ベルカと言う世界は数多ある次元世界の1つに過ぎない。更にはその1つの世界も統一されてはおらず、数多の国が乱立する戦乱の時代となっている。しかし、その一方でその武力は他の次元世界を圧倒し、周辺の多くの世界を植民世界としていた。
ベルカの各国は戦乱を勝ち抜くため、植民世界から人材や資源を吸い上げそれを武力へと変えてベルカ世界内への戦争へと投入、周辺世界への侵略とベルカにおける戦乱は加速するように激化の一途を辿っていた。
【side ラインハルト】
「ユリウス・エーベルヴァイン?
ああ、この前請われて魔力石を貸し与えた科学者だったか」
「ハ!」
エレオノーレが軍の人間に命じて人探しをしているという話を聞き、呼び出して説明を求める。
聖槍十三騎士団の団員には軍の指揮権限を与えているため、それ自体は問題ない。
だが、忠誠心の高いエレオノーレが敢えて私に報告することを避ける様にしてそのような行動に出たことに違和感を感じた。
エレオノーレが探していた男は究極の兵器を創るための支援を私に請うてきた科学者だったが、宝物庫にあった魔力を宿す石に契約してパスを繋ぎ、私の力をほんの一部とは言え使用出来るようにして貸し与えた。
貸し与えたことも単なる魔力石に永遠結晶エグザミアなどと大仰な名を付けたこともその者の名に思うところがあったが故の行動だったが、少なくとも私から魔力を供給すれば無限に等しい力を振るえるため全くの嘘と言うわけでもない。
私が居なければ何処から何を調達したのか少々気に掛かったが、今となっては永遠に解決しない疑問だろう。
「それで、その科学者が行方を眩ませたと?」
「ハ! 恐れ多くもハイドリヒ卿に支援を賜りながら下賜された魔力石を持ち逃げした大罪人。
誅を下すべく捜索を行っていた次第であります!」
結局、ユリウス・エーベルヴァインは永遠結晶エグザミアを持ち逃げし、行方を眩ませたか。
最初からそのつもりだったのか途中で心変わりしたのかは不明だが、こちらとしては予想の範疇の行動だ。
「よい、放っておけ」
「しかし、ハイドリヒ卿!」
罪人を見逃せと言う私の言動に納得出来ぬのか、エレオノーレが抗議の声を上げる。
他のことであれば私の意向に否を言うことはない彼女だが、掛かっているのが私の身や面子だとこの様に反対することもある。
「よい、私にとってあれは予定通りの行動に過ぎん。
貸し与えたものは何れ回収するが、それはしばし先のことになる。
播いた種が実を付けるまでは泳がせておけ」
「……分かりました。
軍に下した命も取り下げておきます」
納得したのか、エレオノーレは敬礼をすると退出していった。
「獣殿、よろしいか」
エレオノーレが退室するのと入れ替わりでカールが玉座の間に訪れた。
「スワスチカの候補地選定が済んだか」
クリストフの身体はまだ用意が出来ていないため、話があるとしたらそれだろう。
「ああ、しかし少々問題がある。
どうもこのベルカという世界は我々が知る世界と比べて地脈の力が弱い。
『城』の永続展開のためにはシャンバラより大きな陣を広範囲で敷く必要がある。
強行すれば、このベルカは人の住めない世界になるでしょうな」
「構わん」
元よりベルカは正史でも滅びる運命の世界。
死滅するくらいならば私の『城』で永遠に生き続ける方が良いのではないか。
「それで、候補地は国内外のどちらだ?」
問い掛けにカールは空間ディスプレイに地図を表示する。
流石と言うべきか、早くもこの世界の技術や魔法を使いこなしているらしい。
「ふむ、東か」
ガレア帝国から見て東の広大な地域にスワスチカの光点が表示され線で結ばれている。
カールの言葉通り、シャンバラに開いたスワスチカと比較して数百倍の規模となっている。
ガレア帝国はその陣から外れてはいるものの、これだけ広大な範囲で土地が汚染されれば影響は免れないだろう。
計画上『城』とは別に国は必須、植民世界の何れかに遷都が必要になるな。
おそらく、他の主要国家も同じ選択をすることになるだろう。
ならば戦争は終わるか? 否、そんなことはあり得ない。
元より競い合っていたのは次元世界の覇者の座、これまではベルカの覇者が即ち次元世界の覇者となるためにベルカが戦場となっていただけのこと。
しかし、各国の本拠地がそれぞれの植民世界に遷ることでそれが変わる。
ベルカ世界のみを戦場とする時代が終わり、世界を超えた群雄割拠の時代となる。
「スワスチカの術式基盤を構築するのにどれ位掛かる?」
「基盤なら先程構築してきたところだよ、獣殿」
世界を1つ滅ぼすという決定にもカールは何の反応も示さない。
それどころか、私がそうすると知っていて既に準備を進めている。
