【Side 八神はやて】
「古代遺物管理部機動六課課長、八神はやて三等陸佐。
査問委員会への出頭を命じます」
派遣任務からミッドに戻った直後、待ち構えていたオーリス・ゲイズ三佐にそう命令された。
訳が分からんかったけど、取り合えず管理局の正式な命令みたいなんで逆らうわけにもいかず、騒ぐヴィータ達を抑えて大人しく付いていくことにした。
呼ばれたのは私だけで他のみんなは一緒に行けないと言う話だったので、先に機動六課に戻って貰うことにした。
車に乗せられ、地上本部のビルへと向かう。
「査問って地上本部で行われるんですか?」
「ええ。機動六課の所属は本局ですが、今回はミッドチルダでの話なので場所は地上本部で、査問委員会の人員は地上本部と本局の合同ということになりました」
私の質問に対して、オーリス三佐は裏の意図まで汲み取った回答を返してくれた。
彼女の言葉が正しければ、陸と海の両方が私に対して矛先を向けていることになる。
一体何が起こってるんや……?
「あの、私は派遣任務から戻ったばかりで事情が良く分からないんですが、何に対しての査問なのでしょうか?」
「その派遣任務についての貴女の判断ミス、それから機動六課の存在意義、人員構成などに対してです」
なんやて!?
機動六課の存在意義や人員構成についてはこれまでも散々言われていたことやから正直またかって感じやけど、最初のは聞き捨てならん。
「判断ミスって何や!?
任務はちゃんと完遂したで!」
怒りと焦りについ地が出てしまった。
しかし、オーリス三佐は冷たくこちらを見据えてくる。
その冷たい眼差しに思わず背筋が凍った。
「それはそうでしょう。
分隊1つ派遣すれば済む任務にSランクオーバーの魔導師を複数、部隊の主要メンバー全員を投入したのですから。
完遂出来て当然です」
「そ、それは……」
確かに、今回の任務は事件性も無くロストロギアも危険なものやなかった。
分隊1つで十分対応可能やったし、実際ライトニング分隊だけで解決出来ている。
せやけど……。
「せやけど、それは結果論や!
ロストロギアの情報が無かったんやから万全を期すために……」
「その様な抗弁は査問委員会でして下さい、私に言われても無意味です。
しかし、貴女のその判断の結果だけは査問委員会前に教えて差し上げましょう」
「判断の……結果?」
なんや、何かエライ嫌な予感がする……。
「貴女達が派遣任務に出動した翌日、ミッドチルダでレリックが発見されました。
対象がレリックであったため事前の取り決めに基づき機動六課に緊急出動命令が降り、グリフィス・ロウラン二尉の指揮の下に部隊を派遣。
レリックに反応して集まってきた無人兵器、通称ガジェット・ドローンとの交戦に入り……死亡者3名、重傷者8名の被害が出した上にレリックは奪われました」
「──────っ!?」
そ、そんな……!?
私達が留守にしとる間にそんな事が?
何で連絡が来なかったんや……そうか、次元嵐で通信が……。
「事態を重く見た地上本部と本局は機動六課の部隊長を招聘することにしました。
今回の査問委員会はそのためのものです」
まずい……交代部隊のみんなの被害も気になるけれど、まずは査問委員会を乗り切らんと。
こんな不祥事……下手をすれば機動六課は解散させられてしまうかも知れん。
そうなれば、カリムの預言もまどかちゃん達の『ラグナロク』の支援も……。
焦る気持ちが膨らむが、車はそのまま地上本部に到着してしまう。
オーリス三佐に連れられ、査問委員会の会場であると思われる会議室の前に連れて来られた。
「地上本部所属オーリス・ゲイズ三等陸佐です。
機動六課の八神部隊長をお連れしました」
「入りたまえ」
オーリス三佐がノックして来訪を告げると、中から返答が返ってくる。
ドアが開けられ、先に入る様に促される。
裁判所みたいなところを想像していたが、中は多少広めだが普通の会議室だった。
恐らく、査問委員会専用の場所ではなく会議室を中の机や椅子だけ配置を変えて使用しているのだろう。
コの字に並べられた机の真ん中に1つだけ椅子が置かれており、査問委員会に掛けられる私はあそこに座るのだろう。
その椅子の正面には3人の年配の男性が並んで座っている。
うち2人は海の制服、1人は陸の制服を纏っている。
海の2人は見覚えが無い人──階級章はそれぞれ少将、准将──やったけれど、陸の1人は地上本部の責任者であるレジアス中将や。
予想以上の大物が登場したこともそうやけど、海の2人が『見覚えの無い』相手であることに焦りが更に増す。
