魔法少女と黄金の獣   作:クリフォト・バチカル

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推奨BGM:Gotterdammerung(Wilhelm Richard Wagner)
     【side 高町まどか】Cathedrale(dies irae)


63:対峙

 荘厳な城の廊下を走り抜けて数人の男女が奥の大扉に近付いた。

 扉は手を触れることなく開かれていき煌びやかな玉座の間がその眼前に現れる。

 

 扉が開くと同時に、音楽が聞こえてきた。

 4管編成の重厚な管弦楽、そしてコーラスと独唱が響き渡る。

 玉座に座る黄金の獣は訪れた者達に目をくれることもなく、目を閉じたまま演奏に聴き入っている。

 隙だらけに見えるその姿に鉄槌を持った少女が武器を構えるが、栗色の髪をポニーテールにした女性に止められる。

 

 曲はやがて佳境に入り、管楽器のロングトーンに目まぐるしく動く弦楽器が彩りを添え盛り上がっていく。

 最後は穏やかな調べによって締め括られた。

 パチパチと拍手が響かせながら、黄金の獣がその目を開いた。

 

「如何かね、この城自慢のオーケストラは?

 曲はリヒャルト・ワーグナー作曲の歌劇『ニーベルングの指環』の4作目から『神々の黄昏』。

 この場に相応しいと思い、選ばせて貰った」

「随分と余裕やな、宣戦布告しておきながら音楽鑑賞やなんて」

 

 ラインハルト・ハイドリヒが意識を向けたのを切っ掛けに、玉座の間に入ってきた数人の男女の内の1人が皮肉を投げ掛けながら前へと足を進める。

 毅然とした態度を取っている様に見えるが、一部の者はその手が震えていることに気付いた。

 しかし、それを嗤う者は誰も居ない。

 玉座から眼下を睥睨する男の威圧感に屈服していないだけでも奇跡に近いことを悟っていたからだ。

 モニタ越しでさえ平伏してしまいそうな威圧だったが、直接対峙するとその圧倒的な気配にどうしても身が竦む。

 

 しかし、真っ先に動いた部隊長のはやてだけに行かせる訳にはいかないと、奮起して他の者達もその後に続いた。

 

 玉座の間に入ってきたのは合計10人。

 

 機動六課の部隊長、八神はやて

 そのユニゾン・デバイス、リインフォース

 スターズ分隊の高町なのはとヴィータ

 ライトニング分隊のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとシグナム

 ブレード分隊の高町まどかと松田優介

 そして、医務官のシャマルと人化形態となったザフィーラ

 

 機動六課の隊長陣が勢揃いしていた。

 

 対するのは玉座に片肘を付いて座ったままの墓の王。

 そして、演奏を終えて片付けを始めている楽団から離れて王の前に並んだ3名の大隊長だ。

 

 破壊公、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ

 魔操砲兵、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ

 悪名高き狼、ヴォルフガング・シュライバー

 鋼鉄の腕、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン

 

 人数こそ機動六課の方が倍以上だが、その表情は険しかった。

 特に、高町まどかと松田優介の転生者組はラインハルトに釘付けになって、その表情を真っ青に染めながら硬直している。

 

「宣戦布告ではなく降伏勧告だがね。

 猶予として与えた時間が退屈なので演奏を愉しんでいたのだよ」

 

 ラインハルト・ハイドリヒが映像で叩き付けた降伏勧告の回答までの猶予は1時間。

 そして、その時間は既に過ぎ去っていた。

 

「降伏勧告に対する回答はなし。

 つまるところ、徹底抗戦と受け取って良いかね?」

 

 時空管理局は降伏勧告に対して明確な回答を行っていない。

 いや、行えなかったと言った方が正しいだろう。

 本局は最高評議会が暗殺されて意志決定出来ず、地上本部はレジアス中将の進退が決まっておらず纏まらない。

 加えて、城が顕現した影響かミッドチルダから本局への通信も通じない状態だった。

 この様な状況では短時間で重大事項を決定することなど出来はしない。

 尤も、例え意志決定出来る状態であっても降伏勧告の受け入れは選択されないだろうことはこの場の誰もが分かっている。

 仮にも100年に渡って次元世界の秩序を維持してきたと自負する時空管理局にとって、降伏など採り得ない。

 

「降伏は受け入れられへんってことやろ。

 この次元世界の平和を保ってきたのは管理局なんや。

 管理局が無くなったら、次元世界はメチャクチャになってしまう。

 そっちが引くことは出来んのか?」

「卿は勘違いをしている様だ。

 先程映像越しに伝えたであろう──戦争を望んだのは管理局の側だと。

 戦争を止めたいのであれば、まずは自分達の中で意見を通すがいい」

 