尤も、私自身も特段感じるものはないため、カールのことをとやかく言えないが。
「流石に仕事が早いな、カール。
では、当初の計画通りの期日に宣戦布告と行こう。
クリストフの肉体もそれまでには用意出来そうだ」
「それは重畳。
では、私はそちらの準備が整うまで待機かな」
「いや、一仕事終えたばかりですまないが、もう1つ頼まれて貰いたい」
「……………………………………」
「……………………………………」
ジッと此方を見据えてくるカールに、私の方も見詰め返す。
「……獣殿、私をとことん扱き使おうとか思っていないかね」
「まさか。60年も行方をくらまして好き勝手していたのだからその分働かせよう。
─などとは思っておらん、微塵もな」
「……………………………………」
「……………………………………」
再びお互いに見詰め合うが、今度は暫くしてカールの方が目を逸らす。
一応、多少なりとも気にはしていた様だ。
この男にそんなことを感じる機能があることに少々驚いた。言葉にも顔にも出しはしないが。
「それに、頼みたいのはイクスヴェリアの聖遺物生成だ。
卿にしか出来ん」
「妹君に聖遺物を?」
「私と共に来たいそうだ、物好きなことだが」
私の言葉にカールが微笑みながら此方を見る。
その様に何やらイヤな予感を感じた。
「すみに置けませんな、相も変わらずおもてになる」
「下種な勘繰りはやめよ。相手は妹であるし、私にそういった感情を抱いているわけでもあるまい。
継承の儀の際に父と叔父を失っているからな。唯一の血縁である私に依存しているだけだろう」
「まぁ、貴方がそう仰るのであればそういうことにしておきましょう」
「随分と引っ掛かる物言いをするな」
カールが浮かべているのはいつも通りの微笑みだが、何となくニヤついている様に思えてしまうのはこちらの心情によるものか。
まぁ、そこまで含めていつも通りと言えばいつも通りかも知れない。
「他意はないよ、獣殿。
それで、聖遺物を用意するのは構わないが、黒円卓に加えるおつもりか。
空席はなく、それどころか予備が既に1名居る状況だが」
「席については番外を設けても問題あるまい、元より溢れているのならそれが1人でも2人でも変わらん」
「まぁ、それならそれで構いませんが……それで、聖遺物の素体は何を用いるつもりかな?
生憎と以前に蒐集したものは全て前の世界に置いてきてしまったので、この世界で新たに探す必要があるが」
聖遺物の素体は人の想念を吸い続けたことで意思を獲得した器物であり、必ずしも『聖なる』物とは限らない。
『餌』としたのが信仰心であれ怨念であれ、力あるアイテムならば聖遺物にカテゴライズされる。
現在騎士団員が用いている聖遺物は大戦中にナチスドイツのアーネンエルベ局が世界中から掻き集めたものが殆どである。
ベルリン崩壊後に使用しなかった物については一括してクリストフに預けられていた筈だが、転生の際にこちらの世界に持ち越せたものは魂とその付随物のみ。騎士団員が契約している聖遺物は魂と結び付いているために此方の世界に持ち越せたが、聖遺物の素体は置き去りとなってしまっている。
「これならどうだ?」
そう言いながら私は懐から直径5cm程の翠色の球体を取り出し、カールへとかざして見せる。
「それは?」
「マリアージュ・コアのプラントだ。女の胎内に埋め込むことにより、屍兵器マリアージュのコアを無限に生み出す。
本来であればイクスヴェリアに埋め込まれる予定だったものだ。
ガレア王国はマリアージュを用いて戦力とし、幾多の戦場を血に染めてきた。これは其の元凶なれば、聖遺物の素体にするには十分であろう」
「成程、バビロンと同様の使役系の事象展開型か。
元々体躯に埋め込まれる予定であれば聖遺物との適合も問題ない。
しかし……よろしいのか、獣殿。 止めておられたのだろう?」
私の言葉にカールが問い返す。
確かに、私はイクスヴェリアにマリアージュ・コアプラントが埋め込まれるのを止めていた。
私が居ることで戦力が足りていたというのがその理由だが、他意が無かったかと言われると何故か少し言葉に詰まる。
「……アレの望んだことだ、是非もなかろう。
それに元々は生み出すだけでコントロール出来ない欠陥品だが、聖遺物としてエイヴィヒカイトを介して用いるならばそれも解消される。
バビロンの蒼褪めた死面と異なり、複数の対象を使役し、かつ使役するものが殺害した魂も吸収出来る。
代わりに精緻な操作は出来ないだろうが、殲滅戦においては有力な手段となる」
そもそも、自爆特攻を視野に入れたマリアージュは殲滅戦にしか有用でない。
