魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:L∴D∴O(dies irae)


62:L∴D∴O

 クラナガンにおける全ての人間が見上げる中、巨大な城が姿を現した。

 明らかな異常事態に暴動が起きてもおかしくなかったが、人々はその城の威容に圧倒され、ただ呆けた様に眺めていただけだった。

 

 そして、街頭に存在するモニタに映像が映し出され、そして空中にも巨大なモニタが表示される。

 モニタはクラナガンのみならず、ミッドチルダの全域……いや、全管理世界で展開されていた。

 

 そこに映ったのは荘厳な部屋、広い室内に設けられた段上には豪奢な玉座があった。

 玉座に座る男に、管理世界中の視線が集中する。

 

 腰まで伸ばした金髪

 絶世という言葉が相応しい美貌

 白を基調とした軍服に黒い外套

 そして、深い黄金の瞳

 

 高みに座してその男は片肘を付いたまま全てを睥睨する。

 

「……………………………………え?」

 

 疑問の声が上がるがそれは少数派、殆どの人間はその人物の姿が視界に映った瞬間にその威圧に飲まれて言葉を失った。

 映像越しであるにも関わらず、物理的な圧力すら有する視線に呼吸すら忘れて硬直する。

 

「時空管理局、及び全管理世界の住人達よ。

 名乗ろう。私はラインハルト。

 ガレア帝国皇帝、そして聖槍十三騎士団黒円卓第一位、首領。

 ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=ハガル・ヘルツォーク。

 その名において勧告する──降伏せよ」

 

 最後の一言と共に、圧力が数倍に膨れ上がり見上げていた者達の中には耐え切れずにひれ伏す者も出ている。

 しかし、黄金の獣はフッとその圧を解いて苦笑した。

 

「とは言え、大多数の者が何のことか理解出来ぬだろう。

 故にガレア帝国の存在から語るとしよう。

 少々長い話になるが、しばしの間、耳を傾けるがいい」

 

 そして、ラインハルトは滔々と説き伏せる様に語り出した。

 

「ガレア帝国とは古代ベルカから連綿と続く多次元国家だ。

 時空管理局において第1から第28の隔離世界と定義された世界がガレア帝国の支配下にある。

 時空管理局とはその前身である次元世界平和連盟の時代から2度に渡って戦争を繰り広げ、いずれも帝国の勝利に終わっている。

 戦争の原因は何れも時空管理局側による一方的な侵攻だ。

 自らを次元世界の支配者と勘違いした傲慢な行動により、大きな犠牲が生まれたのだ」

 

 話に飲み込まれていた者達からどよめきが上がった。

 

「戦争の結果、時空管理局とガレア帝国の間では停戦条約が結ばれた。

 これがその内容を要約したものだ」

 

 モニタに、小ウィンドウが新たに開き幾つかの条文が表示される。

 

 ・3年に1度の停戦保証金の支払い

 ・帝国領有域への時空管理局関係者の立入禁止

 ・帝国市民権を有する者の管理世界内での治外法権

 ・管理世界を除く世界への優先行動権

 ・時空管理局はガレア帝国に戦力の報告義務

 ・時空管理局が管理世界を拡大する際の報告義務

 

 それは実質的な属国扱いだった。

 息を飲む者が多数居たが、不思議と嘘だと罵る声は上がらなかった。

 みな、理解していたからだ。

 目の前のこの人物であれば、それだけのことも容易く起こせると。

 

「さて、卿らは数日前に第1管理世界ミッドチルダで起こった事件を知っているだろうか。

 広域次元犯罪者として指名手配されていたジェイル・スカリエッティと言う人物が起こした事件だ。

 古代ベルカのロストロギア、聖王のゆりかごまで持ち出し起こされた反乱劇」

 

 更にモニタにウィンドウが開かれ、先日ミッドチルダの上空に浮上したゆりかごの映像が映る。

 

「この巨大な戦艦はミッドチルダから浮上したが、不思議に思った者は居ないかね?