 まぁ、無理であろうがな、と苦笑しながらラインハルトは肩を竦める。

 

「ところで、新人達は連れて来なかったのだな」

「陸戦魔導師をこんないつ消えるか分からない空の城に連れてくるわけにいかんやろ」

「成程、飛べない以上は空の上に連れて来れんか。

 しかし、このヴェヴェルスブルグ城がいつ消えるか分からないとは心外だ。

 数多の死者の魂で構築された私の『城』は、そう簡単には消えはせんよ」

 

 主の気分を害したとして、赤騎士と白騎士の殺気が膨れ上がる。

 はやては向けられた殺気に震える膝を必死に抑えて毅然とした態度を崩さない。

 

「よい、抑えろ。ザミエル、シュライバー」

 

 ラインハルトは右手を上げて2人を静止する。

 すると、殺気がフッと途切れる。

 唐突な変化にはやては崩れ落ちそうになるが、隣のまどかが支えた。

 

「……何がしたいんや、アンタ等?」

 

 ポツリと呟くはやての声が不思議くらいに辺りに響いた。

 

「なにかね?」

「アンタ等は一体何がしたいんや?

 宣戦布告って言ってた計画書やって、口実に過ぎんのやろ!」

 

 怒りが我慢の限界を迎えたのかそれとも極限の緊張感に耐えられなくなったのか、激昂しながらはやてが叫ぶ。

 

「ふむ、確かに丁度良く見付かったから使っただけだ。

 別にあれが無くても我等がこのタイミングで侵攻することは当初の計画通りだ。

 それで……私の目的だったか?」

 

 ふむ、と頷きながら一瞬だけラインハルトは高町まどかと松田優介に視線を向ける。

 2人は向けられた視線に気付いて硬直した。

 

「さし当たっては『ラグナロク』を終結させることだな」

「やっぱり、貴方自身が転生者なのね。

 『ラグナロク』の終結……それはつまり私と優介を殺したいってことかしら?」

「結果については然程興味が無い。終わればそれで良い。

 この場で卿等2人を殺すのも、1人を殺して残存2名で終わるのも、あるいは残存3名で終わるのも、私にとっては大差が無い」

「優勝賞品には興味が無いということね。

 でも、3名で残ったら……」

「隔離空間で最後の1人になるまでのサドンデス、であったな。

 だが、真っ向から戦うことになればどういう結果になるか、分かっているのだろう?

 故に先程言った通りだ、私にとっては大差が無い(・・・・・・・・・・・)

 

 確かに、逃げられない場所で最後の1人になるまでの殺し合いとなればラインハルトの1人勝ちが確定する。

 残りの全員で手を組んだとしても一蹴されて終わるだろう。

 単独優勝の報酬に興味が無ければ、戦いの趨勢がどう展開しようと最終的にはラインハルトにとって大差が無い結果となる。

 

「優勝賞品には本当に興味が無いのか?」

「ない……と言うよりも与えられるまでもない。

 私の力について知っているのならば、流出位階の事も理解しているだろう?

 自力で世界法則を書き換えられるのだから、管理権など不要だ」

 

 世界の管理権……それはすなわち神になると言うことだ。

 一方で、ラインハルト・ハイドリヒは流出位階に到達した覇道神。

 世界の管理権など、自身が流出を行い座に座れば手に入る。

 

「……ちょっと待って?

 さっきの貴方の言葉だと残りはもう私達3人だけみたいに聞こえたけど……『ライダー』のカードを選んだ転生者は?」

「何年か前に既に始末している。

 『ラグナロク』の残る参加者はここに居る3名だけだ。

 セイバー、アーチャー、ランサー……何の因果か3騎士が残った形だな」

「これが最終決戦と言うわけね」

「そう言うことになる。

 さて、前置きはこのくらいにして始めるとしよう」

 

 会話を打ち切るラインハルトの言葉に、前に控えていた大隊長3名が機動六課のメンバーの方へと一歩前に出た。

 彼等は固まるのではなく、一定の間隔をあけて立っている。

 機動六課から見て左に赤騎士、右に黒騎士、そして正面に白騎士。

 

「ここまで来た卿等の勇気に敬意を表して選択権を与えよう。

 誰が誰と戦うか、自由に選ぶといい」

 

 その言葉と共に、3騎士の足元に三角の魔法陣が現れる。

 転移魔法だ。

 

