだ」
気まぐれに手配し取り寄せたオークションの招待状を手に、ヴァルキュリアと共にホテルアグスタの廊下を歩む。
「それにしても、ミッドチルダのオークションに参加するなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」
「なに、ただの気まぐれだ。
オークションに掛けられるロストロギアも、あまり興味を惹くものはなさそうだ。
むしろ、このオークション会場を警備している部隊の方が気になるな」
私の言葉に、ヴァルキュリアの顔色が変わる。
彼女は数年前からミッドチルダに居住しており、1人の少女を育てていた。
その妹の様な存在が今私が口にした部隊に所属しているのだから、他人事ではないのだろう。
「案ずるな、今回は何もするつもりはない。
単なる様子見だ」
「それって、今回は何もしなくてもいずれは何かをするつもりってことですか……?」
少し安堵はしたようだが、まだ不安な部分があるらしく問い掛けてくる。
「さて、それは我等の思うところではないな。
あの者達が我等の進む道を阻むか否かに拠る」
「そう、ですか」
渋々と引き下がったヴァルキュリアを振り返ることなく、私はオークション会場の入り口に足を踏み入れる。
会場に入った瞬間、場内の視線が私達の方へと集中する。
しかし、こちらから見回すと慌てた様に半数程の視線は散っていった。
「さて、どの辺りに座るか」
フェイト嬢に顔を見られると少々面倒なことになる。
それにガジェット襲撃後にはこの会場を抜け出して外の戦闘を見ておくつもりだ。
そうすると……あの辺りが好都合か。
目星を付けた席に向かい、ヴァルキュリアの手を引きながらオークション会場の中を歩く。
まだ開始まで時間があるとはいえそれなりの人数が居たが、私達が歩くとその先に居た者達は海が割れる様に道を空けた。
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ホテルの屋上から見渡す視界の中、そこかしこで戦闘が行われていた。
最前線はシグナム、ヴィータ、ザフィーラの3名。
そこから少し間を空けて松田優介とフォワード陣が防衛ラインを引いていた。
私が立つ場所より2フロア分低い場所にはシャマルが立ち、情報収集と指揮を行っている。
「迎撃は順調な様ですね」
「元より、単純な自動操縦の機械に負ける者達ではあるまい」
隣で見ているヴァルキュリアは知り得ぬことだが、本来はここでルーテシア・アルピーノの召喚蟲による操作が加わり苦戦に追い込まれる筈だった。
しかし、何の因果かスカリエッティ陣営に居る筈だったルーテシアは機動六課のメンバーとなっている。
大方、転生者の2人がどうにかしたのだろうが、少なくともこの場で正史通りの展開は無さそうだ。
「それにしても……」
チラリとフォワード陣の方へと視線を向けながら。
「卿の妹分はあまり信用されておらぬようだな」
「どういうことですか?」
私の言葉にヴァルキュリアは少し硬い声で問い掛けてくる。
私は顎で一番近い戦場を指し、ヴァルキュリアの視線を向けさせる。
「双剣使いもトンファー使いも、あの少女がいつミスをしても良い様に動いている。
フォローと言うにも過剰、まるでミスショットをすると予測しているかの様だ」
「ティアナはあの程度でミスなんてしません。
精神修養には十分力を入れましたから」
「……であろうな。
あの少女は私の目から見ても安定している。
目が曇っているのは、ミスに備えている2人の方だ」
正史の情報に踊らされている者達を眺めながらしばしの時を過ごす。
やがてガジェットはその数が尽きたのか次第に勢いを無くし、戦闘は終結した。
「さて、目的は果たしたことだし、そろそろ戻るとするか」
「分かりました」
(後書き)
傍から見ればデートに見えなくも無い。
……とか言うと、ベアトリスの身が危険なので言いませんが。