 この様な巨大なロストロギアが時空管理局の発祥の地であるミッドチルダに存在しながら何故気付かれなかったのか。

 自らの膝元である土地で発掘し修復されながら時空管理局が何故それに気付かなかったのか……不思議ではないか?」

 

 消極的ではあるが、同意の声が上がる。

 画面に映る聖王のゆりかごは現在運用されている次元航空艦よりも大きく、とても秘密裏に扱えるような代物ではなかった。

 

「答えは単純だ。

 このゆりかごは時空管理局が発掘し修復していたのだ……ジェイル・スカリエッティと言う男を実働として。

 公開意見陳述会の時の彼の告白を聞いていたものは憶えておろう?

 ジェイル・スカリエッティは時空管理局によって生み出された人物であると」

 

 公開意見陳述会を襲撃した際、スカリエッティは自らの出自を全管理世界に対して明らかにしていた。

 その後のゆりかごの浮上や最高評議会の暗殺などで有耶無耶になっていた事実がここで再度叩き付けられる。

 

「では何故、時空管理局は聖王のゆりかごを発掘し、修復していたのか。

 それに対する答えがこの計画書だ」

 

 三度、ウィンドウが開かれて1つの書類が表示される。

 それは、聖王のゆりかごを主力とした第三次ガレア征伐の計画書だった。

 

「理解したかね?

 この計画書は時空管理局に潜入させた我が手の者が持ち帰ったものだ。

 我等ガレア帝国はこの計画の存在を以って時空管理局からガレア帝国への宣戦布告と見做した」

 

 元より青褪めた者ばかりだったが、この言葉を以って更に血の気が引いていく者が続出した。

 青褪めるのを通り越して真っ白になった者達が愕然としたままモニタの中の黄金の次の発言を待つ。

 

「故に冒頭に伝えた通り降伏勧告する。

 応じる場合は1時間以内に回答せよ」

 

 そう締め括り、全てのモニタが消えた。

 

 

 

【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】

 

 

「さて、一先ずはこんなところか」

 

 全管理世界に向けた宣戦布告──建前上は時空管理局側の宣戦布告に応えた形だが──を行い、降伏勧告の回答を待つ形となる。

 

「あの者等は応じるでしょうか」

「我等こそが次元世界の管理者である──などと本気で考えている者達だ、応じることはないだろう。

 それに応じられても困る……それでは折角の怒りの日が拍子抜けだ」

 

 エレオノーレの問い掛けに苦笑しながら答える。

 

「それで……そちらの状況はどうだ、カール」

「おや、お気付きでしたか、獣殿」

 

 玉座の横に向かって声を掛けると、いつの間にかそこに立っていたカールが笑いながら答えてくる。

 相も変わらず神出鬼没な男だ。

 既に座に本体が居るわけでもないというのに、どうやっているのだか。

 

「こちらは万事予定通り進行しているよ。

 全く警戒されていないのでね、あっさり片が付いてしまいそうだ」

 

 カールに任せた仕事は順調なようだ。

 流石に準備が万端であると進みが違う。

 

「そちらはどうだ、イクス?」

『こちらも予定通りです。

 兄様……いえ、陛下が御指定された時間には間に合うでしょう』

 

 モニタの向こうでイクスヴェリアも答えを返す。

 こちらも予定通り。

 

「あとはそれ以外の場所か……まぁ、こちらは急ぐ必要は無い」

 

 カールとイクスヴェリアに任せた部分以外はあまり重要な戦場ではない。

 とすると後は……やはりここが肝要になる。

 

「さぁ、どう出る? 機動六課の面々よ」

 

 

 

【Side 高町まどか】

 

 

 沈黙が発令所を支配していた。

 目の前のモニタに映し出された事態に誰もが呆然として、どうしていいか分からずに立ち尽くしている。

 かく言う私自身も、正直自分の処理能力の限界を超える事態に固まっていた。

 取り合えず周りを見回して、1人だけ様子が異なる人物に気付いた。

 

「フェイト……?」

 

 みんなが立ち尽くす中、フェイトはぺたんと床に座り込み涙を流しながら呆然としている。

 

