『久しいな、聖餐杯』
「これはこれは、ハイドリヒ卿。お久しぶりです」
カソックを纏った神父が、モニタに向かって跪き挨拶を述べる。
『状況の報告を』
「は、先の公開意見陳述会襲撃においてドクター・スカリエッティの戦力は大きく減じました。
12体の戦闘機人のうち実に6体が捕縛されています。
また、切り札と目していた聖王のゆりかごについても、聖王の器の奪取に失敗したため起動出来ない状況です。
一度襲撃を行い警戒しているでしょうから、聖王の器の奪取は生半可なことでは成らないでしょう」
『ふむ……』
報告を受けて考え込む黄金の獣。
その様子を見て、神父は進言を行った。
「望まれるのであれば、私やベイ、マレウス、レオンハルトの4人で聖王の器の奪取を行いますが……」
『いや、その必要は無い』
進言に対して、玉座に座る黄金は片肘を突いたまま却下する。
「では、計画を変更されるのでしょうか?
ドクター・スカリエッティがゆりかごを起動出来ないのであれば、当初の計画通りには行かなくなります」
『計画に変更はない。
当初の予定通りジェイル・スカリエッティにゆりかごを起動させて管理局にぶつけさせる』
「? それはどういう……」
【Side 高町まどか】
「ん……………………」
ふと意識が目覚める。
見覚えの無い天井に不思議に思い、仰向けに寝たまま首を横に向けて部屋の様子を確認する。
白を基調としたベッドのみの部屋に点滴と医療機材……どうやらここは病院らしい。
「そっか、リジェにやられて気を失ったんだった」
身体を起こそうとするが、身体の節々に痛みが走り躊躇してしまった。
刺激しない様に慎重に身体の状態を確認するが、何か所かを包帯が覆っていた。
どうやら、それなりに重傷を負ってしまったらしい。
状況を思い返しているとコンコンッとノックをする音が響いた。、
「どうぞ」
私が声を掛けると、驚いた様な気配と共に扉が勢いよく開け放たれ、優介が慌てた顔で飛び込んできた。
「身体は大丈夫なのか、まどか!?」
「ええ、心配掛けてごめんなさい。
あちこち痛いけれど、取り合えず五体満足よ」
痛むことは痛むが動かない部位は存在しない。
雷に打たれた上に壁に叩き付けられた割には傷は浅いとも言える。
バリアジャケットが無ければ死んでいた可能性も高いが。
「取り合えず状況を知りたいのだけど、説明してくれる?」
「ああ、分かった」
説明を聞くと、私が九死に一生を得たのはフェイトが機動六課の増援に飛んできてくれた為らしい。
彼女が着く頃にはリジェともう1人の転生者は姿を消していたが、大きな魔力が近付いてきたのを感知したために撤退したのだろう。
優介の方はもう1人の転生者──リジェはセアト・ホンダと呼んでいた──と互角に戦っていたらしい。
「遠距離から宝具を撃っていたから互角だったけど、近付かれたら危なかったかも知れない。
それに、俺の撃った宝具はナイフの一振りで消されてた」
「宝具をナイフで?
そんなこと可能なの?」
威力としても神秘としても、ただのナイフで宝具と打ち合うのは無理だ。
しかも、弾かれるならまだ分かるが、消される?
「色々考えてみたけれど1つだけ心当たりがある……多分直死の魔眼だ。
あれなら投影した宝具が消されるのも納得がいく」
「!? 成程、確かにそれなら説明が付くけど……。
よりによって、個人戦の殺し合いで直死の魔眼って……反則的じゃない?
接近戦になったらまず勝ち目がないじゃない」
「魔眼自体もそうだけど、10を超える宝具を対処する体術も危険だ。
直死の魔眼持ちであることを考えると、多分七夜の体術だと思うけど」
直接見ては居ないけれど、対峙していた優介が言うのならそうなのだろう。
残っているカードはライダーかアサシン……能力からすると間違いなくアサシンだ。
「リジェの方はネギまの魔法だったのか?