「恐ろしい御方だ。戦争を嫌う妹君をよりにもよって鏖殺に用いるとは」
揶揄するような口調で私を弄うカール。
「2度言わせるな、アレの望んだことだ。
私と共に来ると言うことはそう言うことだと知った上でイクスヴェリアはそれを選んだ。
それにそもそも黒円卓の戦場は須らく同じようなものだろう」
「確かに。
委細承知した。聖遺物の生成については責任持って行いましょう」
そう言うと、カールはマリアージュ・コアプラントを受取り玉座の間から立ち去った。
誰も居なくなった玉座の間で独り言ちる。
「無限の軍団を生み出す乙女。
ゾーネンキントは不在だが翠化の枠もこれで埋まる。
他の準備は全て整った。後はスワスチカを開くのみ」
【side 聖王連合】
「またか! これで3度目だ! 奴等は一体何を考えている!?」
広い会議場で集まった重臣達が為された報告に騒然となる。
重臣のうち1人が机を強く叩き忌々しそうに叫ぶ。
為された報告は近年になって勢いを増したとある国の侵攻だ。
「気持ちは分かるが落ち着け。陛下の御前だぞ」
激昂する者に対し、隣に座っていた者が諌める。
「し、失礼しました」
激昂していた男はハッとなり、上座に座る人物に向かい頭を下げ謝罪する。
上座に座る壮年の男性はこの連合を統べるゼーゲブレヒト王家の当主であり、聖王と呼ばれている。
「よい。興奮するのも無理はない。
彼の帝国の意図の読めぬ侵攻、それに加えて侵攻を受けた箇所から広がる魔力素汚染。
我ら連合が直接に侵略を受けたわけではないとは言え、これは国の存亡に関わる事態だ」
半年前、王位継承と同時に帝制へと移行したその国──ガレア帝国は僅か1ヶ月で国内の不穏分子を粛清し、更に翌月に隣国に対して宣戦を布告。凄まじい勢いで蹂躙を繰り広げていた。
それだけであればこの戦乱の時代、異例ではあっても異常ではなかったが、侵攻が勢力範囲を広げる意図に沿わない箇所を標的としており、かつその侵攻を受けた場所から魔力素汚染が広がるとなれば異常な事態と言う他ない。
通常、勢力範囲を広げるのであれば主要都市を落とし、支配域を広げていくのが定石だ。しかし、彼らは最初の襲撃地から直線状にその侵攻を行っている。他の方角に主要都市があってもお構いなしだ。その直線状に侵攻を受けた国の首都があるのであればまだ電撃戦の一種として理解は出来るが、それもない。
魔力素汚染が発生するのも3ヶ所目、こんな状態ではかの帝国とて支配域を広げるどころか、自国への被害も発生する筈。
聖王連合の支配する土地は未だ侵攻の対象にはなっていないが、魔力素汚染の範囲は広く国の一部がその被害を受けている。
汚染の影響下では人も動物も生息することは難しく、短期間でも身体や精神を失調し、無理に長居すれば命を落としかねない。
「グラシア卿」
聖王が右前に座る金髪の男性に声を掛ける。
「『預言者の著書』で何か出てはいないか?」
問い掛けられた男性は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、中央に埋め込まれたディスプレイに内容を映し出す。
そこに映し出されたのは4節からなる詩文、グラシア家のレアスキル『預言者の著書』によって書き出された預言だ。
『預言者の著書』は半年から数年後までの出来事を預言する。
この預言は聖王連合内でも重視されており、新たな預言が行われる度に王家に対し報告が為されている。
しかし、預言の内容が難解であり解読できないままにその事柄が発生してしまうことも多々あり、後付けに突き合わせる羽目になることも多々ある。
「解読が出来ていなかった預言のうち直近10年分のものを確認しましたが、昨年のものについて現状と一致する箇所が見受けられます」
『戦乱の続く大地に黄金の獣が降り立つ
彼の者 13の爪牙を以って全てを引き裂くものなり
8つの瘴気が鉤の十字を描くとき
人々は城へと召し上げられ 大地は無人となる』
「『戦乱の続く大地』はこのベルカの世界を意味すると思われます。
『黄金の獣』と『13の爪牙』というのが何を意味するのか預言が為された時は分かりかねましたが、
現状からすれば『13の爪牙』とはガレアの聖槍十三騎士団のことで間違いないでしょう。
ならば『黄金の獣』はガレア帝国を指す言葉であり、
『全てを引き裂く』とは現在行われている侵攻を預言したものと考えられます」
「成程、確かに符合する部分が多い。
しかし、そうだとすると詩文の後半部分にある『瘴気』とは現在起きている魔力素汚染か」
グラシア卿の説明に周囲の重臣達も納得の表情で頷き合う。
「確かにあの魔力素汚染は瘴気という表現が相応しいな。 しかし、8つだと?