「ラインハルトさん……どうして……?」

「フェイト? フェイト! どうしたの!?」

 

 あまりの様子に、私は慌ててフェイトの肩を掴んで揺する。

 私の剣幕に発令所中の視線が集まるけど、構っている余裕は無かった。

 今のフェイトは明らかに異常だ、10年前のP・T事件でプレシアに捨てられた時と同じ目をしている。

 揺すって声を掛けていると、僅かだがフェイトの目に光が戻ってきた。

 

「ぁ……まど……か?」

「良かった、正気に戻ったのね。

 一体どうしたの、突然?」

 

 なるべく優しく問い掛けたつもりだったけれど、質問した直後にフェイトの瞳から再び涙が溢れ出した。

 

「だって……だって……ラインハルトさんが……」

「ラインハルト『さん』?」

 

 嫌な予感がする。

 フェイトの様子からするとラインハルト・ハイドリヒと面識があった様だ。

 それも、ファーストネームで呼ぶ程度には親しい関係で。

 そう言えば、フェイトには中学卒業くらいから付き合っている年上の彼氏がいた筈。

 名前を聞いたことが無かったけど、まさか……。

 

「まさか……貴女の付き合ってた相手って……」

 

 フェイトは更に涙を流すと、無言でコクンと頷いた。

 頭をガーンと殴られた様な衝撃が走る。

 正史との乖離や管理局の暗部を警戒して情報を抑えていたのが完全に裏目に出た。

 フェイトの事といい、シュピーネのスパイの事といい、事前に聖槍十三騎士団の騎士団員の名前と容姿だけでも伝えておけば気付けた筈だ。

 

「本人で間違いないの?」

 

 しゃくり上げながら、更にコクンと頷く。

 どうやら、フェイトの恋人だった人物は素性を隠したラインハルト・ハイドリヒで間違い無い様だ。

 ……いや、隠しているの?

 さっきフェイトも『ラインハルトさん』と呼んでいたし、偽名すら使っていなかったみたいだ。

 どんな出逢いだったのか知らないけれど、正体を隠して近付くと言うにはあまりにも杜撰だ。

 そもそも、何の目的でフェイトと付き合っていたのだろう?

 シュピーネの方は情報を得る為のスパイとして潜入していたのだろうが、フェイトに近付いたラインハルトの方は目的が不明だ。

 一執務官から得られる情報なんて、高が知れている。

 わざわざ手間を掛けて近付く意味は無いし、仮にあったとしても首領であり皇帝自らするようなことじゃない。

 それとも単なる好み?

 

 今は考えても結論が出そうにないから、兎に角フェイトを落ち着かせることを考えよう。

 私はへたり込んでいるフェイトを正面から抱き締めると、背中をさする。

 フェイトは泣き続けていたが、そうしていると少し気持ちが治まった様だ。

 

「それで、はやて……これからどうする?」

 

 フェイトを抱き締めたまま、発令所の一番高い場所に座るはやてに問い掛ける。

 降伏勧告を受けてから数分、残り時間は50分程しかない。

 

「そうやな、降伏勧告の方は偉い人達が対処すると思うけど、受け入れる線はまずないやろ。

 仮にあったとしても、50分で結論が纏まるとは思えんしな」

 

 確かに、次元世界の平和を維持してきた管理者としての矜持が降伏を認めないだろう。

 更に言えば、今は本局も地上本部もトップが機能していないため、迅速な意志決定は出来ない状態に陥っている。

 

「となると、徹底抗戦になると仮定した上で残り50分の間に作戦を立てて、降伏勧告のリミットが来ると同時に行動に移るべきやな」

「管理局側が回答時間の引き延ばしを交渉する可能性は?」

「あるけど、多分あっちが認めんやろ。

 そもそも1時間ってリミット自体短過ぎて、端から降伏勧告が受け入れられると考えてないことが良く分かるしな」

 

 形式上だけのもんやろ、と言うはやてに確かにと頷く。

 

「ほんなら、まどかちゃん? 優介君?