海の将官で見覚えが無いってことは、おそらく直接関わる機会が殆ど無い対立派閥に属している相手である可能性が高い。
査問なんやからクロノ君みたいな明確な味方は流石に担当になることは難しいとは思っていた。
しかし、派閥メンバーを担当者にして擁護するように手を回してくれることを期待していたが……どうやらそう甘くはないらしい。
この場が完全に敵地であることを知り、用意された椅子に進もうにも足が竦んでしまう。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかん。
気合を入れると椅子の所まで足を進める。
「古代遺物管理部機動六課課長、八神はやて三等陸佐です」
「掛けたまえ」
「……失礼します」
許可が下りたので、椅子に腰掛ける。
オーリス三佐はコの字の横部分、私から見て左の席に座りディスプレイを起動させる。
「さて、八神三佐。
君は何故ここに呼ばれたのか理解しているかね?」
中央に座っていた海の少将が話し掛けてくる。
階級はレジアス中将の方が上だが、機動六課が海の所属だから彼がこの場を主導する様だ。
「ここに来るまでにオーリス・ゲイズ三佐に伺いました。
私達が派遣任務で異世界に出掛けている間にミッドチルダでレリック事件が発生したと。
その事件において発生した被害の責任の所在についてだと思っています」
「そう、その通りだ。
率直に言ってしまえば、今回の被害は君が派遣任務の対応に主要メンバーを投入したせいでミッドチルダに残る機動六課の戦力が低下したことが原因の1つであると我々は考えている。
この見解について反論はあるかね?」
予想と異なりいきなり核心を突いてきた。
しかし、その点については既に解を持ち合わせている。
「確かに結果的には派遣任務はもっと少ない人員でも対応可能なものでした。
しかし、当初は対象となっているロストロギアの詳細も不明であったため、万全の態勢を敷く必要がありました。
その意味において、派遣メンバーの選出に問題は無かったと考えております」
「派遣先の第97管理外世界は魔導師もおらずレリックがあったとしても暴走の可能性は皆無に近いと聞いている。
その万全の態勢とやらはレリック以外のロストロギアに備えたものかね?」
「え? あ、はい。そうです」
聞かれた質問の意図が読めず、反射的に頷いてしまう。
「機動六課はレリック対策の為の部隊だ。
今回の派遣任務は対象が『レリックであるかも知れない』ために機動六課が派遣されたが、レリックでないことが判明すれば機動六課の管轄から外れることになる。
君達からすればレリックに対処するための人員のみを派遣していれば済む話だった」
そんなわけにいくかい!と叫びたくなるのを必死に抑える。
確かに捜索するロストロギアがレリック以外やったら機動六課の専門外やけど、目の前にロストロギアがあれば対処が優先される。
そもそも、今回の派遣任務で対象のロストロギアがレリックである可能性なんて最初からゼロに近いと分かってた。
人手不足な現状のため、対象が不明であることをいいことに無理矢理こじつけて機動六課を派遣していただけや。
そんなことは彼らも分かってるやろうけど、しかし建前を崩せない以上は反論も難しい。
「そもそも、グリフィス・ロウラン二尉に残した部隊の指揮を取らせたのも問題だ。
彼は部隊指揮権限を保有しておらん。
何故その彼に部隊指揮を取らせたのかね?」
「え……? で、でも彼は私の副官で……」
「君は副官と言うものを勘違いしている様だ。
部隊長である君の職務の内、事務等の一部を請け負うのが副官だ。
部隊の副隊長ではないのだから、君の指令を伝達することは出来ても直接指揮を取る権限はない。
そんなことも知らなかったのかね?」
知らんかった……。
副官やから私の代理として動いてもらうもんやとばかり……。
「派遣する人員の選定もそうだが、任務完了後の対応は更に問題だ。
八神三佐、対象のロストロギアを確保したのは何日目かね?」
「そ、それは……」
ま、まずい……。
血の気が引いていく感覚と共に冷や汗がどっと沸き出してきた。
その質問は私の立場上非常にまずい。
「質問に答えたまえ」
「………………1日目です」
「ならば設置した器具の回収をしても翌日には帰還出来るな。
そのタイミングでミッドチルダに戻ってきていれば交代部隊の被害も無かったかも知れん。
だが実際に君達が帰還したのは更にその翌日……何故かね?」
頭をトンカチでガーンと殴られた様に感じた。
2日目に早々に帰還して居れば交代部隊の3人は死なずに済んだ?