「挑む相手と共に戦場に赴くがいい。

 ゼロでさえ無ければ人数の制限もない。

 均等に割り振るのも、2人生贄にして戦力を一点集中させるのも卿等の自由だ」

 

 ラインハルトの言葉に、機動六課の隊長陣は目配せし合って頷く。

 

「行くで」

「みんな、気を付けて!」

 

 3つに分かれて、大隊長達へと向かい転移魔法で姿を消した。

 

 

【Side 高町まどか】

 

 なのは達が転移魔法で姿を消し、残った私達はラインハルト・ハイドリヒと対峙を続けていた。

 この割り振りは事前にみんなで打合せをして決めていた。

 予め決めた担当ごとに足止めを行い玉座の間へと進む予定だったため、この様な形は想定外だったが好都合だ。

 仮に3騎士全員と同時に戦ったら、こちらの戦力がもっと多かったとしても勝ち目が無かった。

 

 聖槍十三騎士団の騎士団員……特に大隊長の3騎士は能力の偏りが激しい。

 火力特化の赤騎士、一撃必殺の黒騎士、速度特化の白騎士。

 長所が飛び抜けている一方でその分対策も明確になる彼らだが、3人同時となるとその対策も難しくなる。

 何とか引き離して各個撃破が理想だったため、この展開は理想的だ。

 

「迷わず割り振ったところを見ると、予め決めていた様だな。

 参考までに、どう言う意図なのか聞かせて貰いたいな」

 

 玉座に座ったまま、ラインハルトが興味を惹かれた様な表情をしていた。

 割振りは赤騎士になのはと優介、白騎士にはやてとリインフォースとザフィーラ、黒騎士にシグナムとヴィータとシャマル。

 そしてこの場に残ったのは私とフェイトの2人だ。

 

 話せと言うのなら話そう、こちらにとっても好都合な展開だ。

 

「赤騎士の無限に広がる爆心はこの城の中では使えない。

 その状態なら、火力で唯一対抗出来るなのはと無数の射撃を行える優介の2人なら有利に戦えるわ」

 

 城を破壊する様な真似は出来ない筈だから、赤騎士は全力を出せない。

 普通の砲撃は威力を落とせば可能だろうけど、なのはと優介なら手数で対抗出来る。

 それに、優介の熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)なら赤騎士の砲撃もある程度防げる筈だ。

 

「誰よりも早く動ける白騎士には近接戦闘も射撃や砲撃も通じないけど、

 広域殲滅魔法を得意とするはやてとリインフォースで逃げ場が無い様にして攻撃すれば捉えられる。

 ザフィーラは2人の詠唱を邪魔させない為の護衛ね」

 

 誰よりも何よりも早く動けるということは、攻撃手段よりも早く動けるということだ。

 空間内に逃げ場が僅かでもあれば、避けられてしまうだろう。

 だから、白騎士を倒す為には全く隙間の無い範囲攻撃で包み込むように攻撃する以外に方法は無い。

 

「一撃必殺の黒騎士に対しては戦闘経験が豊富で中距離もこなせるシグナムとヴィータ、そして後方支援のシャマルで対抗する」

 

 黒騎士の幕引きの一撃は防御すら出来ない。

 無数の戦場を渡り歩いたヴォルケンリッターの中でも戦闘向けのシグナムとヴィータに加えて、シャマルが後方からバインドで拘束する万全の体制で迎え撃つべきだろう。

 

「成程、事前に知った情報を元に的確に割り振られている様だ。

 ……それで、卿ら2人が私の前に残ったのは何故かね?

 まさか、たった2人で私に対抗出来るとは思っていまい」

 

 問われて、私は思わず言葉に詰まった。

 ラインハルト・ハイドリヒが自由に動ける状態にするわけにはいかない。

 だからこそ何人かはこの場に残る必要があった。

 しかし、それで彼に対抗出来るかと言えば話は別だ。

 いや、そもそも10人全員で掛かっても勝つことは難しいだろう。

 

「正直、勝てるとは思っていないわ」

「まどか!?」

 

 私の率直な言葉に、フェイトが驚愕する。

 

「それはそうだろう、卿と松田優介は私を見て勝ち目など無いと理解出来た筈だ」

「……………………………………」

 

 彼の指摘は図星で私は言葉を返せなかった。

 