黒い服の転生者を呼び出したあのカード、仮契約カードだよな」
「ええ、魔法の射手に雷の暴風を使ってたわ。
ただ、何でバーサーカーのカードでネギまの魔法を特典に出来るのか、良く分からないんだけど……」
「狂気に堕ちたりしたことがあるって言うのが条件になるんだよな。
闇の魔法で魔族化する場面があった筈だから、それじゃないか?」
「成程……でもそうだとすると……」
バーサーカー=闇の魔法による暴走ならば、つまりリジェは闇の魔法が使えることになる。
「ああ、多分そうなんだろう。
少なくとも、そう考えておいた方がいい」
私は思わず頭を抱えた。
レベルの高さから強いことは分かっていたけれど、正直勝ち目が殆ど無い。
ただでさえ強力な魔法で遠距離戦の勝ち目が薄いと思っていたが、アレまで使えるんだとすると近距離は更にダメだ。
とは言え、相手をするなら組み合わせは逆には出来ない。
もう1人の転生者セアトはリジェより更にレベルが上だ、私と優介のどちらが相手をするか考えたら優介に彼を担当して貰うしかない。
「何も俺達だけで戦わなくても良いんじゃないか?」
「スカリエッティの方も相手にしなくちゃいけないから、こちらに戦力を割くのは難しいでしょ。
それに、転生者以外を介入させたら容赦なく攻撃するって言ってたし、あまり『ラグナロク』関係者以外を巻き込まない方が良いと思う」
セアトは分からないけれど、リジェの方は無差別に殺人を犯す様な性格じゃないことは数ヶ月の付き合いで分かっている。
とは言え、『ラグナロク』に無関係な人間でも自分から首を突っ込んできたなら容赦するつもりも無いのは去り際の脅しで理解出来た。
「スカリエッティと言えば、地上本部の方はどうだったか聞いてる?」
「ああ、結果から言うと正史よりも順調に迎撃出来たみたいだ。
なのは達がデバイスを持ち込んでいたのが効いたらしい」
地上本部を襲撃した戦闘機人のうち、チンク、ノーヴェ、ウェンディを捕縛したらしい。
セッテ、オットー、ディードは機動六課の襲撃時に捕縛している為、残っているのはウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、セイン、ディエチの6人だ。
加えて、機動六課のメンバーは特に大きな怪我などはしていないそうだ。
機動六課メンバーで最も重傷だったのは私だったと言われた。
「ヴィヴィオも守り切れたし、対スカリエッティという意味では順調ね」
「ああ、そうだな」
「……対転生者と言う意味ではかなり厳しいけど」
「……ああ、そうだな」
2人して頭を抱える。
リジェが転生者であることは確信していたし、如何にレベルが高くても2対1になれば捕縛出来ると踏んでいたが、まさか他の転生者と手を組んでいるとは思っていなかった。
転生者の疑いが強まってからは外部に対する通信についても監視していたが、そんな形跡はなかったからだ。
「ネギまの仮契約カードを使って念話で連絡を取り合って居たのね。
この世界の念話とは体系が違うから捕捉出来なかったか……」
「一枚上手を行かれたな」
「取り合えず、私はリジェの対策を考えてみるから、優介はセアトの方お願いね」
「ああ、分かった」
病室を出ていく優介を見送ると、私はリジェの事を考える。
数ヶ月の間、部下として私と共に過ごしてきた彼女は転生者で私や優介の命を狙って機動六課に居た。
トンファー使いだと思っていたけれど、あれはおそらくこの世界で聖王教会に居る時に身に着けたものなのだろう。
デバイスは置き去りのまま立ち去っていったらしいから、本来の力を隠す為に使っていたと言うことなのだと思う。
本来の彼女の力はネギまの魔法……それも主人公であるネギ・スプリングフィールドの力だろう。
闇の魔法についても、使えると思っていた方がいい。