私達が観光で遊んでいたせいで、その人達は亡くなったんか?
そんなの……そんなのって……。
「……第97管理外世界とミッドチルダの間で次元嵐が発生した為、戻って来れなかったんです」
「転移出来ない程の規模ではなかったと報告されているが?」
「……………………………………」
確かにそうやった。
でも、機動六課の立ち上げからみんな休みなしやったし、丁度いいからこの機会に羽を伸ばしてもいいんやないかと……そう思った罰が当たったんやろか。
「反論は無い様だな」
「…………………………はい」
ここでこれまで黙っていたレジアス中将が口を開いた。
「機動六課はミッドチルダにおける即応部隊と言うコンセプトで立ち上げられた試験部隊だ。
今回の一件は少なくとも現在の体制では目的を達成し得ないことが証明されたと言えよう。
試験部隊である以上、成果が見られない場合は解散するのが妥当ではないか」
「そんな……待って下さい!」
最悪の展開に思わず叫んでしまうが、レジアス中将は私の事など気にも留めず海の将官2人の方を向いている。
「それについてはこの後に話をさせて頂きたい。
この場はあくまで八神三佐からの事情聴取のための場ですからな」
「ふむ、いいだろう」
確かに、この場は査問のための場であって処罰を決定するのとは別や。
そんなことはレジアス中将も分かっていた筈で……それでも敢えて口にしたのは、私に状況を理解させる為なんやろ。
勿論、事前に心構えをさせるための親切……なんてものではなく、恫喝のようなものだろう。
その後は、派遣任務の間の行動を逐一質問され、査問委員会はおよそ3時間に渡って続けられた。
査問委員会が終わった後は、私は別室で待たされることになった。
おそらく、彼らの間で今、今後の方針や私らに下される処罰が話し合われているのだろう。
私はただ下される決定を待つしかなかった。
【Side 高町まどか】
機動六課の発令所で暗い顔をしたグリフィス二尉から事情を聞いて、私は焦りを感じていた。
正史では起こらなかった、派遣任務で主要メンバーが不在にしている間隙を突いてのレリック事件。
派遣任務への過剰な人員投入や任務完了後の実質的な休暇等、攻められればマズイ点が幾つもある。
機動六課は即応部隊という名目で立ち上げられたのだから、即応できない様な状態を作ってしまった時点で失点だ。
運が悪かったでは通らない。
いや、本当に運なのか?
事件の起こったタイミングをとっても、次元嵐の発生や規模をとっても、あまりに符号が合い過ぎる。
偶然そうなったと言うよりも誰かに嵌められたと言う方が納得出来る。
しかし、そうだとすると誰が?
機動六課を嵌めて得をする人物でレリック事件を恣意的に引き起こせる人物……スカリエッティ陣営に転生者が居て工作を仕掛けてきたのか?
機動六課の行動が封じられればJ・S事件はスカリエッティの1人勝ちだろうから可能性としては十分あり得る。
考え事に没頭していると、グリフィス二尉よりも更に暗い顔をしたはやてが入室してきた。
「八神部隊長!?」
はやてに気付いたグリフィス二尉がはやての前に駆け寄ると、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!留守を任されたにも拘らず……」
「グリフィス君……いや、グリフィス二尉は悪うないよ。
全部私の判断ミスのせいや」
はやてはグリフィス二尉を慰めると、逆に申し訳なさそうにしている。
「はやて……それで査問委員会の方は……いえ、機動六課への処罰はどうなったの?」
「それは……」
「それについては、私の方からお話ししましょう」
言い難そうにしながらはやてが答えようとした時、女性の声と共に1人の人物が入室してきた。
あれは……ミッドチルダの転移施設ではやてを待ち構えていた女性?