 いい加減、情報全部吐き出してや」

 

 私と優介に笑い掛けながら要求するはやてだが、明らかに目が笑っていない。

 かなり怒ってるみたいだ。

 シュピーネに良い様に翻弄されたことも相俟って、情報を抑えていたことへの不満が膨れ上がっている。

 

「分かってる、もう隠す意味も無いし全て話すわよ」

 

 私は最後に軽くフェイトの背中を叩いてから、離れると部屋の全員が見渡せる位置へと移動する。

 その横に、優介もやってきた。

 優介から何度も聞いて重要なところは憶えているけれど、補足してくれるなら有難い。

 

「聖槍十三騎士団はエイヴィヒカイトと言う魔術で人外の力を得た魔人の集団よ。

 エイヴィヒカイトって言うのは聖槍十三騎士団副首領メルクリウスが編み上げた秘術で、人の想念を吸い続けた器物──聖遺物と契約し超常の力を行使するものなの。

 厳密には違うんだろうけど、それぞれがロストロギアを所有していて武装している武装集団みたいなものよ」

 

 そもそもこの次元世界の外の技術であるからロストロギアには含まれないが、効果等は非常に近しい。

 管理局員としては危険性の高いロストロギアを使いこなす武装集団を相手取ると思って備えるのが一番効果的だろう。

 

「エイヴィヒカイトは力の源として人間の魂を必要としていて、使い手は常に殺人を続けなければならないおぞましい術だ。

 分かり易く言えば、殺せば殺すほど強くなっていくことになる。

 それに、喰らった魂の数に相当する霊的装甲を纏っていて、所謂質量兵器は通じない。

 代わりに、聖遺物が破壊されればその使い手も死ぬ。

 それと、聖遺物が破壊されない限りはその使い手は不老不死という特性もある」

 

 私の説明を引き継いで、優介が説明を行う。

 人の魂を使うと言うところで、室内のみんなに動揺が走る。

 

「エイヴィヒカイトには位階があって、経験と……そして多くの魂を喰らうことで位階を上げることが出来るわ。

 エイヴィヒカイトの位階は4つ。活動、形成、創造、流出の4階層から成っていて後者にいくほど格上よ。

 位階が上がると聖遺物の形状が変わったり身体能力が増したりして、位階が一つ違えば強さは桁違いになるわ。

 活動位階は聖遺物の特性を使用できるくらいだけど、形成位階に到達すれば契約している聖遺物を具現化できる。

 活動位階でも身体能力は高いけれど、超人と言えるのは形成位階からね」

「創造位階になると、所謂切り札とも言える必殺技を獲得する。

 創造の能力は人と聖遺物によって様々だ。

 流出位階は創造位階の能力が効果範囲を超えて溢れ出す。

 創造位階とは違って範囲の限定が無いから、無限に広がっていくことになると思う。」

「無限に広がるって……」

 

 話のスケールが大き過ぎてイメージ出来ないのか、はやてが呆然とした声を上げる。

 

「ああ、そうだ。

 流出を起こされたら、世界自体が飲み込まれてしまう。

 その場合の世界というのは多分次元世界の内の1つじゃ収まらない──全次元世界だ」

「そんな……」

 

 絶望的な力の差だ。

 しかし、現時点までで流出が使われていない事を考えると、使う気がないと見て良いのだろうか?

 

「説明を続けるわね。

 聖槍十三騎士団は首領のラインハルト・ハイドリヒと副首領のメルクリウスを筆頭に原則的には13人で構成されているわ。

 中には非戦闘員も居るけれど、大半が好戦的ね。

 騎士団員は幹部である3人の大隊長と平団員に分けられるけれど……今クラナガンに降りてきているのは平団員ね。

 大隊長は恐らくあの城の中で待ち受けている筈。

 それぞれの団員には魔名とナンバー、そしてルーンが割り振られているけれど、ナンバーは別に強さ順じゃないみたい。

 これから、各団員個別のプロフィールについて説明するわ」

 