「そんな……どうして?」

「以前何処かで話したと思うけど、私達転生者は強さをレベルという形で見ることが出来るのよ。

 私は34で貴女は33。私達の中で一番強いのは優介でレベル41ね」

「そういうことだ。

 魔導師ランクに換算すればレベル30でSランク、35でSSランク、40でSSSランクと言ったところだな」

 

 そう、最初に見た瞬間ラインハルト・ハイドリヒのレベルを視認して勝ち目がないことを悟った。

 ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ

 彼のレベルは──

 

「レベル1300……桁が違い過ぎる」

「なっ……!?」

 

 レベル差が5くらいであれば経験や工夫で倒す事が出来るかもしれないが、10もあけば1対1で勝つことは不可能だ。

 ましてや、桁が2つ違う相手などそもそも戦いと言う行為自体が成立しない。

 

「そこまで分かっていながら残ったのは何故だ?

 無策と言うわけでもあるまい」

「さっきも言った通り、勝てるとは思っていないわ。

 簡単に言えば時間稼ぎね」

「ほう?」

「発案者の私と……巻き込んじゃって申し訳ないけれど、貴方と関係があったフェイトで何とか時間を稼ぐことが私達の狙いよ。

 貴方に戦場に出て来られたらその時点で終わってしまう。

 だから、私達は何としても貴方をこの場に留めておかなければならない。

 その為なら、裸踊りだって這い蹲って足を舐めることだってする覚悟よ」

 

 とは言え、本当に裸踊りしろって言われたらどうしよう。

 ラインハルトは不思議そうに首を傾げている。

 

「それを私に言ってしまっては、折角の作戦が無意味ではないのかね?」

「じゃあ今すぐ立ち上がって攻撃してくる?

 時間稼ぎをされて負けてしまうのが怖いからって、怯える小動物みたいに爪を立ててくるのかしら」

 

 背筋を冷や汗が流れるのを感じながら、私はなるべく見下す様な笑みを作って挑発をする。

 これは賭けだった。

「ではそうしよう」などと言われて攻撃に移られては全滅確実だ。

 彼の矜持やプライドに訴えかける一か八かの博打だ。

 

「フッ、まあよかろう。

 時間稼ぎがしたいなら付き合おう。

 彼らの戦いが終わるまでは手出しせん」

 

 そう言うと、ラインハルトは右手側に3つの巨大なモニタを表示した。

 そこにはそれぞれ大隊長達となのは達が戦う姿が映っていた。

 

「しかし、何のための時間稼ぎかな?

 このまま待っていて状況が好転するとは思えんが」

「ここまでの大騒ぎを起こした以上、本局だって黙っていない。

 直に艦隊がミッドチルダに派遣されてくる筈よ。

 いくら貴方でもアルカンシェルで城ごと吹き飛ばされれば無事ではいられないでしょう?」

 

 10年前、ラインハルトはアルカンシェルを真っ向から迎撃した。

 その意味では彼の力はアルカンシェルよりも強いことが分かるが、同時にこうも言える。

 彼はアルカンシェルを喰らう訳にはいかなかったから(・・・・・・・・・・・・・・)迎撃したのだ。

 何の痛痒も無いのなら迎撃などする必要も無かった筈だ。

 

「ふむ、卿の考えには3つ程誤算があるな」

「誤算? 何かしら?」

 

 ラインハルトの発言に疑問が湧く。

 誤算と言うことはあまりこちらにとって良い話ではなさそうだ。

 

「まず1つ目、この城は現在クラナガンの上空に展開している。

 百数十キロに渡って空間歪曲と反応消滅を起こすアルカンシェルをここで使えばどうなるか、分かるであろう」

「……それは」

 

 確かに、百数十キロではクラナガン全域が効果範囲に含まれてしまう。

 本当に他にどうしようもない場合の最終手段としてしか使えないだろう。

 

「次に2つ目、例えクラナガンを消滅させる覚悟でアルカンシェルを使用しても、私は倒せん」

「な!? ……ハッタリのつもりかしら?

 貴方がアルカンシェルの威力を警戒しているのは分かってるのよ」

「私が警戒? 何故そう思うのかね?」

「10年前の闇の書事件の時、貴方はアルカンシェルを迎撃した。

 無防備に喰らった場合にダメージがあるからそうしたんでしょう?