闇の魔法……攻撃魔法を自らの身に取り込む狂気の沙汰とも言える禁呪。
雷系の最強魔法である千の雷を取り込めば、肉体を雷化させる術式兵装・雷天大壮となる。
雷化するとあらゆる物理攻撃が通用しないと言う反則的な技だ。
霊的なものを斬れる斬魔剣弐乃太刀なら攻撃可能な筈だが、生憎私にはそんな真似は出来ない。
加えて、速さは雷と同じなのでこちらの攻撃は当たらないし、相手の攻撃は避けられない。
弱点は雷の特性による先行放電が発生することと思考速度までは変わらないため直線的な動きになること。
そのため先読みして攻撃を潰すことが可能──
……無理でしょ、それ。
あくまでも
「一対一で勝てる見込みがまるでないわね。
ああは言ったけど、誰かに援軍を頼むしかないかな」
ゆりかごが起動出来ない以上、戦力的には多少余裕がある筈だし。
そう思っていた私の思惑が完全に覆されたのは、リジェから決闘場所の連絡があった翌日だった。
モニタの中で巨大な戦艦が空に舞い上がる。
聖王のゆりかご──聖王の血を引く者が鍵となり起動される古代ベルカの遺産にして全長数kmの巨大飛行戦艦。
ミッドチルダの軌道上で2つの月からの魔力供給を受ける事で次元跳躍攻撃や亜空間内での戦闘も可能になるロストロギア。
私はその光景に硬直しながら、内心パニックに陥っていた。
聖王の器であるヴィヴィオは守り通した、それは間違いない。
今だって、機動六課の中で元気にしている。
なのに、何故?
ゆりかごを動かせるのは聖王の血筋だけではなかったのか?
いや、少なくとも正史ではそう言われていた筈だ。
あるいは、ヴィヴィオ以外にもクローンが作られていて、スカリエッティが確保していた?
いや、それならスカリエッティが機動六課を襲撃した理由が分からない。
戦闘機人を3人も投入したあの襲撃は本気であったとしか思えない。
それとも、正体の分からない残りの転生者の特典能力か?
ああ、それはあり得るかも知れない。
残ったカードはライダー……乗り物を動かす能力はあっても全く不思議ではないし、ゆりかごも戦艦である以上は乗り物に含まれるだろう。
可能性として思い付いて当然だった。
ヴィヴィオを守っただけで気を抜いていたのは完全に失態だった。
【Side out】
『まさか、聖王の血筋以外でゆりかごが動かせるとはね』
巨大戦艦の玉座の間にて、モニタに紫の長髪をした白衣の男性が映し出されている。
対するのは玉座に座る金の髪の神父。
「聖王の血筋に適合者が出やすいのは事実の様ですが、聖王の血筋でなければ居ないと言うわけではないとのお言葉です。
私も最初はまさかと思いましたが、考えてみれば当然の話です。
何せ、このゆりかごは『古代ベルカの時代には既にロストロギアと呼ばれていた』のですから。
古代ベルカよりも以前に作られた以上、古代ベルカに生きた聖王の血筋を条件にしている筈がありません」
『成程、確かに。
言われてみれば尤もな話だね。
いやはや、先入観とは恐ろしい』
「何れにしても、こうしてゆりかごが起動したのですから、計画通りにお願いしますよ」
『勿論だとも。精々派手に演出して差し上げようじゃないか』
(後書き)
聖王家は実は古代ベルカ以前から続く家系です、とかだと話は変わりますが。
そうでないとしたら、聖王の血筋しか動かせないというのは情報操作の結果だと推測されます。
セアトの直死の魔眼についてはこの後も特に触れる場面がなさそうなので補足しておきますが、直死の魔眼の発現には死に掛けることで「」に接触し死を理解する必要があり、式も志貴も死に掛けることで発現してます。但し、セアトは記憶を持って転生しているため、ある意味最初から死に触れた状態で生まれてきています。
また、七夜の里に生まれてますが、志貴としてではありません。血縁ですがセアトの方が年上で、里の滅亡時にはある程度の体術は習得した上で失踪してます。