 はやての目がより真剣になる。

 作戦を立てるに当たって一番重要な敵の詳細情報なのだから当然だが。

 

 私はモニタを操作してクラナガンのスワスチカを1つずつ拡大表示しながら説明を始めた。

 最初は仮面で顔を隠し巨大な槍を持った巨漢と妖艶な女性。

 

「第二位トバルカインと第十一位リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレナ。

 トバルカインの聖遺物は『黒円卓の聖槍』で創造位階、リザ・ブレンナーの聖遺物は『青褪めた死面』で形成位階ね。

 トバルカインは死体で、あの仮面でリザ・ブレンナーが操っているわ」

「トバルカインは単体では近付くものに対して自動的に反撃するくらいしか出来ない。

 リザ・ブレンナーが指示を出せない様にすれば、戦力としてはかなり下がる筈だ。

 ただ、リザ・ブレンナーが指示を出している時のトバルカインは平団員の中では最強に近い。

 死体だから自身を顧みずに力を振るえるし、ダメージを与えても怯まない。

 また、創造位階の能力を使うことが出来て、電撃を起こす事が出来るわ」

 

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 そこには金色の長髪をしてカソックを纏った神父の姿。

 

「第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリン。

 双首領と大隊長が居ない時の代行指揮官で位階は創造位階。

 ただ、肉体そのものが聖遺物という変わり種ね」

「その正体はラインハルト・ハイドリヒの肉体……敵味方問わず恐れられ聖遺物の資格を得た『黄金聖餐杯』。

 副首領メルクリウスの法術で強化されたあいつの身体には並大抵の攻撃は通じない。

 ただ、創造位階の能力としてラインハルト・ハイドリヒの聖遺物を召喚することが出来るが、その際だけ防御に穴が空く」

 

 なのはがゆりかごで遭遇して攻撃が通じずに2発で瀕死の状態に追い込まれた強敵。

 

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 そこには白髪赤眼の吸血鬼。

 

「第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。

 聖遺物は『闇の賜物』で創造位階。

 隊長陣は何度か見たことがあると思うけど、吸血鬼みたいなやつよ」

「身体能力が高くて好戦的、更に夜になると強さが増す。

 創造位階の能力『死森の薔薇騎士』は一定範囲内を結界として夜にしてしまう。

 その結界内ではあらゆるものが精気を吸われ、最後には塵芥になってしまう。

 加えて自身の能力も数倍に跳ね上がる。

 弱点は吸血鬼の伝承で効果があると言われている日光や十字架、銀など。

 元々の生まれは人間の筈だけど自身のアイデンティティとしているため、実際に効果がある」

 

 10年前から何度も前に立ちはだかった相手の姿に、なのはやフェイト達が眼力を強める。

 

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 そこに映し出されたのは金髪をポニーテールにした小柄な女性。

 視界の端でティアナが明らかに動揺を示した。

 

「この女性だけ見覚えがないんだけど……多分、第五位ベアトリス・キルヒアイゼン。

 当たっているとして、聖遺物は不明だけど創造位階なのは間違いないと思う。

 ただ能力も……すまない、分からない」

「……ティアナ、1つ聞いてもいいかしら?」

 

 私の問い掛けに、ティアナがビクッとその身を震わせる。

 

「彼女の姿を見て動揺していたけれど、知り合いなの?」

「…………………………私の姉さんです。

 数年前に兄さんが任務中に殉職して天涯孤独になった私を引き取って育ててくれました。

 私に剣を教えてくれた師匠でもあります」

「そう……」

 

 ティアナが正史と異なり接近戦すらこなせる様になった理由は良く分かった。

 しかし一方で、余計に分からなくなってしまった。

 一体、彼等は何をしたいのだろうか。

 それとも、ベアトリス・キルヒアイゼンの独断?