 何の効果も無いならそんなことする必要は無いんだから」

 

 そうだ、その筈。

 流石にアルカンシェルを無防備に喰らってもノーダメージなんてこと、ある筈が……。

 

「ああ、あれかね。

 確かに迎撃したが、それは闇の書の闇のコアを消されては困るからだ。

 折角回収に行ったのに消滅させられては無意味になってしまうからな」

「そ、そんな……」

 

 あっさりと否定され、顔が引き攣るのを感じる。

 しかし、何の気負いも警戒も感じられないその態度に、嘘ではないと理解してしまった。

 

「何やらショックを受けているようだが、3つ目だ。

 そもそも本局からの増援は来ない。いや、来れないと言った方が正確か」

「? 何故貴方がそんなことを……まさか!?」

「管理局に対して戦争を仕掛けるのに、まさかミッドチルダのみが攻撃対象な筈が無かろう?

 降伏勧告と前後して、ガレア帝国本国から次元航行艦274隻からなる艦隊が侵攻を開始している。

 1時間のリミットはその到着までの時間だ。

 ちょうど本局に対して攻撃を仕掛けている時分だろう」

「───────っ!?」

「そ、そんな……!?」

 

 私もフェイトも、青褪めるのを通り越して真っ青になる。

 次元航行艦274隻!?

 そんなの管理局の総戦力よりも多いじゃない!!

 

「で、でも! 管理世界に散っている戦力が集まれば……!」

「それも無理であろう。

 各管理世界はベルカ自治区から攻勢に出た聖王教会の対処で手一杯だろうからな」

「え?」

「せ、聖王教会が……?」

 

 聖王教会が攻勢に出た?

 反乱ってこと?

 よりによってこのタイミングで……いや、そんな偶然あるわけがない。

 と言うことは……。

 

「貴方達と手を組んでいたのね?」

「手を組むと言うのは正確ではないな、命じただけだ。

 別に不思議ではあるまい、聖王教会は古代ベルカの王を信仰する者達なのだから。

 そもそも、私が200年前に作らせた組織であるしな」

 

 聖王教会がラインハルト・ハイドリヒの作った組織?

 もしそれが真実だとすれば……彼は遥か昔からその魔の手を世界中に広げていたことになる。

 背筋がゾッとするのを感じた。

 ベルカ自治区は殆ど全ての管理世界に存在している。

 次元航行艦を始めとした航空戦力は乏しいが、その騎士団は地上の戦力としてはかなりの規模になる。

 そんな戦力が反乱を起こしていたら、現地の駐在戦力は本局の増援どころではないだろう。

 

「後は管理外世界か。

 まぁ、こちらについては情報をリークしただけで直接手を下したわけではないがな」

 

 管理外世界まで!?

 しかし、管理外世界に何の情報を流すと言うのだろうか?

 反管理局の管理世界なら兎も角、管理外世界に流す情報なんて……。

 

「か、管理外世界には何をしたの?」

「何、たいしたことではない。

 単に潜伏している犯罪者の情報を現地の治安維持組織に伝えただけだ……時空管理局局員と言う犯罪者の情報をな」

「な……管理局員が犯罪者ですって!?」

「どういうことですか!」

 

 全く予想していなかった言葉に、私もフェイトも思わず詰め寄りそうになる。

 ラインハルトはそんな私達に微笑む。

 

「例えば、分かり易いところでは卿等も縁の深い第97管理外世界『地球』。

 あの世界においては海鳴市警察にリンディ・ハラオウンやエイミィ・ハラオウンと言う犯罪者の情報を流したな」

「!!!」

「そんな、リンディ母さん達が何をしたって言うんですか!」

 

 リンディさんは左遷されていたけれど、犯罪者と言うわけではない。

 それとも、何らかのデマ情報を流したということだろうか。

 しかし、そんなデマでは一時的に騒がれてもあまり効果は無い筈。

 

「何をした、か。

 不法入国に公文書偽造に通貨偽造、それから脱税とスパイ容疑といったところか」

「え?」

「!? それは……っ!」

 

 彼が何を言いたいのか、分かってしまった。

 あの世界で育った私だからこそ、理解出来てしまった。

 

「異世界の住人で戸籍も無い筈の人間が住居を構える、そのためにどれだけの犯罪を犯したのだろうな」

 

 管理外世界の戸籍や通貨を偽造してもその行為自体は管理局法上は罪ではない。

 文書偽造や通貨偽造の罪は存在するが、それはあくまで管理世界のものに限定されるのだ。

 勿論、管理世界の住人が管理外世界の戸籍や通貨を偽造したものを使用すれば通貨偽造等の罪にはならなくても管理外世界への干渉に該当して犯罪となる。

 しかし、そこには例外がある……管理局員が任務で行う場合は犯罪にはならないのだ。

 管理局員が任務で管理外世界に潜伏するために戸籍を偽造し通貨を偽造して使用するのは犯罪にはならない……管理局法では。

 しかし、それをされる管理外世界の方で見れば単なる犯罪者でしかない。

 

「文書偽造とか通貨偽造とかは兎も角、スパイ容疑というのは?」

「あの世界で起こったことを管理局に報告しているのだろう?