現在の魔力素汚染は3ヶ所だが、これが8ヶ所まで引き起こされると言うことか!?
それに、鉤の十字を描くとはどういうことだ」
「現在発生している3ヶ所の魔力素汚染は直線状に位置しています。
これを一辺とする正方形の頂点と中点を線で結べば鉤十字の形になります。
おそらくは何らかの儀式のための陣となるのではないかと……」
グラシア卿がディスプレイを操作すると、画面が分割されベルカの世界地図が表示される。
そこには3つの光点が表示されており、更に操作をすると残りの5か所の光点が新たに表示され、それらが線によって結ばれ鉤十字の紋様を示す。
「それでは最後の一節は?」
「『城』というのが何を示しているかはまだ分かりません。
しかし、最後の『大地は無人となる』という部分は……ベルカの滅亡を預言していると思われます」
グラシア卿の言葉に会議場の中が静まりかえる。
「ベルカの滅亡だと!?」
「馬鹿な!?」
「そんなことがあってたまるか!」
破滅の言葉が浸透すると、たちまちに周囲の重臣から罵倒に近い言葉がグラシア卿に投げ掛けられる。
しかし、グラシア卿はそれらの声に動じることなく、真っ直ぐに聖王を見据えていた。
「静まれ!!」
聖王の覇気を伴う一喝に、騒然となっていた者たちは一気に我へと返る。
「侵攻を止めることは出来ぬのか」
「難しいと思われます。
侵攻を受けているのが我が国であれば全力を挙げて迎撃するのですが、現在の標的は他国。
我が国がそこに軍を差し向けようとすれば、我らはガレアとその侵攻を受ける国の双方を敵に回しかねません」
聖王の問い掛けに、宰相が答える。
「侵攻を受けている国と同盟を結ぶことは?」
「侵攻を受けている国は一国ではありません。
複数の国と同盟を結ぶには時間が掛かります。後手に回ってしまうでしょう」
「ガレアの本国を攻めては如何か?」
「彼の帝国は我が国と国境を接してはいません。
本国に侵攻するために、我らは途中の多くの国を攻め落とさねばなりません。
また、首尾よく本国を落とせても、侵攻中の軍勢が止まるとも限りません」
「……………………………………」
「……………………………………」
重苦しい沈黙が会議場内を支配する。
破滅の預言にそれが分かっていながら打つ手のない現状、絶望感が際限無く膨れ上がる。
「陛下」
宰相の呼び掛けに聖王はそちらを向いて先を促す。
齎されるであろう提案については推測が付いており正直あまり聞きたい内容ではないが、選択肢はなかった。
「遷都を提言致します」
【side out】
スワスチカの交点となる中心地、広大な荒野が広がるその地の上空に大勢の人影が浮かんでいる。
中心に居るのは6人、聖槍十三騎士団の双首領と大隊長、そして番外でありながら首領の妹であるために特別な位置に存在するイクスヴェリア。
他の団員が見守る中、6人は詠唱を開始する。
練成によって行われる擬似的な流出。本格的な流出の前段階としての「異界の永続展開」を行うための詠唱を。
その日、ベルカ世界に中心地に住まう全ての人間が忽然と姿を消した。
主要国家のうち幾つかは既にスワスチカによる汚染から逃れるべく植民世界に遷都をしていたが、全ての国がそれを決断したわけでもなく、また遷都した国においても全ての民が移っていたわけではない。
その時ベルカ世界に残っていた人口はおよそ10億。その6割が一夜にして消失したのだ
残った4億人は恐慌状態となり、暴動によって被害を広げながらも遷都先の世界へと逃げ込んだ。
ベルカ世界の人口は皆無となり、滅亡の時を迎えた。
その様をヴェヴェルスブルグ城の玉座から黄金の獣が静かに微笑みながら見守っていた。
(後書き)
どのみち滅ぶ運命ならば、獣殿の総軍に参加し永遠となることは寧ろ救済か。
なお、今回獣殿はベルリンの時と異なり旅立ってません。
『城』を虚数空間上に展開しただけです。
しかも、『城』はスワスチカなしでは動かせませんが、個々人の行き来は可能。
dies世界では不可能な所業ですが、次元干渉の魔力があれば虚数空間への穴を空けられるリリカル世界ならではの荒業です。