 騎士団を裏切ってこちらに付いたと言うことなのだろうか……いや、だとしたらこうしてスワスチカを作っていることの説明が付かない。

 

「高町隊長! ティアナは……」

「心配しなくても、裏切りとかスパイとかは思ってないわ。

 ただ、相手が何を考えているのか分からないのが不安なだけよ」

 

 ギンガがティアナを擁護しようとするが、無用な心配だろう。

 確かに敵に育てられたなら内部から工作したりスパイ行為を行うことを心配するべきところだが、ティアナの執務官になるという決意は嘘ではないと信じられる。

 ホッとしたギンガを余所に、ティアナははやてと私に向き直る。

 

「八神部隊長、それから高町隊長。

 私をあそこに行かせて下さい!

 どうしても姉さんに真意を聞きたいんです!」

「ティアナ……」

 

 深く頭を下げるティアナにはやては迷いの声を上げる。

 

「取り合えず、まどかちゃん達の話を全部聞こうや?

 情報集まらんと配置も決められんしな」

「……分かりました」

 

 保留にされて渋々と引き下がったティアナに苦笑しながら、はやてはこちらに目配せをしてくる。

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 そこに映し出されたのは黒髪のロングヘアーの女性。

 西洋人によって構成された聖槍十三騎士団において、彼女だけが明らかに東洋人の顔をしている。

 

「第五位櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。

 聖遺物は『緋々色金』で創造位階。

 能力は自身の炎化」

「ちょい待ち! 第五位ってさっき出てきたティアナのお姉さんと一緒ちゃう?

 それに何だか彼女だけ他の団員と見た目からして雰囲気違うんやけど……」

「ああ、彼女は元々第五位だったベアトリス・キルヒアイゼンが死亡したことによる補充要員だ。

 他の団員と比べて年齢も低いし、黒円卓の中では浮いた存在だ。 

 そもそも、人種差別を肯定する集団で1人だけ人種も違うし」

 

 優介の説明は正しいけれど、ここではもう少し言葉を選ぶべきだった。

 先程の動揺から漸く立ち直ったティアナが優介の言葉に血相を変えている。

 

「死亡って……どういうことですか!?」

「確かに……生きてるよね?

 それとも、彼女もトバルカインって人みたいに……?」

 

 姉が死んだと言われたティアナは優介を睨みながら問い詰める。

 

「ごめん、言い方が悪かった。

 ただ、多分この場に居る騎士団員はみんな生身の人間じゃない筈だ。

 ラインハルト・ハイドリヒに喰われて魂のみの存在になっているんだ。

 形成位階に到達した魂は自分自身を具現化出来て、そうやってこの世界に居るんだ」

「そんな……そんなことって……」

「勿論、実体化してるから意志はあるし触れることも出来る。

 ただ、歳を取ることは無いし、死んでもラインハルト・ハイドリヒの中に戻るだけよ。

 そうね……闇の書が存在していた時のシグナム達に近いかも知れない」

 

 プログラム体として構築されたシグナム達と、魂から具現化している聖槍十三騎士団。

 今のシグナム達は魔導書本体から切り離されたから大分存在ルールが変わっているけれど、元々の在り方は近しいものがある。

 

「ちょっと待って下さい!

 もしそうだとすると……」

「ええ、騎士団員を幾ら倒しても無駄。

 大本であるラインハルト・ハイドリヒを倒さない限り無限に復活させられてしまうことになるわ」

 

 絶望的な事実に、発令所中がシーンと静まり返った。

 

「分かった、作戦を立てる為の参考にするわ。

 取り合えず、最後までお願いな」

「分かったわ」

 

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 映ったのはピンク色の髪をした幼い少女。

 

「第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。

 聖遺物は『血の伯爵夫人』で創造位階。

 外見上は可愛らしいけれど、拷問好きで狡猾な魔女よ」

「能力は影に触れたものの動きを止めること。

 それにエイヴィヒカイト以外の魔術も使えるらしい」

 

 ヴィルヘルムと並んで何度も私達の前に立ちはだかった相手だ。

 モニタを操作して、次の光点を出す。

 先程話していた管理局にスパイで潜り込んでいた黒髪の爬虫類めいた外見の男が映る。

 