「オーリス三佐……」
成程、あれがオーリス・ゲイズか。
レジアス中将の娘であり片腕、中将の裏の方にも関わっている人物。
「今回の一件で、機動六課には幾つかの決定が下されました。
まず最初に伝えておくと、部隊の解散や部隊長の解任の案も上がりましたが、結果的に部隊の存続と部隊長の続投は認められました」
部隊の解散や部隊長の解任の件で一瞬みんなが騒然としたが、存続と続投が認められたと聞いて一斉に安堵する。
しかし、その割にははやての顔が曇っているのが気になるけれど……。
「しかし、当然ですが何も処罰無しというわけにもいきません。
まず、直接指揮を取っていたグリフィス・ロウラン二尉ですが、三尉に降格した上で解任となります」
「な!?」
「ごめん、グリフィス君……ホンマにごめん……」
はやてが殆ど泣きながらグリフィス二尉に謝っている。
確かに指揮を取っていたのはグリフィス二尉だけど、今回の被害は彼のせいではない。
それは上層部も分かっている筈だが、敢えてグリフィス二尉に処罰を下してきた。
おそらくだが、機動六課の存続やはやての続投は裏の後見人である三提督辺りが手を回したのだろう。
本来なら、部隊解散かはやての解任が下されて当然の状況……それを覆すために責任をグリフィス二尉に押し付けることになったのだと思う。
勿論、三提督がグリフィス二尉に責任を押し付けろと言ったとは思わないが。
「次に八神部隊長は一尉に降格した上で部隊指揮権限の永久剥奪。
但し、これは現時点ではなく1年後の機動六課の解散時点で有効となります」
直接責任をグリフィス二尉に押し付けたとしてもはやての責任が無くなるわけではない、ないが……随分と不自然な処罰内容だ。
グリフィス二尉への処罰は即時なのに、はやては部隊解散までそのまま……処罰を下すことは決定しながらも機動六課自体は解散まで存続させるという無理な注文を叶える為にこうなったのか。
「また、カリム・グラシア少将の保持していたリミッター解除権限の抹消。
これは今回の一件が彼女が強引に機動六課に任務を割り振った為に起きたことであることから、正しい運用が行えないと見做された為です」
これは拙い。
カリムのリミッター解除権限が無くなったとすると残るのはクロノの持つ権限のみ。
厳密にはもう1人後見人が居るらしいのだが、身内ではないので気軽にリミッター解除を頼めないそうだ。
スカリエッティとの最終決戦時のために温存しなくてはならないから、それまでのリミッター解除が封じられた様なものだ。
「最後に、これは処罰とは異なりますが地上本部から人員が派遣され副隊長に着任します。
これは経験の浅い八神部隊長では十全な部隊指揮を行えないと判断されたものであり、補佐が必要と見做された為です」
「何故、本局からではなく地上本部からなのですか?」
「部隊の運用がされる場所がミッドチルダであること、それから本局側に派遣可能な人員が存在しないためです。
保有制限を考えると非魔導師で部隊指揮権限を保持している人員である必要がありますから」
これも拙い。
部隊指揮権限を持っているとなると、おそらく佐官。
流石に部隊長よりも階級が上の人間を副隊長に置いたりはしないと思うが、はやては三佐だから同格の三佐が部隊内に配置されることになる。
これはもう首輪を付けることが目的としか思えない。
「それで、新たに着任する副隊長って誰なんですか?」
「私です」
わざわざオーリス三佐がここに来たことから薄々気付いてはいたけれど、顔が引き攣るのを抑えられなかった。
公開意見陳述会でスカリエッティが明確に反旗を翻すまで、レジアス中将とオーリス三佐はどちらかと言うと機動六課の敵対者だ。
首輪どころの話ではなかった。
「正式な辞令は一週間後となる予定です」
そう締めくくったオーリス三佐が立ち去るのを視線で追いながら、私達は先行きに暗雲が立ち込めてくるのを感じていた。
(後書き)
気紛れ試練に嵌まった形ですが、しかし結果的に見れば部隊としては寧ろ向上しているような……。
まぁ、気紛れなので良い方に働くこともあります。