 他国に潜伏して自国に有利になる様に情報を流す……スパイ以外の何者でもあるまい」

「で、でも!

 それは魔法技術が無い世界を守る為に……っ!」

「そうか。

 では、裁判の場でもそう抗弁するのだな」

 

 フェイトの発言は管理局から見れば正しい。

 私達は魔法技術が無い世界を守ってやっているのだからそれくらいは許容しろ、となる。

 しかし、管理外世界からすれば頼んでも居ないことを行った上に理不尽な要求を許容しろと言うのは受け入れられないだろう。

 管理局員は管理外世界では犯罪者でしかない……それもまた真実だ。

 彼の発言が正しければ、今頃各管理外世界で一斉摘発が行われているだろう。

 

「……ラインハルトさん」

 

 フェイトが俯きながら低い声でラインハルトに話し掛けた。

 これまでの会話で、優しかった恋人が実は冷徹な侵略者であったことを受け入れざるを得なかったのだろう。

 慕情を踏み躙られ傷付けられた友人すら時間稼ぎに利用する自分に自己嫌悪を感じながらも、私は一歩下がってフェイトにその場を譲った。

 

「久しいな。フェイト嬢」

「……お久しぶりです。

 貴方に聞きたいことがあってここまで来ました」

「ふむ、何かな?

 答えられることであれば答えよう」

 

 殆ど泣きそうになっているフェイトに対して、ラインハルトは至って平常通りだ。

 罪悪感も後ろめたさも、そこには微塵も感じられなかった。

 フェイトはその様子に少し言葉に詰まると、吐き出す様に話を続けた。

 

「……貴方は、貴方は私を騙していたんですか?」

 

 問い掛けながらも、フェイトは答えを聞くことを怖れる様な素振りを見せている。

 実際、怖いのだろう。

 信じていた恋人が敵だったことは受け入れられても、これまでの全てが嘘だったと言うのは耐えられないのだろう。

 何か事情があった、あるいは敵だったとしても想いは本当だった、そう言う答えを望んでいて……それを否定されたくないのだろう。

 

「騙す? 私がかね?」

 

 怪訝そうに聞き返すその姿に、嘘は感じられなかった。

 

「だって、敵だったじゃないですか!

 それを隠して私に近付いたのは騙す為じゃないんですか!?」

「ふむ……素性を隠して接することを騙すと言うのであれば、成程私は卿を騙したと言えるのかも知れんが。

 それは卿も同じなのではないかね?」

「え?」

「確か、時空管理局執務官とは名乗っていなかったと記憶しているが?」

「そ、それは……」

 

 ラインハルトの問い返しにフェイトは言葉に詰まる。

 

「まぁ、それは当然のことであろう。

 あの世界は異世界の存在を一般的に認知しておらん。

 そんな中で出会った相手に異世界の素性を話す様な真似は普通せんよ」

「そうです……でも貴方は私が管理局員──敵だって知ってたんですよね」

「ああ、知っていたな」

 

 相手が管理外世界の住人であれば素性を隠すのは当然だけど、そうでないことを知っていたのであれば事情も変わってくる。

 ラインハルトはフェイトが管理局員だって知っていた筈だ。

 それなのに素性を隠して接していたのは何か目的があったと考えるのが妥当だろう。

 

「だったらどうして……情報を得る為ですか?」

「どうして、か。特に目的など存在しない。

 強いて挙げれば、成り行きと言ったところか」

「成り行き? そんなことで……」

「抱かれたいと言われたから抱いただけだ。

 何のために近付いたと問うたが、そもそも近付いたのは私ではなく卿の方ではないか?」

「それは……そうですけど。

 でも……でも……」

 

 おそらく、出逢いも告白もフェイトの方からだったのだろう。

 これまで話したラインハルトの印象からして、恋愛沙汰に積極的になるところは想像出来ない。

 その意味では、特に目的など無かったというのは嘘ではなさそうだ。

 

 もう殆ど泣きじゃくっているフェイトの姿を見て、ラインハルトはこれまでの会話の流れを断ち切る様に言葉を発した。

 

「とは言え、これでも抱いた女に対して責任を取る程度の甲斐性はあるつもりだ」

 