「さっき話していたけど、第十位ロート・シュピーネ。

 位階は形成位階で聖遺物は……何だっけ?」

 

 シュピーネの聖遺物、そう言えば優介から説明を受けた時も名前を聞いていない気がする。

 

「ごめん、名前忘れた。

 ワイヤーだったのは分かるんだけど……」

 

 まあいいか、名前なんて知らなくても。

 モニタを操作して、スワスチカの一角でありながら光点の存在しない場所……空港を写す。

 そこには、聖槍十三騎士団の騎士団員じゃない人物達が映っていた。

 

「ええと……彼女達は聖槍十三騎士団の騎士団員じゃないわね。

 海鳴出張の時に銭湯で会った闇の書の闇に隠されていた紫天の書のマテリアル達。

 蒐集を受けた私や隊長陣の子供の時の姿をしているわ。

 外見そのままの魔導師だから能力の説明は割愛するわ。

 但し、彼女以外だけど」

 

 5人の少女の内、金髪のウェーブをした幼い少女の姿を拡大する。

 

「ユーリ・エーベルヴァイン。

 紫天の書の核となるシステムU-D、砕け得ぬ闇と呼ばれた構築体。

 彼女の実力は闇の書の闇の暴走体に匹敵すると言われているわ」

 

 その言葉に、10年前の闇の書事件に関わった人間は身を強張らせる。

 

「一部関係無いのも混じってるけど、以上が平団員ね。

 非戦闘員のリザ・ブレンナーは除くとしても、一番弱いシュピーネでも魔導師ランクに換算してSランク並みの強さはあると思う。

 強いのはトバルカイン、ヴァレリア・トリファ、ヴィルヘルム辺りで、SSSランクを超えるわ」

「一番下でもSランク……」

 

 最弱でも隊長陣と同等クラスと言うのはかなり絶望的な戦力差だ。

 それと、これ以上は士気に関わるから言わなかったが、聖槍十三騎士団の騎士団員は好戦的な性質に反して防御力が高い。

 デフォルトで持つ一定以下の攻撃を無効化する霊的装甲がその原因だ。

 形成位階なら兎も角、創造位階に到達している団員を倒すためにはかなりの威力・規模の攻撃を与える必要がある。

 

「……あれ? まどかちゃん、平団員全部で8人居るけれど第五位が重複しているなら1人足りないんじゃないかしら?」

 

 シャマルが上げた疑問に、そう言えば言っていなかったと思い出す。

 

「第六位のゾーネンキントは戦闘要員でも非戦闘員でもなくて生贄としての役割なのよ。

 この世界でどうしているのかは分からないけれど……」

「な…………っ!?」

 

 物騒な言葉に、シャマルは口元に手を当てて絶句している。

 

「平団員としては以上ね。

 後は双首領と大隊長の幹部勢だけど……」

 

 モニタに映像を出したいところだけど、管理局が持っている画像は2人分しかない。

 仕方なく、5つのウィンドウを表示しその内2つだけに画像を表示する。

 画像が無い部分には『No Image』の文字。

 

「まずは大隊長から。

 10年前も今回も姿を見せたのは彼女だけね。

 第九位エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。

 ラインハルト・ハイドリヒに絶対の忠誠を誓う苛烈な赤騎士」

「聖遺物は800mm弾の列車砲で位階は当然創造位階。

 能力は標的を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心」

 

 大隊長以上の戦闘能力は平団員とは大きく差がある。

 エレオノーレのこの能力は下手をすれば1人でクラナガンを滅ぼせてしまう。

 それに気付いたのか、はやての表情が明らかに強張る。

 

「映像が無いけど、次は黒騎士ね。

 第七位ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。

 ヴァレリア・トリファと同じ様に彼自身が聖遺物。

 外見上は黒髪の巌の様な大男だけど、正体は戦車」

「能力は問答無用で幕を引く一撃必殺。

 殴られたら即死するから絶対に回避しなくちゃいけない」

 

 本当に反則的だ。

 能力的には直死の魔眼と近いかも知れないが、振るう者の戦闘力を考えるとこちらの方が厄介だろう。

 