 その言葉に、フェイトがビクッと震えて恐る恐るラインハルトを見上げた。

 私は何となく嫌な予感を感じた。

 

「故に、卿がこちらへ来るのなら相応の待遇を以って迎え入れよう」

 

 彼の言葉は耳から入ってきたが、内容をすぐには理解出来なかった。

「こちらに来る」とは……まさか……。

 

「それは……私に管理局を裏切れってことですか?」

 

 恋愛感情と地位を盾に、裏切りを迫る。

 口に上げれば下劣な行為に見える筈なのに、あまりそう言う感じを受けないのは彼がどちらでもいいと考えているからなのだろう。

 勧誘にしては投げ槍で、熱意がない。

 

「裏切る? 何故かね?

 元より過去の行為の清算のために働かされていただけであろう」

 

 だからこれは、揺さぶりではなく本当に疑問に思っただけなのだろう。

 それは悪意が無いからこそに心を抉る。

 

「違います!

 確かに最初は10年前の事件で犯した罪を償うために嘱託魔導師になったかも知れない。

 でも、私は……違法研究によって被害を受けている人達を助けるために執務官になりました!

 働かされているわけではありません、私自身の意志でここに居るんです!!」

 

 ラインハルトの言葉に対して、涙を振り払って真っ向から否定する。

 その毅然とした態度には一片の曇りもなかった。

 

「違法研究を防ぐために、か」

「っ! 何がおかしいんですか?」

 

 自分の信念を笑われて、フェイトが激昂寸前まで沸騰する。

 しかし、頭に血が上った彼女はラインハルトの笑みが嘲りではなく憐憫であることに気付いていなかった。

 

「おかしいな。

 何故、違法研究を防ぐと言いながら、その元締めのために働いている?」

「………………………………え?」

「卿の憎悪する違法研究とやらの黒幕は管理局だと言っているのだ。

 ジェイル・スカリエッティが管理局の最高評議会に生み出され、その命に従い違法研究を行っていたことは既に卿も知る所であろう。

 そしてまさか、管理局の命令で違法研究を行っているのが彼だけとは思っていまいな?

 直接の配下でなく資金援助を受けている者も含めれば、殆どの違法研究には何らかの形で管理局が関わっていると言えるだろう」

「そんな……そんなこと!」

 

 必死に否定しようとするフェイトに、ラインハルトは何故かチラリとこちらを向く。

 

「卿の友人は私の言葉が正しいと思っているようだが?」

「……………………………………」

「そんな……まどか!?」

 

 裏切られたかのような声を上げるフェイトの姿に後ろめたさは感じるが、私は否定の声を上げられなかった。

 スカリエッティが最高評議会に作られたのも、管理局が裏で違法研究を行わせているのも事実だと知っていたからだ。

 

「自覚しているかは知らんが、卿もその片棒を担がされている」

「な……嘘です!

 管理局が裏で違法研究を行っていたとしても、私はそれを手伝ってなんていない!」

 

 管理局が違法研究を行っていたことを認めたことにフェイトは気付いていない。

 しかし、彼女も薄々と理解していたのだろう……彼の言っていることは正しいと。

 だからこそ、必死になって否定しようとする。

 これまでの自分の10年間を否定されるに等しいのだから。

 

「管理局が違法研究を行っていたのは戦力とするためだ。

 しかし、自ら違法とした以上は直接に戦力として採用するわけにはいかん。

 ならばどうするか?

 簡単な話だ、違法研究の摘発を行い保護すれば良いのだ」

「………………………………あ」

 

 ポツリとフェイトが呟きを上げた。

 フェイトは頭も悪くない、ラインハルトが言おうとしていることが分かってしまったのだろう。

 

「帰る場所などない実験体は管理局の保護施設に入れられ、育てられる。

 行く末は管理局のために戦う道一本しかあるまい。

 助け出されたこと感謝したり、管理局員に対して憧れを抱いていればなおよし。

 同じ立場だった筈の卿の姿は助け出された者達にとっては鮮烈な印象を抱かせたであろうな」

「……………………………………」

「つまるところ、卿は収穫担当だ。

 卿は違法研究を摘発しているつもりで、その一助を担わされていたのだよ」

 

 ラインハルトの言葉に、フェイトの膝から力が抜けた。

 床にへたり込み、呆然としながら無言で涙を流していた。

 

「フェイト!?」

 

 私は敵の眼前であることも忘れて、フェイトに駆け寄る。

 ラインハルトはそんな私を気にすることなく、トドメの一言を放った。

 