「こちらも映像が無いけれど、最後は白騎士。

 第十二位ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。

 外見上は片目に髑髏の眼帯を付けた白髪の少年。

 一見中性的な美少年だけど、全団員中最も人を殺した最狂最悪の殺人狂」

「聖遺物は『暴風纏う破壊獣』……軍事用のバイクだ。

 そして能力は……誰よりも何よりも早く動けること」

 

 速さを戦闘の軸にしているフェイトが優介の言葉に驚愕を露わにする。

 相手自身の行動は勿論、放たれる射撃や砲撃よりも早く動ける……そんな相手に攻撃を当てるのは不可能だ。

 真っ向から戦って勝てる者は存在しない。

 

「以上3人が大隊長。

 能力も勿論だけど、身体能力や防御力も平団員と比べて遥かに高いわ。

 ここまで来ると最早魔導師ランクに換算することも出来ない」

 

 強いて言えばEXランクと言うべきだろうか。

 そして、そんな強者達の上に立つのが2人。

 

「最後に黒円卓の双首領……と言いたいんだけど、副首領のメルクリウスについては正直あまり良く分からないわ。

 全ての元凶であり、政府高官のお遊びだった聖槍十三騎士団を魔人の集団にした諸悪の根源」

「人類の祖先という説もあったんだが……本当のところは分からない。

 この男に関しては最早聖槍十三騎士団の副首領と言うよりは完全に別格の存在だと考えた方が良い」

「あの~、スケールが大きくなり過ぎて実感が湧かないんやけど」

「仕方ないでしょ、居たらもうどうにもならないレベルの存在だから考えるだけ無駄よ。

 そもそも、彼についてはこの世界に居る可能性は低いと思うし」

 

 忘れがちだが、聖槍十三騎士団は転生特典によって得た能力である筈だ。

 つまり、ラインハルト・ハイドリヒ自身が転生者でその能力で騎士団員を具現化している可能性が高い。

 仮説が正しければ、出てくるのはあくまで彼が飲み込んだ魂だけ……メルクリウスは該当しない。

 優介の話で聞いた中では、メルクリウスはあくまで黒幕でラインハルトに喰われたわけではない。

 

「最後は既にみんなも目にした首領。

 第一位ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=ハガル・ヘルツォーク。

 聖遺物は聖槍十三騎士団の象徴でもある『聖約・運命の神槍』」

「能力は殺した相手の魂を吸収し、不死の戦奴として自らのレギオンに加えること。

 そして彼は、永劫回帰の果てに旅立って力を蓄えた後、スワスチカの力で舞い戻って来る」

「スワスチカってあれか?」

 

 クラナガンの地図上に光る7つの光点を指差しながらヴィータが聞いてくる。

 

「ああ、肉体を捨てて魂のみとなったラインハルト・ハイドリヒをこの世に呼び戻すための楔だよ」

「8つのスワスチカが揃った時のラインハルトの力は想像を絶するそうよ。

 不完全な状態でさえ槍の一振りで街1つ消滅させることが出来るわ。

 それに、隊長陣は10年前に見てるわよね……彼が手加減した状態でアルカンシェルを真っ向から相殺したところを」

「……! あの時のローブ姿の人物か!」

 

 10年前、ラインハルトは闇の書の闇のコアを消滅させようとして放ったアルカンシェルを、形成位階の攻撃でいとも容易く切り裂いた。

 創造位階や流出位階はそれより遥かに強力だと思っていいだろう。

 

「私達が話せるのはこれくらいね。

 時間も残り30分程……どう動くか決めましょう、はやて」

 

 絶望的な戦力差に対してどう対抗するか、みんなの注目が集まる中、はやてが口を開いた。




(後書き)
 色々暴露回。
 又聞きのまどかよりも優介の方が詳しいのですが、1人に延々喋らせるのも何なので交代で説明。
 そして呪いの様に付きまとう2007年度版。
 おそらく読んでる誰もが思う筈です、「あ~あ、やっちゃった……」

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