「先程の『管理局を裏切れということか』という卿の問いに対して答えよう。

 私はそれを裏切りとは思わん。

 卿が裏切るのではない──管理局が卿を裏切っていたのだ、ずっと昔からな」

 

 何処かで何かが折れる音を感じた。

 耳には聞こえないその音は、フェイトの心が圧し折れた音だったのかも知れない。

 しかし、そんなフェイトに対してラインハルトはうって変わって優しい言葉を与えた。

 

「ああ、そう言えば忘れていたな。

 卿には伝えておかないといけないことがもう1つあった」

「……………………………………?」

 

 殆ど意識が薄れているフェイトだが、ラインハルトの声は届いているらしい。

 

「あちらの2人についてだ」

 

 ラインハルトの視線を追う様に、私もフェイトも横に振り向いた。

 そこには、いつの間にか2人の人物が立っていた。

 背の高い紫の髪をした女性と、その女性のスカートを掴んで恐る恐るこちらを見ている金色の髪を伸ばした幼い少女。

 

「………………………………え?」

「あれは……そんな、まさか!?」

 

 ありえない!

 彼女達は10年前確かに虚数空間に落ちて……。

 

「フェイト……」

 

 10年も経って大分記憶から薄れてしまったが、確かに憶えのある声だった。

 しかし、そこに乗せられた感情はあの時の狂気を孕んだそれではなく、穏やかでどこか寂しげなものだった。

 

「母さん……なの?」

「ええ、そうよ。 フェイト」

 

 彼女の横に立つ少女が裾を掴んだ。

 10年前に見た時は生体ポッドの中に漂うのみだった彼女が、確かに意識を持ってそこに居た。

 

 10年前のP・T事件で虚数空間に落ちた筈のプレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ。

 フェイトが失った本当の家族がそこにいた。

 

「……嘘だ!

 母さんは……母さんは10年前に私の目の前で虚数空間に落ちた。

 生きている筈ない!」

「確かにこの2人は虚数空間に落ちた。

 そしてそこに展開していたこの城に落ち、我がレギオンに加わったのだ。

 魂のみで形成されているので、生物学的には生きているとは言えんのは確かではあるがな」

「そんな……それじゃ……」

「紛れもなく、卿の母親と姉本人だと言うことだ」

 

 フェイトはその言葉に呆然と母親と幼い姉の姿を見やる。

 ラインハルトの言葉が正しければ、今の彼女達は魂だけの幽霊の様な存在の筈だが、とてもそうは見えない。

 動いて、話せて、触れることが出来る……それは生きているのと何も変わらない。

 

「フェイト、貴女には済まない事をしたと思っているわ。

 貴女を拒絶しておいて今更かも知れないけれど、今の私は貴女のこともアリシアと同じ様に愛することが出来る。

 だから、こちら側にいらっしゃい。

 そうすれば、ハイドリヒ卿の庇護の下、家族3人でずっと一緒に過ごす事ができるわ」

「…………母さん……」

 

 それは、10年前にフェイトが欲しいと思っていた言葉だ。

 10年も経って一見吹っ切れた様にも思えるが、私はそうではないことを知っている。

 姓がハラオウンに変わっても、フェイトはテスタロッサの名前を捨てられずに居る。

 リンディさんが母親になって10年近いが、フェイトは彼女のことを「母さん」ではなく「リンディ母さん」と呼ぶ。

 フェイトは今でも、本当の母親であるプレシアのことを忘れられていない。

 

「先程の誘いの答えを聞こうか、フェイト嬢」

 

 どうしていいか分からずに困惑するフェイトに対して、ラインハルトの最終通告が下される。

 こちらへ来るのなら相応の待遇を以って迎え入れよう、先程投げ掛けられた問い掛けはフェイトの中で大きくバランスを崩されている。

 

「私の愛を受け入れ、家族と共に永遠に過ごすか。

 裏切った管理局を盲信し、違法研究の片棒を担ぎ続けるか。

 どちらでも好きな方を選ぶがいい」

 

 そう言うと、ラインハルトはフェイトへと左手を差し伸べる。

 彼に付くなら、この手を取れと言うことだろう。

 

 フェイトは突き付けられた選択肢に惑い、ラインハルトや私、そしてプレシアとアリシアの顔を何度も見る。

 数分にも感じられた沈黙の中、フェイトは一度強く瞼を閉じた後ゆっくりと目を開き立ち上がった。




(後書き)
 自慢のオーケストラですが、団員の半数以上がクラナガンに降りているため、エキストラで補充。

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